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第3話


「何があかんのやろう」


ゆいはホテル街の前に立ち尽くしながら、そう思った。


高校生でも、探せば相手なんていくらでもいる。

適当な男を捕まえて、さっさと済ませるだけの話や。


そう思っていた。


なのに——なぜか、足が動かない。


スマホの画面を見つめる。

男の連絡先はいくらでもある。

夜の店で出会った相手。

街でナンパしてきた相手。

適当に連絡を送れば、すぐにホテルに行ける。


なのに。


——蒼一郎の顔が浮かんだ。


『なぁ、お前ほんまにそれでええんか?』


カフェでの言葉が、頭から離れない。


「……なんでやねん」


ゆいはスマホを握りしめた。


「関係ないやろ」


蒼一郎なんか、関係ない。

彼は何も知らん。

あたしの世界に関係のない人間や。


「……関係ない、はずやのに」


なぜか、踏み出せなかった。


足が動かへん。

喉が渇く。


ゆいは苛立ちを覚えながら、その場を離れた。




どこを歩いているのか、よくわからなかった。


夜の街を彷徨いながら、考える。


「何があかんのやろ」


処女を捨てるだけやのに。

ただの行為やのに。

美柑にも言われた。


『好きでもない男に抱かれて、金を稼ぐ。言葉にしたら簡単やけどな、実際やるとなったら話は別や』


あの時は「そんなもん簡単や」と思った。

でも今、自分はこうして迷っている。


「……」


ゆいはスマホを開き、美柑の名前を見つめた。


彼女に会いに行こう。


こんな時、どうしたらええのか。

美柑なら、わかるかもしれへん。



「今から会える?」



スマホの画面を見つめながら、美柑にメッセージを送った。


数秒後——既読がつく。


「ええで。西埠頭の海岸な。1時間後」


それだけの短い返信。


ゆいはスマホを閉じ、歩き出した。


西埠頭。


神戸のベイエリアにある、静かな海岸。

街の光が反射して、夜の海がキラキラと輝く場所。


そこに行けば、美柑に会える。

何かが変わるかもしれない。


駅構内の階段を降りた後、三宮の繁華街を抜け、ゆっくりとハーバーランドの方へ歩いていった。




神戸ハーバーランドのショッピングモールに着くと、目についたベンチに腰を下ろした。


待ち合わせまで、あと40分。


特にやることもない。


ゆいはショッピングモールの中をフラフラと歩いた。


ブランドショップのガラス越しに、きらびやかなバッグや服が並んでいる。

ファミリー向けのレストランからは、食事を楽しむ親子連れの姿が見えた。


世界は、普通に回っている。

誰もが、自分のいる世界の中で生きている。


でも、自分にはもう関係ない。


「……」


店のウィンドウをぼんやりと眺めながら、ゆいは歩いた。


そのとき——。


突然、誰かに肩を掴まれた。


「……!」


驚いて振り返ると、そこには見覚えのある3人の女子が立っていた。


宮下みやした西本にしもと高梨たかなし


学校で、何度も何度も、ゆいをいじめていた連中。


彼女たちは、ゆいの前で何かを言っている。


——でも、聞こえない。


宮下が口を大きく開いて、何かを叫ぶ。

西本が指をさしながら、楽しそうに笑う。

高梨はスマホをいじりながら、時折こちらをチラチラと見ている。


ゆいは何もわからなかった。


でも、彼女たちがどんなことを言っているのかは、なんとなくわかる。

学校で、何度も聞いてきた言葉だから。


「耳聞こえへんのに、学校なんか来て意味ある?」

「気持ち悪い」

「なんかずっと、ボーッとしてるよな」

「こっち見んなや」


聞こえなくても、感じる。

彼女たちが自分に向ける悪意は、形のない鋭い刃のように突き刺さる。


「……」


ゆいは何も言わず、立ち去ろうとした。


だが——宮下が腕を掴んだ。


「……?」


何かを言っている。

笑っている。


西本がスマホの画面をこちらに向けた。


そこには、「なんで学校来なくなったん?」と打たれていた。


ゆいは、画面を見つめたまま、動かなかった。


——何を言っても、無駄や。


何かを答えたとしても、彼女たちはそれを笑うだけ。


だから、何も言わない。


それが、一番楽な方法や。


ゆいは俯いた。


「……」


西本がまた何かを言う。


すると、宮下と高梨が笑い出した。

次の瞬間、宮下がゆいの制服のリボンを引きちぎった。


「……!?」


ゆいが驚いて後ずさると、今度は高梨がスカートの裾を掴んで引っ張る。


——何をされてる?


よくわからなかった。


彼女たちは何かを言いながら、次々と服を乱暴に脱がせようとする。


ゆいは抵抗しようとしたが、人数が多すぎた。


宮下がスマホを取り出し、どこかに電話をかける。


——男?


口の動きで、わかった。


誰かの名前を呼びながら、楽しそうに話している。

西本と高梨がそれを聞いて、嬉しそうに笑った。


ゆいは、じっと彼女たちの顔を見つめた。


——ああ。


彼女たちにとって、自分は「道具」なんや。


殴るための道具。

バカにするための道具。

ストレスを発散するための道具。


ずっとそうやった。

学校にいた頃から、ずっと。


それが、今も変わってへんだけや。


「……」


宮下が電話を切った。

そして、画面をゆいに向ける。


そこには、「今からあんたの“遊び相手”が来るから、大人しくしてな?」と書かれていた。


ゆいは、それを読んだ瞬間——走った。


「!!」


宮下が叫ぶ。

西本と高梨も、慌てて追いかけようとする。


でも、ゆいはすでに全力で走っていた。


全身の血が沸騰しそうなほど熱い。


考える余裕なんかない。

ただ走るしかなかった。


走る、走る、走る。


耳を塞ぐ必要なんてなかった。

どうせ、何も聞こえへんから。


彼女たちの罵声も、追いかける足音も、すべて無音の世界の中に溶けていく。


逃げなあかん。


逃げなあかん。


逃げなあかん——!!

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