第47話 誓い
早朝、貿易都市外側にて。
クロ達はダンジョンに向かって歩いて行く。今回は迷子になりたくないので、ダンジョンの近場で出ていた簡単な討伐依頼を受け、それを目印にすることにした。ギルド証に目的地が表示されるため、迷う心配はない。一週間ほどで到着する予定だ。
老練な歩き方のロウを先頭に、クロがその後ろを歩く。ヒメはクロの左肩に乗り、カゲはクロの影の中に入っていた。ウィッチは杖に乗り、ふよふよと浮きながら後ろをついていく。
街道沿いは、魔獣が寄り付かないように魔術の刻印があるせいか、クロは暇でしょうがなかった。「なんか面白いことないかな」とクロは思う。ヒメは最初こそ初めて見る外の世界にテンションが上がっていたが、退屈になり、クロの肩の上で静かに寝入ってしまった。
「小僧、この近くに村があるんじゃが、寄って休憩するかの?」ロウが尋ねる。
「いや、初日は少しでも進めていく方がいいだろ。退屈でウィッチが杖の上で寝だした」
「そうじゃな。もう少し先に進むかの。そうなると森に入って野営じゃ」
村には寄らず、早めに行くことにした。歩いているのはロウとクロだけだから、疲れることもないのだが、寄り道していると時間がかかるかもしれない。
村を過ぎて、一時間ほど歩いていくと、灰色の毛並みをした狼型魔獣が見えた。この辺りでも魔獣が出るのか。よく見ると、二人の村人が襲われているのが見えた。村人は小さく心もとない剥ぎ取る用のナイフで戦っていた。さすがに無謀だ。
クロはヒメを優しく起こして地面に下ろすと、ナイフを取り出し、カゲに指示した。
「カゲいいな。ナイフに影を移して、魔獣の動きを一瞬止めろ。すぐに行く」
「主の仰せのままに」カゲの声が影から響く。
クロはナイフを目にも留まらぬ速さで魔獣の方に投げると、一匹の脇腹に刺さり、魔獣の動きがピタリと止まった。クロは続けてウィッチに頼んだ。
「ウィッチ起きろ。俺をあそこまで飛ばせ。走ってたら間に合わねえ」
「おう。任せるのだ。風魔法で一瞬にして吹き飛ばすのだ」ウィッチは目を覚ますなり張り切った。
ウィッチはクロの背中で杖を構えると、周囲の風が渦を巻き、凄まじい砂ぼこりが舞う。
「行くのだ。炎の魔法も追加して威力抜群なのだ」
「待って、バカ。そんなにやったら……」クロは焦燥の声を上げた。
クロは魔法で爆発的な勢いで吹き飛んだ。ウィッチが威力を完全に制御しきれず、目標の魔獣たちのはるか先に高速で着弾した。
「何をしとるんじゃ」ロウは額を押さえ呆れていた。
「ははは。やり過ぎたのだ」ウィッチは完全に開き直っていた。
「私が走っていく」ヒメは迷わずそう決めた。
ヒメは魔力を足に集中させて、凄まじい速さで魔獣に向かって行く。あまりの勢いに、ヒメの足が着いた箇所は地面が抉れていた。
「この拳をくらえ」
ヒメは拳に魔力を溜めると、最も力の弱い魔獣の顔面目掛けて殴り、魔獣は跡形もなく消し飛んだ。すぐさま残りの魔獣も正確な一撃で殴り倒した。
ロウとウィッチが近寄ってくると、村人一人がケガをしていた。
「このバカもんが、死ぬとこだったのじゃぞ」ロウは無謀な行動に怒った。
「でも、村が襲われるとまずいから、追い払おうと思って……」村人は震えながら答えた。
なんでも村の近くに魔獣が来たのはわかったが、討伐できる者がおらず、自分たちで追い払おうとしたそうだ。気持ちはわかるが、あまりに無謀だ。素人が魔獣に勝てるわけがない。
ヒメは落ち込んでいる村人に近寄り、手をかざしてケガの治療を行った。キズがみるみるうちに塞がり、痛みがなくくなっていた。
「もう大丈夫です。私たちは困った人を助けるギルドなので」
村人二人はヒメに深く感謝した。ロウもこれ以上は言わなくても大丈夫だと思った。和やかな雰囲気に変わったが、一人忘れている気がした。
忘れられていたクロが、苛立った様子で土埃を払いながらこっちに向かって走って来た。そして、ウィッチに強烈な拳骨をして、文句を言った。
「このバカ魔法使い。腰の骨が折れたんだぞ。普通なら死んでるわ」
「天才にも間違いはあるのだ。結果無事なら問題ないのだ」
「問題大ありだ。加減出来るように特訓させるからな。寝れると思うなよ」
「待ってくれなのだ。ちゃんと加減するのだ。許してほしいのだ」ウィッチは顔面蒼白だ。
クロとウィッチは揉めあっていた。カゲは村人を村まで送り、ロウはヒメに魔獣の剥ぎ取り方を教えていた。
そんな微笑ましい光景が続くと、カゲは村から戻って来た。お礼に新鮮な果物を貰ったようだ。
「主、断ったのですが……」カゲは申し訳なさそうにこちらを見た。
「私食べたい!」ヒメは血まみれの手で喜んだ。
「カゲ、貰ったならしょうがない。ヒメ、夕食の時にな。ウィッチ、ヒメをきれいにしろ」
「私自分で出来ます」
ヒメは魔力を流して、身体と服に付いた血をきれいにした。こんな使い方できるのはヒメぐらいなものだ。
「マスターどうした。私の顔を見て。かわいくなったか?」ヒメは期待を込めた目でちらちら見てきた。
「何もかわってないだろ。素材と肉、手に入れたらもう行くぞ」
クロ達は森に入った。魔力が濃いのか、木の根が地面から出て、巨大に育っている。
しばらく進むと少し開けた場所があった。ここならテントも張れるだろう。今日はここで野営をすることにした。
クロはカゲとテントを張り、ロウは食事の準備、ウィッチとヒメは個室風呂を魔術で作るそうだ。
「クロも一緒にお風呂入ろう」ヒメが誘うように言った。
「俺風呂嫌い。もう十年は風呂入ってねえし、今更いい」
「うわ~。汚いのだ。でも、クロ臭くないのだ。なんでだ?」
「火で自分の体を燃やしてるんだよ。汚れはこれで落ちる」
「私と入るの恥ずかしいんでしょ」ヒメはからかってきた。
「はいはい。そうです。お姫様の裸は見れません」クロは煽り返した。
「クロはうちの裸は平気で見るのに、ヒメちゃんのは見れないとは惚れているのだ」ウィッチはしたり顔だ。
「もういいだろ。早く準備しろ。飯食えねえだろ」
クロが急かすと、ウィッチとヒメは黙々と作業をした。夕食になると椅子に座り、テーブルの上には、ロウの豪勢な料理が並んでいた。野営でこれだけの料理はありがたい。
みんなで食事をした。料理はかなりおいしく、あっという間になくなった。ロウとカゲは食器を洗い、ウィッチとヒメは風呂に入るようだ。
「うちの裸は見ても、ヒメのは覗いちゃだめなのだ」
「興味ないのでどうぞ。ゆっくり入ってください」クロは冷たく相手にしなかった。
ウィッチとヒメは楽しそうにお風呂に入る笑い声が聞こえる。ロウとカゲは片付けが終わり、酒を持ってきた。気が利くな。男三人で晩酌をした。
「小僧、お前さんどうするつもりじゃ」ロウが焚き火の炎を見つめながら切り出した。
「どうするって。今日は順調にすすんでるだろ」
「そうじゃないじゃろ。ヒメのことじゃ。お前さんも気づいているだろ」
「主、どうなさるのですか?」カゲも真剣な表情で尋ねる。
「どうするって言われても……」クロは酒を飲み干し、言葉が出ない。
「わしもばあさんには一目惚れだが、気持ちを言葉にすることは出来ないままじゃった。このまま、今の関係というのもうまくいかんじゃろ」
「主、私にできることがあれば何でも致します」
「あ~。うるせえ~。俺の問題だろ。他人が口出すな。なるようになるだろ」クロはどうしていいかわからず八つ当たりした。
ウィッチとヒメは風呂から出ると、ロウは入れ替わりで風呂に入りに行った。
ヒメは心配そうにこちらを見てくる。
「なに~。ケンカしていたの?」
「別にケンカじゃねえよ」クロは酒を一気に飲んだ。
ウィッチとヒメは先に寝ると言ってテントに入っていった。
クロはカゲにきつくくぎを刺し、酒をさらに飲んだ。
「余計なことは何も言うなよ」
「わかりました。主が命じるままに」
ロウが風呂から出るとカゲが入れ替わりで風呂に入った。
「だいぶ飲んどるようじゃな。見張りやれるのか?」
「酔いたいから酔ってるだけだ。いざとなったらすぐに醒ます」
ロウはクロに酒を注いだ。
「まあ、お前さんが色々考えているのもわかってはおる。だが、後悔する生き方はするなよ。このギルドはそのためにあるんじゃろ」
「ああ、わかった」クロは静かに答えた。
カゲも風呂から出ると、テントで寝るように指示を出した。クロは今は一人でいたい気分だ。
焚火の火が弱まっていくのを見て、酒を飲んで、黄昏ていた。
ヒメとどうするっていってもな。どうしたらいい。初めて見た時、衝撃が走ったのを今でも覚えている。世界に退屈した時に見た一つの光、それがヒメだ。今こうして一緒にいる。そんなことはわかっている。ああ、どうしたらいいかわかんねえよ。
テントからヒメがそっと出て、クロの左側の方に椅子を近づけ置いて、座った。
「どうしたの。そんなに飲んで?」ヒメは顔を覗き込んだ。
「別にどうもしてない」クロは動揺を隠そうとする。
「私にはわかるよ。今何か隠したでしょ」ヒメはまっすぐに見抜いた。
「なんでわかるんだよ」
「そ、そ、それは、ね。すきだから……」ヒメは顔を真っ赤にした。
「本当に言ってんのか?」
「いいじゃん。好きでも……私が好きじゃ嫌?」ヒメは赤い顔で恥ずかしそうにこちらの目を見てきた。
「好きって言ってもあれだろ。ペットがカワイイ的なやつ」
ヒメはクロの左腕を両手で掴んだ。二人は目と目が合う。顔がかなり近い。
「違うよ。異性として一生一緒にいたいと思っている」ヒメの目は儚げな光を宿していた。
「わかったよ。ちょっと目つぶれ」クロはヒメの目を閉じさせた。
ヒメは待ちきれず、目を開けると、目の前には跪くクロがいた。手には小さな箱をもっており、中を見るように言った。
「開けてくれ」
「うん」ヒメは震える指先で箱を開けた。
箱の中には銀色の指輪が二つ入っていた。
「こないだ作ってもらったんだ。魔力で大きさが変わる指輪を買い物のときに」
「これって……」ヒメは瞳を潤ませ、泣きそうになった。
「結婚しよう」
「うん……」ヒメは涙声で答えた。
クロはヒメの左手の薬指に指輪をはめると、魔力の光を帯びて、ぴったりにサイズが収まった。クロは自分で左手の薬指に指輪をはめて、指輪を付けた手を強く握り締めた。
「今更だけどいいのか、俺で?」
「うん」ヒメは言葉にならない喜びで泣いた。
ヒメは嬉しかった。ヒメも昔退屈していた。だが、数年前武闘大会で強い視線を感じ、見た先に同い年の少年がいた。しかも、大会に乱入して、自由に生きていると思った。そこから数年、まさか退屈な自分を自由にしてくれるなんて、これは運命だと思った。
「ありがとう私を見つけてくれて」ヒメは心からの感謝を言った。
「こちらこそ。希望の光を見せてくれた。これからも一緒だ」
ヒメは目を閉じた。クロはヒメの唇に優しくキスした。月明かりが二人を照らし、焚火が消えて辺りが暗くなっていった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
突然の主人公の結婚ですが、小説ならもう少し見せ場があった方がいいとは思いました。
しかし、冒険者の世界は死と隣り合わせ明日死ぬかもしれないそうなると、
付き合いからスタートはあんまり現実的ではないと思いました。
国の中に住んでいれば、付き合うとかありそうですが・・・。




