第11話 亀裂と孤立
目を覚まして半年後。
ブラッドとクロは、ヘファイストスに頼んで作ってもらった訓練場で、能力の練習をしていた。
「ほら、手元に集中して、イメージするんだ」
クロの手から小さな炎が出るが、すぐに消えてしまう。
「イメージと違う。本当はもっと大きな炎を出したかったのに」
「そうだな。もしかしたら、感情がトリガーになるのかもしれない」
「感情?」
「そうだ。俺の場合は、何かを『守りたい』とか、目の前の敵を『捕まえたい』って感じかな」
「それなら、知ってる。夢で話したんだ。赤は怒り、青は冷静、黄色は興味。これが力の根源なんだって」
「そうか。それなら、組手でもやってみるか」
「いいの?本気出して?」
「ああ、本気で相手してやるよ」
クロは喜んで遠くに走り出し、屈伸とストレッチを始めた。
「ブラッド、本気でいくよ!」
「ああ、いいぞ!」
ブラッドは左手を前に出して構えた。クロは「完全獣化」と唸り声とともに、一瞬で全身を黒い毛で覆った獣の姿へと変えた。
ブラッドはクロからただならぬ殺気を感じ、鳥肌が止まらなかった。なぜだ、なぜこんなにクロが大きく見える?まるで肉食動物に狙われたウサギのようだ。この場から逃げたい。そう考えてしまい、ナイフで右手を切り、恐怖を痛みでかき消そうとした。尋常ではない汗が顔を伝い、地面に落ちていく。
クロの頭の中には、はっきりとイメージが湧き出ていた。
炎は攻撃の主体。あらゆる場所から炎を出すイメージだ。だが、怒りが出てこない。
氷は防御・妨害・サポート。思ったものを何でも作れる気がする。冷静さがあれば、自己防衛はなんとかなりそうだ。
雷は攻撃もできるし、筋肉を動かして素早く動くイメージだ。興味とは好奇心。自分の限界を知りたいと思えば、簡単に扱える。
そうか、好奇心からその体を壊さないように冷静でいれば、2つは同時に使えるんだ。
足元から電撃が走り、氷の壁が足の裏に出現した。一気に踏み込めば、前に飛んでいける確信があった。そうしたら、ブラッドが目の前にいた。いや、いたというより、クロ自ら近づいたのだが、まだ感覚がしっくりこない。
ブラッドは、何が起きたか理解が追いつかない。気がついたら目の前にクロがいて、そして後ろに吹き飛ばされていた。このままでは殺されると思い、両太ももを切り、血を固めて盾にした。
クロはブラッドにやられたのだと思った。
「やるな、ブラッド。これからが本気だ」
右の拳に炎が集まっていく。ああ、これだ。もっと大きくなれ。すべてを焼き尽くす炎になれ。怒りがこみ上げてくる。
「最高だ。この熱さこそが、俺の力。この炎があれば、何だって壊せる!」
「行くぞ、ブラッド!」
クロは楽しそうに右拳を後ろに引いた。ブラッドは盾でクロの一撃を防ごうとするが、熱で血が蒸発する。このまま死にたくないと、顔が恐怖で歪む。こんな化け物、今まで見たことがない。
クロは攻撃を止め、ブラッドに歩み寄った。
「ねえ、ブラッド。本気出すって言ったじゃん」
信じられない一言だった。本気だった。必死だった。ただ怖かった。得体の知れない獣に襲われる恐怖のあまり、とっさの一言が口をついて出た。
「怖い……殺さないで……」
ブラッドは恐怖で怯えてしまう。
「そんなことしないよ。なんで怯えてるの?」
ブラッドは正気を取り戻した。なんてことを言ってしまったんだ。
「違うんだ、クロ。分かってくれ」
笑顔は作れず、そのままクロを抱きしめる。
「ごめん、ブラッド。離れてよ」
クロは両手で無理やり引き離した。そのまま訓練場を出ていこうとする。ブラッドは動こうとするが、足に力が入らない。恐怖が止まらないのだ。
「ごめんね、ブラッド。怖い思いさせて。でも、弱いブラッドが悪いんだ」
「お前は強い。だが、必ず将来、お前より強い奴が現れて、お前のことを理解してくれる」
(俺のこの恐怖が、クロとの間に決定的な溝を作った。もう、俺が隣にいることはできない。だが、この秘密を一人で背負わせるわけにはいかない。)
「そうか。ブラッドは、その中にいないんだ」
クロはまるで世界で一番大切な宝物を壊されたような、絶望の表情を浮かべた。
ブラッドはまたひどいことを言ってしまった。なぜそばに寄り添ってやれないんだ。自信がないんだ。だけど、嫌われても、嫌がられても、絶対一人にはしない。俺がクロを導くんだ。
一人、時が止まったかのように訓練場に取り残された。
それからクロは5歳になった。ブラッドとは疎遠のままだ。
所長が研究室に集まった研究員たちに話す。「エレメントコアの実験は中止になったが、クロ君の能力は未来の道を示している。能力者の可能性を研究する場として、孤児を受け入れる教育機関に方向転換する。これからはSTF(超能力育成機関)に生まれ変わる時だ」
講師役にはブラッドが名乗りを上げたようだ。クロのそばにいたいから、と。
STFと名乗ってしばらくして、4人の生徒が入ってきた。アレス、ダミア、ダンガン、テツオだ。
教室でブラッドとクロが並んで待っていた。どうやら顔合わせをするらしい。
教室に4人が入ってきた。ダミアは元気よく挨拶をして、クロに握手を求めた。
「私はダミア。よろしくね」
クロはダミアの顔を見るなり、差し出された手を叩き返した。
「馴れ合いはいらない。欲しいのは強い奴だけだ。こいつらは違う」
クロは教室から出ていってしまった。ブラッドは止めようと動いたが、足が動かなかった。
(あの日と同じだ。俺が抱いた恐怖が、今、クロの悲しい拒絶となって、この子を傷つけた。俺はまた、何もできなかった)
ダミアを見ると、泣きそうな顔をしていた。
「ダミア、ごめんな。悪気があったわけじゃないんだ」
ブラッドは笑顔でダミアに伝えた。教室は初日から、気まずい空気とともに始まった。




