第77話 私だけの黒
初めは施設で保護したという珍しい生物の噂を聞いても、微塵も興味がなかった。いや、心が動かなかったという方が正しいわね。だって私には、やらないといけない使命があったんだもの。だけど、理論上は完璧なのに、実験はことごとく失敗していた。そんな時だったの。昨日のことのように、思い出せるわ。無邪気に実験室に入っていく子供の姿、それを見た時の衝撃。だって、普通の子供だと思っていたのに、あのエレメンタルコアの実験に成功したんだもの。全身の細胞が震えるように心が弾んだわ。なんて素晴らしい存在なのだと。・・・そしてこうも思ったの、この子が私の全て。私の物だと。
これがあんたにはない彼との馴れ初めよ。あとから来た女が私の物を奪うなんて許せない。
データの目の前には、意識を保つのがやっとなほどボロボロになったヒメの姿があった。
それは数刻前に遡る。
ウィッチとヒメは転移魔術のために黄の国の上空を飛び回っていた。下からは国民の悲鳴と混乱の声が聞こえていた。
「魔獣の気配が消えたけど何があったの?」
「影が魔獣を握り潰したのだ。カゲのおかげなのだ。邪魔がいないうちに飛ばしていくのだ」
ヒメは順調に行っていることに違和感を覚えた。もっと妨害を寄こしてくるはず、今までの悪趣味で性格の悪い嫌がらせを考えれば、このままこっちの思う通りには行かない。考えすぎなのかな。
「まずいのだ。後方から建物をも貫くような巨大な手が飛んでくるのだ」ウィッチは慌てていた。
ヒメは目が見えずとも、魔力は感知できるだが、ウィッチの言う後方からは何も飛んでこない。
「私には何も感じないけど...」
ヒメは感じたまま伝えようとすると、
「まずいのだ。前からも飛んで来たのだ」
「こんなことできるのはあいつぐらい。ウィッチ、一人で転移魔術完成させて。この攻撃の狙いは私だから」ヒメはウィッチの杖から飛び降りると、風を切りながら地面に向かって落ちた。
「わかったのだ。魔術は完成させるのだ」
鉄でできたアーム型の攻撃はウィッチを避け、ヒメに向かって飛んで行った。
ヒメは地面の魔力を感じながら、受け身を取って衝撃を吸収し地面に着地した。
すぐに攻撃が飛んでくる。けど、気配を全く感じない。何とか極限まで五感を研ぎ澄ませ。
声が左右から聞こえた。
「「クロは私がもらう」」
左右から来る。そう思って構えたが、上空から無音の攻撃が2つ直撃する。
「なんでクロがお前みたいなチビに取られないといけないの。私の物なの。私が最初に見つけた物なんだから、誰にも譲らない。ねえ、諦めてくれない。私たちの邪魔なの」
「あーーー!うるさい!」ヒメは地面に渾身の拳を突き付けた。
地響きのような衝撃が周囲に走った。だが、攻撃して来たものはどこにあるか感じ取れない。
「どうせあんたには私の攻撃は避けられない。この日のためにあんたたちの能力の対策をしてきた。そう簡単に破らせない。昨日あんたの目を容赦なくくり抜いておいて良かったよ。今日はじっくり嬲り殺してやれる。私は六道の畜生担当のデータなの。私から逃げられない」
ヒメは声から場所を割り出そうとしていたが、周囲から声が聞こえて来て、わからなかった。どうすればいい?さっき触れた時魔力を流そうとしたが、魔力が防がれてしまった。本当に対策してきているならどうすればいい?
ヒメが考えている内に無慈悲にも攻撃の連撃が始まった。一撃一撃が大地を揺らす。
「私の物を奪うとこうなるの。わかった?」
「全然わからない。」
ヒメは上空に向かって魔力を力の限り放った。アーム型の攻撃はたまたま当たり、動きが止まった。
「奪った方はわからないだろうね。私が貰うはずだったのに...。盗むやつは人の気持ちなんて関係ないわよね」
「好き勝手言って。マスターは...、クロは物じゃない。大事な存在なんだよ。なんで物扱いするの?」
「え?物扱いするでしょ。クロは珍しい生物なの。研究者として研究したいのは当たり前でしょ。でも、最初から興味があったわけではなかった。実験に成功したから興味を持った。でもエレメントコアがうまく扱えないってわかって、使えない物と思ったから殺してエレメントコアだけ奪った」
「なんで簡単に殺せるの?小さい頃から面倒見てたんじゃないの?」ヒメはボロボロになりながらも立ち上がる。
「面倒見てたけど、それは私の研究結果を見ていただけ。だから、殺す計画を立てて、エレメントコア取って、クロとの関係もそれで終わりだと思った。だけどね、生きてたの。心臓が止まっても、自分の意志で動いていたの。研究者としてこれほど嬉しいことなんてないじゃない。目の前に研究対象がある。だから、実験したの。ジョンドゥを名乗ってどう動くのか、見たかった。可笑しいよね。最初は人間に興味も持てなかった。エレメントコアの器である体に興味を持って、それを奪うために殺して、そのゴミに興味を持つなんて。これが恋なのね」
「ふざけるな! そんなの恋なんて言わない。自分勝手でクロのことなんて少しも考えてない」
「うるさい!死にぞこない。 能力が少しばかり優秀だからって偉そうに。私の研究の邪魔をするな」
狂気の感情を込めた無数の攻撃がヒメを襲う。
「ほら見ろ。何も出来ない。私は王と約束したの。この戦いが終わったら、クロの死体は私が貰うって。私の物を奪わせない」
「もうしゃべらないで。私お姉さんが出来たと思って嬉しかった。クロのこと好きな気持ちを共感できると思ってた。けど、違うんだね。あなたはここで終わり。見せてあげる。私の本当の姿を。 クロ達だって見たことないから、あなたに対策しようがないでしょ」
ヒメの姿は光を放ち少女の姿から壮麗な大人の女の姿に変わり、ヒメの目が開く。
「なんだこの魔力量?化物が」
「意外と近くにいたんだ。てっきり遠くにいると思ったのに、この腕から声を出していたんだ。わかると簡単なものね。一瞬で終わるから我慢してね。この姿あまり長くいると周囲の魔力が乱れちゃうから」ヒメは冷たくにやりと笑った。
「このアームはわかったところで止まらない」
6本のアームがヒメを襲うが、ヒメはアームを魔力の一撃で全て破壊し、データの前で構える。
「うそ...。こんな...。この私があぁぁぁ」
ヒメの研ぎ澄まされた正拳突きでデータの姿を魔力と共に全て吹き飛ばした。
「これが本当の愛の力。少しはわかった?」
ヒメは少女の姿に戻ると、これまでのダメージで力尽き倒れてしまった。




