非日常の始まり
「じゃあなグレン、足止め頼むぜ」
「うむ。戦闘が出来ぬのなら、せめて生け贄くらいは努めてもらわんとな」
そう言ってレオとボッツは背を向けて走り出す。他のメンバーもそれに続き、取り残されたボクの前には目を血走らせたローグウルフの群が。
そう、ボクは見捨てられたのだ。彼ら【栄光の剣】という冒険者パーティにね。しかもご丁寧に足を切りつけてだ。お陰で歩くのがやっとの状態で、とても逃げられそうにない。
「あっ、ちょっと待って!」
メンバーの1人――シーフのレレストが戻って来た? 罪悪感を感じて助けに――
「ほら、さっさと手を離す!」
ザクッ!
「ぎゃ!?」
こ、この人、躊躇いもなくボクの腕にナイフを! お陰で握っていたアイテム袋から手を離してしまった。
「レレストさん、いったい何を……」
「せっかく手に入れたアイテム、置いてくのは勿体ないじゃん。失くすのはアンタ1人で充分だもの」
「そんな!」
利用するだけ利用してポイ捨てか。こんな事なら荷物持ちなんて引き受けなきゃよかった。
「何をしてるのレレスト、さっさと逃げるわよ」
「わ、分かってるよメティス!」
レレストが去った後、リーダーであるメティスが振り返り、冷たい視線を突き刺さしてきた。
「…………」
言わずとも分かってしまう。そこで死ぬのがボクの役目だと言いたいのだろう。
だがボクは最後の願いを込めて手を伸ばす――
――が!
フィキーーーーーーン!
「ア、アイスバリケード!?」
「これで少しは時間を稼げるわね」
メティスの前に張られた防御壁により逃げる事すら出来なくなった。万が一にもボクが逃げ延びるのを阻止したのだ。
「メティス!」
睨みながらボクが叫ぶも、意に介さない素振りでフンと鼻を鳴らし……
「私たちが目指すのはもっと上。こんなところで躓いてられないのよ。せめてもの手向けとしてギルドには報告者しといてあげる。不慮の事故により死亡しました――ってね」
「クッ……」
クソッ、何て非道な奴らだ。【栄光の剣】がこんな連中だと知っていたら同行を申し出る事なんてなかったのに。
だが今さら言ってももう遅い。
「グルルルル……」
ローグウルフが勝利を確信しつつもにじり寄ってくる。罠を警戒してるんだろうけれど、生憎とそんなものはない。食われてはい、さよならだ。
せめて……せめてボクより強い魔物を召喚できれば……。そうだ、どうせ死ぬんなら命を削ってでも召喚してやる。ボクの魂を捧げてもいい。我こそは世界最強だと自負する者よ、今ここに――
『そう簡単に命を捨てられては困る』
『その通り。わたくしが来た意味がなくなってしまいますもの』
か、可愛い声? それでいて耳を刺すような力強さも感じる声が脳を刺激する。まさか近くに? いや、そんなはずは……
「おい、どこを見ておる?」
「こちらですわ」
「こちら――って……あ!」
振り返れば腰に手を当て仁王立ちしている可愛い女の子2人がそこに居た。
……2人?
なぜ2人も居るのか、そんな疑問もどこ吹く風、2人は高らかに名乗り出す。
「私は魔王ルシフェル。お前の呼び掛けに応じ、この世界へと降り立った」
「わたくしは魔王シャイターン。貴方の声に導かれ、この地へ足を踏み入れましたの」
「え……」
突拍子もない発言に面食らう。
「いやいや、魔王だなんて2人とも普通の女の子じゃないか。そんな冗談を――」
「グルァァァ!」
「ひぃ!?」
そうだ、冗談言ってる場合じゃない。今はローグウルフをどうにかしないと!
――なぁんて焦ったのも束の間、
「うるさいぞ雑魚共」
「魔王に楯突くとどうなるか」
「「教えて――」」
「――やろうではないか!」
「――教えて差し上げますわ!」
ドゴォォォォォォォォォォォォン!
2人の指先から放たれる魔法。ルシフェルの炎がローグウルフの胴体を焼き払い、シャイターンの氷が頭部を串刺しにする。
「う、嘘……だろ……」
あっという間だった。騎士団ですら撤退を余儀なくするほどの相手を、ほんの数秒で倒してしまったんだ!
ところがだ。並外れた力を見せつけた2人は何事もなかったかのように……
「おいシャイターン、呼び掛けに応じたのは私が先。私がこの者と契約する権利は私にある。分かったらさっさと帰れ」
「知りませんわそんな事。契約するのは色気で勝るわたくしが優先。自分のルールを押し付けないでくださる?」
「私のルールではない、一般常識だ! それにさらっと色気がどうのと言ったな? ならば可愛さで勝るこの私に分があるというもの。年増は引っ込め!」
「だ、誰が年増ですってぇ!? そもそもルシフェル、わたくしと貴女は同い年じゃありませんか! 発育不良が調子に乗ってんじゃありませんわよ!」
「何おぅ!?」
「何ですか!」
「「ムグググググググ……」」
知り合いのようだけれど仲は良くないのかな? 喧嘩し始めちゃったよ。とりあえずお礼も言いたいし、落ち着いてもらわなきゃ。
「あの~、2人とも――」
「おいお前、私とシャイターン、どちらを選ぶのだ?」
「――って、えええ!? ボ、ボクが決めるの~!?」
「当たり前でしょう? 貴方の事なのだから貴方がお決めなさい」
急に言われてもなぁ……。
「そもそも契約って何?」
「くぁ~、そんな事も知らんのか。よく今まで生きて来れたと感心するぞ」
「そんなに!?」
「そうですわ! 魔王に出会ったら契約するのが常識ですもの!」(←そんな常識はありません)
「いや、でもこれまでの人生で一度たりとも聞いたことは……」
「ええぃうるさい! お前は黙って私と契約すればよいのだ!」グィッ!
ちょっ、ルシフェルが強引に袖を引っ張って……
「いけません! この者はわたくしと契約するのです!」ググィッ!
っとととと、シャイターンには足を引っ張られてる。というか足を取られちゃバランスが――
グラッ!
「うわぁ!?」
当然の如くバランスを崩し、倒れ込むボクへと重なるようにルシフェルとシャイターンが……
「ぬぉっ!?」
「きゃっ!?」
バタバタッ!
当然ボクへと倒れ込むわけだ。
「イタタタ……。2人とも、そろそろ落ち着いて――」
フニ♪
「むぅっ!?」
おや? 右手に収まる柔らかい感触と共にルシフェルが顔を赤らめたぞ?
「ルシフェル、どうしてそんな顔を――」
ムニムニ♪
「ひゃっ!?」
おっと、左手から溢れんばかりの柔らかい感触と共にシャイターンが狼狽え始めたな?
「シャイターンまで。2人共どうしたの?」
「どうしたの……だと?」
「貴方、自分がどこを触っているのか分からないのですか!」
「どこって……」
そりゃボクの両手はルシフェルとシャイターンの胸に――
――あっ!
「あ、あは、あははははは……。ま、まぁその……ね? これは不可抗力というやつでして……」
等の言い訳が通用するはずもなく……
「「こ、この――」」
「「変態がーーーっ!(ですわ!)」」
「グヘェ!?」
イッタァァァァ! 2人のグーパンが的確にボクの顔と腹を捉え、通路の奥までブッ飛ばされた! 顔が割れそうだし、しばらくは何も食えなさそう。
「ほれ、いつまで倒れておる? さっさと起きんか」
「いや、さすがに魔王の力で殴られたら再起不能に……」
「バカ者。ちゃ~んとお前の身体が耐えきれる力に加減したわぃ。普通なら腹が消し飛んでおるぞ」
「怖っ! ってか手加減してくれたんだ」
「当然です。わたくしたちにとって貴方は貴重な足掛かりですもの、勝手に死なれては困りますわ」
「足掛かり?」
「うむ。どうやら我々がこの世界に居られるのはお前の存在が重要らしくてな、お前を介さないと自由に行き来できんのだ」
つまりはボクが消滅すると2人はこの世界に来れなくなるらしい。それならそれで世界征服とかされなくて済むんだけど……まぁ簡単には諦めないよなぁ。
「さて、つまらん話はここまでだ。私の体を弄んだ罪、私との契約で目を瞑るとしよう」
「お待ちなさい。弄ばれたのはわたくしも同じ。わたくしと契約しなさい」
「いいや私だ!」
「いいえわたくしです!」
「私だ!」
「わたくしです!」
「「ムググググ……」」
マズイ、これだと堂々巡りだ。何とか2人が納得する案を出さないと…………そうだ!
「決めたよ、ボクは2人と契約する!」
「「――は?」」
気の抜けた様子の2人が互いに顔を見合せる。ボクの言った意味が分からなかったらしい。だからボクは改めて……
「どっちか片方なんてボクには選べない。それなら2人と契約すればと思ったんだ。どうかな?」
「「…………」」
しばしの沈黙。やがて2人が頷き合い、とびっきりの笑顔で……
「良いだろう。騙された感が拭えないが、それで納得してやろう」
「ありがとうルシフェル!」
「あまり従者を困らせるのも日が退けますもの、此度は受け入れましょう」
「シャイターンもありがとう! それにしても従者……」
しかしシャイターンの言葉に一抹の不安を覚える。まるでこの先の運命を暗示するかのように。
「あの~、一応確認だけど、2人にとってボクは何?」
「そんなの決まっておろう」
「ですわね」
「下僕だ」
「え、ええ……。やっぱりそういう扱い」
「わたくしとしては従者ですけれども」
「大した変わらないって!」
この2人と契約して本当に大丈夫なんだろうか……。