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第11話



エレベーターが1階に到着し、扉が静かに開いた。


夜の空気が、肌に冷たく触れる。


ゆいは、封筒を渡した手の感触がまだ残る指先をじっと見つめた。



——終わった。



でも、本当にこれでよかったんやろうか?


相手の男の反応は明らかにおかしかった。

警戒され、疑われた。

「お前、何者や?」


その言葉が、頭の中に焼き付いて離れない。


ゆいは、スマホを開き、美柑からの短い返信をもう一度確認する。


「ご苦労さん」


……それだけ。


何の説明もない。

ただ、やるべきことをやった、それで終わり。


ゆいは、繁華街のネオンがぼんやりと滲む道路を歩きながら、足元に視線を落とした。


——「知らんでええ」って、こういうことなんか。


知らんままでええんか?


でも、それを考えても答えは出えへん。

わかっているのは、これが「仕事」やったということだけ。


ゆいは、ゆっくりと三宮の裏路地へ向かって歩き出した。




ビルのドアを開けると、相変わらずの煙草と酒の匂いが漂ってきた。


ソファにはリョウが座り、煙草をくわえながら新聞をめくっていた。

カウンターではレナが静かにスマホをいじり、美柑はテーブルに肘をつきながら何かを考え込んでいる。


ゆいが入ってくると、美柑はすぐに顔を上げた。


「おかえり」


リョウも新聞から顔を上げ、にやりと笑う。


「お、帰ってきたな。で、どないやった?」


ゆいは、スマホに文字を打ち込む。


「……渡した」


「そっか」


美柑はそれを見て、軽く頷いた。


リョウは煙を吐きながら、ゆいの表情をじっと観察する。


「なんや、その顔」


「……?」


「不安なんか?」


ゆいは、スマホに「……違う」と打ったが、それが本心かどうかは自分でもわからなかった。


リョウは少し笑って、煙草を灰皿に押し付ける。


「まぁ、最初はそんなもんや」


すると——。


マチが、カウンターの横の自販機に寄りかかりながら、缶ジュースを手に取った。


「なんも気にすることあらへんやろ」


「……」


「ただの“運び”やったんやろ? それで終わりやん」


ゆいは、マチの言葉をじっとスマホで読み返した。


「……ほんまに、それだけ?」


スマホにそう打ち込む。


美柑が軽く笑った。


「それだけやったらあかんの?」


ゆいは、言葉を失った。


「何も考えんでええ。ただ、やるべきことをやる。それだけ」


マチが缶ジュースのプルタブを開けながら続ける。


「そんなん、いちいち気にしてたら、この世界ではやっていかれへんで?」


ゆいは、ゆっくりと視線を落とした。


「……」


美柑が、ゆいのスマホをチラリと見た後、少しだけ真剣な表情になった。


「それとも、なんか問題でもあったんか?」


ゆいは、少しだけ迷ってから、スマホに文字を打つ。


「……男に、疑われた」


その瞬間——空気が、少しだけ変わった。


リョウが目を細め、レナがスマホから顔を上げた。


美柑は、少し間を置いてから静かに聞いた。


「……どんなふうに?」


ゆいは、男が「お前、何者や?」と言ったこと、そして、電話をかけようとしていたことを簡潔に伝えた。


リョウは、ふっと息を吐いた。


「なるほどな」


マチが腕を組んだ。


「そりゃまぁ、急に知らんやつが来たら警戒もするやろ」


美柑は少し考え込むような表情になった後、ゆいの目を見た。


「で、お前はどうしたん?」


ゆいは、スマホに打ち込む。


「封筒を押し付けて、そのまま帰った」


美柑は、それを見てから、ふっと笑った。


「まぁ、ええ判断や」


リョウが軽く笑い、肩をすくめる。


「初仕事にしちゃ上出来やん」


でも、ゆいの中には、まだ違和感が残っていた。


「……これで終わり?」


スマホにそう打つと、美柑は煙草をくゆらせながら頷いた。


「せや。お前の仕事は、もう終わっとる」


——ほんまに?


何かが引っかかる。


でも、それを言葉にすることはできなかった。


ゆいは、静かに息を吐く。


「……わかった」


スマホにそう打ち込み、席に座る。


美柑は、そのゆいを見つめたまま、目を細めた。


「お前、これからもやる気あるん?」


ゆいは、一瞬だけ迷ったが、スマホを握りしめた。


そして、ゆっくりと文字を打つ。


「……うん」


その答えに、美柑は満足そうに微笑んだ。


「ええやん」


リョウが立ち上がり、ストレッチをしながら言う。


「そんじゃ、次の仕事やな」


ゆいの胸が、少しだけ高鳴る。


もう、後戻りはできない。

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