第13話 開発実験の果て
食堂にて、夕方。
クロは早めの夜ご飯を食べながら、食堂のおばちゃんと魔獣の肉について議論していた。
「獲れたての肉なら美味いって聞いたけど、どうなの?」
「そう聞くね。でもここには時間が経ったのしか来ないからね」
「おばちゃんは食べないの?」
「ブラッド先生に作る時に味見はするけど、とても食べる気はしないよ」
「うーん。じゃあ、美味しく保存する方法は知らない?」
「そうね。こうして料理人としてやってるけど、魔獣肉のレシピなんて聞いたことがないよ」
「おばちゃんの腕でも作れないのか」
「無理だよ。もとから鮮度が落ちてる食材を新鮮な状態に戻すなんて、私にはそんな能力ありゃしないよ」
「おばちゃんの腕でもダメなのか」
「おや、クロは料理人になりたいのかい?」
「そういうわけじゃないけど、どの段階から味が落ちるのか疑問に思ってね」
「そうだね。私も冒険者だったら肉について研究したいんだけど」
「肉が腐るわけじゃない…魔獣を討伐した直後はおいしい…」
クロは食べながら真剣に考えていた。どの段階で不味くなるのか。冷凍したら保存がきくのか。香辛料で保存すると変化するのか。そういえば、普通の獣はどうしていた?
「なあ、おばちゃん。魔獣は捕らえた後、血抜きってするのか?」
「私は冒険者じゃないから、その辺は知らないけど、たぶんしないんじゃないかい。腐りはしないんだから」
「じゃあ、もしかして、血抜きをすればうまく保存ができるかもしれない。よし、今度試してみるか」
「勝手に施設から出るんじゃないよ!」
「わかってるよ。試験の時、外に出たら捕まえて試すんだ。そしたら、おばちゃんのところに持ってくるから」
「やめておくれよ。ここ一人でやってるんだから、そんなの持ってこられたら仕事にならないよ」
「まあ、しょうがないな。野営の時、一人で食べるか」
「なんでそんなに魔獣肉を食べたいんだい?」
「俺は魔力摂取が目的だから、一回の食事が普通の食事だと多すぎるんだ。魔獣肉で済ませられれば、こんなに食べなくてもいいかもしれないだろ」
「確かにね。外に出たら、いつものようには食事できないからね。じゃあ、やっぱり、将来は魔獣肉の料理人にならないとね」
「いや、別に俺は食べるだけでいいよ」
二人は楽しく議論を終えると、クロは研究員の弁当と夜食を持って、研究室に向かっていった。研究室には人が集まっていた。データはクロを見るなり、抱きついてきた。
「クロ〜。やっとできたよ!お腹すいたよ。食べさせて〜」
「ああ、もう、自分で食べろよ。食べ終わったら続きやるんだろ」
クロは逃げるように実験室の方に向かう。実験室に入ると、いくつか試作品が置いてあった。これ全部試すのかと呆れ、やる気が失せた。クロは床に座り、開始を待つ。
研究員が食事を始めた。研究発表まで時間がないが、ここで食べないと体力が持たないことをよく知っているのだろう。皆、今は食べることに集中している。
クロは退屈だった。ここはまるで牢屋だ。外の世界を自由に歩き回りたい。自分より強い人がいるなら戦ってみたい。いっそ魔獣でもいい。命の駆け引きをし、生を実感したい。今の自分は、まるで棺の中の死体だ。なんだか最近はマイナス思考になっている。
「クロ君、待たせたね。実験を始めよう。好きなものを取って試してくれ」
「はーい。じゃあ、これ」
手前にあった手錠を着け、合図を待つ。
「これより第三回実験を開始する。始めてくれ」
魔力を込めると、爆発した。爆発の規模が前より小さくなっただけじゃないか。
「うーん、クロ君。次だ。第四回実験を始める」
今度は大爆発をした。手が吹き飛ぶ。何も進歩していないじゃないか。そこから何度も失敗を繰り返し、時間だけがただ過ぎていった。
実験室にて、数日後。
実験を始めてからというもの、休憩なしで続けていた。何日経っただろう。手が落ちるたびに拾い、再生させる。痛みは感じにくいだけで、まったく痛くないわけではない。なのに、あの所長はまったく加減する気がない。
苛立ちのせいで、魔力がこみ上げてくる。ここの研究者は変態しかいないのか。寝ないで研究に没頭して。だが、ディーテが研究員を一人ずつこまめに休憩に行かせる姿を見ると、やはり女房的存在だと痛感する。そうでなければ、こんなにも続けてはやっていられないだろう。
「クロ君、第六百六十五回目の実験を始めよう」
手錠が再び血しぶきを上げ、吹き飛ぶ。
「おい所長、いつまで同じことを繰り返すんだ!こんなんじゃ犯罪者は逃げるって言ってんだろう!こうなったら手錠にこだわる意味なんてないだろ!」
さすがのクロもキレた。
「そうか。そうだよ。分かったよ。データ君、今なら作れるぞ。クロ君、少し待っていてくれ」
クロは手も治さずに床に倒れ込んだ。さすがに手を治すので疲れた。ディーテはクロの手を拾い、くっつける。
「ああ、悪いな」
「ごめんね、クロ。本当は昇級試験に行きたかったよね?」
「いや、全然」
「え?てっきり、みんなと行きたいと思っているんだと…」
「別に後からでもやれるだろ。それより暇なんだよ。手を吹っ飛ばされて、治すだけで魔力がなくなりそうだ」
「でも、普通は手を治すなんてできないんだから。所長も感謝しているはずよ」
「そうであってほしいね。都合のいいモルモットとしか見てないんじゃない?」
クロはディーテに愚痴を吐き出していた。なぜだろう。ブラッドにはこんな話はしないのに。ああ、まただ。頭がもやもやする。
「膝枕してあげようか?」
耳元で甘い声が囁いた。
「結構。そういうのは好きな男のために取っておくんだな」
クロは起き上がる。
所長が悪魔のような笑みで完成品を持ってきた。おいおい、手錠じゃないのか。
「クロ君、完成だよ。これは爆発はまずしない。魔力を均一に吸い取るための道具だ。付けてやろう。首輪に手錠、そして足枷を魔力の鎖で繋いだこの新製品を。安定的に魔力を排出できて、鎖が切られてもそれぞれで魔力を吸い取ることができる。まさに犯罪者を捕まえるのに特化したデザインだ。名を『チェーン・ロック』と名付けた」
クロは新製品をつけられ、合図を待った。
「では、実験六百六十六回、開始する!」
所長は気合を入れて合図を出した。クロは魔力を流そうとしたが、びくともしない。むしろ、力が抜けていく。
「無理だ……。力が入らない……。全身の血が、一瞬で抜き取られたような感覚だった。自分の一部だったはずの魔力が、存在を否定されたように静まり返っている。これが、強さを失った状態なのか……」
クロはその場で倒れた。
それを見た研究員たちはクロのことを忘れ、喜び出した。実験は成功したのだ。
ディーテは静かに安堵の息をついたが、その瞳にはわずかな悲しみが宿っていた。データは歓声を上げる仲間たちに背を向け、キーボードを叩く指に一瞬の躊躇いを見せた後、すぐに解析作業へと没頭した。
力が入らないクロだが、この時間が終わるんだと実感し、そのまま眠りについた。




