第57話 意外な来訪者
ディスカラーが開店して一ヵ月が経った。相変わらず超がつくほどの繁盛とはいかないものの、リピーターが定着し、割と賑わいを見せていた。特に昼間はカゲ目当ての女性客が多く、まるで執事喫茶のような趣になり、昼の売り上げは非常に良かった。「カゲはやっぱりモテるんだな。クールな執事は非常に人気だ」とクロは感心していた。
クロはカウンターの定位置に座っているせいで、すっかり常連客だと思われ、よく来てくれる物知りな爺さんと酒を酌み交わしていた。
「実はのう、青の国で幻のリンゴ酒があるようなんじゃよ」常連の爺さんが口元を緩ませて話し出した。
「幻?どの辺がだ」クロは興味半分で聞き返した。
「それがのう。なんでも青の国では農作物は育ちがいいそうなんじゃが、リンゴ酒に使われる特別なリンゴはなぜか入手できんという噂じゃ」爺さんは自慢げに酒を飲む。
「青の国ね。俺、行ったことないんだよ。どの辺で売ってるかとか、わからないのか?」クロはエールを飲みながら話した。
「それが幻というわけじゃ。実際に売られる所が目撃されたとかで騒ぎになったんじゃが、誰も尾を掴めん。謎じゃのう」
「でも、どこで作ってるかもわからないんだろ」
「だから幻なんじゃ。どうじゃ。面白いじゃろ」
「そうだな。一回は飲んでみたいな」クロは、爺さんと噂話をするのが最近の暇つぶしになっていた。
「そういえばお前さん、どこ出身なんじゃ?」爺さんがふと尋ねた。
「俺は黄の国の施設だな」
「そうか。黄の国か。あの国がなければ、わしらが住むグレーゾーンは成り立っておらんからな」爺さんは神妙な顔になった。
「聞いたことないな。黄の国ってパッとしない感じだけど」
「とんでもない。グレーゾーンは貿易都市の外側は人手不足でな。そこに人手を率先して出してくれとるんじゃ。ありがたいことに、貿易都市の外側では黄の国の王が信仰の対象なんじゃ」爺さんはありがたそうにゆっくりと酒を飲む。
「初めて聞いたな。実際の王を信仰するのか。じゃあ、爺さんも黄の国を信仰しているのか?」
「そうじゃ。カラーズの所属する国はその国の王を神として崇め、グレーゾーンは黄の国を信仰しとるんじゃ。わしもグレーゾーンで黄の国を信仰しておるわ」
「神ね。俺はそういうのは信じねえからな。黄の国を信じて何になる?」クロは無関心だった。
「若いのう。わしは昔から黄の国に助けられて、育ったからのう。それが当たり前なんじゃ」
「そういうもんかね」クロはイマイチわからず、酒を飲んだ。
「つまらなかったかの~。では、黄の国には伝承があるんじゃ。『黄の国を照らす太陽が闇に覆われた時、真の王が誕生する』」
「へえ~。それで今の王になったのか?」
「いや、今の王はそのまま引き継いで王になったからのう。誰が流したか、どこから広まったか、わからない話じゃ」
「黄の国の伝承ね。あんまり興味ねえな」クロは残りの酒を飲み干した。
「まあ、今日の所はこんなもんじゃ。わしは失礼するぞ」爺さんは会計を済ますと、馴染みの客らしく店を後にした。
クロはのんびり過ごしていた。「平和な日常、こういう日が続けば、世の中平和なのに」としみじみ思っていた。店は客がいなくなり、静寂が訪れた。その間に昼食を取ることにした。
「じじい。早く飯」クロがキッチンにいるロウに声をかける。
「小僧も少しは手伝わんか。いつもカウンターに座っているだけで、何をしとるんじゃ」
「いいだろ。常連の爺さんと話をするのも仕事だろ」クロは涼しい顔で反論した。
二人が言い合っていると、本店の扉が乱暴に開いた。
「「「いらっしゃいませ」」」
ヒメとウィッチとカゲは反射的に挨拶をした。客は黄色い、手入れのされていないボサボサの髪が肩にかかるくらいで、顔にはソバカスがあり、化粧をしていない。見慣れない客だ。本店側の扉から客が入って来たことは一度もない。冒険者にしては、単独でここに入るのは変だ。「迷子なのかな」とヒメは思った。
「あの~、どういったご用件でしょうか」ヒメは不思議そうに尋ねた。
「見つけた」女は唐突にそう言うと、一直線にクロに向かって突っ込んでいった。
クロは受け止めきれず、そのまま椅子ごと倒れてしまった。
「誰だ!? って、なんでデータがいんだよ!」クロは驚愕した。
「いや~、クロがいなくなってお姉ちゃんさみしいから会いに来たの。寂しかったでしょ。久しぶりのチューしてあげる!」データはクロに構わずちょっかいをかけてきた。
「やめろって!どうやって来たんだよ。施設はどうした!?」クロは必死に抵抗する。
「クロのこと見つけて、仕事辞めてきた。これからはお姉ちゃんが一緒だよ」データは満面の笑みだった。
ヒメはクロを冷めた目で見ていた。
「ふ~ん。マスター。他に女の人いたんだ」ヒメの周囲の空気が急激に冷え込む。
「待て!ヒメ、違う、勘違いだ!こいつは施設の職員だ!」クロは顔を青くして弁明した。
「そんなこと言って、お姉ちゃんとは色々あったじゃない」データはさらに面白がってからかう。
「そうなんだね!マスター、色々あったんだ!!!」ヒメは怒りの炎を噴き出しそうだった。
「違うって! いい加減離れろ。このアホ!」クロはデータに容赦なく拳骨を入れた。
クロはデータを引き剥がすと、事情を説明した。データはクロがいた施設の職員で、昔からクロを可愛がり、そしてからかうのが趣味だった。
「というわけなんだけど、ヒメ、理解できたか?」クロは疲れ切っていた。
「はいはい。この浮気性め」ヒメは唇を尖らせて拗ねていた。
「もういいですよ。データ、お前はどうやってここまで来たんだ?」クロは本題に戻った。
「どうやってって。普通に来ただけど」データはけろっとして答える。
「普通にどうやってここまで来れるんだよ!」
「ちょっとだけギルドの情報にハッキングしてクロの名前を見つけて、こうしちゃいられないと、ガジェットを作ってここまで来たの。わかった?お姉ちゃんの愛」データは熱烈な視線でクロを見つめた。
ヒメの視線がさらに痛くなった。
どうやらデータはクロに会いたい一心で、必死に魔獣と戦えるガジェットを作ったようだ。見せてもらうと、小型の機械のボールに魔力を流すと、データより倍の大きさの機械の腕がデータの腕に装着され、これで魔獣も殴り倒してきたそうだ。
「それでデータ、いつ帰るんだ?」クロは苛立っていた。
「え?このままいるけど」データは平然と答えた。
「ふざけんなよ! お前がいると面倒だ」
「何よ~。新婚でいちゃつきたいの?」データはニヤニヤしながら尋ねた。
ヒメは顔を真っ赤にし、クロは呆れて何も言えなかった。
「いいんじゃないのかのう。人手も少ないんじゃ」ロウが仲裁に入るように割って入って来た。
「いいわけないだろ!」
「働かない小僧に言われたくないわ」
「わかったよ。データ、店の仕事手伝えよ。あと、化粧して店に出ること」クロは諦めて条件を出した。
「え~。化粧なんて面倒」データは嫌がった。
「ダメだ。カゲ、化粧してやれ」
「主、かしこまりました」カゲは即座に返事をした。
カゲの見事な手腕によって、データは見違えるほど変わった。髪はきれいに整えられ、ソバカスも化粧で消え、落ち着いた雰囲気のきれいな女性になった。
「見違えたのだ。すごいのだ!」ウィッチは目を輝かせた。
「まあ、店で働くにはこれぐらいならいいだろ」クロも渋々ながら納得した。
「え?変じゃない?クロ。私、きれいになった?」データは不安そうに尋ねた。
「大丈夫だろ。カゲがやったんだし」
「じゃあ、お姉ちゃんとチューしてくれる?」
データは再び抱き着いてきた。クロは「なんなんだ、普通にやってくれればいてもいいが、こんなんじゃ仕事にならない」とうんざりした。
最終的にウィッチが「データは情報収集が得意なのだ!」と進言し、情報室を作って、そこで情報収集の仕事をしてもらうことになった。




