第十三話 ゴールドクラスのモンスターとの戦い
「し、しかし聖獣フェンリルを従えて旅をしているなんて、兄弟は一体何者なんだ?」
「何者と言われても……ただの社畜リーマンだよ」
「シャチ・クリーマン?」
アーノルドさんが首をひねる。
「聞いたことがない職業だな。兄弟の国では一般的な職業なのか?」
「比較的多いと思う。命を削って戦う社会戦士のことなんだ」
「命を削る……!?」
「す、すごい職業だね……」
シズさんとジュディさんがごくりと息を飲んだ。
まぁ、ただの営業マンですけどね。
徹夜しまくりでだから、今年の健康診断が心配だけど。
なんて自分の将来を不安視しながら街道を歩いていたのだが、いつのまにか真っ暗になっていた。
等間隔に設置されている街灯だけが、ぼんやりと暗闇の中に浮かんでいる。
これ以上進むのは危険だと判断し、街道の傍で野宿をすることになった。
異世界一日目はキャンプ。
これぞ異世界旅行って感じでワクワクするな。
アーノルドさんが火を起こしてくれた。
彼らは焚き火の周辺で横になって休むという。
なんでも予算の都合で寝袋を準備できなかったのだとか。
ううむ……特段寒くはないし、そういうのが一般的なのかもしれないが、もう少しちゃんとしないと疲れが取れないんじゃないか?
「よかったらこのテント、使うか?」
バックパックの中から、ニュニュッと巨大なテントを取り出した。
予備で持ってきたドーム型のテントだ。
自立式なので広げるだけで完成するお手軽便利なやつ。
「うおっ!? こんなデカいテント、どこから出したんだ!?」
横になろうとしていたアーノルドさんが驚嘆の声をあげる。
目をぱちくりとさせながら、シズさんが尋ねてきた。
「ユ、ユウマさんの背嚢って、もしかしてマジックバッグなんですか?」
「そうだよ。この中に色々と荷物を入れているんだ」
「そ、そんな高級魔道具を用意できるなんて、シャチ・クリーマンってすごいんですね……」
「もしかして、宮廷魔道士レベルの存在?」
シズさんとジュディさんがごくりと息を飲んだ。
やばい。異世界で社畜リーマンの地位が高まっている気がする。
そんなすごい職業じゃないです。
できれば消え去ってほしい職業の筆頭です。
アーノルドさんたちのテントを建て、おまけで三つ寝袋を用意した。
念のため何個か予備を持ってきたんだが正解だったな。
「もしかして、俺たちのために?」
「ああ。これも使ってくれ、アーノルドさん。直接地面で寝るより疲れが取れるし、羽毛でできてるから暖かくて──」
「ちょっと待った」
ジュディさんが人差し指を自分の口元に当てる。
「どうした、ジュディ?」
「……モンスターだ」
その言葉に、場の空気が一瞬で変わった。
アーノルドさんは音を立てずゆっくりと立ち上がると、スラリと剣を抜く。
シズさんも気弱な雰囲気が消え、凛とした顔つきになっている。
「兄弟は下がっていてくれ。モンスターは俺たちで仕留める」
「だ、だが」
「戦闘はあたしたちの得意分野だ」
「ユウマさんはテントで待っていてください」
ジュディさんとシズさんが、俺を守るように前に出る。
「ど、どうしよう、コーちゃん?」
「モンスター狩りは冒険者の専売特許。彼らに任せるのが得策だ」
「……わ、わかった」
ここはプロに任せたほうがいいか。
コーちゃんを抱きかかえ、そそくさとテントの中に避難する。
と、その時だ。
焚き火の明かりに照らされ、モンスターが姿を現した。
「……っ!?」
アーノルドさんたちが息を呑む。
暗闇の中に浮かんだのは、筋骨隆々の体に、牛の顔を持った化け物の姿。
明らかに危険な雰囲気を出している、全長3メートルほどの巨大なモンスターだった。
「ミ、ミノタウロス!?」
アーノルドさんの声には、明らかな焦りの色が。
もしかして、かなりの強敵なのか?
そっとコーちゃんに尋ねる。
「……あれって結構やばいモンスターなのか?」
「ミノタウロスはゴールドクラスのモンスターだな」
「ゴ、ゴールドクラス!?」
つい声を荒らげてしまったが、よくよく考えて首を傾げた。
いや、強いんだろうとは思うが、いまいちピンとこないっていうか。
「ごめん、コーちゃん。ゴールドクラスってどのくらい強いんだ? 野球でたとえてみて?」
「シルバークラスが草野球チームだとすると、ゴールドクラスはプロ野球チームだな」
「……ええっ!?」
戦力差ありすぎじゃん! それってかなりやばいのでは!?
てか、速攻で野球で例えられるコーちゃんもすごいな!
「彼らにモンスターは任せろと言ったが、正直シルバークラスのアーノルドたちには荷が重いかもしれん」
確かに草野球チームでプロ野球チームを相手にするのは無謀すぎる。
ど、どうする? 俺たちも加勢に入るか?
こっちにはコーちゃんがいるし、俺もいくらか魔法は使えるし──。
「ぶもおおおおおおおっ!」
「……っ!?」
雄叫びが耳をつんざくと同時に、ミノタウロスがアーノルドさんたちめがけて突進する。
どうやら、戦いの火蓋が切られたらしい。
ミノタウロスの動きに最初に反応したのはアーノルドさんだった。
一対一の戦闘では無敵を誇る剣術「浮葉無心流」を使って戦闘を有利に進めようと思ったのだろう。
「ジュディ! 俺がヤツを引きつける! その間にお前は背後から行けっ!」
「はいはい、わかったよ」
ナイフを構えたジュディさんが音もなく闇の中に消えていく。
「おらおらっ! 俺が相手だブタ野郎!」
「ブ、ブタじゃなくて牛ですよ! アーノルドさん!」
「ぶもおおっ!」
ミノタウロスも「そうだぞ!」と怒っている……ような気がする。
「シズッ! 魔法だ!」
「は、はいっ!」
シズさんが杖を構え、光のエレメントを集めはじめた。
「……いきます! プロテクション!」
魔法を詠唱した瞬間、アーノルドさんの体が青白く輝く。
さっきシズさんに教えてもらった、体を頑丈にする支援魔法だ。
「ぶもっ!」
ミノタウロスが凄まじい勢いでタックルをぶちかます。
だが──。
「ハッ! 甘いぜッ!」
アーノルドさんはミノタウロスのタックルの衝撃を利用して、軸足を中心にクルッと身を翻した。
突然アーノルドさんが消えたように思えたのか、ミノタウロスが前につんのめるようにして体勢を崩す。
その瞬間をアーノルドさんが狙う。
「……ハアッ!」
バランスを崩したミノタウロスの胴体目掛け、剣を振り下ろした。
ガキンッと金属がかち合ったような音が響く。
これは相当な深傷を負わせたのでは──と思ったが、ミノタウロスには傷ひとつついていなかった。
「そ、そんな!?」
愕然とするシズさん。
アーノルドさんが顔をしかめる。
「……クソッ! ジュディ!」
「あいよっ!」
暗闇の中から赤い影が躍り出てきた。
その影は凄まじい速さで背後からミノタウロスに襲いかかる。
「ぶもっ!?」
「大人しく、くたばんな!」
背中を駆け上がり、ミノタウロスの首筋にナイフを突き立てる。
いくら強靭なミノタウロスと言えども、柔らかい頸部への攻撃を防ぐことはできないはず──と思ったのだが。
「……ちっ!」
顔をしかめたジュディさんがミノタウロスの体から離れ、距離を取った。
モンスターの首元には、傷ひとつついていない。
それどころか、ジュディさんのナイフのほうが欠けてしまっている。
ボロボロになっているナイフを見て、呆れたようにジュディさんが笑う。
「あは、あはは……なによコレ。ちょっと硬すぎじゃない、あんた?」
「ぶもおおおおおっ!」
ミノタウロスは憤怒の雄叫びをあげると、大木を根っこからメキメキッと引き抜いた。
「はぁっ!? じょ、冗談だろ!?」
「ぶもおおおおおおおおっ!」
そして、アーノルドさんたちに向けて力任せに振り回しはじめる。
そこからは完全に防戦一方だった。アーノルドさんもジュディさんも攻撃を躱すことに精一杯で、ミノタウロスに近づくことすらできない。
「ちょ、ちょっとアーノルド! あんたシズのプロテクションで頑丈になってるんだから、一発くらい受け止めなさい!」
「ばっ、馬鹿言うなジュディ! あんな攻撃、アークメイジの最上級プロテクションでも防げるわけねぇだろっ!」
ズドン、ドカン。
ミノタウロスが力任せに振り回す大木が、次々と地面に大穴を開けていく。
最初は華麗に避けていたアーノルドさんたちだったが、次第に動きが鈍くなっていく。
まずい。このままだと彼らが危ない。
「コーちゃん! やっぱり助けにいくぞ!」
「……うむ!」
居ても立っても居られず、テントから飛び出した。
「きょ、兄弟!? どうして出てきた!?」
「俺たちも加勢するぞ!」
「か、加勢だって!?」
アーノルドさんが目を剥いた。
「やめろ! 危険すぎる!」
「そうですよ、ユウマさん! テントに避難していてください!」
「てかあんた、どうやって戦うつもりさ!?」
「……大丈夫だ! 俺には魔法がある!」
こちらには魔法の王こと聖獣フェンリルと、彼に魔法を教えてもらった俺がいるのだ。
「飼い主殿、我がやるか?」
「いや、一緒にやろう! コーちゃんは魔法であいつの動きを止めてくれ!」
「承知した!」
コーちゃんが鼻先にエレメントを集める。
茶色に輝く土のエレメントだ。
「いくぞ! サンドロック!」
コーちゃんが「わふん」と吠えた瞬間、ミノタウロスの足元が陥没し、両足が砂の中へと沈み込んでいった。まるで蟻地獄に足を取られたかのようだ。
「ぶももっ!?」
抜け出そうとするミノタウロスだったが、膝ほどまで地中に埋もれてしまった足はびくともしない。
「これでやつは動けん! やってしまえ、飼い主殿!」
「サンキュー、コーちゃん!」
手のひらをミノタウロスに向け、風のエレメントを集める。
キラキラと青く輝くエレメントが、光の渦を形作る。
「はぁああぁぁっ! ウインドカッター!」
刹那、凄まじい勢いで俺の手のひらから風の刃が放たれる。
とっさに両腕で防御態勢を取るミノタウロスだったが──ウインドカッターは木の幹ほどの太さがあるその両腕ごと真っ二つにした。
「ぶ……ぶも……っ」
胸部から切断されたミノタウロスが、ゆっくりと地面に倒れる。
「……やった! 当たったぞ!」
「お見事だ、飼い主殿!」
俺の魔法を見たコーちゃんが満足げに続ける。
「以前より命中精度が上がっておるな。もしかしてコソ練したのか?」
「少しだけな」
旅行の準備と一緒に魔法の練習をしていたんだが、やっていて良かった。
「だけど命中したのはコーちゃんがミノタウロスの動きを止めてくれたおかげだよ。ありがとう」
「うむ。我、すごいであろう? もっと褒めよ」
キラキラした目で首を傾げるコーちゃん。可愛いか。
つい頭をナデナデしてしまった。
しかし、初めての魔法コンビネーションだったけど、うまくできたな。
アーノルドさんたちは無事だろうか──と思って彼らを見たら、石化攻撃を受けたみたいに固まっていた。
「な、なな」
「……え?」
「なにをやったんだ、兄弟!?」
アーノルドさんが素っ頓狂な声をあげる。
「え? なにって……魔法のウインドカッターでぶった切っただけだけど?」
「ウ、ウインドカッター!? あれがか!?」
「じょ、冗談キツイわよ、ユウマ!」
「そ、そうですよ! い、今のはウインドカッターじゃなくて、風属性の最上級魔法、『ヘヴンリーテンペスト』級の魔法じゃないですかっ!」
「最上級魔法?」
なんだそれ?
コーちゃんに教えてもらった魔法を使っただけなんだけどな。
でも、かなりビックリしているみたいだし……。
「コ、コーちゃん。もしかして俺……結構やばいことやっちゃったのか?」
「知らぬ」
コーちゃんは心底興味なさそうに「あふぅ」とあくびを漏らす。
こ、こいつ……。
人間の一般常識に疎い聖獣様に聞いたのが間違いだったわ。
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