第4話 昼下がりのプライド
食堂にて。
アレス、テツオ、ダミア、ダンガンの四人がテーブルを囲んで夕食を食べていた。
「ねえ、その顔のケガ大丈夫なの?」
ダミアはボロボロになったアレスとテツオの顔を見て、心底から心配そうに尋ねる。アレスの頬には青い痣が、テツオの額には擦り傷が目立っていた。
「ああ、少し痛むが大丈夫だ。自分から頼んだんだ。弱音は吐いていられない」
アレスは虚勢を張るように答える。
「クロももう少し加減すればいいのに」
何も知らないダミアは、二人にとって最も聞かれたくない一言を口にした。二人の表情は急速に曇る。当然だ。組み手は最初だけで、相手にならないからと意思を持った氷の像を相手にさせられ、このザマだとは、彼らのプライドが許さず言えなかった。
「まあ、色々考えがあるんだろ。俺たちの特訓も厳しくなりそうだしな」
ダンガンが察して会話に入る。こうして何とも言えない重い空気のまま、食事は終わった。
「じゃあ、これから夜の訓練があるから、俺とテツオは行くよ」
アレスが立ち上がる。彼の体は悲鳴を上げていたが、表情には鋼のような決意が張り付いていた。
「え?もう終わりじゃないの?そんなにボロボロなのに」
ダミアが心底心配する。
「いや、一日で諦めるわけにはいかない。行くぞ、テツオ」
そう言って、二人は食堂を後にした。
訓練場にて。
二人が到着すると、訓練場の隅でクロは壁にもたれかかり、目を閉じていた。退屈で、すでに深い眠りに入っているようにも見えた。
「ん?もう飯食ってきたのか。まあ、やる気があるなら、一発ぐらいは当ててほしいな」
クロはそう言うと、青白い魔力の光を放つ氷像を二体出現させた。アレスは両手に剣を出し、テツオは拳のみを鈍色の鉄で硬化させる。
「やるぞ」
アレスは自身を鼓舞して氷像に飛びかかる。だが、氷像の洗練された動きにまるで歯が立たず、すぐに吹き飛ばされる。飛びかかっては吹き飛ばされ、を繰り返し、日付が変わる深夜になっていた。
「もう終わりにする。明日は朝4時からやるから、ここに集合だ」
一発も当てられない二人の疲労と絶望を混ぜたような顔を見て、クロは苛立ちを隠せないように呆れて言った。
「くそ…くそっ!」
二人は自分に向かって苦し紛れに呟く。よろよろと歩きながら、訓練場を後にした。彼らの足跡だけが、静寂の中に残された。
残されたクロは、二体の氷像を自分に向かわせる。彼は漆黒の瞳に魔力を宿し、飛びかかり、一瞬で二体の頭を蹴りで吹き飛ばした。粉々になった氷片が冷たい音を立てて散る。
クロは寂しそうに訓練場の中央で一人立ち尽くした。この圧倒的な力を試す相手がいないことへの、根源的な虚無感が彼を包んでいた。
その時、扉が開き、誰かが入ってくる。
「こんな遅くまで特訓しているのか、クロ」
「ブラッドか。なんか用でもあるの?」
「いや。さっき魂が抜けたように疲れきった二人が寮に向かっていたから、まだいると思ってな。お前は休まずに訓練するのか?」
ブラッドの顔には深い疲労と心配が刻まれていた。
「別に暇だからいいだろ。疲れたら寝るし、今日は疲れてないから、訓練してもいいだろ」
「昔も言ったが、いずれお前より強い奴がいて、理解してくれる仲間ができると言ったが、そんなに毎日夜遅くから朝まで訓練していたら体がもたないぞ」
「そんなやわな体じゃないから、心配無用だよ」
「でもな、もっと周りと仲良くやってもいいじゃないか。まだ12歳だ。子供らしくしていいんだ」
「そうも言ってられないだろ。俺は実験体なんだ。成果を出せなきゃ、この先がまずいだろ」
クロの言葉は冷たく、感情が欠落していた。
「もうその実験は禁止になっただろ。お前はそんなこと気にしなくていいんだ」
「俺は自分の強さの限界を知りたいんだ。ブラッド、お前にはわからないよ。この力を手に入れて、試す場所がほしいんだ」
「そんなことしなくていいんだ。お前は自分のやりたいことを見つけて、夢に向かって生きていけばいい」
「夢?なら、目の前の気に入らない悪党を全て潰すっていうのはどうだ?」
「待て。まさか去年のあの事件のことを気にしているのか」
ブラッドは顔から血の気が引くのを感じ、恐れを滲ませて尋ねる。
「あの時のことは気にしてないさ。ただ、あの時、あの瞬間、自分の心がすっとする感覚があった。あれをまた味わいたい。普通の生活なんて、退屈で、価値がなくて、戻りたくないね」
クロは不敵で歪んだ笑みを浮かべ、語る。
「俺は、お前にそんな道を辿ってほしくて育てたわけじゃない。分かってくれよ」
ブラッドの声は悲痛に響いた。
「どう進むかは俺の自由だ」
クロはそう言ってブラッドから去っていった。空が泣き出すように大粒の雨が降り出し、立ち尽くすブラッドは、濡れるのも構わず、ただじっとしていた。
翌日、訓練場。朝4時。
昨日の大雨が止まらないまま、三人は訓練場に集まる。雨粒が屋根を激しく叩く音が響き、訓練場は冷たく湿った空気に満ちていた。
「天候の良し悪しは実践では関係ない。今日は氷像に一撃当てるまで終わらせないから、覚悟しておけ」
クロは機嫌が悪そうに、氷像を二体出現させた。彼の目は、感情の底が知れない闇色をしていた。
二人は覚悟していたのか、疲労で青ざめた顔を引き締め、構えを取る。
「いくぞ、テツオ!」
「ああ、アレス!」
勢いよく氷像に向かっていく。だが、昨日同様、まるで歯車が噛み合わないようにすぐに吹き飛ばされる。クロはため息をつき、二人の無様な姿を見つめていた。そうこうしているうちに夜になった。
「二人とも、昨日と何も変わっていない。氷像をよく見ろ。次の動きを予測し、能力を柔軟に活用しろ。できるな?」
クロは冷徹なプレッシャーを二人に与える。
「わかってる!」
アレスは奥歯を食いしばりながら構えを取る。
アレスは氷像に飛びかかり、右手の剣を振り下ろす。しかし、氷像はそれを避け、右手で殴りかかってきた。その瞬間、アレスは魔力硬化の反動を利用し右手の剣を逆手に持ち替える。そのまま地面に剣先を刺し、自分の体を持ち上げて空中で氷像の背後に回り込んだ。バランスを崩しながらも、残る魔力を左手の剣先に集中させ、氷像の背中に当て、そのまま地面に転げ落ちる。
「当たった!当たったぞ!どうだ!見たか、クロ!」
アレスは興奮と安堵でものすごい早口だ。
「今日のところは合格だ」
クロが告げると、次はテツオを見る。
テツオは氷像の前に立ち、右手を鉄化させて殴ろうとする。氷像は拳を避け、腹部に殴りかかった。鈍い衝撃音がしたが、テツオは飛ばされない。全身鉄化を禁じられたテツオは、一瞬で腹部のみを鉄化させていたのだ。氷像の手にヒビが入り、その隙にテツオの左拳が氷像の顔面を捉える。顔面にダメージはなかったが、動きを止めた。
「テツオも合格だ」
クロが告げると、二人は歓喜と達成感を露わにする。
「今日はここまでだ。明日からは壊れるまでやってもらう」
ふと気づくと、いつの間にか大雨が止んでいた。訓練場には、二人の努力の熱気だけが残っていた。




