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キャンバス~色なき世界のアービトレーター≪仲裁人≫~  作者: ぶーたん
第5章 産業革命編

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第83話 世界の変化と三強、そしてクロの道

『英雄の逆鱗』から一年。キャンバス大陸は、鉄と蒸気のすすけた色に塗り替えられていた。

かつて魔獣車や馬車がのんびりと砂埃を上げていた街道には、漆黒の鉄路が敷かれている。四大都市国家を繋ぐ『魔導列車』の開通は、単なる荷運びの手段ではない。人の移動を加速させ、物価を揺らし、昨日までの「高価な希少品」を、今日には「ありふれた日用品」へと叩き落とした。まさに、世界を飲み込む産業革命の真っ只中であった。


そんな喧騒を余所に、クロは――。

朝からヒメとの日課である訓練に励み、洞窟の中で地面を舐めていた。完全敗北である。


「マスター。本気出してよ。練習にならないよ」

土煙の中で、ヒメが完全に呆れた声を出す。クロはゆっくりと上体を起こし、口の中の砂を吐き捨てた。


「……もうすぐ勝つ。待ってろ」

「いつもそれ言うけど、いつになったら勝てるの?」

「うるせえよ。今に見てろ。三強だか知らねえけど、引きずり下ろしてやる」

「それは私に勝ってから言ってほしいな」


ヒメは今や『三強』の一角に数えられていた。複数のドラゴンを素手で殴り倒し、『ドラゴンスレイヤー』の異名を冠する少女。他の二人は、唯一のSランク冒険者である英雄アレス、そして黒の国の王ロック・ドラゴスト。一国を一人で滅ぼす戦力を指すその異名は、今の世界における絶対的な序列だった。


訓練を切り上げ、二人は拠点である酒場へと戻った。

キッチンではロウとカゲが、開店に向けた仕込みに追われている。ウィッチは店内に施された魔術回路の点検に余念がない。


「ウィッチが戻ってきてくれて助かる。お前がいない間は本当に大変だったんだから」

ヒメがシャワー室へ向かいながら声をかけると、ウィッチはマッスルポーズを作って胸を張った。

「任せるのだ! 休みをしっかりもらったから、今日から全力で頑張るのだ!」


クロがシャワーを浴びて上がってくると、カウンターの隅にある魔導受信機がけたたましい音を立てていた。カゲがそこから吐き出された一枚の紙――緊急を示す「赤紙」を引き抜き、クロに差し出す。


クロは無造作にその紙を受け取り、中身に目を通した。

『元気にしてるか。今すぐ会いに来い。手土産も忘れるな。イリア・ロドス』

「……ったく。中身のない文章送りつけやがって」

クロは苛立たしげに髪を掻いたが、すぐに立ち上がった。

「じじい。王様宛の土産を作っておいてくれ。準備して行ってくる」

「主、行かれるのですか。いつもはあれほど面倒がっておられたのに」

カゲの問いに、クロはローブを羽織りながら短く答えた。

「しょうがねえだろ。一年前の借りがある。顔くらいは出すよ」


中央ギルド国家の城へ到着すると、見慣れない男が迎えに来た。金髪を後ろに流し、隙のない所作をした色白の男だ。

「クロ様、お待たせいたしました」

「見たことない顔だな。新顔か?」

「はい。今回の経済成長を機に大臣を仰せつかりました、マルコスと申します。以後、お見知りおきを」

深々と頭を下げるマルコスに案内され、クロは王の私室へと入った。


そこには、豪華な食卓を前にした王、イリアが待っていた。一年前よりも少し背が伸び、王としての威厳が体に馴染み始めている。

「やっと来たか。遅いぞ」

「これでも急ぎで来た方だ。ほれ、土産だ」

クロは差し出された手に、包みを置いた。

「魔獣の肉で作ったハンバーガーだ。出来立てだぞ」

「おう、わかっているじゃないか。……マルコス、お前は席を外せ。二人で話す」

「かしこまりました。失礼いたします」

マルコスが音もなく退室し、部屋には二人だけが残された。


イリアはハンバーガーにかぶりつき、満足そうに喉を鳴らす。

「で、用件は何だ。わざわざ赤紙まで寄越して」

クロが目の前の料理を一口つまむと、イリアは食事を止め、真っ直ぐにクロを見つめた。

「お願いがあるんだ」

「嫌だ」

「まだ何も言ってないだろう」

「何も言ってないから怪しいんだよ。周りに聞かれたくない話なんて、面倒事に決まってる」


イリアは苦笑し、子供特有の潤んだ瞳でクロを覗き込んだ。

「わかってるね。……実はさ、中央ギルド国家が列車の開発権を持ってから、内部で不穏な動きがある。僕が調べようとしても、表面上は何も問題が見つからないんだ」

「それを俺に調べろと?」

「いいや。それは僕がやる。クロに頼みたいのは、冒険者試験の『試験官』だ」


クロはためらわずに言い放った。

「断る。ガラじゃねえ」

「そう言うなよ。名家が地位だけで上に登り、質が落ちている。事故を未然に防ぐ意味でも、お前が必要なんだ」

「やらねえよ。他を当たれ」


席を立とうとしたクロに、イリアがわざとらしく大きなため息をつく。

「いいのかなあ。魔獣を狩り放題にしているどこかの酒場が、営業許可を取り消されてもいいのかい?」

「……わかったよ。やればいいんだろ。文句言われても知らねえぞ」

「交渉成立だね。Aランクまでの試験官だ。よろしく頼むよ」


クロは不機嫌そうに鼻を鳴らし、部屋を後にした。

残されたイリアは、冷めかけた食事を見つめ、独り言のように呟いた。

「頼むよ、クロ。……思ったよりも、事態は最悪なんだ」

いつも読んで頂きありがとうございます。

キャンバス続きを書きます。

不定期になるかもしれませんが、やっぱりこの作品は完全に終わらせたいと思いました。

初めての方は2章から読んでもわかるのでよかったら、過去の投稿も読んでみて下さい。

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