第58話 幻のリンゴ酒と水の王
ディスカラーのデータの部屋にて
クロは、データ特製の光を抑えた部屋で、端末を操作するデータに話しかけていた。
「青の国に幻のリンゴ酒があるって話を聞いたんだが、何か調べられないか?」
「リンゴ農家はいくつもあるし、あくまで爺さんの噂でしょ」データはキーボードから目を離さずに冷めた声で答えた。
「それはそうだけど、そこをなんとか調べてほしいんだよ」
「まあ、調べるだけなら簡単だけど……」データはそう言いながら、慣れた手つきでキーボードを叩き始めた。画面に大量のリンゴ農家の情報が表示される。
「これが、リンゴ農家の情報で、さらに酒に商品として卸しているのが、これ」データは一瞬で情報を絞り込んだ。
「そうね。ざっくり百件は卸してなくて、自分たちで食べるかその場で加工している場所ね。これ以上は言ってみないと情報ないよ」データは諦めムードだった。
「わかった。これ印刷してくれるか? ちょっと探してくる」クロは身を乗り出した。
「そんなの見つかるかわからないでしょ」データはいかにも面倒そうだ。
「いいだろ。青の国の観光ってことで。そういうわけで店番よろしく。依頼って形で受けてくる」
「私、接客苦手なんですけど」データは露骨に嫌な顔をした。
「大丈夫。いつもみたいに『お姉ちゃんに任せて』って抱き着いていればいいさ」クロはからかって言った。
「それはクロにしかやらないし……」データは頬を膨らませた。
「あと、クロじゃなくてここでは、マスターだから、そこんとこちゃんとしろよ」
「は~い。マスター。お姉ちゃんは頑張って帰って来るまで店を守るよ」
クロはデータの部屋から出ると、依頼書のボード前に立った。
どうせ青の国に行くなら依頼をやらないとロウあたりに文句を言われるだろう。
ちょうどいいのがあった。今日依頼が来た魔獣討伐依頼だ。
青の国から少しばかり離れていて、国では対処してくれないようだ。
ここにしよう。内容は本人から話を聞いて討伐か。
早速行くか。
青の国にて
クロは転移の扉を使って、青の国に着いた。
さすが水の都と言われるだけあって、水路が張り巡らされている。
城の上から水が流れ出し、国の中を巡っている。各家庭でも家庭菜園をやっているのが見てわかる。水が豊かで平和な光景だ。
観光は後回しで、先に依頼を片付けないと遅くなる。
依頼場所までは小舟で送ってもらった。この国では水路が多いため、舟を使って移動することが多いそうだ。依頼場所はグレーゾーンの近くにあり、それまでの青の国の景色とは違い、ほとんど畑や田んぼ、農園ばかりで民家が少ない。しばらく歩くと、海が見え、潮風を感じた。少し離れたところに、日焼けした農家のおじさんが働いていた。おそらくあの人が依頼主だろう。
「悪い。依頼出したの、あんたか?」
「ええ、討伐依頼受けてくれる方ですか?」おじさんはホッとした顔をした。
「そうだ。ブラディープリンセスのクロだ。依頼を確認したい」
農家のおじさんの依頼は、果樹園に魔獣が入ってくるので、それを討伐してほしいとのことだった。
それに加え、「果物を傷つけないように倒してほしい」という厳しい要望があった。農家としては周囲を傷つけてほしくないのはわかるが、かなり大変な依頼だ。
農家のおじさんに案内されると、果樹園に着いた。
確かに蜂型魔獣がブンブンと飛んでいる。普通の人では対処できないわけだ。
「あれを倒せばいいんだな」
「はい。できればリンゴを傷つけないでほしいんです。これから収穫なので」
クロはローブのポケットから水のボトルを出して握り潰すと、瞬時にそれを氷柱に変えた。そして、氷柱は木を避け、まるで意思があるかのように魔獣を正確に打ち抜いた。
正直クロにとっては簡単な依頼だ。ただ的を射抜くだけだから。
「これでいいか」
「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいか……」農家のおじさんは、ここまで簡単に、完璧にこなすとは考えてなかったようだ。
「ちょっとお礼に一杯どうですか?」
「いいのか」クロは二つ返事だった。
クロは魔獣を片付けると、小屋の中に連れられて、大きな木製の樽があった。
「趣味でやっているものなんですが、意外と評判がいいんです」
農家のおじさんは樽から黄金色の酒を汲んで、渡してくれた。
芳醇なリンゴの香りが立ち昇る。
クロは一口飲むと、その香りが口いっぱいに広がり、あまりのうまさに驚いた。
「うまいな。これ自家製なのか」
「ええ。たまに知り合いに渡したりしますが、生産が大変で……」
「これ、幻のリンゴ酒なのか?」クロは確信した。
「巷ではそう呼ばれたりしますが、そんなたいそうなものではないです。水で薄めても香りが落ちないのも特徴なんです」
なんでもここのリンゴは、潮風にさらされることで、枯れずに、実をつけ、甘みが増すようだ。
「これ、うちに卸してくれないか。魔獣も寄せ付けないようにする」
「それは、ありがたいのですが、樽を作る技術がないんです」
樽はリンゴの木を加工するのだが、農家のおじさんは素人なので、一年で二個作るのがやっとだそうだ。
「加工か?木はあるんだよな」
「ええ、二週間で生えてくるので、収穫後に切れば、問題ないです」
「ドワーフの職人に知り合いがいるんだが、そこで作って、ここに持ってくる。ダメかな」
「そんなお金はありませんよ」おじさんは恐縮した。
「樽代はうちが持つ。魔獣が来ないようにする刻印代もいらない。ただ酒を造ってほしい。酒代は高く買う」
「そういってもらえるなら、いいんですが。……本当にいいんですか?」
クロは農家のおじさんを熱意で説得すると、木をいくつか貰い、バールの店まで持って行った。
最初は文句を言われたが、ネイルが興味を示し、作ってくれることになった。代金は素材から差し引かれる。
すぐに試作品の一樽を作ってくれた。それも持って、農家のおじさんの所に向かう。
農家のおじさんは出来栄えの良さに驚いていた。これなら造ってくれるそうだ。
あとは後日ウィッチを呼んで、魔術の刻印で魔獣を来ないようにして、完成した酒を転移で送ってもらうだけだ。転移専用の小屋も作らないといけないだろう。
まあ、あとは任せてればいいだろう。
クロは青の国の観光をしようと国の中を歩いていた。
せっかく来たから飯でも食うか。
うまい飯がたくさんあるからな。
「食い逃げ!」女性が甲高い声で叫んだ。
ボロボロな格好をした男が、必死な顔でこちらに走って来た。
「しゃあない。捕まえるか」
と思った矢先、水路の水が急に意思を持ったように動き出し、男を水が全身を包んだ。息ができないのか、男は苦しそうだ。
水路から青い髪の女の子が出てきた。すごい魔力だ。只者ではない。
「抵抗しないでください。私の国で好きにさせません。あなたを捕まえて連行します」
女の子は包んでいた水を解き、男に近寄る。
「抵抗しなければ、手荒な真似はしません」
男は駆け付けた防衛隊に連れられて行った。
女の子はまっすぐこちらを見た。
「初めまして。私はアクス・ミリア。この国の王です。あなたは見ない顔ですね」
「俺はブラディープリンセスの酒場のマスターだ」
「ブラディープリンセス?すみません。聞いたことがないもので……」アクスは首を傾げた。
「いや、最近始めたばかりだからな。それにしてもいい王だ。こんな小さい犯罪にもかかわるのか」
「当たり前です。この国の平和は私にかかっているんです。それではまた、観光楽しんでください。この先に美味しいご飯屋さんがありますので」
アクスは水の中に入ると、そのまま消えてしまった。
物質系か。この国では水を通して全部見られて聞かれているのか。
いいのか悪いのか。安全な分、プライバシーなんてないな。俺の飯屋探しもバレていたし。
まあ、せっかくうまい飯屋を教えてもらったから、食べて帰るか。
こうしてクロは青の国の飯をたらふく食べた。




