第76話 影使い
黄の国の中は魔獣で溢れかえり、あたりは、血と瓦礫が織りなす、むせ返るような生臭い匂いに満ちていた。
獣の姿に変身したカゲに乗って城に向かっていたアレスが焦燥の声で言う
「早くしないと力ない民は虐殺されてしまう」。
「わかってる。うちのバカ魔法使いが国民を転移させれば、こっちのもんだ。とにかくお前は王を倒すことだけ考えてろ」クロも焦っていた。魔獣があまりに多すぎる。
「悪いが速度を落としてくれないか」ダンガンは突然放った一言に一同驚いた。
「今、国の中央位置からあたりなら俺の銃で魔獣の動きを止められる」
「わかった。カゲ、速度を落とせ」
ダンガンは立ち上がり、目を閉じて、集中する。国全体にいる人の魔力、魔獣の魔力。
「見えた。レインバースト」ダンガンは両手の銃を上に向けると、数万発もあろうかという弾丸を一瞬にして空中に放つ。
降り注ぐ雨のように落ちる弾丸は魔獣だけに当たり、国中の魔獣はその場で硬直して動かなくなった。
「さすが。ダンガンだ。これで時間が稼げる。どうした?ダンガン?」アレスは力なく腕を抑えるダンガンを見て、心配をした。
「大丈夫だ...。腕が折れただけだ。少し限界以上の力を使ったようだ。」
そう言ったダンガンの腕は皮膚が裂けんばかりに赤く腫れあがっている。
突然、マントで全身を覆った相手が威圧感を放ちながら道を塞ぐように現れた。
カゲは、相手が放つあまりの濃密な殺気に思わず立ち止まってしまった。
「わっちのかわいい子たちをやってくれたのは、お前たちじゃな」
カゲは人の姿に戻り、前に出た。なぜか自分がやらないといけない。そんな気がした。ダンガンが腕を壊しても、この状況を作ってくれたからか。主を先に行かせたいからか。わからないが、体が自然に出た。
「カゲ。任せた。」
あぁっ、主から絶対の信頼の言葉!その短い言葉だけで自分には十分ありがたい。
クロとアレスがマント姿の敵を通り抜けようとすると、マントを脱ぎ捨て、妖艶な着物の女が姿を現した。脱いだマントの影からはおぞましい魔獣があふれ出していた。
「やらせるか」ダンガンは辛うじて痛みで震える右手で、マントから出た魔獣を的確に急所を打ち抜き撃ち抜いた。
クロとアレスは何とか先に進んでいった。
ダンガンとカゲは、二人の後を追われないよう着物姿の女を前に立ちふさがった。
「わっちの邪魔をするとは、なんと死に急ぐ愚かな小童共じゃ。お主らのことは知っておる。ダンガンとカゲじゃな。銃と影の能力。どちらもわっちに勝てるものではないのう。殺す前に名乗っておこう。わっちは六道の人間担当アトロポス・ドーン。黄の国の王女じゃ」扇子を2人に突きつけると肌を焼くような凄まじい殺気が2人を包む。
「悪いが王女だろうが、容赦はできない」ダンガンは銃で狙いを定めた。
「そんな焦るな。童貞が。これだから小童なんじゃ。そんなんじゃわっちはイケないわ。ゆっくり、焦らして、体の奥から熱くしてほしいんじゃ。あの方のように」アトロポスは妖艶な雰囲気を纏い、挑発するように体をくねらせる。
「これは失礼しました。それではご希望通り、速やかに殺してあげます」カゲは深く頭を下げると地面に姿を消した。
カゲは『シャドーグラップ』と言うとアトロポスの首、両手、両足を影の鎖で強く縛りつけ、拘束した。
「はあぁぁっ!拘束プレイとはなかなかいい!だが、もっと強くないと濡れぬのう」アトロポスは着物の影から鋼鉄のような白色の巨人を2体出した。出て来た勢いで拘束があっけなく解けてしまった。
「わっちの能力は影から魔獣を出し入れできる能力じゃ。お主の影の能力とは相性が悪いのう。どうするつもりじゃ」アトロポスは扇子を畳むと漆黒の影の弾丸をダンガンに向かって放つ。
「無駄だ。」ダンガンは弾を狙って撃ち、軌道を逸らし弾き飛ばした。
「無駄か?わっちの弾は魔獣で出来ている」アトロポスはにやりと笑った。
「!?」ダンガンは弾き飛ばしたはずの弾を見ると、その弾が変化した白色の巨人が鈍い音を立てて拳を振るって来た。
ダンガンは衝撃と共に軽々と引き飛ばされてしまった。家を壁ごと突き抜けていった。
「どうしたのじゃ。弱い小童じゃ。そんな実力でわっちに挑むとは...。後ろから襲っても無駄じゃ」アトロポスは振り返るとカゲに向かって、扇子でみぞおちを狙って鋭く突く。
カゲは息を止めて一撃狙っていたせいか、肺の空気を全て絞り出され、呼吸が出来なくなって、意識が飛びかける。
アトロポスは着物の影から魔獣を津波のように大量に放っていく。
「やはり世界を変えるのはあの方のみ」アトロポスは虚ろで悲しそうな顔をした。
彼女は幼い頃に歓楽街に売られ、幼くして商品として扱われてきた。生きる意味も見出せずに客の顔色を伺う日々に、飽き飽きしていた。だが、1人の奇妙な客が運命を変えた。ピエロ顔の化粧をし、終始ニヤニヤと笑い、どこか別を見ていた。たまに来る頭のおかしい客だと思っていた。
「こんな腐った世界は終わりにして。俺の人形になれ」
アトロポスはハッとした。この人は見抜いているのか。口説いて来る客は何度もいた。この人には下心が感じられなかった。魂の奥底からゾッとする何かを感じた。
あの日の恐怖にも似た感情が今も忘れず疼く。誰かわっちを壊れるほど犯してほしい。
「もう終わってしまったのか?早いのう。まあ、これで邪魔されずに済む」
アトロポスは両手を空に向けると影から魔獣が際限なく大量に出続けた。
「まだ終わってないぜ。お嬢さん。バーストショット」ダンガンは瓦礫から血を吐きながら飛び出すと、魔力を凝縮した強力な弾丸を放った。衝撃で完全にへし折れた両腕から鈍い骨の軋む音がした。
数体の魔獣を一筋の光のように貫通し、アトロポスの顔を弾は浅くカスっていった。アトロポスは頬から垂れる血を見た。
「ほう!死にぞこないの小童が! 粋な真似するじゃあないか」手を前に出すと巨人が地響きを立てて拳を振りかぶって向かって来た。
巨人の拳はダンガンを塵のように捕らえ、一瞬にして数十mを再び吹き飛ばされた。
ダンガンは朦朧とした意識の中、折れた両手を前に出して、アトロポスを憎悪を込めて睨みつけていた。
アトロポスはダンガンのみに警戒していた。さすがにもう立てないが、まだ仕掛けてくるそう感じていた。
だが、ダンガンは目を開けたまま、もう意識はなかった。
魔獣たちがダンガンを襲おうとしたその時、動きが止まった。
「わっちの魔獣がなぜ止まる」
後ろを振り向くと、人の影が巨大化したような、怪しげな存在がそこにはあった。
「なんじゃ。その姿?」
影の体が陽炎のようにゆらゆらと揺れ実体をなくしていく。
「見せてあげましょう。神化」
建物、人、魔獣。黄の国中の影がカゲに向かって奔流となって集まって来る。
今までは、目で捉えられる範囲でのみ能力の使用可能だったが、国中の影を集めて、実体を持たなくなった。
「この不気味な輩め。わっちの一撃で終わらせてくれるわ」
アトロポスは魔獣を出そうとしたが、自分の服の中の影も無くなったことに気が付いた。
しかし、気が付いた時にはカゲから影が津波のようにあふれ出ていた。
「影鎖爆」影の鎖がアトロポスと国中の魔獣に瞬く間に絡みつき、鋼鉄の締め付けで一瞬にして縛り潰す。
カゲは力を解くと力なく魔力の消耗でその場で倒れこんだ。




