第十話 社畜リーマン、暑苦しい冒険者と出会う
「コーちゃん、あの男!」
「うむ、間違いない」
とっさに身構える俺。コーちゃんも警戒を顕にする。
店の中で戦闘が始まるのか──と思ったのだが。
「す、すまねぇ、兄弟!」
現れた男は俺を見るなり、縋りついてきた。
「そのパン、俺に譲ってくれねぇか!?」
「……え? なに? パン?」
「ああ、そうだ! かれこれ三日くらいなにも食べてねぇんだ!」
「……あ~」
つい、気の抜けた返事をしてしまった。
状況が理解できなかった。
盗賊なのにパンが狙いなのか?
いや、と男を改めてみる。
凄まじい気迫だが、よく見ると頬がこけていてげっそりとしている。
もしかすると盗賊ではなく、ただ腹をすかせているだけなのかもしれない。
店主さんを見たら、すごく呆れたような顔をしていた。
「すまねぇ、兄ちゃん。多分、冒険者だ」
「ぼ、冒険者?」
「ああ。ここはコマルに近いからな。たまに来るんだよ。道に迷って餓死しかけてる新参冒険者が」
「……んなっ!?」
男が驚いたように目を見開いた。
「ちょっと待て! 確かに道に迷っているが俺は新参じゃねぇぞ! 熟練者だ!」
そう言って、首から下げていたネックレスをこれ見よがしに見せてくる。
「おら、目を凝らしてしっかり見ろ! 俺はシルバークラスだ!」
そのネックレスには小さなプレートがついていて、銀色に輝いている。
多分、冒険者のランクを示すプレートなんだろう。
そのシルバークラスというのがどの程度すごいのかはわからないが。
「ああ、すまん」
店主さんが頭を下げる。
「新参者だと言ったのは、失言だったな」
だが──。
そう付け加え、店主さんが続ける。
「熟練者で道に迷っているほうが恥ずかしくないか?」
「……そっ」
男はなにかを言いかけて、その言葉をグッと飲み込むのだった。
***
その後、パン屋の店主さんが追加で十個ほどパンを譲ってくれたので、俺は現れた男にそれを無償提供することにした。
別にそんなことをする義理もないのだが、三日間なにも食べてない人間を見捨てるのはちょっと可哀想だし。
「本当に恩に着るぜ、兄弟」
大量のパンを抱え、男が笑みを浮かべた。
「俺の名前はアーノルドだ」
「俺はユウマ。こっちは相棒のコーちゃんだ」
「よろしくな、コーちゃん」
「……わふっ」
コーちゃんが小さく鳴く。
てっきり「我は聖獣フェンリルである」なんて言うんじゃないかと身構えたが、空気を読んで犬のフリをしてくれたみたいだ。
グッジョブだ、コーちゃん。
店長さんから「外のテラス席を使ってもいい」と言われたので、男と一緒に外へ行くことにした。
扉を開けると、店の入口付近にふたりの女性が立っていた。
ひとりは小柄な女性。
髪色は銀で、少しだけウエーブかかった絹のような長い髪をしている。
服装は白いスカートに緑のマント。特徴的なのは、その長い耳だ。
もしかしてエルフなのだろうか。
背丈は子どもみたいだが気品を感じる。見た目以上の年齢なのかもしれない。
そして、もうひとりは猫耳の女性。
体のラインがくっきりわかるタイトな黒い服を着ていて、長い尻尾がある。髪と瞳は赤。ツンとした雰囲気があって、どこか気だるそうにしている。
ふたりともパン屋にやってきた新たな客というわけではなさそうだ。
「……あっ」
小柄な女性がこちらに気づき、駆け寄ってきた。
「ど、どうだった? アーノルド?」
「安心しろシズ。兄弟が俺たちのためにこんなにパンを譲ってくれた!」
「えっ……すごい!」
目をまんまるくする、シズと呼ばれた少女。
どうやら彼女たちはアーノルドさんの知り合いらしい。
もしかすると冒険者の仲間なのかも。
そんなシズさんが、俺に深々と頭を下げる。
「あ、ありがとうございます! なんと御礼を言えばよいか……」
「気にしないで。あっちの席を使っていいみたいだから、とりあえずそこで食べよう」
アーノルドさんたちと、店の裏にあるテラス席へと向かう。
板張りの床に丸いテーブルと、ガーデンパラソルが設置されていた。
なんともおしゃれなテラス席だ。
そんなテラスには、傍を流れる川の音が心地よく響いていた。
席に座ると、渓谷の両岸に広がる美しい新緑の木々が一望できる。
川のせせらぎに、鳥のさえずり。
静けさの中に自然が奏でる音が溶け込む、癒やされるシチュエーション──だったのだが。
「兄弟っ! 重ね重ね、本当に恩に着るぜっ!」
テーブルに額をこすりつけるくらい頭を下げるアーノルドさんの熱い声が響く。
あの、もう少し声のボリュームを下げてもらえないかな?
最高のシチュエーションがぶち壊しっていうかさ。
コーちゃんも「何ごと!?」ってびっくりしてるし。
そんな暑苦しいアーノルドさんが続ける。
「このパンなんだが、先に俺の仲間たちに食べさせてもいいか、兄弟?」
「え? まぁ、全然かまわないが?」
「ありがてぇ! てなわけで、たくさん食え! お前ら!」
アーノルドさんはパンをドサドサッとシズさんと、猫耳の女性の前に置く。
それを見てシズさんが慌てて続ける。
「アーノルドさんも一緒に食べましょうよ? こんなにたくさんあるんですし」
「いいや! お前らが先だ! この三日間、飯を食えなかったのは全部俺のせいだからな! 遠慮せず食べてくれ! シズ! ジュディ!」
「あ、そう? じゃあいただくわ」
ジュディと呼ばれた猫耳の女性があっけらかんとした顔でパンを手に取る。
シズさんと違って、アーノルドさんに遠慮なんてない様子。
だが、そのまま食べるのかと思いきや、こちらに視線を送ってくる。
「食べる前にお礼を言いたいんだけど、名前を教えてもらえるかしら?」
「え? 俺? ユウマです」
「あたしはジュディ。パン、ありがとね」
ジュディさんは俺にウインクすると、パンにかじりつく。
ちょっとドキッとしてしまった。なんていうか、スゴイ色気だ。
「で、では私もいただきますね、ユウマさん」
シズさんも遠慮気味にパンを手に取る。
「ええと、私はシズといいます。本当にありがとうございます」
シズさんはペコリと頭を下げると、ちまっとパンに口をつけた。
お腹が空いているだろうし、もっとガッツリ食べればいいのに。
というか、個性が強い人たちだな。
冒険者ってみんなこんな感じなんだろうか。
「アーノルドさんたちは冒険者なんだよな?」
何気なく尋ねてみた。
アーノルドさんがこくりと頷く。
「ああ。俺たちはコマルを拠点にしている冒険者だ。この近くのダンジョンにゴブリンが大量発生しているらしくてな。討伐依頼を受けて来たんだ」
「ゴブリン……?」
確か小さな鬼みたいなモンスターだよな。
俺が読んでいたラノベの世界では弱いモンスターの代名詞みたいなもんだったけど、この世界ではどうなんだろう?
アーノルドさんたちにバレないようにそっとコーちゃんに聞いてみる。
「ゴブリンって小鬼みたいなやつだよな?」
「そうだな。非力で知能も低いが群れて村を襲うこともある。数が揃うと結構厄介なモンスターだ」
「なるほど。それで討伐依頼が出されたわけか……」
単体では非力だが、数で攻められたら恐ろしいタイプのモンスターってわけだ。
そういうところも、俺が知るゴブリンと同じだ。
アーノルドさんが続ける。
「んで、そのダンジョンがここ辺りにあると聞いて来たんだが、全く見当たらなくてな」
「それで三日三晩、彷徨ってるってわけ」
呆れたような声で、ジュディさんが続く。
俺はアーノルドさんに尋ねる。
「ちなみに、なんという名前のダンジョンなんだ?」
「薄闇洞穴って名前のダンジョンだ」
「……薄闇洞穴?」
「む? 知ってるのか、兄弟?」
「ああ、聞き覚えがある」
俺はポケットから地図を取り出す。コーちゃんに聞きながら作ったあの地図だ。
たしかそんな名前があったような記憶がある。
テーブルに広げると、コーちゃんが覗き込んできた。
巨人の足平原から、今いる渓谷を通ってコマルの町に。そこから南に行くと「薄闇洞穴」と書かれたダンジョンを発見した。
今俺たちがいる場所からは相当離れている。
「……うむ、全然違う場所だな」
コーちゃんが小さい声でぽつり。
コマルの町を中心にすると、完全に真逆だ。
「どうした兄弟?」
「ええと……多分ここが薄闇洞穴っていうダンジョンなんだが」
俺が指さした場所に視線を移すアーノルドさん。
「……結構離れてないか?」
「だな」
そう答える俺。
しばし、沈黙が流れる。
「……えっ、嘘でしょ!?」
ジュディさんの驚いたような声が響いた。
「え? え? いやいや! ちょっと待って!? 全然違う場所じゃん! ここからどのくらいかかるの、ここ?」
「え、ええと……」
シズさんが苦笑いを浮かべる。
「多分、二日くらいですかね……あはは」
「ふ、二日ぁ!? なにそれ! めんどくさっ!」
「……くっ、すまねぇ!」
顔をしかめるアーノルドさん。
最高のシチュエーションのはずのテラス席が、一瞬で重苦しい雰囲気に。
「こうなっちまったのは、全部俺の責任だっ!」
アーノルドさんは勢いよく立ち上がると、腰に下げていた剣を抜いた。
「これ以上、お前らに迷惑はかけられねぇ! 今から腹を切るから、俺を食料にして乗り切ってくれっ!」
「……えええっ!? ちょ、待って!?」
本当に剣を抜こうとするアーノルドさんを慌てて止めた。
「だだ、だめだろそんな! 命を粗末にするのはよくないぞ!?」
「そ、そうですよっ! ユウマさんの言う通りです!」
シズさんが続く。
「アーノルドさんを食べても絶対美味しくないですよ!」
「脂身少なそうだもんね」
呆れた顔のジュディさんが、口にパンに咥えたままため息をひとつ。
いや、ちょっと待ってよキミたち!?
美味しいか美味しくないかは問題じゃないと思うが!?
「と、とにかく、一旦落ち着こう! な!? ええと……俺がなにか美味しい料理を作るからさ!」
「……料理だって?」
暴れていたアーノルドさんがぴたりと止まった。
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