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第10話



「ほな、今日はお前に仕事を一つ頼むわ」


美柑が、ポケットから煙草を取り出しながら言った。


ゆいは、その言葉にスマホを握りしめた。


——仕事。


自分が「プレイヤー」として動く最初の機会。


「いきなり難しいことはさせへん」


美柑は、煙を吐きながら続ける。


「まずは簡単な仕事からや」


「簡単な仕事?」


ゆいがスマホに打つと、美柑はリョウに目を向けた。


リョウは、ゆるく笑いながら内ポケットから小さな封筒を取り出した。


「これを、ある場所まで運ぶだけや」


ゆいは、それを受け取ると、不思議そうに封筒を見つめる。


封筒は薄く、指で押すと中に何か固いものが入っているのがわかった。


「……何が入ってるの?」


リョウは軽く笑う。


「知らんでええ」


「せやな」


美柑も、リョウの言葉に同意するように頷いた。


「お前の仕事は、中身を知ることちゃう。ただ、決められた場所に、決められた時間に運ぶことや。」


ゆいは、その言葉をじっとスマホで読み返した。


——知らんでええ?


でも、リョウも美柑も、それ以上何も説明する気はないようだった。


「場所は?」


スマホにそう打ち込むと、マチがすっと紙を渡してきた。


「ここや」


そこには、三宮の繁華街にあるビルの住所が書かれていた。


「時間は23時ちょうど。相手はお前の顔を知っとるから、ただ渡すだけでええ」


美柑は、ゆいの肩を軽く叩く。


「簡単やろ?」


ゆいは、封筒を握りしめたまま、静かに頷いた。


——ほんまに簡単なんやろうか。


でも、考えていても仕方がない。


これが、最初の仕事。


ゆいは、夜の街へと向かった。



ビルのネオンが、夜の街を青白く照らしていた。


繁華街のざわめきが遠くで響く。


視界に映る人々の動き、車のライト、交差点の信号——

それらすべてが、夜の街の「鼓動」だった。



ゆいは、ポケットの中の封筒を握りしめながら、指定されたビルの前に立った。


——ほんまに、これだけでええんやろうか。


リョウや美柑は「ただ渡すだけでええ」と言った。

でも、それが「普通の仕事」ではないことは、わかっていた。


それでも、これは「プレイヤー」になるための第一歩。


ゆいは、深呼吸をしてビルの中へ入った。



エレベーターで3階へ上がり、廊下を進む。


ドアの前に立ち、ゆっくりとノックする。


——コン、コン。


ドアが開いた。


中には、30代後半と思しき男がひとり。


黒のスーツを着た短髪の男で、左手には煙草。


——この人が、渡す相手か。


ゆいは、ポケットから封筒を取り出し、男に差し出した。


しかし——。


男の表情が、一瞬、怪訝そうに曇る。


「……お前、誰や?」


口の動きだけを見て、ゆいはそう言われたことを察した。


スマホを開こうとするが——。


男が、いきなりゆいの手首を掴んだ。


「おい、なんか喋れや」


ゆいは驚き、一瞬、反射的に身を引いた。


男の眉がさらに歪む。


「……なんや、お前」


ゆいは、スマホに急いで打ち込む。


「耳が聞こえません。渡すだけです」


男は、その画面を覗き込むと、唇を歪めた。


「……なんや、冗談きついな」


ゆいは、封筒をもう一度差し出した。


——ただ、渡すだけ。それだけや。


しかし——。


男はすぐに受け取らなかった。


視線をじっとゆいに向けたまま、煙草を咥え直す。


「……お前、ほんまに“真里亞”のもんか?」


その言葉に、ゆいは息を詰まらせた。


——なんで?


ゆいの手が、ほんのわずかに震えた。


この仕事は「ただ渡すだけ」のはずやった。

それなのに、なんでこんな展開になっとる?


「……お前、ちょっと待てや」


男は、スマホを取り出し、どこかに電話をかけようとした。


ゆいの心臓が、強く脈打つ。


——このままでは、まずい。


何かを言わなあかん——でも、言葉は届かへん。


ゆいは、一瞬の迷いの後——

封筒を男の手の中に強引に押し込んだ。


「……!」


男は、一瞬驚いた表情をしたが、封筒を掴んだ。


ゆいは、すぐに踵を返し、ドアを開けた。


「……おい、お前——!」


男が何かを言いかけるが、ゆいは振り返らなかった。


ドアを閉め、すぐにエレベーターに向かう。


ボタンを押しながら、息を整えた。


——やっぱり、ただの「仕事」なんかじゃなかった。


エレベーターが開く。


ゆいは中に滑り込み、1階のボタンを押した。


ドアが閉まり、ゆっくりと下降する。


手のひらが、少し汗ばんでいた。


エレベーターの中で、スマホを取り出す。


そして、美柑にメッセージを送った。


「渡しました」


数秒後、既読がつく。


「ご苦労さん」


それだけの短い返事。


ゆいは、スマホの画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

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