第20話 武闘大会決勝戦
早朝の貿易都市内側は、熱気で満ちていた。
一行は魔獣車を受け取ると、各々の荷物を積み込み、出発の準備をしていた。周囲を見渡せば、同じく準備をする人々がひしめいている。その会話を聞くまでもなく、ここにいる誰もが武闘大会へ向かうのだと知れた。
武闘大会の開催地、武術国家までは魔獣車で三時間。今日ばかりはクロも眠らず、獰猛な笑みを浮かべて楽しみにしている。
「なあ、先生。決勝戦のチケットだけ、なんで取れたんだ?」クロがヘファイストスに聞いた。
「あぁ、決勝戦はな、毎年のぅ一試合きりしかなくての。必ず王様が勝つからか、あまり関心がなくてのぅ。他の予選試合の方が人気なんじゃ。今日の観客は王様の熱心なファンばかりじゃな」
「先生は王様が見たいのか?」
「そうじゃ。王様の戦い方はまさに男の中の男じゃ。豪快な力で、逃げずに相手の力量を出しながら、自分が上だと知らしめる。わしは王様のファンでな。今年もどんな相手と熱い戦いをしてくれるか、楽しみなんじゃよ」
「王様の相手は誰だ?」
「昨日情報を聞いたが、初参加の無名の老人らしいんじゃ」
「そんな強いのか、そいつは」
「いやな、聞いた話では、派手に殴り合いはせず、受け流して、一瞬で終わらせるそうじゃ。そのせいで、今回の大会は盛り上がりに欠けると貿易都市で噂になっておったわ」
「じゃあ、今年も王様の圧勝って予想か?」
「そうじゃ。皆、今年は王様の圧勝だろうと関心が薄くなっておったわ」
「武術国家最強の男か。早く見てみたいもんだな」クロは、期待に胸を躍らせるというより、獲物を見定めた獣のように呟いた。
道が舗装されていたこともあり、二時間ほどで武術国家に到着した。魔獣車を預け、全員で武闘大会の会場に向かう。
国の関所を入ると、周囲には道着を着た武闘家が多く見られた。彼らは皆、過酷な修行の成果か、顔つきが引き締まっており、立ち姿に一切の隙がない。
武術国家の中を歩くと、巨大なコロシアムが見え、受付には長い行列ができていた。ヘファイストスからチケットを受け取り、列の後ろに並ぶ。列は順調に進み、受付を済ませると、ハンコが席の番号を示していた。
会場は現代のコロッセオの形をしており、収容人数は五万人。中央には25m×25mの戦闘エリアが用意されている。決勝戦にしては席にちらほらと空きがあり、噂通りの関心の低さが窺えた。
クロたちが指定の席に着くと、正面には王族や来賓の特等席が見える。
ブラッドは興奮気味に正面の人物について話し始めた。
「見ろ。あそこのドレスを着た幼い少女が、王様の娘、ヒュメルドーナ・メラクレス王女殿下だ。歳はお前たちと同じ十二歳だ」
クロは一目、その少女を見た瞬間、全身を貫くような強者の佇まいを感じ、王女から目が離せなくなった。ブラッドの話など、一切耳に入ってこない。
銀髪のショートヘアで、顔は幼く八歳ぐらいに見える。身長も120cmほどで華奢な腕。とても強そうには見えない少女だ。だが、クロの目には、その小さな体にとてつもない魔力が抑え込まれているのが見えていた。周囲の観客は誰も気づいていない。
「あいつ、化け物だな」クロは、初めて人を見て驚愕の感情を覚えた。
「なんだクロ。王女様に恋でもしたのか?」ブラッドはクロを茶化す。
「あんな奴がいるのか。戦いたい」クロはブラッドの声など聞いておらず、王女だけを睨みつけた。
その時、大きな花火が鳴り響き、レフェリーの男が闘技場に出て来た。
「お待たせしました!今年の決勝戦も我らが王ゴルダール・メラクレスの勝利で終わるのか!はたまた初参加の挑戦者がまさかの番狂わせを起こすのか!それでは挑戦者の入場です!」
出てきたのは、白髪短髪の初老の老人だった。顔は雰囲気に反して若く見える。身長は150cmと小柄だ。服装は龍の顔のデザインが入った、擦れた灰色の作務衣を着ている。
「ここまで対戦相手の強力な技を受け流し、次々と強者を葬ってきた!まさに番狂わせ、誰がここまで来ると予想できたか!今大会のダークホース、ロ~ウ~!!」
クロはロウを見た瞬間、武者震いが止まらなくなった。この老人は、体の内側に強力で静かな力を秘めている。
「あのじじい、普通の武闘家じゃない。こんなのが世界にはいるのか」クロは獰猛な笑みを抑えられない。
クロはロウを見つめ、ロウもその視線を感じたのか、クロの方に目を送る。二人は互いに目を離さない。
ロウが闘技場の中央まで歩き終えると、さらに大きな花火が上がり、観客のテンションが跳ね上がる。
「さあ、いよいよ!我らが武術国家の王にして最強無敗の武闘家!並みいる強敵を真っ向から打ちのめし、最強の名をわが物としてきた!我らが王は今回も勝利をみせてくれるのか!ゴルダ~ル・メラクレス!!」
観客は王の登場で割れんばかりの歓声を上げる。金髪の強面な顔、身長2mの猛烈な筋肉。体には獣や武器から受けた無数の傷跡があり、獣の皮で作った道着は野性味を放っている。
王が闘技場の中央に来ると、観客は皆静まり返った。始まりを待っていた。だが、ロウは王を一度も見ていない。その視線は、依然としてクロに釘付けになっている。ロウは、目の前の敵よりも、視線を外したら命取りになる何かを、クロの中に感じているようだった。
「おい、ロウよ。なぜ我の方を見ずに子供の方を見ている」ゴルダールはロウに凄まじい威圧を加えた。
「そうじゃな。あの小僧の方が野性味があって、面白そうだと思ったんじゃ」ロウはやっと王の方を向いた。
お互いが向き合った瞬間、合図の太鼓が鳴り響き、観客も合図と共に歓声を上げた。
ゴルダールは合図と共に猛然とロウへ走り、その巨体に見合った巨大な右拳を振り下ろした。
ロウは左手を出し、掌底でゴルダールの右拳を迎え撃った。
勝負は一瞬だった。
なぜか体の大きいはずのゴルダールが、場外へと軽々と吹き飛ばされ、そして右手はぐしゃぐしゃに折れていた。
観客は何が起きたか理解できず、静寂に包まれた。
「……っし、しょ、勝負あり!まさかの優勝はロウ選手だ!」
観客も理解が追い付かないながらも、盛大な歓声が飛んだ。
一人を除いて……。
「もう待てねよ!」
クロは衝動のまま、闘技場に飛び降りて乱入すると、ロウをまっすぐ見た。
「おい、じじい!俺の相手しろよ」クロは、その顔に殺意と歓喜を混ぜた笑みを浮かべて、ロウを挑発した。




