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第19話



ラーメン屋を出ると、夜風がひんやりと頬を撫でた。


蒼一郎が軽くストレッチをしながら、笑う。


「いやー、食いすぎたわ。うまかったけど、ちょっと腹パンや」


ゆいはスマホに短く打つ。


「食いすぎや」


「お前もまあまあ食っとったやろ」


「普通」


「いや、結構な量やったで」


蒼一郎は冗談めかして笑い、ゆいは肩をすくめる。


通りには人の波が続いていた。


繁華街の光が、夜の闇を押しのけるように輝いている。

路地裏のバーの扉が開き、酔った客が大きな声で笑う。

高架下の向こうで、下りの電車が線路を揺らしながら走っていた。


2人は、目的もなく歩いた。


——久しぶりに、こんな風に過ごした。


ずっと、学校では一緒だった。

隣にいるのが当たり前だった。


でも、今は違う。


「当たり前」って、なんなんだろう。


蒼一郎といると、つい日常が恋しくなってしまう自分がいる。


ゆいは理由もなく彼を見た。


気さくな彼の横顔や、見慣れたその歩き方を。



スマホを打ち込みながらふと思う。


「なんでかわからんけど、楽しい」


蒼一郎は、スマホの画面を見て、少し驚いたように目を丸くした。


「お、珍しいな。お前、そんなこと言うん」


ゆいは、わからないというように首を振る。


でも、少しだけ考えてから、続けた。


「きっと、久しぶりやから」


「久しぶり?」


「しばらく会ってなかったやろ?それで…」


「それはお前が学校に来んからやろ」


「しょうがないやん」


ゆいは頷く。


「……俺」


蒼一郎は、ポケットに手を突っ込みながら、ふっと笑った。


「お前は、お前やん。耳が聞こえへんとか、関係ないやろ」


——関係ない。


ゆいの胸の奥が、少しだけ熱くなる。


「お前が喋られへん分、俺が多めに喋るし、お前がスマホで言う分、俺がちゃんと読む」


「そんだけやろ」


ゆいは、スマホを見つめながら、ゆっくりと歩き続けた。


それが、ずっと当たり前のように思っていたけど——


でも…


「ほんなら、もうちょい歩くか」


蒼一郎は、笑って誤魔化すように言う。


「お前が楽しいって言うん、めっちゃ珍しいから、今日は歩き倒そや」


ゆいは、小さく頷いた。




しばらく歩くと、大きな交差点に差し掛かった。


信号待ちの人々が群れをなし、行き交う車のヘッドライトが白く光る。


蒼一郎が、ふと立ち止まる。


「そろそろ帰ろか」


ゆいは、スマホに「わかった」と打つ。


「お前は?」


「仕事がある」


蒼一郎の表情が、わずかに曇った。


「……仕事」


「ほんまに、やるん?」


ゆいは、短く「うん」と答える。


「やめとけへんの?」


「なんで?」


蒼一郎は、ゆいの顔を見つめた。


「……なんか、嫌な予感がする」


「大丈夫」


蒼一郎は、それ以上言えなかった。


信号が青に変わる。


蒼一郎は、一歩踏み出しかけて、

もう一度だけ振り返った。


「また……会える?」


ゆいは、スマホを開いたまま、しばらく考えた。


そして、短く打ち込む。


「きっとな」


蒼一郎は、少しだけ苦笑した。


「そっか」


「ほな、またな」


そう言って、蒼一郎は人混みの中に消えていった。



夜空を見上げると、星がいくつか輝いていた。


ビルの谷間には、夜のネオンが光り、

遠くで無機質なクラクションが響く。


——ほんまに、大丈夫なんやろか。


ゆいは、スマホを握りしめたまま、しばらく立ち尽くした。


そして、静かに踵を返し、次の目的地へと歩き出す。


“仕事”のある場所へ。

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