第十一話 スカーレットボアのホットサンド
「まさか、料理ができるのか、兄弟!?」
「まぁな。趣味の範疇だけど」
「え? マジで? 最高じゃん」
と続けたのは、ジュディさん。その目はキラキラと輝いている。
なんでそんなに料理に飢えているんだろう……と思って事情を聞くと、道に迷う以前から食事らしい食事を食べていないのだとか。
口に入れたのは干し肉と安ワインくらい。
冒険者って体が資本の仕事だよな?
一体どんな食生活を送ってるんだ。
「だったらなおさら料理をごちそうするよ。ひとまず腹を満たしてから、どうするか考えよう」
「あ、ありがてぇ! マジでありがとうな、兄弟!」
アーノルドさんが剣を収め、俺に抱きついてくる。
凄まじい力で羽交い締めされ、一瞬意識が飛びかけてしまった。
どうせならシズさんに優しく抱きついてもらいたかった。
しかしまぁ、流血沙汰にならなくてよかった。
とりあえずパン屋の店長さんに断りを入れてから、テラス席の傍に調理器具を広げる。
「なにを作るのだ?」
焚き火台を取り出して組み立てていると、コーちゃんがそっと尋ねてきた。
「そうだな……あまりゆっくりはできないし、お店で買ったパンを使ってホットサンドでも作ろうか」
「ホットサンド! それはいい考えだな!」
わふんとコーちゃんが吠える。
ホットサンドはお手軽で美味しいからな。
てなわけで、焚き火台に固形燃料をのせ、火のエレメントを使った生活魔法の「フレイム」で火をつける。
それを見ていたシズさんが「あっ」と声をあげた。
「ユウマさんも魔道士だったんですね」
「『も』ってことはシズさんも?」
「はい。私は光のエレメントを使った魔法を得意としています。まだまだ未熟ですけれど」
えへへ、と照れ笑いをするシズさん。
彼女は光のエレメントを使った光魔法……その中でも需要が高い傷を癒やす回復魔法や、攻撃力や守備力を高める支援魔法を使えるらしい。
「いやいや、シズは未熟じゃないぜ?」
アーノルドさんが自信満々に続ける。
「シズはウチのパーティの要だ。何度ピンチを救われたことか」
「それにシズは頑張り屋だからね。あと、こんな風に可愛いしさ~」
「あ、あう~、やめてくださいジュディさん……」
ジュディさんに頭をこねくり回され、シズさんが目を白黒させる。
そんな彼女らを見て、ほっこりしてしまった。行き当たりばったりな感じだけど、すごくいい関係なのがうかがい知れる。
こういうの「仲間」って感じがしていいよな。ちょっとうらやましい。
そんなシズさんたちに見守られながら、料理を続ける。
ホットサンドメーカーに半分に切ったパンにスライスチーズ、マヨネーズをはさむ。おまけにスカーレットボアの肉も。
以前にクリアランスを使って毒素を浄化させているので、新たに魔法をかける必要はない。
食材を入れたら蓋をして、火にかける。
様子を見ながら両面を焼いて、いい感じに焦げ目ができたら完成だ。
「……しかし、それはなんなんだ? 兄弟?」
アーノルドさんがホットサンドメーカーをまじまじと見ながら尋ねてくる。
「フライパンにしては不思議な形をしているが?」
「ホットサンドメーカーっていう調理器具だよ。こんな風に簡単に熱々のホットサンドを作ることができるんだ」
「へぇ~、初めて見たぜ。パンの間に入っているそれは?」
「チーズとマヨネーズ……それに、スカーレットボアの肉だな」
「……ふわっ!? スカーレットォオォ!?」
素っ頓狂な声をあげたのは、ジュディさんだ。
「ス、スカーレットボアって、まさかあんた……モンスター飯を食わせるつもりだったの!?」
さっきまでの飄々とした雰囲気はどこかにすっ飛び、激しく動揺している。
アーノルドさんたちも目を丸くしているし、もしかするとモンスターの魔素のことを危惧しているのかもしれないな。
「大丈夫だ。ちゃんと浄化魔法で毒抜きはしてる」
「……えっ!? ユウマさんって火の魔法だけじゃなく、光の浄化魔法も使えるんですか!?」
「まぁ、使えるけど?」
なんでそんなびっくりしてるんだ?
「つ、使えるけどって……普通、魔道士が使えるエレメントは一種類だけじゃないですか! 世界に五人しかいない『至高の魔道士』でも一種類しか使えないですし!」
そ、そうなのか?
初耳もいいところだが。
ちらりとコーちゃんを見ると、「知らぬ」と言いたげにプイッとそっぽを向いた。
この子、「我、全知全能のコーギーなり」みたいな雰囲気を出してるけど、人間界のことはよく判らないのかもしれない。
そういや、コマルのことを聞いたときは「又聞きしました」みたいな雰囲気だったな。
「と、とにかくだね!」
ジュディさんが声を張り上げる。
「ユウマには悪いけど、あたしはモンスター飯は食べないよ! 以前、ひどい目に遭っちまったんだから!」
ジュディさんが言うには、何年か前に金欠になったとき仕方なくモンスター肉を食べた経験があるらしい。魔素抜きをしなかったせいでひどい食あたりになり、数日間生死を彷徨い続けたのだとか。
な、なるほど。それはトラウマになるな。
「わ、わかった。それじゃあ、ジュディさんにはスカーレットボアの肉の代わりに卵を入れたのを作るよ」
少し味気ないけど、食事は楽しまないとな。
ジュディさんはしばし考え、バツが悪そうに頭を下げる。
「ご、ごめん。せっかく作ってくれたのに……」
「いやいや、大丈夫だよ。アーノルドさんとシズさんはどっちを食べる?」
「え? あ~……俺も肉なしかな」
と、アーノルドさん。
シズさんはしばし考えて、そっと手を挙げた。
「わ、私は……肉ありで……」
「「えっ」」
アーノルドさんとジュディさんが驚いた顔でシズさんを見る。
「モンスターの肉を食べるのか?」
「嘘でしょ、シズ?」
「……っ! ま、間違った! やっぱり肉なしで!」
シズさん、高速で手を下げる。
それを聞いてホッとしたような顔をするアーノルドさんとジュディさん。
だが、俺にはハッキリとわかった。
シズさんってば、完全に場の空気に流されたよね?
キミ、もしかしてモンスター飯に興味あり?
いいよ、いいよ? 俺、作っちゃうよ?
──なんてひとりで盛り上がっちゃったけど、自重した。
だってほら、料理のせいで彼らの絆に綻びが出たりしたらイヤだし。
今日のところは大人しく普通のホットサンドを作りますよ。
新しいパンに卵をのせて、再び火にかける。
数分でスカーレットボアのホットサンド改め、チーズマヨ卵のホットサンドが完成した。
ナイフで切って、アーノルドさんたちに配る。
俺とコーちゃんの分は、もちろんスカーレットボアの肉入りだ。
「すごくいい香りがしますね」
「うん。すごく美味しそう」
ごくりと唾を飲み込むシズさんとジュディさん。
「よっしゃ! 早速いただくぜ兄弟!」
彼女らを横目に、アーノルドさんが豪快にホットサンドに食らいついた。
瞬間、目を丸くする。
「お、おおおっ!? なな、なんだこりゃ!? チーズと卵をパンで挟んでるだけなのに、めちゃくちゃ美味いじゃねぇか!?」
「……そ、そんなに?」
ジュディさんが疑わしい目をアーノルドさんに向ける。
だが、美味そうな香りに心をくすぐられたのか、すぐに手に取った。
「あ、あたしも食べようかな」
「わ、私も」
ジュディさんに続き、シズさんもホットサンドに口をつける。
はむっと食んだ瞬間、驚いたような顔に。
「……あっ! 美味しい! 卵とチーズがよく合ってますし、このソースも美味しい!」
「うん。パンだけで食べるより数段美味いね。こりゃすごい」
ジュディさんが、しげしげとホットサンドを見ながら尋ねてくる。
「これってユウマが考えた料理なの?」
「いやいや、誰でも知ってる一般的な料理だよ」
「誰でも知ってる? 初めて食べた料理だけど……?」
「俺の世界……じゃなくて、俺の国ではオーソドックスなやつなんだよ。あはは」
愛想笑いでごまかした。
異世界からやってきたことを話してもいいが、説明するのが面倒だしな。
なんて話していると、コーちゃんに「我、早く食べたいのだが」と催促されたので、焼きたてのホットサンドをふたつに切った。
美味しそうなスカーレットボアの肉汁が滴り落ちる。
うわわ、もったいない。
慌てて片方に食らいつくと、濃厚でジューシーな豚肉の味が口の中にぶわっと広がった。
ああ、最高だな……。
思わず遠い目をしてしまう俺。
何度食べてもスカーレットボアは美味すぎる。
チーズとマヨもよく合ってるし。
「飼い主殿……」
と、足元から小さな声が。
コーちゃんが物悲しそうな目でこちらを見ていた。
「あ、ごめんごめん。こっちがコーちゃんの分だ」
「あむっ……あぐっ、あぐっ」
ガツガツと一心不乱に食べ始めるコーちゃん。
あっという間に口の周りが脂まみれに。
ううむ。これは後で川に下りて顔を洗ってもらわなきゃな。
「……ん?」
と、傍から鋭い視線を感じた。
そちらを見ると、アーノルドさんたちがジッとこちらを見ていた。
「……スカーレットボア、食べるか?」
「「「いや」」」
三人は同時にぷるぷると首を横に振る。
あ、そう? こんなに美味いのに。
普通のホットサンドより何倍も美味いと思うが、無理強いはできないか。
それから二十分ほどで、パン屋の店主さんにもらったパンは全部ホットサンドになって俺たちの胃袋に中に収まった。
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