第54話 カゲの実力
クロとヒメは本店に戻るためにバールの店の転移陣に踏み込んだ。
視界が切り替わり、目の前の冷凍庫の扉が開く。中には、百体近くの様々な魔獣が、丁寧に処理され、フックに吊るされて冷凍保存されていた。その量は、一週間にも満たない期間での成果としては驚異的だった。
「これ、カゲ一人でやったのかな」ヒメは素直な驚きとともにクロに聞いた。
「そうだろうな。これだけの数だと、相当強くなっている。言いつけを守ったようだな」クロの顔には満足そうな笑みが浮かんだ。
冷凍庫から店内に続く扉を抜けると、店内は手入れが行き届いており、床には塵一つ落ちていない。毎日掃除をしているようだ。魔力で簡単にきれいになる魔術を施しているとはいえ、この几帳面さはカゲの生真面目な性格を物語っている。
テーブルには一通の手紙が置いてある。ウィッチからだ。中には魔術が施されたカードが入っていた。
内容によれば、このカードを持っていれば、行きたい場所を念じるだけで、転移の刻印がある場所まで移動できるという。今はまだダンジョンの入り口にしか行けないが、今後の拡張性も示唆されていた。
「便利なカードだな。ギルド証と一緒に持っておくか」
クロはヒメに一枚渡して、自分の分は新品のギルド証と一緒にローブのポケットに収めた。
「さて、カゲはどこにいるか。……いや、先に飯にでもするか」クロは空腹を感じていた。
キッチンに行くと冷蔵庫を開け、特大の肉の塊を取り出した。まな板の上で包丁を取り出して、均一にスライスし、スパイスを振りかけると、グリルで焼き始めた。調理器具にも魔術を施してすぐにきれいになるようにしたのは、やっぱり便利だ。洗い物が出ないのはいいことだ。肉はあっという間に香ばしく焼きあがった。
クロとヒメは二人でテーブルについて肉にかぶりついた。スパイスが複雑なうまみを引き立てている。ロウが買って来たものだが、これはいい。いくらでも食えそうだ。
ガツガツと食事をしていると、店の扉が開き、カゲが帰って来た。
「主にヒメ様、お戻りになられたのですか?」カゲは心底嬉しそうに話しかけてきた。
「ああ、留守番お疲れ。お前も食うか」
「いえ、私は朝食べましたので。それより、私の実力をぜひ見てほしいのです」カゲは全身から期待を滲ませていた。
「そうだな。俺も見たいと思っていた。飯食い終わったし、ちょっとやってみるか」クロはワクワクした表情になった。
クロとヒメは食事を終えて、店の外の広い空き地に出ると、クロとカゲは向かい合った。
「さあ、カゲ見せてくれ。殺す気でいいぞ」クロは首を鳴らしながら言った。
「わかりました。主、本気でいかせてもらいます」カゲは一瞬で雰囲気が変わり、漆黒の殺気を放った。
クロは獰猛ににやりと笑った。どれだけ強くなったか。早く見たい。クロは楽しみで仕方がなかった。クロはローブとシャツを脱ぎ、隆起した筋肉を晒すと、臨戦態勢で構えた。
カゲは殺気を放ち、いつ来てもおかしくない。その静寂が、かえって緊迫感を高める。
カゲが低く『シャドーコピー』と唱えると、一歩ずつ前にゆっくり進んで来た。一歩踏む度に、その足元から影が立ち上がり、一体の分身が具現化する。いつの間にかカゲは十人の軍勢になっていた。
「面白い。全部実体があるのか」クロの興奮が窺える。
クロは一気に突っ込んだ。先頭のカゲに拳で殴りかかるが、カゲの身体は影のようにすり抜けた。空ぶったクロの背後に、カゲが鋭い蹴りを入れ、残りの九体のカゲがクロを待ち受けていた。
クロは拳に魔力を込めて、魔撃を放った。しかし、カゲは素早くクロの足元の影の中に入り込む。次の瞬間、クロの影が生き物のようにうねり、クロの両手、両足を漆黒の影で縛りつけた。『シャドーグラップ』。
クロは拘束を解こうとするが、影は柔軟に、そして粘着質に動き、身動きが取れない。「いい技だ。次は何をしてくる」クロは内心舌を巻いた。
クロの影からさらに『シャドーウルフ』と言うと、影で出来た巨大な狼が出現した。狼はクロの胴体をめがけて、鋭い牙で噛みついた。
「いや~。やられたな。カゲ強くなったな」クロは魔力で身体を防御しながら、満足そうに言った。
カゲは能力を解くと、影が霧散し、一体に戻ってクロに歩み寄った。
「主、もったいないお言葉です」カゲは深く頭を下げた。
「ほんとやっかいな能力だな。もっと静かに、気配を殺してやれたらさらに強くなるな」
「精進致します」カゲは再び頭を下げた。
クロ達は店に戻って話をした。カゲはダンジョンでの日々について語った。魔獣が多く、最初は苦戦していたこと。そこから自分の能力を最大限に生かして戦う方法を見つけ出し、今に至ることを嬉しそうに、誇らしげに話した。
「分身は全て意識があるんだよな」クロは興味深く聞いた。
「はい。全て意識がつながっており、情報が瞬時に共有できます」
「範囲はどこまでもいけるのか」
「おそらくは倒されない限り、どこへでも行けます」
「便利な技だな。さすがカゲだ。店の従業員問題も解決できて、助かるわ」クロはカゲの万能さに心から喜んでいた。
「主にそう言って頂き、身に余る光栄です」
「じゃあ、俺は外に散歩行くから」クロは不意にそう言い放った。「ギルドの受信機取り付けておいて、あとボードも目立つところに貼っておいてくれ。ヒメも手伝ってやれ」クロはテーブルに受信機を無造作に置くと、すぐに店を出て行った。
「マスターどうしたんだろう?」ヒメは戸惑った。
「そうですね、ヒメ様。ですが、任された以上仕事はしないと」カゲは真面目に作業を始めた。
クロはダンジョンの外に出ると、鬱蒼と茂る森の中に入り、木を片っ端から殴り倒していた。
「くそっ。こんなんじゃだめだ」
クロは苛立っていた。カゲは着実に強くなり、自分は何も変わっていない。むしろ、あの戦い以来弱くなっていることに。自分の不甲斐なさに苛立っていた。
「あ~、クソ。くそ。くっそ。なんで力が使えない。周りに強い奴がいて、こんなの面白くねえ」
クロは赤の王ガウスと戦い、無理に力を使い、魔力がうまく使えなくなった。後悔はしていない。あの時死んでいたら、今はない。そう考えても、力が使えないと、自分に腹が立つ。かつては何でもできる気がしていた。実際、やりたいことはなんでも出来た。その時の万能感がまったくない。今はただ力がほしい。誰も失わなくていい力がほしい。
「あ~。どうしたらいいんだよ」クロは、ただの八つ当たりで木を殴り続けることしかできなかった。
クロは力尽きてその場に倒れ、空を眺めた。小さい雲と大きな雲が静かに流れていた。クロは小さな雲をただ眺めていた。とりあえず、やれることだけやってみるか。クロはしばらく店には戻らず、寝ずに特訓を始めた。




