第15話 1年前のあの事件 後半
二人は初めてのゴブリン討伐に浮かれていて、周囲の警戒ができていなかった。近くにゴブリンが二体、さらに遠くに、こちらを探るような視線を感じる。誰だか分からないが、こちらが気づいたことに感づいたのか、その視線はすぐに消えた。
「おい、来るぞ」
二人は何のことか分からなかった。クロは呆れて、代わりにゴブリンの気配がする茂みの方へ、小さな火の玉を二つ飛ばす。ゴブリンの悲鳴が聞こえた。
「ギャアアア」
「なんだ?」
二人は茂みを確認しに行った。ゴブリンは火の粉を払い、怯んでいた。二人はその隙にとどめを刺す。アレスが二体の耳を削いでいる間に、ダミアは次のゴブリンを探しに向かった。
「ダミア、一人であまり遠くに行くな」
アレスが注意する。
「大丈夫。ちょっと先を見るだけだから」
ダミアはさらに先に進んでいった。
「もう少し先にもいるはずなのにな……」
茂みをかき分けて進んだが、ゴブリンは見当たらない。
「あれ?なんか足元がぬかるんでる?」
気がつくと、三人の足元が沼になっていた。アレスとダミアは驚き、もがいてしまい、足を取られてしまう。
一人の謎の男がダミアを引きずり出した。
「ちょっと、何よ!離して!」
ダミアはじたばたと暴れるが、連れ去られてしまった。
クロは急いで追いかけるが、目の前に二メートルもある大男が道を塞ぐ。
「誘拐の現場を見られた以上、この場で死んでもらう」
「アレス、お前は大丈夫か?」
「ああ、沼が固まってこれ以上は沈まない。あとは掘って登るだけだ。だが、問題はあいつだ」
クロは獣化し、大男に飛び込んでいく。大男が両手を上に上げると、ハンマーに形を変えた。クロめがけて振り下ろされる。クロは右側に氷の壁を作り、攻撃をかわす。クロは一旦、間合いを取った。
「お前たち、なかなかの腕だな。盗賊なのか?」
大男は笑いながら、堂々とした子供を見て笑い出した。
「ガハハハ!お前面白いな。普通の奴なら命乞いする場面だってのに。最後に教えてやる。その通り、俺たちは冒険者を殺して金目の物を奪う盗賊だ」
「連れて行った女はどうなる」
「ああ、あのかわいい女の子か。売るんだよ、裏ルートでな」
「たく。なんであんなイノシシみたいな女がいいか分かんねえけど、お前、死ぬぞ」
「ああ?何を馬鹿な……」
クロは会話の隙に足に力を溜めており、相手が隙を見せた瞬間に、首をナイフで切り落とした。
「さて、アレス、先に行く」
「ああ、先に行ってくれ。まだ時間がかかる。信号弾を撃った方がいいか?」
「いや。撃つな。ダミアが使った時にブラッドが間に合わなくなる。俺が盗賊どもを殺す」
クロは不敵な笑みを浮かべた。
ダミア、野営地にて。
盗賊四人に囲まれて、ダミアはロープで手足を縛られ、動けずにいた。
「離しなさいよ!この、ぶっ飛ばしてやる!」
盗賊の一人がダミアの腹部を思い切り蹴り上げた。ダミアは身体を丸めて苦しそうにする。
「おい、大事な商品だ。傷つけて値を下げるようなことするな」
「だから腹を狙ったんだよ。売る時には見えないだろ」
「なあ、売る前に少しぐらい味見してもいいだろ」
「ああ、少しは大人しくなるかもな」
ダミアは恐怖に顔を歪めた。まずい、このままじゃ……。何とか逃げないと。しかし、恐怖で能力が使えない。一人の男にテントに連れていかれる。暴れるが、びくともしない。
「おい、女。暴れるな。これからお楽しみなのに気分が悪くなる」
「おいおい、俺の分まで取っておいてくれよ」
ダミアは泣きながら助けを求める。誰でもいい、助けて。こんな祈りが無駄なのは分かっていた。絶望で顔が青白くなっていく。もうだめだ。この男たちにもてあそばれるんだ。いっそ、何もかも考えないようにすれば楽になれる。
「この女、大人しくなったな」
「おう、じゃあ、みんなで楽しみますか」
四人がテントに足を向けた。茂みから音がした時、一人の男の頭が飛ぶ。三人は倒れた方を見るが、誰もいない。
「何が起きた?敵か?」
今度は二人の首が飛んだ。ダミアを抱えていた男は恐怖でダミアを置いて逃げようとした。目の前には、クロがナイフを持って笑っている。
「なんだ、この獣は?」
クロは獣化を解き、不敵な笑みで話しかける。
「逃げるなよ。ここからがお楽しみだろ。暴れるなよ。手元が狂っちまう」
「やめ……て……助けて……お願いします……なんでも……しますので……い、いのちだけ……は……」
「あ?何言ってんだ。お前らがやってたことに比べたら、優しいもんだろ」
クロはナイフで盗賊の首元をなぞった。
「もう……やらない……。約束……する……から……」
盗賊は涙を浮かべ、震えた。
「そうだな。そこまで言うなら、助けてやる」
クロはナイフを首元から離した。盗賊はクロに殴りかかった。だが、クロは最初から許す気などなく、ナイフで首を落とした。
(そうだ、俺はこの世界を裁ける。誰もやれないことを、俺はやれる。これが、俺が生きた証だ)
「誰が助けるか。俺がすべてを裁く」
クロはダミアのロープを切って、起き上がらせた。
「ありがとう、クロ……」
安心したのも束の間、目の前の死体を見て吐き気が襲った。ダミアはその場で吐く。クロは信号弾を上に向かって撃った。
「なんで人が殺せるの……?」
ダミアは震えながら尋ねた。
「なんでって?何が?」
クロはにやけ、満足そうに答える。
「人を殺して、なんでそんなに笑っていられるのよ?」
「不思議なこと聞くな。お前、さっき魔獣を殺しただろ?魔力で生きている生物を殺して喜んでいたじゃないか。何が違う?」
クロは不思議そうに尋ねた。
魔獣と人間が一緒?何を言ってるの?魔力は生物に流れている、それはそうだけど。同じに見れるはずがない。私はクロと同じなの?ゴブリンを倒して喜んだ。それが今のクロと同じってことなの?分からない。分からない。どうしたらいいの。頭の中がたくさんの絵具で混ぜられているように、ぐるぐると変化していく。
ブラッド先生が血相を変えてダミアの元に来て、彼女を抱きしめた。
野営地の裏側では、沼から脱出したアレスが、死体の山と血まみれのクロの笑顔を見て立ち尽くしていた。アレスは何も言わず、ただ胸元に手を当てた。畏怖か、嫌悪か、あるいは理解か、その感情はまだ名前を持たなかった。
「何があった!大丈夫か!?これはどういう状況だ?敵は!?」
「もういない。全員殺した。俺はアレスのところに行ってくる」
クロは快感を外に出すまいとしていた。
「待て、クロ!なんで殺したんだ!……おい!」
クロはブラッドの制止を無視して森の奥へ去る。
ダミアがブラッドの服を思い切り掴む。
「先生!行かないで!」
ダミアは泣き出した。
ブラッドはその場で立ち尽くし、クロを追うことも、ダミアを抱きしめること以外何もできなかった。(あの殺気、そしてあの笑顔…まただ。あの時と同じ恐怖が、俺の足を縫い付けている。俺はまた、クロを化物にしてしまった)
その後、全員集合し、Dランクの昇級試験は終わりを迎えた。この一件は、ダミアとクロに決して埋まらない溝を生んだ事件でもあり、また、クロが今回の一件で悪人を裁く快楽を得てしまった事件でもあった。




