第45話 お掃除をしよう
クロは宿から差し込む柔らかな朝の光で目が覚めた。
「もう朝か。今日は買い物しないと……」クロは左腕に妙な重みと温かさを感じ、違和感を覚えた。
クロは腕を見ると、ヒメがしっかりと抱き着いて寝息を立てていた。
「お~い。ヒメさん。起きて下さい」クロは呆れながらも優しい声で呼びかけた。
「ん~。やっだ。まだ寝てる」ヒメは寝ぼけて、さらにクロの腕に顔を擦り付けた。
こういう所はまだ子供か、とクロは思う。しかし早くしないと買い物が遅くなる。
「早く起きないと襲っちゃうぞ」クロは悪ふざけをした。
「うん。いいよ」ヒメは即座に、そして赤面しながら答えた。
クロはヒメが完全に起きていることを確信し、腕から勢いよく振り下ろした。
「起きてるならさっさと起きろ!」
「でも、いいじゃん」ヒメは不満そうに唇を尖らせた。
「いいじゃんじゃねえよ。買い物いくんだよ」
クロとヒメで話していると、ロウ達全員が目を覚ました。不動産屋に行かないといけないのに、このままだと夜になってしまう。
全員でロウが調べた物件に向かう。なんでも立地がいいのにかなり安く借りれるそうだ。
「ここの裏路地入ってすぐの所じゃな」ロウが皺の寄った地図を広げて案内をした。
「結構いい場所だな。飲食街で安いんだろ。不動産屋も優しいな」クロは上機嫌だった。
暗く、湿っぽい路地を抜けると、壁がひび割れ、窓が砕けたボロボロの店が出てきた。
「ロウ。これか?」クロは思わず声のトーンを落として聞いた。
「そうじゃ。壊れて使い物にならないから安くなっておる。そして何より……」
ボロボロの店からは、数人の男たちの下品な騒ぎ声が聞こえてきた。
「犯罪者のたまり場になるそうじゃ。何回依頼で片付けても、時間が空くとすぐ湧き出てくるらしい。どうするんじゃ。辞めるか?」ロウはクロの顔を窺う。
「いや。物件の契約をしてきていいぞ。大掃除は基本だろ。カゲ。中の奴ら脅かしてこい」クロはにやりと笑った。
ロウは一人で不動産屋に向かって行った。カゲは音もなく建物の中に入り込むと、騒ぎ声は数秒後に甲高い悲鳴に変わった。
「「「「で、で、でたーー!!!」」」」
大の大人が顔面蒼白になり、競い合うように建物から飛び出して逃げ去った。これならしばらくは大丈夫か。
三人は建物の中に入っていく。カゲはすぐに戻ってきて、報告をした。
「主、人はもう建物内にいません。残されたのは埃とゴミのみです」頭を下げて報告した。
「そうか。なら掃除だな。天才魔法使い様、魔術でゴミ片付けといてくれ。俺たちで材料買ってくる。絶対建物壊すなよ」クロはウィッチをおだてて一人で掃除させようとした。
「フフフ。この天才魔法使いに任せるのだ。チリ一つ残さんのだ」ウィッチは調子に乗っていたが、任せて大丈夫だろう。カゲに案内されてヒメと一緒に建材屋まで行くことにした。ヒメは貿易都市を見たそうだった。
ヒメは弾むような足取りで貿易都市を歩く。所々屋台があり、クロはクレープを買ってあげた。ヒメはクロの左肩に乗って、満面の笑みでクレープを食べる。
「なあヒメ。降りて食えよ」
「別にいいじゃん。いい眺めだな」
「わかりましたよ」クロは諦めた。
建材屋に着くと、カゲが事前に話を通してくれていたのもあって、スムーズに話が進む。値切りもしてあるとは、さすがは執事だ。
「主、このぐらいで足りますか」
「いや、もっとほしい。あそこは転移用だから一からならもっと必要だな」
「かしこまりました。店主に言ってまいります」
カゲは再び店主と話に言っていた。その間暇だし、買い物に行くか。周囲を見ると男物の服屋があった。普段着より仕事着をメインで扱っているのか。
「クロ。これが欲しいの?」ヒメは商品を見て聞いた。
「いや、カゲにな。あいつの服買ってやらないとな」
カゲが話を終えると、店の前に大量の建材が音もなく積み上げられていた。一体どこから出てきたんだ。まあ、細かいことはいいか。
「助かった。カゲ。そしたら、持っていくか」
クロは大量の建材をローブのポケットに入れた。色々入るのは便利なものだ。詰め終えるとカゲを服屋に連れて行った。
「主、建物は逆ですが……」カゲは困惑する。
「いいからついてこい」
カゲは言われるまま、服屋に入り、着替えさせられた。着替えて出てくると、すっかりきれいな見た目になった。黒色のタキシードに、黒い縦縞のシャツ、黒いネクタイ、黒い手袋。髪は後ろをヘアゴムで止めていた。隙のない、洗練された執事の姿だ。
「主これは……」カゲは戸惑っていた。
「いい感じに執事っぽくなったんじゃないか。なあヒメ」
「かっこいい! カゲ、執事っぽいぞ」ヒメは目を輝かせた。
二人はカゲを絶賛した。カゲは照れながらも嬉しそうにしていた。
「店員さんこれ買うから。五着同じのくれ」
古い服はお店で引き取ってもらい、新しい服を着て、残りはクロのローブにしまった。
買い物を終えて店を出ると、カゲが深々と頭を下げてお礼を言った。
「主、こんな私にこのような素敵な服を与えていただきありがとうございます」
「いいよ。これから店やるんだから、あの服じゃ締まらないだろ。これからは執事っぽく仕事してくれ」
「主、かしこまりました」
カゲが喜んでくれてよかった。いつも世話になっているから、恩返ししないとな。クロ達は楽しそうに会話しながらウィッチの所に向かうのであった。
建物の周りに人がたくさんいた。先ほど追い出した犯罪者どもだ。全く懲りないな。どうしたものか。
「主、脅かして追い返しますか?」カゲが冷たい声で尋ねる。
「いや、また戻って来るだろ。最終警告だな」
「任せろ。私がぶっ飛ばしてやる」ヒメはクロの肩から降りると、目をギラつかせてやる気満々だ。
さすがは武術国家出身。見た目は子供っぽいが、血の気が犯罪者以上だ。
「カゲ、防衛隊を呼べ。俺らの建物に侵入してきて暴力振るったと言えば来るだろう」
「主の仰せのままに」カゲは一瞬で姿を消し、防衛隊を呼びに行った。
「ヒメ。加減しろよ」クロは犯罪者の心配をした。
「見てなさい。いつも加減して訓練しているから得意分野なの」
犯罪者たちがこっちに気が付いた。
「こいつらだ。さっきは脅かしやがって。覚悟しろ」
十人の武器を持った男たちが、一斉に雄叫びを上げて襲って来た。
相手は本気だ。一人が容赦なくヒメに重い両手斧を振り下ろした。
ヒメは来るのがわかっていたかのように、身体をわずかにずらして、余裕で避けた。
「さすが。俺の女だ」クロは腕を組み、次にどう動くか楽しみにしていた。
ヒメは振り下ろされた両手斧の柄を足場に跳躍し、顎に鋭い一撃を蹴り上げた。
一人が倒れたのを見て、残りの仲間は一層やる気が増したようだ。
片手剣を持った男は、身長の低いヒメに苦戦しながら、剣を振るが、ヒメは紙一重で避けてしまった。
剣をさらに振り下ろすと、ヒメは剣先に触れて、軌道をずらし、強烈な正拳突きを腹部に入れて、まとめて四人倒した。
「なるほど。これなら」クロはヒメの動きに見入っていた。
クロの後ろから一人犯罪者仲間がいて、忍び足で静かに迫って来た。大剣をクロの頭目掛けて振りかざすと、クロのローブがひとりでに動き、優しく受け止めた。ローブは犯罪者を弾き飛ばし、クロはヒメから目を離さない。
ヒメはナイフを相手に素早くステップで避けると、一瞬の隙を突いて勢いのある回し蹴りで倒した。
残るは魔法使いが詠唱のようなものを唱えている。唱え終えると、火、水、風の複数の魔法が一気にヒメを襲う。
ヒメが魔法に触れると、まるでスポンジに吸い込まれるように消えてしまった。驚いた魔法使いたちは不意を突かれ、ヒメが手をかざすと苦しそうに倒れだした。
「こんなもんか。もっとかかってこい」ヒメは武者震いしてテンションが上がっていた。父親の影響だな。
クロはヒメの頭を撫でると、笑顔で褒めた。
「さすが、俺ほどではないけどな」
「ふん。私の方が強い」
二人してどちらが強いか言い合いが始まったが、幸か不幸かちょうどカゲが防衛隊を連れて来た。犯罪者たちは捕まり、連れていかれた。
建物の中に入ると、隅々までチリ一つなくきれいに片付いていた。所々壊れてはいるが、見違えるほどだ。
「ああ、マスター。外が騒がしかったのだ。何かあったのか?」
「ただの大掃除だよ。ゴミはなくなったな。材料があるから建物を綺麗にしてくれ。外側だけでいいぞ。客は、別に作る本店へ転移させるからな」
ウィッチは部屋の中に複雑な魔術の刻印を描くと、外に出た。木材が音を立てて宙に浮き、砂時計がひっくり返るように形を変えて、真新しい、綺麗な建物になった。
「貿易都市での店はいい感じだな。またゴミ共が入り浸らないよう立ち入り禁止にするのと、客や俺たちが転移できるようにしといてくれ」
「任せるのだ」ウィッチは中に入って魔術を描き始めた。
ロウが戻って来た。建物の変わりように目を丸くして喜んでいた。
「いいじゃないかの。いい出来じゃな」
こうして貿易都市の店は、大掃除の末、無事造られた。次は本店を造らないと。一体どこになるのか。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回はカゲが執事の格好をやっとする所が書けました。
早めに着替えさせたかったのですが、タイミングが今回でした。




