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キャンバス~色なき世界のアービトレーター≪仲裁人≫~  作者: ぶーたん
第1章 研究施設編

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第3話 特訓開始!

空は曇り、今にも鉛色の雨が降り出しそうな天気の中、クロは食堂から寮に向かって歩いていた。すると、研究棟から痩せこけた白衣の男が声をかけてくる。


「クロ君ではないですか?」


疲れきった、紙のように薄い声だった。


「ああ、所長か。また何かの研究で徹夜してんのか」


白髪に眼鏡をかけ、痩せ細った体で今にも倒れそうなこの男が、STFの所長ゼースだ。年齢は40歳だが、見た目は60歳を過ぎた老人のようにも見える。彼はひらめきの能力者で、何かのきっかけで頭の中にイメージが湧いてくると、その好奇心に負け、寝る間も惜しんで研究に没頭する。彼の「ひらめき」は、念視系の能力に分類される。これは、頭の中で完成したイメージを、現実の法則を無視して瞬時に理解し、具現化の道筋(魔術や理論)を構築できる能力だ。STFがクロのような身寄りのない子供たちを受け入れているのも、彼の能力成長過程の研究のためだ。


「お久しぶりでしたかな?最近また研究が忙しくて五日ほど寝てないですが、副所長に怒鳴られて追い出されてしまいました」


ゼースは興奮と疲労が混じった目で、クロを見つめた。


「まあ、所長はたまには休んだ方がいいよ」


「ええ、ですが、何かやってないと落ち着かないもので……頭の中のアイデアが叫び出すのです」


「じゃあ、頼みたいものがあるんだけど、こんなの作れるかな?」


クロが所長に近づき、耳元で提案する。


「以前の失敗したあの現象から?待って下さい。やれます、やれますぞ!イメージが湧いてきました! さあ、こうしてはいられません!クロ君、少しばかり一緒に来てくれますか?」


所長のテンションはどんどん上がっていく。彼のくすんだ白衣の下に、研究への情熱の炎が灯ったようだった。返事も待たずにクロの腕を掴み、研究棟に連れて行った。


「いいけど、大丈夫なのかよ。また副所長に怒られるぞ」


クロは反抗もせず、引きずられながらついていく。こうなった所長は誰にも止められないのを、クロはよく知っていたからだ。諦めの色を帯びた漆黒の瞳が、研究棟の重い扉を見つめた。


夕方になり、クロはついに所長から解放された。二人で研究棟から出てくる。


「いやあ、実に面白いアイデアでした。完成品ができるのは三日ほどになりそうですが、いいですか?」


「うん、全然問題ない。悪いけど、出来たらブラッドに渡しておいて。俺のは後で取りにいくから」


「ぜひ、また来てください。クロ君ならいつでもお待ちしております」


所長は疲れがどこかに飛んでいったのか、子供のような満面の笑みでクロを見送った。彼の目の下の濃い隈だけが、激務を物語っていた。


所長と別れ、寮に向かうクロ。空を見上げ、「なんだ、雨が降るかと思ったのに、晴れたのか」と呟く。鉛色だった雲は割れ、夕焼けの淡い朱色が空を染め始めていた。


翌日、教室にて。


ブラッド先生は五人に向かって笑顔で言った。


「みんなには、来週まで自分の能力の強化に専念してもらう。方法は問わないが、二週間後にギルドのCランク昇級試験を受けてもらう。そのための期間にする」


「え?そんな急に言われても困ります。まだ私たちには早くないですか?」


ダミアが不安そうな表情でクロの方を見る。彼女の視線には、助けを求めるような弱々しさが混じっていた。


「まあ、不安な気持ちもわかる。12歳でCランクはなかなかないのもわかっている。だが、ちょうどいい依頼がギルドから来たから、申請するしかないじゃないか。前回Dランクを受けてから一年経つし、色々あったかもしれないが、そろそろ切り替えていかないと。今後の遠征にも関わるから、チャンスがあるなら受けてみないか」


ブラッド先生は笑顔でダミアをなだめる。


この世界にはギルドがあり、ランクによって受注できるクエストが変わる。以下がギルドのランクだ。


Sランク: 伝説的な偉業を成し遂げ、各国が認めた英雄的存在。


Aランク: 一流冒険者と呼ばれ、移動用の魔獣車の用意や物資の支給など優遇される。報奨金の交渉も可能。


Bランク: 危険な大型魔獣討伐依頼が受けられる。


Cランク: 他国に渡る際に通行税が発生せず、国の防衛隊に志願できる。


Dランク: 小さな魔獣の討伐依頼を受けられる。


Eランク: 植物や鉱物の採取のため、単独で国外に出られる。


Fランク: 国や町での雑務全般をこなす下積み。単独で国外に出ることはできない。


「俺は将来英雄になる!そのために今回の依頼でCランクになるんだ!」


アレスが自分を鼓舞するように高らかに宣言する。彼の金色の瞳には、再び強い意志の光が宿っていた。


「わかった、アレス。だが、まだ詳細を話していないぞ。そんなに急ぐな。ではCランク昇級の詳細を説明する。場所はここから北東付近に出現している『ブルーファング』の討伐だ」


「そんな先の討伐依頼なら、先に他のギルドが終わらせてしまうのでは?」


テツオが現実的な懸念から質問する。


「そうだ。今回は討伐依頼が残っていたら受けられるだけで、確実に受けられる保証はない。うちは本格的なギルドではなく施設だから、余っていたら受けられるだけだ。だが、考えがないわけじゃないぞ。ここから東側には司法の国である白の国があるが、討伐をメインでやる冒険者ギルドが少ないんだ。今回、依頼が残っている可能性は高い。


ブルーファングは、小型の群れ魔獣だ。体表に青い氷の結晶を持つ小柄なコヨーテ型の魔獣で、単体はDランク程度だが、その恐るべき繁殖力と組織的な群れでの行動により、Bランク級の脅威となる。その討伐が遅れると、その数を爆発的に増やし、やがて都市を襲いだすことにある。だからこそ、この依頼が長く残ることは、周辺国にとって非常に危険な事態なんだ。


この討伐は以前にも経験豊富な上位の冒険者が数名犠牲になっている。そのためにも、この一週間で自分を見つめ直し、残りの一週間で五人での連携訓練を行う」


先生は笑顔で説明を終えた。


「じゃあ、今日の授業は終わり?帰っていい?」


クロが身を起こし、ブラッド先生に尋ねる。彼の漆黒のバトルスーツは、他の四人のカラフルなスーツと対照的だった。


「クロ、聞いてたか?自分の能力向上に専念する時間だぞ。まあ、大丈夫か。全員解散だ」


ブラッド先生は渋い顔をしながら、授業の終了を告げた。


ブラッド先生が教室から出ようとすると、ダミアとダンガンが声をかける。


「先生、この後時間ありますか?」


「おう、どうした?」


「特訓をお願いします」


二人は頭を下げた。昨日のクロの厳しい言葉が、彼らを突き動かしていた。


「まあ、いいけど。きつくても逃げるなよ」


先生は笑顔で応じる。


「はい!」


二人は力強く返事をした。


「じゃあ、射撃用の訓練場に行こう。クロ、場所使ってもいいか?」


「別に俺の場所じゃないんだから、許可なんていらないだろ。ご自由に」


クロは素っ気なく、興味のない様子で答える。


「じゃあ、二人とも行くか」


三人は教室を後にした。


クロが立ち上がり、教室を出ようとすると、アレスとテツオが声をかける。


「クロ。頼みがある。訓練に付き合ってくれないか?」


テツオが少しの不安と期待を込めて、クロに尋ねる。


「なんで俺なんだ?ブラッド先生の所に行けばよかっただろ」


「放出系の先生からだと、俺たちの能力強化につながらないかもしれない。お前なら、俺たちを強くする方法を知ってるんじゃないか。頼む。俺たちのことが嫌いかもしれないが、付き合ってほしい」


アレスが決意の固さを示すように深々と頭を下げ、テツオもそれに倣う。


「やる気があるなら、訓練場に来れば。やりたくなくなったら、いつでもやめていい」


クロはそう言い残し、教室を出て食堂に向かった。

(…全く面倒なことだ。だが、その目は悪くない。少しはマシな獲物になりそうだ。)


「ありがとう!準備して、訓練場に行ってる!」


アレスは昨日よりも遥かに覚悟を決めた目をしていた。テツオも、その熱意に引っ張られるように、頷いた。


射撃場用の訓練場にて。


ブラッド先生とダミア、ダンガンの三人が集まっていた。


この訓練場は、昨日と同じような広さで、射撃の的が描かれた人形が十体並んでいる。右側の二体は人形のみだが、左へ行くにつれて障害物の柱が置かれている。人形は壊れても一分で元に戻る魔術が施されている。


「じゃあ、まずは約50メートル先の的に見本を見せるから、それを真似てみろ」


先生は笑顔で言う。そして、左手の人差し指をナイフで切ると、銃のように構える。小さな鮮やかな赤色の血の塊が弾丸の形になって発射され、的の頭を打ち抜いた。


「まず、これくらいはできないとな。大きな弾なら簡単だが、小さな弾を使ってピンポイントで狙うんだ」


先生は簡単そうに言った。


「じゃあ、俺からやる」


ダンガンが銃を構え、撃つ。しかし、頭の方に飛んでいった弾は、わずかに右へ逸れて外れた。


「くそ、なんで外れるんだ」


ダンガンが悔しさを噛み殺し小さく呟く。


「じゃあ、ダミア。やってみろ。狙いは人形の左胸だ」


「はい!」


ダミアが両手を前に出すと、生命力を示す淡い緑色の種ができて発射される。途中まで真っすぐ進むが、同じように逸れて外れた。


「え~、当たったと思ったのに。なんで真っすぐ飛ばないの?」


ダミアは悔しそうな顔をする。


「はい、二人とも残念。何がダメか分かるか?」


先生は笑顔で二人を促す。


「弾が逸れる」


ダンガンが呟く。


「そうなんだよ。ここは、左から右へ向かう風のような魔力の流れが魔術で造られている。魔力の流れを見ることと、魔力を込めること。この二つができないと、真っすぐ撃つことすらできない。さらに、左側には障害物の柱があって、魔力を柔軟に使えないと、弾が飛ばない構造になっている」


「なんでこんな面倒な仕組みにしたんですか?訓練場の形を変えるのは、ヘファイストス先生にお願いしないといけないのに…」


ダミアが質問する。


「クロが何年か前から練習したくて、ヘファイストス先生に色々お願いしてできた訓練場なんだ」


「でも、あいつが練習なんてしてるの想像できない…」


「違うな、ダミア」


先生は真剣な顔で話を続けた。


「クロは、みんなが見ている前ではだらしない態度だが、見えないところで、実際は努力しているんだ。それもお前たちが寝ている時間を使ってな。だから、教師としても授業中寝ていても、あまり強く注意できない。あいつは、俺なんかよりも努力して、強くなろうとしているんだ」


ブラッド先生は申し訳なさそうな表情で、クロの実力の秘密を打ち明ける。二人は驚き、何も言えない。しかし、よく考えればそうだ。昨日の訓練も、四対一で戦った自分たちに対して、クロは一人で先生と戦っていた。並大抵の努力ではあそこまで行かないことぐらい、今になってようやく理解した。


「まあ、お前たちはまだコツを知らないからな。今頃クロもアレスやテツオに教えている頃だろう。クロは昔からそれをマスターしているから、この訓練場を造ったとも言える」


先生はそのコツを説明し始める。


「まずは自分の目に魔力を意識してみろ。そうすると、空気中の魔力がぼんやりとした青緑色に見えるはずだ。まずは五分間、目に魔力を集中して見てみろ」


先生は右手で目を指しながら指示する。


二人は静かに目を閉じて集中した。そして目を開けると、いつもと違う景色が見える。青のような緑のような、しかし透明で、まるでシャボン玉の中から見ているような感じだ。人形の方を見ると、10メートル前から魔力の流れがあり、先ほど弾が逸れた理由がわかった。先生の方を見ると、体から湯気のように魔力が出ているのが見え、自分の手から出る魔力と先生との差を実感する。


「これが魔力…実際に見ると変な感じだ」


ダンガンが驚きと納得を込めて呟いた。


「そうだ。一流の冒険者なら誰でも使えるし、戦闘中には常に魔力の流れを見ている。そうすることで、次にくる攻撃も予測できる。個人差はあるが、最初は意識して、最終的には無意識にできるようになってほしい」


先生は笑顔で二人に伝えた。二人は新たな目標を見つけ、無言で的に向かい、狙いを定めて撃つ。


一方、もう一つの訓練場では。


アレスとテツオが息を切らしながら地面に倒れており、クロが冷たい目で上から見下ろしていた。


「はぁ…はぁ…なんで魔力の動きが読めないんだ」


アレスが地面を叩きつけたいほどの悔しそうに呟く。


「魔力が見えてもこれじゃ、見えてないのと変わんないな」


クロは容赦なくオブラートに包まずに言う。


「とりあえず、少し休憩だ。組み手だと練習にならないから、やり方を変えるか」


クロはわずかに優しく言った。


五分後、倒れていた二人は息を整え、雪辱を期すように悔しそうに立ち上がっていた。


「じゃあ、ここからは俺の人形に遊んでもらう」


クロはガラスの瓶から水を地面に流し、手をかざす。すると、水が凍り、青白い輝きを放つ氷の像が二体現れた。


「この氷像をサンドバッグにしろってことか?」


テツオがクロに怒りと情けなさの感情をぶつける。


「いいから、弱い奴は黙って殴ってろ。あと、能力は全力で使え」


クロは飽きれたように言った。


「ふざけんな!」


テツオがクロに飛びかかろうとしたところを、アレスが冷静さを保ち前に出て制止する。


「わかった。壊してもいいんだな」


アレスはまばゆい光の剣を出して構える。


「ああ、出来るもんならな」


クロは挑発する。


アレスは一体の氷像に飛びかかり、剣を振り下ろす。しかし、氷像は体を横に逸らして剣を避け、そのまま右手でアレスの腹部を殴り、彼を吹き飛ばした。


「なんで氷像が動くんだ!?」


テツオが驚愕の表情で、クロに問う。


「言うのを忘れてたが、氷像は俺の魔力で動かしている。さあ、壊していいから戦え」


クロがテツオをさらに挑発する。


テツオは氷像に向かって拳を振るうが、鈍色の鉄で覆われた拳は硬い氷に傷一つ付かない。その隙に氷像に殴り飛ばされる。


「テツオ。お前は部分的に鉄化して訓練しろ。寝る時も常にどこかは鉄にしろ。全身鉄化はしばらく禁止だ。あと、一体ずつ壊せない奴は昼飯抜きだ」


二人は全力で氷像に飛びかかるが、また吹き飛ばされる。彼らの疲労の色が、肌に濃く現れていた。


「おい、魔力を見るのを忘れてないか?常に意識しろ」


「能力を使うと、目に魔力を集中するどころじゃないんだよ」


テツオが歯噛みしながら言う。


「それが出来なきゃ、こんな氷像一体にも傷一つ付けられないな。あと、アレスは剣を二本出して使え。そっちの方が身体能力が上がる」


「無茶なこと言ってくれる。一本でも維持し続けるのが大変なんだぞ」


アレスは悲鳴を上げる魔力を無視して二本目の剣を出し、氷像に斬りかかるが、また吹き飛ばされる。


こうして二人の特訓は日が暮れるまで続いた。訓練場の隅に、二人の汗と悔しさが滲んでいた。

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