第18話 喧騒と詐欺師
黄の国の関所前。
Cランク昇級試験から二週間が経ち、武闘大会の見学に向け、出発の準備をしていた。
「さあ、みんな早く乗れ。まずは四日間かけて貿易都市まで行くからな」
みんなが魔獣車に乗り込む。ヘファイストス先生が手配してくれたのは、護衛はいないが、足の速い魔獣だった。魔獣車は荷馬車とほとんど変わりないが、馬ではなく魔獣が引くため、その速度は比べ物にならない。
貿易都市とは、地平線まで続くかのような巨大な円環が、一行の視界を覆い尽くしていた。「全然端が見えない」テツオが驚いて言った。
「まあ、地図上では円の形をしているが、実際に見ると大きすぎて壁にしか見えないんだよ。関所は東西南北に無数にあり、一説には百以上あるとも言われているな」ブラッドは笑顔で貿易都市の外側を教えた。
「今日は中で一泊して、明朝に武術国家へ行くからな。必要な荷物は自分で持つんだぞ。魔獣車は預かってもらって、徒歩で移動してもらうからな」ブラッドは貿易都市が近くなったので注意事項を話した。
貿易都市の中では魔獣車での移動はできないため、関所で預け、その地下で管理される。依頼によっては、貿易都市の先にある国家へ行くことがあるため、Cランク以上の防衛隊が地下道を使用し、魔獣車を各国家へ繋ぐ出入口へと責任を持って移動してくれるのだ。
みんな関所の前に着くと魔獣車から降りて、歩いて向かう。周囲を見渡すとたくさんの人が、少しでも空いている各関所の受付に入っている。
「では、ギルド証の確認をさせて下さい」身軽な格好をした、防衛隊がいつも言っているであろうセリフを言った。
「これでお願いします」先生は自分のギルド証を見せた。
「はい。Bランクですね。通行税はいりません。魔獣車はどうされますか。」
「武術国家に近い出口でお願いします」先生は慣れたように答えた。
「了解しました。ブラッド様。それでは魔獣車はこちらでお預かりいたします」
「よろしくお願いします」
こうして魔獣車を預け、関所を通る。まるで、長いトンネルのような薄暗い道を一行は出口を目指し、歩みを進める。
外へ出ると、暗かったせいか目が眩んだ。少し慣れて周囲を見ると、今までに見たことがないほど、人が溢れかえっていた。
「すごい」四人は、溢れかえっている人の数に圧倒される。
肌の色も耳の形も異なる多種多様な人種がひしめき合っている。獣人と人が大声で取引し、肉が焼ける香ばしい匂い、異国の香辛料の匂いが空気を満たし、まるでお祭りか、いや、熱狂そのものだ。お店だけでなく、所狭しと並ぶ出店や露天商には、見たことも聞いたこともない商品が山と積まれていた。
四人はテンションが上がってしょうがなかった。
「先生早く行こうよ」
「ダメだ。まずは宿を取る。お前ら迷子になるだろ」
全員はまず宿屋に行って、受付をした。受付をした人は人数分のコンパスを渡してくれた。先生は全員に一つずつ渡した。
「このコンパスはな。この宿を指しているんだ。貿易都市はものすごく大きいからこうしてコンパスを使って場所を把握するんだ。絶対に無くすなよ。弁償代高いんだよ」
「すごい仕組みだ」アレスはコンパスを見て感心する。
「いいから、俺は早く貿易都市をみたい」
「待て。テツオお前ら買い物の仕方分かるのか」
いざ言われると、四人はお金を持ってきていないことに気が付いた。
「今から説明するから、よく聞くんだ。自分のギルド証あるだろ。これで買い物が出来る。今までの依頼金は各々のギルド証に入っているから、それを使えば買い物できる。いくらあるかはギルドかギルド証が使える店にいけば、確認できる。場所によっては硬貨しか取り扱わない店舗もあるから事前に確認して買い物するんだぞ。」
「「「「はい(はーい)!」」」」四人は返事をしながら、一斉に飛び出して行ってしまった。
「あっ、待て! 肝心な注意点をまだ言ってないのに!」ブラッドは慌てて叫んだ。「ヘファイストス先生、頼みます。生徒を見つけたら注意事項を説明して下さい!俺の方でも見つけて話をしておきます!」
「あぁ。見かけたら言っておくわ。わしもお茶を買いたいし、探して話してみますよ」楽しそうにヘファイストス先生は宿を後にした。
クロは寝ようと部屋の方へ行こうとすると、不気味な笑顔のブラッドに捕まった。
「クロ~。お前もみんなを探して、注意してくれるよな。」妙な圧をかけてくる。
「いや、もう寝るけど」
「みんなのために探してくれるよな。なぁ」
これはこっちの話を聞く気がないな。さっさと見つけて、買い物の注意を言ってくるか。
「わかった。全員に言って来る」クロは面倒な表情をして走って宿を後にした。
クロは周囲を見渡すが、四人を見つけられなかった。しょうがない、匂いを辿っていくか。
「この武器かっこいいな」アレスとダンガンが一緒に武器の露店を見ていた。
「おう、わかるかい。これはね。上物の素材を使用して武器国家で造られた貴重な一品だよ」優しい表情で露天商のおじさんが商品の良さを説明した。
「これがほしい。おじさん。これで買えますか」アレスはギルド証を見せた。
「ああ大丈夫だよ。おじさんのギルド証に触れてくれるかい。そしたら取引成立だ」
アレスがギルド証を前に出そうとすると、クロが腕を掴んだ。
「何してんだ。馬鹿」クロが怒り出した。
「何をしているって、この武器貴重な一品なんだよ。買ってもいいじゃないか」アレスは怒って言い返した。
「おい、おやじ。これのどこが貴重な武器なんだ?」
「ここにおいてあるのは、武器国家から取り寄せた貴重な武器だよ」顔から汗が噴き出していた。
「黙れ。こんな場所で詐欺はやめるんだな。防衛隊に通報するぞ」
「おい、やめろクロ。何を根拠に言っているんだ?」
「武器の魔力を見てみろ。いい武器は魔力が奇麗に流れている」
二人は魔力を見た。確かに持ち手は魔力が奇麗に流れているが、剣の部分の魔力の流れが途切れ途切れになっている。
「こんな武器なら野菜を切っても刃こぼれする。おい、おやじ。本当に武器国家が造ったんだな」クロは露天商のおやじを睨みつけた。
「ご、ご、ごめんなさい」露天商のおじさんは商品もそのままに走って逃げていった。
「あの、クロ」二人は申し訳なさそうにした。
「露天商は安く買える。だが品質はピンキリだ。宝探しのつもりで見ろ。しっかりしたのが欲しいなら、店を構えている所に行け。わかったら消えろ」
二人は申し訳なさそうに去っていった。あとはテツオとダミアだ。テツオは出店で食べ物を食べたいって言ってたから、そのあたりだが、ダミアはどこだ。イノシシのように突っ込んでいく。あいつの考えはよくわからない。
テツオの匂いを感じて、急いで走る。姿が見えるとブラッドと一緒にいる。怒られている様子を見ると問題ないな。残るはダミアだ。ああ、香水の匂いがあちこちからくるからわかりにくい。
テツオは、出店で買った肉串を頬張りながらブラッドから小言を聞いていた。
「まったく、話の途中で飛び出すなんて、昔と何も変わってないな」ブラッドは説教をしながらも、どこか嬉しそうだ。
「ごめんって。でも、先生のおかげで助かったよ」テツオが笑った。
クロはとにかく走ったが、ダミアが見つからない。こうなったら屋根に上って風が吹くのを待つか。屋根に上り、匂いを探る。裏路地はホームレス街になっていて、臭い匂いが混ざって来る。風が少し顔を撫でる。この匂いはダミアだ。匂いの方へ屋根を伝って行く。
商店街から裏路地に向かって行くと、クロの目の前には見慣れた状況があった。
「ねえ、そこのかわい子ちゃん、ちょっとでいいから俺たちと遊ぼう?」ガラの悪そうな三人に囲まれていた。
「いや、なんであんたみたいなのと一緒にいないといけないのよ」ダミアはイノシシのごとくキレていた。
「おい、そこのイノシシ女、やっと見つけたと思ったら、また攫われたのか?」
「あ、クロなんでここに?」
「こんなことになってるだろうと思って、探してきたんだよ。いいからこっちに来い」
ダミアは三人をすり抜けるとクロの後ろに隠れた。
「何々?かっこいいね。ヒーローごっこでもしてんのか」一人が近づいて、クロの目を睨みつけた。
「悪いけど、こっちはイラついてんだよ。このイノシシ女見つけるのに、嗅ぎたくもねえ匂い嗅いで探してきたんだからよぉ」
「そんなこと知るか!」男はクロを思い切り殴ろうとした。
クロは殺気を三人に向け、一瞬にして濃密な殺意の霧を放った。男が振り下ろした拳が当たる直前、男の視界は一瞬にして血に染まる。一人の男は自分の頭が吹き飛び、後ろの二人は回し蹴りで首がねじ切られる幻影を見た。男たちは全身の毛穴が開き、皮膚が粟立つような感覚に襲われ、硬直した。
「は、はあ...?」男は自分が生きていること、目の前の少年が手を出していないことに、心底驚愕した。
誰も死んでいなかった。ただ殺気でイメージしただけだ。まずいこのまま戦っても勝ち目はない。どうすればいい。汗が滝のように止まらない。
「消えろ」クロが一言吐き捨てると一斉に逃げていった。
一瞬の沈黙ののち、クロは四人は問題ないだろうし、宿に帰ろうとするが、ダミアに捕まった。
「あの、ありがとう」ダミアは少しうれしそうだ。
「裏路地は危険だから近づくなよ。まあイノシシなら問題ないな」
「イノシシって何よ。私の事探してくれたんでしょ」
「ブラッドに言われたんだよ。全員に貿易都市の中での注意すること言って来いって」クロは伝えることを伝えた。あとは帰って寝るだけだ。
「待って。一緒に買い物しよう」恥ずかしそうに言った。
「一人で出来るだろ。子供じゃないんだし」
「うん。子供じゃないよ。でも、一緒に付き合ってよ。」少し大人びた表情でこちらを見つめる。
「俺は人混みが嫌いなんだよ」
「うん。いいよ。クロに任せる。クロはなんか詳しいし、いいじゃん暇でしょ」
「じゃあさっき来るとき空いてる飯屋があったからそこでいいか。もちろんお前のおごりな」
「ねえ。デートは男が出すものでしょ」
「誘ってきた方がおごるもんだろ。いやなら帰るけど」
「いやじゃないけど、あんたは言い方が悪いの。本当にモテないよ」
「結構です。イノシシに好かれる趣味はねえよ」
「私はイノシシじゃない」
そうして二人は裏路地にある、空いていた食堂に向かった。
「ここ裏路地だけど大丈夫なの?」
「さっき上から見たけどこっちの方は治安悪くないし、なによりうまそうな匂いがした」
「なら安心だね」
こうして二人は食堂に入っていった。
宿屋にて。
ブラッドは部屋でテツオと合流したことを確認し、安堵の息を漏らした。だが、まだ二人足りない。
その時、ヘファイストス先生が湯気の立つ茶を片手に部屋に戻ってきた。「やあ、ブラッドくん。わしはな、無事に武術国家で有名な高級茶葉を見つけてきたぞ。ついでにダミアくんも見つけて注意しておいた。あとはアレスくんとダンガンくんだな」
「ありがとうございます、先生!」ブラッドは感謝しつつも、内心では焦っていた。(結局、俺は生徒たちを探しきれていない。生徒の安全をクロ任せにするなんて...指導者として失格だ。)
やがて、クロが宿に戻り、ブラッドの部屋に顔を出した。「アレスとダンガンには詐欺に気をつけろと伝えた。ダミアには裏路地は危険だと伝えた。これで全員だ。俺は寝る」
ブラッドは、クロの報告の簡潔さに驚いた。「どうやったんだ?アレスたちは見つかったのか?」
「ああ。問題ない。裏路地でも大人しい。言われたことだけ伝えたぞ」クロはそう言って、自室へ戻ろうとする。
ブラッドは、その背中に向かって、強く言った。
「クロ。心配をかけてすまなかった。そして、ありがとう」
ブラッドは心の中で葛藤した。(彼のやり方はあまりに危険だ。だが、彼の判断が一番早く生徒たちを助けた。俺はもう、彼を危険な子供として扱うべきではない。彼の能力と判断を信じなければ、指導者ではない。)
ブラッドは、クロの能力への畏怖と、指導者としての新たな信頼が複雑に混ざり合うのを感じた。
貿易都市での初めての夜は、こうして喧騒と、小さな事件、そして教師の葛藤とともに更けていった。




