第7話 パーティーの準備
教室にて昼頃
5人が制服に着替えて、席に座っていた。
特訓を終えた4人の顔は少し大人びた雰囲気があった。
ダミアはふとみんなの魔力を見てみた。
アレスとテツオとダンガンを見ると荒々しい蒸気が噴き出るような魔力が見える。ダンガンと一緒にいたからわかるが、1週間前よりも格段に魔力量が上がっているのを、見てわかる。寝ているクロの方を興味本位で見ると、ダミアは自分の目を疑った。
「え?」ついクロを見て口に出してしまった。
「ダミアも気が付いたか」ダンガンが落ち着いた声で言う。
驚いたのも無理もない。クロからは魔力が少しも出ていないのである。
「なんで見えないの?」ダミアは理解が追い付かないようで困惑する中、アレスが話し出した。
「クロは魔力を外に出ないように抑えているんだ。俺も試しにやってみたが、少しだけしか、魔力を抑えられなかった。なあ、テツオ」
「そうなんだ。魔力を使う時はその部分だけは見えるんだが、普段は全く見えない。最初聞いたが、魔力の節約ってだけ言って、正直俺達には意味がわからない」
話をしているとブラッド先生が入ってくる。
「おう。1週間お疲れ様。4人ともいい顔つきになったな。1週間前とはまるで別人だ。これなら昇級試験も大丈夫そうだな。おい。クロ起きろ。」
「ん?なんか用?」クロが起き上がると目を擦りながら話す。
「用がなくても、授業だ。だが、所長から『今から研究に付き合ってほしい』と連絡があった。どうだ。行くか?行ったら昇級試験受けられなくなるけど?」
「じゃあ、行って来る。昇級も興味ないし、ここにいても所長が乗り込んで来て、連れていかれるだけだろ」クロは立ち上がるとだるそうに教室を後にしようとした。
「クロ。パーティー来るなら抜けて来ていいからな」ブラッドがクロの後ろ姿に声をかける。
「大丈夫。興味ない」そういってクロは研究棟に向かっていく。
「クロは俺たちのこと嫌っているの」テツオが先生に聞く。
「そんなわけないだろ。1週間も特訓に付き合ってくれているし、嫌ってるわけじゃない。多分、先生のせいだ」ブラッドは悔しさから唇を噛みしめ、生徒たちは悪くないと心の底から信じたかった。
教室の窓から静寂な風吹き、真っ白な世界が教室を包み込んだ。
「まあ、とりあえず授業をしよう。終わったらパーティーをここでやるぞ。授業終了後、みんなで食堂に食べ物を取りに行こう。頼んでおいたんだ」先生は精一杯の笑顔で静まった教室を盛り上げようとした。
研究棟にて
クロは1人で研究棟に入ると慣れているのか、研究室まで歩いていく。研究室の自動ドアが開くと、手入れのされた長い赤髪で、きれいに化粧された顔、少し甘い香水のような香りで、シワ1つない白衣を着た美人の女性が近づいてくる。ディーテ副所長だ。
「よう、ディーテ。来てやったよ」クロは気さくに話す。
「おう、頼もしい応援が来たね。期待してるよ」
副所長とは長い付き合いだ。昔、自分のことを最初に発見したのもこの人だった。昔から研究室に入っては遊んでもらって、お母さんというよりお姉ちゃんのような感じで接してくれる。この施設内で数少ないクロの話し相手でこの施設の母親的存在である。
「今日はパーティーやるんだって、聞いたよ。途中抜けてもいいんだよ。行くの?クロは」
「いや、行かないよ。なんか気まずいし」
「さては、またブラッドかダミアちゃんとなんかあったでしょ。あんたはすぐに怒らせるようなこというから」
「いや。多分・・・。そんなことないとは思うけど・・・」
ディーテとは長い付き合いのせいか。なんだか自分が見透かされるようで、なんか苦手だ。
「それより所長は?」クロはこれ以上自分のことを探らせたくないのを隠したくて、話題を切り替える。
「あの人なら別の部屋で準備しているよ」
あたりを見渡すと研究員が4人忙しそうに動いている。研究室は8m×20mぐらいの長方形で実験室と透明な魔力が見える強化ガラスで出来ているらしい。実験室も研究室と同じ広さだが、研究室に比べて機材や透明なガラスの前に液晶や分析装置、大きなキーボードがないため、実験室は大きく感じる。
「おう。データ順調に進んでいる?」クロが一心腐乱にキーボードで情報を入力していた女性の研究員に声をかけた。黄色い手入れのされていないボサボサの肩にかかるくらいの髪で、顔にはソバカスあり、化粧をしていないままだ。身長は自分よりやや大きいそんな彼女は、データ研究員だ。現在20歳で当時8歳という若さでありながら、天才的な発明と情報力が認められ、このSTFに開発担当として働き始めた。能力は情報収集。情報機器の扱いがうまくなり、世の中の情報を集められる能力。
「クロ~」データはクロに向かって飛びついて、がっちり抱きしめた。
昔から一緒に遊んでもらって、ディーテと一緒にいるとデータは姉と妹のような存在で、性格は対照的である。自分にとっては第2の姉のような存在で、昔余った機材や廃材でおもちゃを作って一緒に遊んだものだ。今でも弟離れ出来ていない姉のようで久しぶりに会うとなぜか抱き着いてくる。
「離せよ。いつもひっついてくるなよ」
「なんだよ。お姉ちゃんに甘えたいだろ。この年中、反抗期小僧」
「いいから。離せっていい年した女がなにしてんだよ」
「おう。お前も女に興味持つ年になったのか。いいぞ。お姉ちゃんが女を教えてやろう」
「いい加減にしろ」ディーテがデータの後ろ襟を掴むとクロから引き離す。
研究室に行くといつもこうだ。子供扱いして、弟のようにからかう。あと3年で15歳の成人だっていうのに、いつまでこんな扱いを受けるのか。まあ、なんだかんだ小さい頃から、この場所は遊び場でもあったし、このいつものやり取りが落ち着く。
「クロ君来ていたんだ。ほんとに君たちは相変わらずだよ」所長が箱を両手で持って、研究室に入ってくる。
「言われた通り、来たよ。さっさと始めよう」
「じゃあ、実験室まで一緒に来てくれよ」
2人は研究室から出て、実験室の方へ向かっていく。残された研究員は副所長の指示で実験の準備を再開する。
所長は持っていた箱を床にゆっくり置くと、クロと実験室で打ち合わせをする。
「じゃあ、まずはこの手錠を付けてくれ。合図を出したら、魔力を流してほしいんだ。今回は前回よりも軽量化しているから、強度に関して助言を貰えると助かる」
クロは手錠を付けられ、実験室に1人になる。力いっぱい引っ張るが、びくともしない。
所長が研究室に入るとマイクを使って、指示を出した。
「まずは、少しの魔力を流して見てくれ。この数値を確認する」
手錠に魔力をゆっくりと流し始めた。だが、手錠はびくともしない。
「データ君数値はどうだね」
「今の所問題ありません。順調に手錠から魔力が排出されるのを確認」
「では、クロ君さらに魔力を上げてくれ」
クロは一呼吸おいて、先ほどよりにも強く魔力を流そうとするが、手錠はピクリとも変化しない。
「ん~今の所、順調だな。他の以上はないか」
「現状以上は見当たりありません」1人の研究員が数値を見て報告をした。
「周囲の魔力状態はどうだね」
「周囲の魔力は異常なしです」特殊なガラスに映る魔力の流れを見て報告をした。
「では、クロ君。壊すつもりで魔力を一気に流してもらえるかな」
クロはさらに深く息を吸い、魔力を込めて、手錠に流す。
「所長まずいです。手錠の繋いでる鎖が魔力を排出しきれていません。このままだと壊れてしまいます」
データが液晶の移った情報を見て、このままでは壊れると所長に中止を提案した。
「クロ君一旦中止だ。止めてくれ。ディーテ君、念のためポーションを飲ませておいてくれ」所長は実験室に走って向かっていった。
所長はクロの手錠を外した。副所長はポーションを持ってきた。この世界のポーションは魔力を凝縮した飲み物である。クロはポーションを一気に飲むとまずいと言わんばかりの顔をした。
「どうしたものかの。クロ君やってみた感触はどうかな」
「ん-。手錠はいいが繋いでいる部分の強度が魔力に耐えられていないな。捕まった犯罪者なら最後の悪あがきで魔力を全力で注ぐだろうし、そこが今の改善点だな。もう少し魔力の排出量を上げていかないと、簡単に壊されてしまうだろうな」
このアドバイスを聞いて、所長は閃いた。ガラス越しにデータに指示を出した。
「今すぐ、手錠の鎖を複数にし、排出量を上げてくれ。今日中にできるか」
「はい。大丈夫です。急ぎ製作に取り掛かります。あ、クロは休んでてね。夜までには次の造ってくるから」
所長とデータは2人して製作のため、走って行ってしまった。この2人は研究に関して意気投合すると時間なんか忘れて研究に没頭しだす。徹夜作業になるのも大体はこの2人の暴走で、周りが巻き込まれて、昔から人が抜けていった。ディーテは2人をある程度見守って、限界が来ると、感情が爆発して、研究棟から追い出すことがしばしばある。そういえば、この前も所長を追い出していたからな。この前怒ったから今回はディーテの爆発は見なくて済みそうだ。
「クロはどうする?今ならパーティー行けるよ。」
「しつこいよ。興味ないから、ご飯食べに行ってくる」
「ふ~ん。じゃあ、これはなんでみんなにプレゼントなんかしたのかな?」白衣のポケットから物をちらっと見せた。
「なんでディーテが持ってるんだよ。別に訓練用だ。あと4人分しか頼んでいない。まさか所長に頼んだな」顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに下を向いて、顔を隠した。
ディーテとデータといい、なんで大人の女はこんなにも心をかき乱すんだ。頼むから穏やかに過ごさせてくれ。クロは早くもこの普通の人間なら天国のような空間でも、自分にとっては地獄の空間から抜け出したいと思うのであった。