第21話 乱入戦
クロとロウは見つめ合って、向かい合う。観客は突然の乱入に騒めいていた。
「しょうがない小僧じゃな。一度痛い目みんとわからんようじゃ」ロウが構えを取った。その立ち姿は、闘技場の土台そのものが彼の延長であるかのように大地に根を張っていた。
「いいねえ。そうじゃねえとここに来た意味がねえ」クロは闘技場のギリギリまで下がり、距離を取った。
「完全獣化!」と叫び、即座にその体は魔力と獣の力に包まれる。獣が獲物を狙うように低く姿勢を構え、足元には氷の板を敷き、足には雷の魔力を走らせ、拳には炎を燃え上がらせる。クロの赤い目はいつも以上に獰猛に輝いて見えた。
「楽しませろよ。じじい」
「吠えていろ。小僧」
クロは一瞬にしてロウとの間を詰めて、炎の拳で殴り掛かった。昔ブラッドが防ぐことが出来なかったクロの最速の一撃だ。今のクロはその時よりも素早く、力強かった。ロウが両手を前に出しているのが、見えた。
クロは空を眺めていた。何が起きた…。ああ……遥か彼方まで飛ばされたのか。そして気が付くと、右腕が肩まできれいに無くなっていた。
「そんなもんかの。小僧」ロウはまだ終わっていないだろうと挑発した。
クロは立ち上がり、右腕の切り口を瞬時に凍らせて出血を止めた。
「当たり前だ。面白いのはこれからだろ。見せてやるよ。試したいことがやれる。『シッ―』」
クロが左手を前に出すと、ヒュメルドーナ・メラクレス王女殿下が二人の間に立ちはだかっていた。
「武闘大会は終わりました。これ以上、武術国家で好きにさせるわけにはいきません。言うことを聞かないと、この最強の拳をお見舞いします」王女は体躯に似合わぬ毅然とした態度で、構えを取った。
「いいぜ。こんなに楽しいのは生まれて初めてだ」クロは抑えきれない悦びににやけが止まらなかった。
「この馬鹿!」闘技場に降りていたブラッドがクロに渾身の拳骨を落とした。
「ほっほ。少し勝手しすぎたかの」ロウは構えを解いた。
ブラッドはクロを捕まえると、王女殿下と観客席に深々と謝罪して、会場を逃げるように後にした。そのあと、ブラッドにこっぴどく怒られたのは、想像に難くない。クロは、説教などそっちのけで、今日の運命の出会いに高ぶる感情を抑えきれず、心ここにあらずだった。
黄の国への帰りでは、皆、武闘大会の観戦からか興奮冷めやらず、ずっと喋っていた。
「俺は、負けたけどあの王様のような、かっこいい体になるんだ」テツオはゴルダールの姿が余程気に入ったのか、憧れを口にしていた。
「僕もあの姿には男として憧れるものがあるよ。クロもそう思うだろ」アレスはクロに話を振った。
「……。ん?……。ああそうだな」クロは適当な返事を返した。
クロの腕は完治しており、ただ遠くを見つめていた。
「本当に二人ともすごかったよね」ダミアが空気を読んで話を戻した。
「ああ、そうだな」ダンガンも察して話に乗った。
「あのロウって人、小柄なのに強かった。私もいつかは強くなれるかな」
「ああ、ダミアは今でも十分強いよ」アレスはダミアを励ました。
「なあ、クロ。お前もそう思うだろ」アレスはクロに話を再び振った。
「……。ああ、そう思う」再び上の空の返事をした。
「なんだよ。クロお前、僕たちの話を聞いてないだろ!」アレスが声を荒げて怒った。
「ん?ああ、そうかもな……。」
「勝手をして、挙げ句の果てにその態度はないんじゃないか?」
アレスは珍しく激怒していた。乱入したことを怒っているわけでもない。話を聞かないことを責めるつもりもない。ただ、自分達がクロの眼中にないこと、自分達の興奮や会話が、彼にとって取るに足らない存在だったことに、怒りをあらわにしていた。
「お前にとって、僕たちはなんなんだ」アレスが絞り出すように問うた。
「……。なんか言ったか?」
「クロ。お前!!」アレスは怒りに任せてクロに殴り掛かろうとした。
三人が止めに入った。いつも頼れるリーダー的存在のアレスがここまで怒っているのだ。三人も困惑しながら抑えつけた。
「ねえ、落ち着いて。何も悪いことしてないじゃない」
「アレスらしくないぞ。どうしたんだ」
「ああ、少し落ち着け」
クロはこんな状況なのに表情一つ変えずに遠くを見ていた。アレスは席に座ると三人に謝ってクロを睨む。
クロは遠くを見ながら考えていた。手加減は一切しなかった、それでいて負けた。体が消失するほどの圧倒的な力。悔しい気持ちが湧くと同時に、世界には自分よりもはるかに強い存在がいることに喜びを隠せなかった。
「本当にいた強い奴ら。会うだけでも、こんなに気持ちが昂るもんなのか」誰にも聞こえないような声で呟いた。
クロはただ遠くを見ていたわけではなかった。強者と次はどうやったら勝てるか、今よりもっと強くなるにはどうするか、次はどんな強者が世界のどこにいるのか。頭の中で考えていた。それはまるで、目の前にお目当てのおもちゃを出された犬のような、獲物を探す獣のような目だった。
こうして短くも濃厚な時間はあっという間に過ぎ、黄の国へ帰っていった。




