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鬼類たちの狂想曲  作者: Niino
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地下決戦

 和久村大臣随行の鬼士隊員達との手合わせが行われた講堂。そこからほど近い白壁の蔵。行事の際に使われる牛車や山車が保管されているその中に黒い戦闘服姿の一団があった。中で着替えたらしく、脱いだ鬼士袴が畳まれ牛車の陰に置かれている。

 全員が少し苛立っているようだった。時間が経つのが遅い。恐らくその場にいる全員がそう思っているに違いなかった。つい先ほどまで陸軍の鬼士隊員と手合わせを行っていた余韻でまだ体内の虫が騒めいているせいもあるだろう。

「他の連中はもう王宮に戻ったのか」

 尋ねたのは王宮守備隊第一班班長 一木ノ坂 潮。防衛省からの出向組である斎藤副隊長が死に空位となった副隊長代理を務めている。経験豊富、冷静沈着。貧乏鬼門の三男坊からの叩き上げ。部下からの信頼も篤い。

「はい。残ったのは決起隊のうち十名のみ。残り八名は王宮に戻りました」

 答えたのは逆島田虎太郎。王宮守備隊に入隊して五年。その力強い鬼風と神速の居合術で六班の班長を務める。六人の班長の中では最年少。食事中にうるさくつきまとう蠅を切り落としたという逸話を持つ童顔の剣客。一木ノ坂も逆島田も鬼士袴ではなく黒い戦闘服姿だ。

「風祭宗円たちはどうなった?」

「まだ捕まらないようです。弟子の不破義信も居場所は知らないようです。不破はとにかく宗円の邪血病が世間にバレるのを防ぎたかっただけのようですね」

「本当に他には何も知らんのか?」

「えぇ。拷問も薬も両方試しましたが、知りませんね」

「そうか。しかし宗円が邪血病だったとは。このタイミングで院内に邪鬼が二人というのもな」

 一木ノ坂が眉を寄せて呟く。

「で、公孝の弟子の方はどうなった?」

「他の客分鬼士達に探させてます。相当深いですから穴に落ちて死んでる可能性もありますが」

「そうか」

 一木ノ坂の顔は晴れない。想定していなかった宗円や城太郎たちの存在が小さな棘のように心に刺さっているのだろう。

「心配いりませんよ、潮殿。もう一人の邪鬼の存在は我らにはむしろ好都合。全部まとめて宗円のせいにすることも、政府の危機感を煽る材料にすることもできる」

「そうだな」

 戦闘服姿の女が一木ノ坂に言った。

「潮班長、時間ですがどうしますか?」

「うむ」

 一木ノ坂はまだ悩んでいるようだった。

「もう少し待ちますか?」

 逆島田と女が強い目で一木ノ坂を見つめる。一木ノ坂は押し切られるように口を開いた。

「警備事務局も動いているんだな?宗円と紫龍の確保に」

「はい。時間の問題でしょう。宗円も紫龍も地下道には詳しくないでしょうから」

 一木ノ坂は腹を決めたように立ち上がった。

「分かった。行こう。降りるぞ」

 蔵の中に声にならない鬨の声が満ち溢れた。床板が持ち上げられ、地下に通じる穴が現れる。戦闘服姿の王宮守備隊隊員達が次々に穴に飛び込んでいく。一木ノ坂はもう後戻りできないという思いを噛みしめながら穴の中に降りた。


 三人の女中に囲まれて真幌は夜会服に着替えた。西陣織の生地で作った和風ドレスだ。黒を基調に鮮烈な赤で炎が描かれている。膝上丈の裾から覗くはスラリと伸びた足は金色の鳳凰をあしらったストッキングに覆われている。一番年嵩の女中が化粧筆で念入りに顔を整える。

「あまり造りすぎるな千代乃。私だと分からなくなってしまうぞ」

「いいえ、赤様。和久村様に舐められるわけには参りません。それに美しすぎて困ることはありませんから」

「あんな狒々爺に惚れられたら厄介だ」

「好都合ではありませんか。殿方は惚れた女に弱いもの。焦がれて夢に見るほど惚れさせるのです。鼻面を引きずり回しておやりなさい」

「ふふ。院への介入を止めるために私にあの狒々爺に嫁げとでも言うつもりか?」

「そうなったら千代乃もお供しますとも」

 両足に桜をあしらった黒い絹の室内履きを履かせてもらう。両脇を支えてもらって立ち上がる。若い女中が漆塗りの盆を捧げ持っている。盆の上には、朱塗りの鞘に収められた懐剣、三日月型の薄刃のナイフ、六芒星型の手裏剣、招き猫の手のような形の護身銃が載せられている。真幌はナイフと手裏剣を取った。ナイフは鞘に収めてガーターベルトに吊るす。手裏剣を二枚帯の間に挟む。

「では、行くか」

「はい」

 千代乃が付き添うらしい。

「今日の料理は?」

「牛フィレのステーキでございます」

「雉と鹿ではなかったのか?すっかり鹿のステーキを食べる気になっていたのだが」

「和久村様がビーフステーキが食べたいと」

「それは良かった。会談のあとで私が二人分いただくとしよう。雉はお前が食べるがいい」

「ありがたいのですが、最近歳のせいかお肉は胃にもたれてしまって。よろしければ黒鮑がいただきとうございます」

「好きにしろ。私の鮑はステーキでなく酒蒸しにしてくれ?」

「承知しました」

 部屋を出ると鬼士袴姿の衛士が深々と頭を下げる。王宮守備隊隊長 財音寺時貞遼平だ。

「赤様、ご苦労様でございます」

「お前もな、遼平。大臣の随行との手合わせはどうだったのだ?」

 財音寺はスッと背筋を伸ばしよく手入れのされた口ひげを撫でる。

「二勝一敗一分けでした。互いに手の内を見せぬ儀礼試合とはいえ、軍の鬼類も油断なりません。昔に比べると格段に腕を上げてきております。和久村大臣も強気になろうというものです」

「そうか」

 と言って真幌は歩き出す。財音寺がすぐに脇に寄り添う。

「残りの三人は、デザートから同席するのであったな?」

 三人の副院長、青の宮、緑の宮、白の宮は会食には同席しない。あらかた話のできた段階で同席する手筈になっている。

「はい。その予定です」

 真幌は前を向いたまま言った。

「遼平」

「は―」

「何か心配事でもあるのか?」

 財音寺が横の真幌を見る。

「心配事、ですか?」

「そうだ。少し緊張しているように見えるのでな。私の気のせいか?」

「いえ、気のせいなどではありません。今日の会談は鬼界の未来を左右するものですから。正直緊張しています」

「そうだな」

「はい」

 真幌はそれ以上何も言わず黙って夜会場へ歩を進めた。


 真っ暗な地下道に薄ぼんやりしたオレンジの明りが一点灯っている。イルクーツォから借りた豆ランプを鉄心が腰に下げているのだ。白く明るいLEDライトでは遠くからでも目立つが、そのランプはわざと光量を落として発光部を分厚いオレンジ色のプラスティックカバーで覆ってある。里人であれば数m離れれば見えなくなるほどの明りだが、夜目が良く効く鬼人にとっては十分な目安となった。

「どう?乗り心地は」

 城太郎はアリッサの背に跨ってリズミカルに揺られている。

「最高だよ。人を乗せるのに慣れてるの?」

「私は何度か乘ったことがあるけど。緊急事態の時にね。とにかくすぐにその場から離脱したい時とか、荒れ地を急いで移動したい時とか。本当に数えるほどね」

 イシグロが後ろから何か言って寄越す。

「アリッサに何をしたんだって?あたしも知りたいわね。一体何なの?眼術?」

「いや― まぁ―」

 言い淀む城太郎。と、不意に一行の歩みが止まる。鉄心がランプを消す。気配だ。何かの気配を感じたのに違いない。五感を研ぎ澄ます城太郎。トンネルの奥で、ポッと青白い明りが灯る。戦闘服姿の男のシルエットが浮かぶ。男はライトスティックをポイと地面に投げ捨てる。

「この道は行き止まりだ」

 男はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。男の後ろには二人の男女が続いている。

「戻っても無駄だぞ。後ろにも回り込んでいるからな。君たちは袋のネズミというわけだ」

 逆島田虎太郎。童顔に笑みを浮かべながらも、その体からは押さえきれない興奮が鬼風となって吹き寄せてくる。鉄心を庇うように宗円が先頭に歩み出る。

「おや、これは王宮守備隊の、確か逆島田虎太郎殿ですな。王宮の守りはよいのですかな?」

 虎太郎は目を細めて笑う。

「風祭宗円。紫龍正雪城太郎もいるな?」

 背後の鬼士達が空気銃を構える。中に鬼化細胞不活剤を仕込んだダーツが装填されているのだろう。

「大人しくお縄に付け。公平な裁きを受けさせると約束する」

「公平な裁きですか。意味が分かりませんね。ところで、皆さんその恰好はどうしました?まるで軍の特殊部隊だ。大臣随行の軍人との合同演習ですか?」

 虎太郎やれやれと首を振る。

「口は災いの元というのを知らんのか」

 イルクーツォが後ろから声を上げる。

「ねぇ、この二人何やったか知らないけどさ、あたしらが先に捕まえたんだからね。横取りは許さないよ」

 虎太郎はイルクーツォに笑顔を向ける。

「ロシアの鬼士か。日本語が上手いじゃないか」

「王宮をさ、邪鬼が襲うかもしれないんだって。こんなところでのんびりしてていいわけ?」

 虎太郎の顔からスッと笑顔が消える。

「そうだな。うん。それで行こう」

 虎太郎は独り言のように言って、先程とは違う悪意の滴るような笑みを浮かべる。

「お前たちは邪鬼にやられたことにしよう。邪鬼に喰らい尽くされてしまって死体もなければそれ以上調べようもなかろうしな」

 虎太郎は心底嬉しそうに一歩前に出る。

「一人ずつ片付けるとしよう。おい流井崎、あの犬には注意しろ?何かやりそうな気配があったら撃て」

「はい」

 流井崎と呼ばれた女性鬼士が壁際に背を付けてライフルを構える。

 イルクーツォが城太郎に囁く。

「まずいね。破甲弾だったらいくらアリッサの皮膚が丈夫でも防げない。一か八かアリッサごと突っ込むかい?」

「アリッサや君たちを危険に晒したくない。俺たちが時間を稼ぐさ。隙を見て逃げてくれ」

「無理さ。重火器を持った鬼士に前後を固められてる。突破するしかないよ。これだけ真っすぐなトンネルなんだ。アリッサは動きが早いからどんな射手でも躊躇するはずさ。外したら後ろの味方に当たっちまうんだから」

 逆にこの幅の狭いトンネル内なら銃さえ何とかしてしまえば自然と列の先頭体先頭の戦いになる。消耗戦になれば数の多い王宮守備隊が有利だが時間は稼げる。

「アリッサや君たちに何かあったら申し訳ない。やはり俺と宗円さんで何とかするさ」

 城太郎はゆっくりと列の先頭に向かう。京と鉄心に低い声で囁く。

「隙を見て逃げ出せ。躊躇うなよ?」

 この状況でも宗円は余裕を無くしていない。

「さて、君のプランは?手を上げて降参するかい?」

「それもいいですが、みんなで友達になるってのはどうです?」

「うん、悪くないな。でも後ろの敵はどうするね?一度にみんなと友達になるのは難しいんじゃないのかい?」

 宗円はやはり城太郎の必殺技についてある程度検討をつけているのだろう。

「もう二三歩間合いを詰めましょう。そうすればなんとかこの若大将と狙撃手までは私の技の圏内なんで。後は目の前の連中とお友達になってから考えますか?」

「うん、じゃあとりあえずプランAということで。プランBについて聞きたいかい?」

「プランB?トンネルごと爆破するとかは勘弁してくださいよ?」

「まさかそこまでは。でも少し近いかな」

 虎太郎が笑顔のまま語気を荒げる。

「ゴチャゴチャ言ってないでさっさとやらないか?こっちはちと忙しいのさ」

「あれ?公平な裁きって奴はどうなったんです?」

 虎太郎は両手を一旦広げて見せてからわざとらしく後ろ手に組む。

「少しハンデをやる。先に抜け。お前が抜くまで俺は刀に触れん」

 城太郎は背の刀を外し鞘を直接左手で掴む。

「いいでしょう」

 城太郎は足を引き摺って一歩前に出る。虎太郎の顔からスッと笑みが引く。城太郎がもう一歩前に出る。虎太郎の童顔に普段は隠している残忍な表情が浮かぶ。城太郎がそろりともう半歩前に出る。虎太郎の剣がぎりぎりとどかない位置。もう十センチ前に出れば虎太郎の剣の間合いだ。

「怖いですね。私が抜くまで剣に触れないんでしたよね?」 

「あぁ約束だからな。だがいつまでも待たん。時間切れになったらこっちから行く」

「分かりました」

 城太郎は呼吸を整える。城太郎の体内で鬼力がギュッとたわめられ、体の中心の一点に集められる。城太郎は掴んだ鞘を静かに前に突き出す。虎太郎の顔に警戒の色が浮かぶ。

「変わった構えだな。抜く気があるのか?」

 虎太郎の言葉に城太郎は薄く笑う。城太郎が左手で掴んだ鞘をそのまま地面に突き立てようとする仕草を見せたその時だ。

 トンネル内に弾けるようなスパーク音が響き白い光が溢れた。虎太郎が思わず組んでいた手を解いて眩しそうに光を遮る。バタリと人の倒れる気配があった。慌てたような怒声。後ろからだ。


 ハッ、ハッ、ハッ、ハァッ、ハッ、ハッ、ハッ―


 地下道に歌舞伎役者のような朗々たる笑い声がこだまする。

 再びのスパーク音。ドサリと人の倒れる気配があり怒号や罵声が聞こえなくなる。

「まったくもって歯ごたえの無い連中よ。普段の鍛練が足らんと見たぞ、虎太郎。王宮守備隊も落ちたものよのぉ」

 ライトスティックの薄明りの中に姿を現したのは鬼士袴姿の伝兵衛だ。後ろに辛丸、甲陽たち警備事務局員の姿も見える。

「紫龍公孝伝兵衛が必殺技、迅雷衝。やわな青二才の二匹や三匹、物の数に入らぬわ」

「師匠!」

 強気な口を利いてはいるが必殺技を連発して精力を使い果たしたのだろう。伝兵衛は顔から脂汗を流してる。

「後先考えずに感情に任せて動くからこうなるのじゃ!少しは学ばんか!」

「すみません。師匠、王宮が」

「分かっておるわ。ここは儂らに任せて、お前たちは後戻りして別の道から王宮へ急ぐのじゃ」

「はい」

 城太郎はイルクーツォとイシグロに頭を下げる。

「お陰で助かった。俺たちは王宮へ行くよ」

「気を付けて。あたしらはここでジイさんたちを手伝うよ」

 アリッサが名残り惜しげに喉をゴロロと鳴らす。城太郎は「ありがとな」とアリッサの頭を撫でる。イシグロが短く乱暴に何か言った。イルクーツォは驚いたようにイシグロを見返す。

「仕方ないなぁ」

 イルクーツォが天を仰ぎながら言う。

「王宮まで送ってあげる。アリッサの背中に乘りな」

「有難い」

 城太郎は京に目を止め一瞬迷う素振りを見せた。京が強い口調で言い放つ。

「邪鬼なんて怖くないさ。足手まといにはならないよ」

「俺も行くよ。道が分からないだろ?」

 鉄心も続いた。横でコジロウも激しく尻尾を振っている。城太郎は頷くと伝兵衛達に頭を下げる。

「よろしく頼みます。我々は王宮へ」

「任せろ。気を付けてな」

 そう言って辛丸が剣を抜く。城太郎はもう一度一礼してアリッサの背にまたがった。


「もう少しで王宮の下だ。邪魔が入ることはないだろうが、気を抜くなよ」 

 一木ノ坂は静かな声で部下に命じる。五名の部下たちは皆肩を怒らせて緊張している。無理もない。もうすぐ王宮は落ちる。鬼士院の千年の歴史が変わる瞬間に立ち会っているのだ。一木ノ坂自身も身内に熱いものが滾るのを抑えられないでいた。むしろ、横を歩く目加田が一番冷静なのかもしれない。視線を落とし背を丸めて歩いている。

「元気を出せ、目加田。お前の名も院の歴史に刻まれるんだぞ?」

「邪鬼として?」

 目加田の素直すぎる問いに一木ノ坂は口ごもった。

「何言ってるんだ。改革の勇士としてに決まってるじゃないか」

 一木ノ坂は目加田の肩を軽く叩いた。目加田には最後に大暴れしてもらわなくてはならないのだ。雰囲気を察した部下の一人が振り返る。

「目加田、怖いのは分かる。だが必要な事なんだ。俺たちもお前も、もう後戻りはできん。違うか?」

 目加田はそれきり黙りこくってしまった。一木ノ坂は目で部下にあまり無理押しするなと合図を送る。鬼化細胞活性剤を使えば嫌でも気分が高揚するだろうが、薬の量が多すぎると人間性を無くしてコントロールできなくなってしまう。ある一線を越えると不活剤も効かなくなってしまうのだ。かといって少なすぎて邪鬼化が浅いと皇鬼達を倒すことができない。匙加減が難しいのだ。

「潮班長、あれです。王宮への入口です」

「よし」

 一木ノ坂は左手首を見る。普段は使わない時計が嵌められている。この作戦はタイミングが命だ。院長と和久村大臣の会食が始まってから会場に邪鬼を飛び込ませる。大臣を殺害し、次いで院長を始末する。いくら院長の秋津州真幌が圧倒的な鬼力を誇るといっても邪鬼には敵わない。斎藤少佐と東野原を殺害した際に邪鬼の力は検証済みだ。まだ人間性の残った半邪鬼だというのにその力は圧倒的だった。斎藤少佐の体液をゼリーのように吸いだして少佐を干乾びたスモモのような姿に変えると、まだ五十キロ以上はありそうな斎藤少佐の体を講堂の天井に放り投げ、同時に槍を投げて天井に串刺しにしてしまったのだ。斎藤少佐が最後の悲鳴を上げて天井でビクビクと身体を痙攣させているのを見て、一木ノ坂は全身に鳥肌が立った。その圧倒的な力に憧れに近い感情を抱いたほどだ。

「勝てる」

 一木ノ坂は声に出して言った。あのパワーなら皇鬼にも、束になった皇鬼にも勝てる。赤の宮を倒したら、次は普段から何かと目障りな緑の宮だ。そして青。白の宮は自分たちと手を組むことになっている。看板として表に立ってもらい裏から自分たちが院をコントロールする。そして機を見て白も始末する。

「勝てるぞ」

 一木ノ坂は力強く言った。部下たちが一斉に頷く。

「中に入るぞ。入ったら変身だ。頼むぞ目加田」

「はぁっ」

 目加田はオドオドとした表情でしゃっくりのような返事をした。


「ねぇ、さっきのは何?あんたの必殺技でしょ?アリッサとあたしにかけたやつ?」

 鉄心を先頭に京、宗円、コジロウ、アリッサと背中の城太郎、イルクーツォが小走りに地下道を駆けていく。全員ライトを持ち足元を照らしながら走る。

「ねぇ教えなってば。別に減るもんじゃなし。あのコタローって王宮警備隊の隊士にかけるつもりだったんだ?」

 城太郎はただ苦笑して頭を掻くばかり。

「まぁ、そんなところだよ」

「なになに?相手を手懐けちゃうっていうの?自分に従わせたり、言うことを聞かせたり?そういう術なんだ?やっぱり催眠術なの?薬を使ったようには見えなかったし」

 アリッサは犬にも関わらずネコ科の獣のような滑らかな動きで背の城太郎に全くストレスを与えなかった。

「ってことはよ、ねぇ、あたしまだあんたの術にかかってんの?あたしとアリッサは術にかかったままってこと?ちょっと!どうなのよ!」

「かかってない、もちろんかかってないさ。あの瞬間だけさ。今は普通に気の合う友達としてつるんでるだけさ」

「何それ⁉そんな技聞いたことないわよ⁉ちょっとやって見せてよ!」

「分かった分かった、機会があればちゃんと見せるから」

「誤魔化さないでよ!どんな技なの⁉なんていう技よ⁉」

「RBF」

「RBFぅ?どんな技よ⁉掛けてみてよ⁉あたしじゃない他の誰かに」

「だから機会があったら―」

 宗円が振り向いて「静かに」と人差し指を立てる。どうやら王宮の近くまで来たらしい。イルクーツォは「悪運の強い奴ね」と城太郎の肩を拳で小突いて「あっ、ひょっとしてそういう技⁉」と呟く。全員がライトを消した。

 鉄心が立ち止まりオレンジの豆ランプを点けて歩き始める。五分としないうちに鉄心が立ち止まった。

「あれだ。王宮への入口」

 鉄心が耳の後ろに手をあてがう。他の者も同じ仕草をした。宗円が声出さずに唇を動かす。

「誰かいるぞ」

 王宮の地下室へと続いている竪穴。気配はそこから漏れてくる。邪鬼と邪鬼使いたちに違いなかった。まだ邪鬼の放つ強烈な鬼気は感じられない。邪鬼化する前に叩くチャンスかもしれない。城太郎がイルクーツォに握手を求める。

「ありがとう。助かったよ」

 イルクーツォは一瞬手を握りかけて躊躇する。

「んん― まぁ、露日友好のためでもあるし、それに邪鬼と皇鬼の情報を持って帰ればあたしらの顔も立つしね。手伝うよ。本当にヤバくなったら逃げるけどね」

 二人の少年と三人の鬼士、二匹の犬は気配を殺してゆっくりと竪穴に近づいて行った。


 目加田は上からロープで引っ張ってもらいながら竪穴を登った。入った先は土埃の匂いがする暗い部屋だった。王宮の地下三階西区画にある倉庫だ。背の高い大きなラックに段ボール箱やクリアケースが整然と並んでいる。どれも埃を被っており長期間ここに置かれたままになっているようだ。目加田は自分が出てきた穴を振り返る。穴の入り口は大きな頑丈な木箱を模して作られており、箱の四方に「汚染物質 開封厳禁」の文字と髑髏マークが赤文字で印字されている。その一角の棚は全て髑髏マーク入りの箱で占められており、箱の数は千ではきかないだろう。

「エレベーターを確認しろ」

 一木ノ坂が命じる。もともとこの地下道への抜け道も皇鬼の緊急脱出用に造られたものだ。二十五年前に建てられた現在の新王宮は二四階建だ。元々六階建ての旧王宮の外見をそのまま残し、強化ガラスとアルミ合金で造られた上層階を継ぎ足したような新王宮は、院内の他の古い建物のように秘密の竪穴を作るのが難しかった。そもそも二四階建てのビルを貫くトンネルなど人力で上り下りできたものではない。代わりに上層階と地下を結ぶ直通エレベーターが設置されている。最上階から四フロアは各皇鬼の専用居室となっている。上から赤、青、緑、白と割り当てられており、赤の宮と和久村大臣が会食を行う蒼穹の間は二〇階にある。まず直通エレベーターで二〇階へ上り大臣と赤の宮を倒す。白の宮を無視して二二階の緑の宮、二三階の青の宮と順番に倒していく。会食後の茶話会には四人の皇鬼が揃うことになっているから各皇鬼は必ず居室にいる。

「エレベーター作動確認しました」

 この地下への直通エレベーターは基本皇鬼専用、緊急時用なので普段は三ヶ月に一度の王宮守備隊が行う訓練か半年に一度のメンテナンスの時ぐらいしか使われることはないが有事に備えていつでも動く状態が保たれている。それに今日は皇鬼の居室に配備された隊士たちが専用エレベーターをさり気なく見張り、作戦の遂行に万全を期すことになっている。

「よし」

 一木ノ坂は時計を見る。午後七時四〇分。エレベーターの籠は当然皇鬼のいる上層階に止まっている。つまり地下でエレベータの「上り」ボタンを押し、籠を地下まで下ろし、邪鬼を乗せて二〇階へ上る。このエレベーターの不審な動きに気付く者がいないようにしなければならない。これは皇鬼居室付の隊士の仕事にかかっている。上手くやってくれることを祈るばかりだ。

 そして一木ノ坂にはもう一つ気掛かりなことがある。エレベーターの大きさだ。本来皇鬼の緊急避難用であるため大人数が乘れるような大きさになっていないのだ。目加田が邪態化すると身長はもちろん身体の幅も厚みも大きくなる。邪鬼となった目加田と邪鬼使い役の一木ノ坂の二人乘るのが精一杯なのだ。二〇階で院長と防衛大臣を始末した後、上階には同じ緊急用エレベーターで移動する。つまり他の者たちは別の区画から他のエレベーターに乘って皇鬼居室に上がるしかない。王宮内は王宮守備隊にとってホームグラウンドであるものの今回の鬼士院再生計画に参加しているのは王宮守備隊九〇名のうち十八名に過ぎない。古株の班長や腕の立つ隊士は押さえているが、やはり同士が二カ所に分断されているのはよくない。

「潮班長、何か問題でも?」

「いや、何でもない。虎太郎達はまだ合流せんか?」

 一木ノ坂は再び時計に目をやる。午後七時五〇分。突入は会食が始まって十五分後、八時十五分の予定だ。

「まだです。心配いりませんよ。神風虎太郎ならどんな相手にも遅れはとりません」

 虎太郎をはじめ腕の立つ五人は万一に備えて地下道の途中で網を張っている。邪鬼のことを嗅ぎまわっている探偵や紫苑流の若造、何かと王宮守備隊の足を引っ張ろうとする警備事務局の連中の邪魔が入らないとも限らないからだ。

「そうだな」

 一木ノ坂はわざと余裕を見せるかのように手近の木箱に腰を下ろし目を閉じた。


 京が気配を殺して王宮へ通じる竪穴に近づく。下からそっと穴を見上げる。暗闇の先に時折ちらりと仄かな明りが見える。やはり誰かいるようだ。京は手に持った糸に十分に鬼力を込め、穴の下から上に向かって糸を走らせる。一本の黒い線となって伸びた糸が何かに絡む。京は穴の真下から死角に移動すると糸を通して穴の上の様子を探り始めた。


 地下道の立ち合いはまだ続いている。緑派の鬼士でまだ立っているのは辛丸と甲陽、柚子原の三人。王宮守備隊の方は虎太郎のみ。伝兵衛は地面に伏しているが背がゆっくりと上下している様子をみると鬼力を使い果たして精魂尽き果てた状態で倒れているのだろう。他の倒れた者たちもみなスタミナ切れか鬼力攻撃によるショックで動けなくなっているだけのようだ。王宮守備隊は皆銃器を携行しているが、戦いは切ったり撃ったりといったものでなく、真っ当な鬼士同士の戦い、鬼力のぶつけ合い、鬼風の吹かせあいで行われたようだ。 

「やぁ、やってますね」

 背後からのんびりした声がした。

「おや、陽さんじゃありませんか。陽さん我々には懸賞金は懸かってませんよ?」

 甲陽の皮肉な言葉に陽は人の好い笑顔を浮かべる。

「私も辛いところです。皆さんのことを嫌いなわけじゃぁないんですが、我々外国人は雇い主の意向には逆らえませんから。美玲の失敗を少しでも取り戻さないとね」

「そうですか。陽さんもお仲間だったんだ」

 陽は直刀をスラリと抜く。

「せめて一対一、正々堂々の勝負といきましょう。わたしの相手をしてくださるのはどなたですか?」

 やる気十分の甲陽を辛丸が抑える。が、以外にも辛丸の前に大きな背が立ちはだかった。イシグロだ。

「おや、イシグロさんですか」

 イシグロがロシア語で何か言う。

「体の調子が悪いところはないかって言ってるよ」

 辛丸が通訳する。イシグロが棘付きの鉄球棒を示しながらまた何か言う。

「俺が針治療をしてやるってさ。料金は俺の奢りだって」

 陽とイシグロが向かい合う。陽が辛丸に言った。

「始まりの合図を貰えませんか」

 イシグロも陽の言葉に意味が分かったようだ。辛丸に頷いて見せる。辛丸が両手を開いて二人の間に立った。

「始めっ!」

 辛丸がポンと柏手を打つ。同時に陽の刀とイシグロの鉄球が火花を散らして噛みあった。 

 一方の虎太郎はあいかわらず楽しそうな笑顔を浮かべている。

「こっちもそろそろ終わらせましょう。私としては皆さんと手合わせをしている方がずっと楽しいがあまり長くは遊んでいられなくってね。三人同時でいいですよ」

 虎太郎は両手を高く上げる。顔に浮かべた笑みが消えていく。

「さぁ、かかってきてください。誰かが動くまでわたしは剣に触れない」

 辛丸、柚子原、甲陽に焦りの表情が浮かぶ。すでに二人の緑派鬼士が虎太郎に倒されている。この男の剣速、尋常ではないのだ。鬼力を使って体の動き、剣のスピードを高めているのだろうが、鬼士の優れた視力をもってしても剣を抜く瞬間が見えないのだ。

「どうしました?こないんなら、こっちから行きますよ」

 虎太郎の目が細くなる。笑って細めた目が一瞬白目になった。

 キン―

 鋭い金属音がしたかと思うと、甲陽の槍の穂先が切り落とされ地面に落ちていた。甲陽が反射的に「あっ!」と声を上げる。虎太郎の両手は肩の高さに上げられた状態に戻っている。

「この狭い地下道では私の後ろに回り込むことはできませんからね。正面から何人でかかってきても同じことですよ」

 幅の狭い地下道では大人二人が横に並ぶのが精一杯だ。特に短槍使いの甲陽は突き以外の攻撃を出しづらい。

「俺が代わろう」

 辛丸が甲陽を下がらせて自分が前に立つ。

「おや、考えましたね。ご高齢の文官相手では私の剣も鈍るというもの」

「まぁな。俺もやりづらいよ。いずれは王宮守備隊隊長か、精錬鬼士団団長かと言われたお前とやるとはな。下手すりゃ次期皇鬼の親父殿なんて可能性もあったのに」

「なるほど、それは考えなかったですね。父親の立場から院をコントロールする。時間はかかるが鬼士院改革はその方が簡単だったかも。まぁ、私はパッと見があまり良くないですから。聞くところによるとどの皇鬼も面食いなんでしょ?」

「十分男前さ、お前は。私ほどじゃないがな。やり方なんて色々さ。院を変えたいならやり方は他にもあるってことだ」

「確かにね。できれば三年前に聞きたかったですよ、そういう話。もう遅い。私は首までどっぷり浸かってるんだ」

 虎太郎は深く息を吐いて肩と首の関節を回してほぐし、グイッと背筋を伸ばした。

「甘いなぁ皆さん。今襲えば良かったのに」

 虎太郎はスッキリした表情で笑った。


 細い一本の絹糸を通じて部屋の中で蠢いてた気配が静かに引いていくのが感じられた。京は振り返って天井の穴を指さす。

「出て行ったみたい」

 イルクーツォが言った。

「あたしとアリッサはここまでだね」

 城太郎はイルクーツォと握手をかわしアリッサの額を撫でる。

「本当に助かったよ。いつか借りを返しに行くさ」

「まぁあてにしないで待ってるよ」

 宗円が城太郎を肩車する。城太郎は天井の穴の壁に打ち込まれたかすがいに取りつくと鉤付きの太いロープを引っ掛け、そのまま穴を上ってく。慎重に気配を探ってから穴から顔を出す。暗闇に目を凝らす。そっと穴の外に出る。「上がって来い」と合図を送り辺りの様子を窺う。

 コジロウを肩に担いで登ってきた宗円が城太郎に耳打ちする。

「この倉庫を出たところに皇鬼達の居室に通じるエレベーターがある」

「エレベーターを止めましょう」

 京と鉄心も箱から出てくる。辺りを珍しそうに見て回る京と鉄心。

「よし、エレベーターへ向かうぞ」

「配電盤を壊したら?」

「ダメだ。皇鬼専用の緊急エレベーターは専用電源を使ってる。壊すならエレベーターのボタンか、本体そのものをやらなきゃダメだ」

「邪鬼を眠らせるのはどうでしょう。邪鬼化する前に」

「活性剤を注射されたら飛び起きるさ」


 よく知っているな―


 倉庫内に一木ノ坂の声が響く。城太郎達の身体が固まる。


 よくここまで追ってきた。だが我々が追跡に気付かないとでも思ったか―


 声がどこから響いてくるのか分からない。木霊の術を使っているのだろうか。


 俺は昔から目立たない地味な奴でね。だが結局それが俺の得意技になった― 


 城太郎が「動くな」とサインを出す。京が両手の指に絡んだ糸を示した。どうやら自分たちの周囲に糸を投げたらしい。城太郎が宗円と鉄心に「静かに」と合図を送った。


 名付けて『荒野無色』という。お前たちには俺が見えない。俺が側に行ってお前らの鼻を摘まんでもな― 


 声は聞こえる。だがどこから響いてくるのか全く分からない。足音もしなければ匂いもしない。もちろん姿も見えない。気配を消すといったレベルではない。鬼力によって空間に歪みを作ってそこに身を隠しているのか。それとも光が屈折するせいで見えないだけなのか。本当に無色透明にまってしまったかのようだ。


 おっと― 芥子の実を撒いても無駄だぞ? 俺がそんなもの踏むと思うか? かえって自分たちが動きづらくなるだけだ―


 忍術に長けた宗円が撒いた芥子の実が京の張り巡らせた糸に触れる感触があった。城太郎がそっと京の肩を叩く。落ち着けということらしい。京は暗闇の中で相手の放つ気を頼りに戦う訓練を思い出した。


 さて― 誰から行くかな―

 

 京は相手の言葉の裏に潜む微妙な抑揚に気付く。ほんの僅かに誇張した語尾。微妙な嘲笑の香り。相手は言葉でこちらにプレッシャーをかけようとしているのだ。姿が見えない驚きと恐怖を煽ってパニックを起こさせたいのだ。城太郎も耳ざとくそれに気づき京に知らせようとしているのだ。

 視覚と聴覚に頼るのを諦めた京はひたすら指先の感覚に集中する。じりじりするような静寂。不意に一本の糸から妙な感触が伝わった。まるで用心深い狐が罠を避けて餌だけそっと咥えるような、痒いようなくすぐったいような糸の震え。ハッと目を見開いた京は一本の糸をキュッと引く。手応えがあった!鬼力が糸を奔る。


 ヒャッ!


「そこか!」

 宗円が小さな投げナイフを投げる。一瞬、淡い人影が動いて棚の裏に隠れるのが見えた。ナイフが棚に当たってカシャンと音を立てて床に落ちる。再びの静寂。京はまた糸に集中する。糸の存在は一木ノ坂に知れてしまった。京は少しでも一木ノ坂が避けづらいようにと指先を動かして糸をクラゲの触手のように操り始める。結構鬼力を使うので長時間これを続けるのは難しい。城太郎と宗円に焦りの色が浮かんだその時。 


 小賢しい真似を― 子供でも容赦せんぞ― チチチッ、チチチッ、チチチッ―


 不意に安っぽい電子音が倉庫に響いた。一木ノ坂の時計だ。会食開始を報せる八時のアラームが鳴っている。時計を渡したものがリセットしておくのを忘れたのだろう。


 チチチッ、チチチッ、チチチッ、チチチッ―


 アラームは止まらない。院で暮らして三十年近く。根っからの鬼士であり無骨者の一木ノ坂は普段腕時計など嵌めたことがない。ましてやデジタル時計など一木ノ坂にとっては未知の物体だった。しかもこの未知の物体は音を出すだけでなく蛍のように光っていた。半ばパニックに陥った一木ノ坂は時計のウレタンバンドを引きちぎると床に叩きつけ、何度も踏みつける。五度踏みつけると音はようやく止まった。壊れて止まったわけでなくアラームの通知時間が終わっただけなのだが、それすら分からない一木ノ坂は時計を遠くへ蹴り飛ばす。ホッとしたのも束の間、一木ノ坂のすぐ後ろから声が響いた。

「見ぃつけた!」

 背後に鉄心が立っていた。手に長い棒を持っている。倉庫の端に捨てられていた細い樹脂製パイプだ。しかし長さも太さも丈使いの鉄心にとっては丁度頃合いが良い。咄嗟に剣を抜こうとする一木ノ坂。だが全身が強張って上手く動かない。京の糸が手足に絡みついているのだ。

「ホイッ!」

 鉄心の突きが一木ノ坂の鳩尾に決まる。強くはないがまともに鬼風を叩きこまれた一木ノ坂は「グフッ」と呻いて床に崩れ落ちた。


 陽のしなやかで素早い動きとイシグロの力強く豪快な動き。陽の直刀は意外と手堅いイシグロの防御に跳ね返され、イシグロの鉄球棒は際どいところで陽を捉えることができない。決して広いとは言えない地下道で、二人の織りなす攻防一体の動きは正に鬼士の立ち合いと言えた。

 二人とも少し息が上がっている。一瞬の休みもなく激しいダンスを続けているようなものだ。体力の消耗は大変なものだろう。陽の直刀の突きを鉄球棒で受ける。鋭い金属音が響き火花が散る。二人は同時に後ろに飛び退いて間合いを確保する。しばしの休息。二人は素早く息を吸って呼吸を整える。

「やりますね。こんなに長く踊ったの初めてですよ」

 陽の言葉にイシグロはニヤリと笑って何か言った。

「なんだ、まだやってたんだ」

 地下道の奥からイルクーツォとアリッサがやってくる。陽が顔をしかめる。

「随分早いお帰りですね。まさか、もう終わったんですか?」

「終わったって何が?」

 陽が言葉に詰まる。

「何って、邪鬼ですよ。どうなったんです?」

「さぁね。まだ探してんじゃないの?邪鬼が本気で暴れだしたらここにいても分かるだろうから」

 陽にとってイルクーツォがこんなに早く帰ってくるとは計算外だった。上手くすれば邪鬼にやられるかもくらいに考えていたのだ。陽は少し情けない表情でアリッサを見る。どう見てもイルクーツォや城太郎を見るときとは顔付と声が違う。全身の筋肉をキリキリと巻き上げ尻の筋肉をプルプルと震わせながら、きっかけさえあれば陽の首でもふくらはぎでも喰らいつこうと喉をゴロゴロ鳴らしている。イルクーツォが肩を竦める。

「引き分けにしとく?あたしらに味方しなくていい。その代わり王宮守備隊側にも協力しないってことで。どう?」

 陽はアリッサを刺激しないようゆっくり頷いて見せる。

「引き分けにしましょう。早くこの子に私は敵じゃないと教えてあげてください」


 辛丸は両足を開いて腰を落とした。辛丸が何かやる気だと気付いた虎太郎の顔に喜色が浮かぶ。

「極北夜想」

 辛丸が静かに言って剣を抜く。だが間合いが遠い。剣先は虎太郎に全く届かず空を切った。虎太郎はがっかりした表情になる。辛丸の技を受けきってから、返す刀で一撃浴びせるつもりだったが、受けるどころか避ける必要すらなかった。

「なんだ。こんな距離から打つからてっきり真空斬りとか公孝様みたいな雷撃技だと思ったのに」

 辛丸は無言で笑ってそのまま虎太郎に切りかかる。

「馬鹿な真似を―」

 虎太郎は剣の柄に手をかけた。虎太郎の居合が燕なら、辛丸の剣はカナブンのようなもの。切りかかってくるを見てから抜いても十分間に合ってお釣りが来る。殺すつもりはない。しばらく動けなくするだけで十分だ。事が成ってから拘束し、扱いはその後ゆっくり考えればよい。


 キュイン―


 剣が鳴って剣が地に落ちた。落ちたのは虎太郎の剣だった。

「なぜ―」

 虎太郎が呆然と呟く。

「やぁっ!」

 辛丸がもう一度剣を振る。ピリッとしたが痛みが手足に走る。凍気だ。手は青白く感覚を失っており、鞘にはいつの間にか霜が降りていた。

「刀は凍り手足はかじかんでいる。いつものようには剣も走ってはくれん」

 辛丸の必殺技「極北夜想」。虎太郎の予想通り離れたところから放つ飛ばし技だ。ただし鬼力を雷撃に変えて放つわけでも、真空刃を作るわけでもない。刀身から凍気を放つのだ。一撃目の極北夜想で虎太郎の剣は凍りつき、利き手は感覚を無くすほど冷え切っていた。そして二撃目を受けた今、膝が笑い足が出ない。虎太郎は寒さと無念さで歯をガチガチと鳴らした。

「もう少し年寄りを敬え、虎太郎」

 辛丸は後ろを振り返る。まだ立っているのは柚子原と甲陽、イルクーツォとイシグロ、アリッサだけだ。

「イルクーツォさん、イシグロ君、一番近い出口から外に出て王宮が危ないってことを外の連中に知らせてくれるか。それとここに応援を寄越してくれってな。甲陽、お前も一緒に行け」

 走っていく甲陽たちの背を見送って、辛丸が柚子原に言う。

「さて、変な気を起こされてもかなわん。伸びてるうちに手足を縛っておくか」

「分かった」

 結束バンドで王宮守備隊の隊士たちを拘束しながら柚子原が言う。

「こんなことしても邪鬼が王宮をメチャクチャにしちまったらこいつらの勝ちってことになるんだよな?」

「まぁな。だが俺達じゃ邪鬼は倒せんよ。肚をくくって待つさ」

 

 床に伸びてしまった一木ノ坂。その呻き声と床に崩れ落ちる際の音は外にいた残りの隊士たちにも届いた。隊士たちは予想外の展開に思考停止に陥った。まさか潮班長が、武のほうはからっきしと噂されるタレント探偵や地方都市の分所長風情に遅れを取るとは考えてもいなかったのだ。また一木ノ坂は追っ手を警戒するあまり、腕の立つ隊士たちを全て地下道に残してきていた。王宮に攻め入るのは邪鬼と邪鬼使いの自分がいれば十分と考えていたのだろう。邪鬼の圧倒的なパワーを考えればそれはある意味正しい判断と言えた。一木ノ坂のミスは腕の立つ部下たちを全て地下道に残してきたことではなく、この地下室に残った隊士たちが自分の頭で考え判断することができない烏合の衆であったことだ。

「潮班長が!」

「班長!」

 隊士が声を上げる。

「騒ぐな!馬鹿!」

 別の隊士が叫ぶ。この不用意な会話で城太郎たちは残りの隊士の位置を掴むことができた。

「班長を助けるぞ!手伝え!」

 二人の隊士が倉庫の扉の中にすべり込んでいく。廊下の仄暗い明りが倉庫内に挿し込む。恐々と倉庫内に入る隊士。夜目の効く鬼人にとっても倉庫内は暗く見えづらい。一木ノ坂の必殺技「荒野無色」をより効果的なものにするため、入口付近と一番奥の非常灯を残して残りは切ってしまったのだ。隊士は「潮班長」と呼びかけたいのを我慢する。敵が聞いているからだ。しかしこの広い倉庫のどこに一木ノ坂がいるのかさっぱり分からなかった。隊士が自分の迂闊さを呪いながら一旦退却しようと戻りかけた時だ。足首の辺りに微かな抵抗を感じた瞬間、巨人に足首を掴まれたように上下逆さまに宙に吊り上げられていた。京が仕掛けたワイヤートラップに引っかかったのだ。

「ヒャァァッ!」


タタタッ!タタタッ!タタタッ!


 宙吊りの隊士が手にした自動小銃を撃ちまくる。倉庫内に発砲の閃光が瞬く。壁や棚で火花が散り

「馬鹿!止せ!」

 もう一人の隊士が叫びながら頭を抱えて床に腹這いになる。弾を撃ち尽くして発砲音が止む。ミノムシのように身体を揺らしながら叫ぶ隊士。

「助けてぇ!降ろしてくれぇ!」

 床の隊士が身を起こし扉に向かってダッシュしようとした時、足が絡んでひっくり返り自動小銃をガシャンと床に落としてしまう。慌てて拾おうとすると、その銃を上から粗末な布靴が踏みつけた。

「せやっ!」

 鉄心が気合と共に樹脂パイプで隊士の背を突く。隊士がゲフッと肺の中の空気を吐き出して悶絶した。

「大した手際だ。君が教えたのかい?」

「まさか。私が教えたのはネクタイの結び方くらいですよ」

 城太郎は京と鉄心にそこに居ろと告げて、宗円と共に扉に近づく。ドアを薄めに開く。隙間に小さな段ボール箱を挟んで扉が閉じないようにする。

「まだそこにいるな?もう終わりにしようじゃないか。残ってるのは君たち四人だけだ。銃を置いてこちらに来たまえ」

 宗円が落ち着いた声で呼びかけた。荒い吐息が聞こえるだけで返事はない。

「こちらには銃もある。一木ノ坂君と助けにきた二人が持っていた銃だ。簡単に我々を制圧するわけにはいかない」

 一瞬の沈黙の後、若干上ずった叫び声が響く。

「うるさい!黙れ駄鬼どもめ!」

 不意に「何するの⁉」と慌てたような女性の声。「やめないか!」ヒステリックな男の声。城太郎と宗円が思わずハッと顔を見合わせる。二人同時に同じ言葉を吐いた。

「まずい!」


 王宮守備隊隊士 蔵島一茶は怒っていた。自分の迂闊さに、自分の運の悪さに怒っていた。そもそも蔵島のような貧乏鬼門に生まれたことが不運の始まりだ。名鬼門出身の子息子女達が何の苦労もなく成功を手にし、人生の果実を貪り食うのを横目に見て生きてきた。コネも金も無い蔵島はただ努力を重ねるしかなかった。努力して努力して、必要な時は躊躇わずに汚い真似もした。プライドや優しさを気にしていては何も手に入らないのだ。努力と恥も外聞もない行動力でようやく錬成館に入学、鬼士院に職を得るまでになった。鬼士院入りが決まったとき蔵島は有頂天になった。涙が出るほど嬉しかった。ざまぁみろ。俺はやった。自分の力で勝ち取った。名鬼門の連中が親から与えられる特権や名声を俺は自分だけの力で勝ち取ったのだ。そのことが誇らしくてならなかった。だが蔵島の喜びは長くは続かなかった。ある時友人だと思っていた院の同僚たちが蔵島を「腹を空かせた野良犬」と呼ぶのを偶然耳にしたのだ。同僚たちは自分のことを「美味しそうな餌を見つけると他人を押しのけてガツガツ喰らいに来る」と嘲るように笑っていた。背中に氷を入れられたようだった。それ以来、以前のように屈託なく笑うことができなくなった。所詮自分はいつまでたっても下層の出なのかと出自を僻んだ。そんな時だ。勉強会に誘われたのだ。新しい時代の鬼界のあり方について考える勉強会。面倒臭かった。だが誘ってくれたのは飛び切り美人の先輩だった。蔵島は義理と下心で勉強会に参加し、そして会の思想にのめり込んで行った。そしてようやく、ようやく自分が中心に、自分が主役になれる時代がやってくると思ったのに。

「結局これかよ」

 蔵島はボソリと言った。握りしめた手がブルブルと震えている。結局自分は何も手にすることはできないのか。何も変わらず、何も得られず、結局自分は貧乏鬼門出身のガッついた目をした野良犬のままなのか。

「畜生」

 蔵島は震える手で腰のホルスターから銃を取り出した。

「何するの⁉」

 仲間の声が聞こえた。いや、仲間ではない。仲間のふりをしていただけだ。結局、この連中は自分なんかに何も与えるつもりはないのだ。

「やめないか!」

 うるさい。やめるもんか。全部ぶっ壊してやる。蔵島は銃を目加田に向けた。目加田が大きく目を見開いて口をパクパクさせた。

「目加田ぁ、やれ!ぶっ殺せ!全部ぶっ殺せ!」

 蔵島が引き金を引く。パスッと音がして羽根の付いたダーツが打ち出され目加田の腹に突き刺さった。鬼化細胞活性剤。邪血病患者である目加田を邪鬼に変身させるためのトリガー。


 ウォォォォォォォォン


 目加田は大きく見開いた目から涙を流しながら吠えていた。その叫びは長く長く伸びて地下にこだました。


「おい、今の聞こえたか?」

「邪鬼― だな」

 地下道の奥から響いてきた咆哮。彼方から響いてくる雷鳴のようなそれは、小さくとも鬼人達の肝を冷やすに十分な何かを持っていた。

「止められなんだか」

 壁を背に身体を起こした伝兵衛は唇を噛む。

「邪鬼に変化したか。もう俺たちには手出しできん」

「しかし、王宮守備隊がこれじゃぁな」

「皇鬼が出張るしかないだろうな。それとも、軍を入れちまうか?いっそのこと」

「とにかく、移動したほうがいいんじゃないか?外に出よう」

 柚子原と辛丸が伝兵衛に肩を貸す。辛丸は地面に倒れたままの虎太郎に目をやるとの結束バンドをナイフで切る。そのまま虎太郎の足元にナイフを落とす。

「お前たちも逃げるなり何なり好きにしろ」

 虎太郎はナイフを拾って足を縛っているバンドを切る。

「生憎と我々には邪鬼使いがいますから。号令ひとつで火の輪くぐりでも、玉乗りでも何でもしますよ、我々の邪鬼は。でも―」

 虎太郎は立ち上がって袴の埃を払うと他の仲間たちのバンドを切り始める。

「お心遣いに感謝します、辛丸次官。お礼と言っては何ですが、今はこのまま見逃します。どうぞ行ってください」

 辛丸は虎太郎に一瞥をくれると、柚子原に「行くぞ」と声をかける。後ろから虎太郎の声が追いかけてきた。

「変わりますよ、鬼士院は」

 辛丸は何も答えなかった。


「うん?」

 真幌はレアのフィレステーキを口に入れかけてフォークを持つ手を止めた。

「どうかなさいましたかな?院長閣下」

 和久村大臣がその様子を見て尋ねる。

「いや、何でもない」

 真幌は小さく切った肉片をついばむ。本来もっと豪快に頬張りたいところだが目の前の和久村にガサツな女だと思われるのも癪だ。

「旨い。いや旨いですな。やはり神戸牛ですかな?いや、近江牛かな?」

 和久村大臣の唇はステーキの油と血と赤ワインでテカテカになっている。しかしそのよく手入れされた口髭はまるで汚れていない。粗野で開けっ広げで気さくな仮面を被っているが実は繊細でしたたかなのだ。

「どちらでもない。ニュージーランドだ。ニュージーランド大使からのいただきものだ」

 和久村大臣はワハハと笑ってかなり広くなった額をつるりと撫でる。

「私は馬鹿舌でしてね。高級料理などより野外で喰う戦闘糧食の方が性に合っているのですよ、院長閣下」

「大臣は軍のご出身だったな」

「ええ、陸軍です。歩行型戦闘機のパイロットでした」

 和久村大臣は笑ってステーキの大きな一切れを口に入れる。立派な顎の筋肉をモゴモゴ動かしワインで一気に流し込む。頬の辺りが薄っすらと紅潮している。

「あの頃は楽しかった。私は狩猟が趣味でしてね。そのために山を一つ買ったほどです。もっとも公務員のボーナス一回分で買えてしまうド田舎の山ですが。休暇になると軍の仲間と山に入って、猪や鳥を撃ち、ウサギなんかを罠で捕まえるわけです。そいつを山で捌いて、塩と胡椒振って焼いて喰うんです。私にはあれが最高ですね」

「なるほどな。つまり与えられた食事では心から満足できんわけだ。自ら獲った獲物を喰らい自分の血肉とする。つまり命を喰らうことが好きなのだな」

 和久村大臣は一瞬素の表情に戻り真幌を見つめると真面目な顔で頷いた。

「おっしゃる通りかもしれません、院長閣下」

「私も山を買ってみるかな。好きに狩りができるわけだろう?」

「私のような公務員にとっては維持管理の方が結構大変ですが。いつか私の山にご招待したいものです。松茸も取れますよ。時々ですが院長閣下のお好きな鹿もね」

 真幌はなんだこいつ知っていたのかと心の中で舌打ちをした。


 グオルルルルルルル


 風船のように目加田の身体が膨らんでいく。ブカブカでまるで似合っていなかった戦闘服がピッタリになり、やがてベリッと音を立てて戦闘服が裂けてしまう。中に着ていた伸縮性のアンダーウェアがパンパンに張っている。


 グォ、グォ、グォルルルル


 邪鬼化した目加田は赤黒く変色し、丸太のように膨れ上がった自分の両腕を見つめながらどこか悲し気な声で吼えた。

「目加田っ!殺れ!あいつらを殺れ!ここにいる全員殺れ!」

 血走った目で叫ぶ蔵島。

「喰らい尽くせ!全部喰っちまえ!」

 目加田がゴォと吼えて、マンホールの蓋ほどもある手を振り回した。

「ぎゃひっ!」

 その手は蔵島の顔を直撃した。吹っ飛んで壁に叩きつけられた蔵島は潰れたトマトのような顔になっている。

「ば、馬鹿― 違う― 俺じゃ― ない」

 血と共に文句を吐き出す蔵島。その蔵島の胸を目加田のサイのような足が踏みつける。蔵島は「グェ」と鳴いて絶命する。


 バカハオマエダァァ!オマエノメイレイナンテキクガァァァ!


「ひぃぃぃっっ」

 男性隊士が腰を抜かしてその場に座り込む。目加田は隊士の頭を掴んでコルク栓でも抜くように軽く捻って引っこ抜く。吹きあがる赤いシャワー。

「ぎゃぁぁぁぁっ」

 目加田は走って逃げる女性隊士に野生獣の素早さで追いつくと片手で隊士の胴を鷲掴みにする。胴を締め付けられ息ができず手足をバタつかせる隊士。手に持ったコンバットナイフで目加田の腕を突きまくるが刃はほとんど皮膚の内側に入っていかない。隊士の顔色が紫に変わり両目が数センチ飛び出している。それでも隊士は諦めなかった。何とか銃を抜くことに成功すると、目加田の顔目掛けて立て続けに弾を撃ち込む。地下室に破裂音がこだまし煙が霧のように漂った。


 グヒヒッ オマエ ウマソウ


 まだ僅かに目加田の面影を残している邪鬼は銃弾を顔に受けても瞬きする様子すら見せない。残忍な笑みを浮かべながら器用に隊士の身体を弄んで胴から足に持ち変える。隊士の両足首を掴んでゆっくりと足を開いていく。息が継げるようになった隊士は思い切り叫ぶことができた。

「ぎゃぁぁぁぁぁっっっっっっ!やぁめぇてぇぇぇぇぇっっっ!」

 ほぼ百八十度、地面と平行に開いた隊士の股間からゴキリと関節の鳴る音がして、隊士の悲鳴が一オクターブ高くなる。そして不意に悲鳴がピタリと止んだ。次の瞬間、隊士の身体はチキンレッグのように二つに引き裂かれていた。目加田邪鬼は血の滴る隊士の身体に喰らい付く。ネチャグチャジュルジュルガリガリガリ。遠慮のない豪快なシズル音が地下室に響いた。


 扉の隙間から様子を見ていた城太郎と宗円。

「どうします?地下道に戻りますか?」

 このままここにいても邪鬼に喰われてしまうのは時間の問題だ。

「子供二人は地下道に戻そう。鉄心は地下道に詳しいようだから王宮守備隊の手から逃れて外に出られるだろう」

 さすが暢気な質の城太郎も声が荒くなる。

「我々二人残ってどうしようっていうんです?」

「院を救う」

 宗円はごく自然に言った。

「鬼界を、鬼人たちの世界と文化を守る。邪鬼はこの地階を片付けたら皇鬼の所へ上がるつもりだろう。皇鬼四人が束になってかかれば邪鬼にも勝てるかもしれん。だが防衛大臣はどうだ?彼に何かあったら?政府は必ずここに軍を送り込んでくる。院の自治なんて有名無実になってしまう」

 宗円の正論に城太郎は「それはそうですが」と応えるのが精一杯だ。

「あの邪鬼を何とかする」

「できませんよ。あいつは化け物だ」

「できる」

 宗円が意味ありげな笑みを浮かべる。

「忘れていないかね、城太郎君。ここにはもう一人邪血病患者がいることを」

 城太郎はハッとして宗円を見つめ返す。

「私の部屋から持ってきた鬼化細胞活性剤、まだ持っているね?それがあれば私は邪鬼に変化できるわけだ。邪鬼対邪鬼。これならいい勝負だろ?」

 城太郎の視線が揺らいだ。

「宗円さん、でも― 危険ですよ」

「知ってるさ、危険なことくらい。でも私にももう後がない。この院で邪血病の治療するしか道がない。頼む、君の協力がいるんだ」

 邪鬼は既に隊士の身体をしゃぶりつくし、次の獲物を探し始めている。

「ほら、不活剤だ」

 スティックタイプの注射針付鬼化細胞不活剤が三本。

「さっきの見たろう?邪鬼の皮膚は硬くて剣も銃弾も通らない。口の中以外はな」

「口の中って、一体何を―」

「聞いてくれ。皮膚は強化ゴム並に硬いが口の中は別だ。口の中に針を刺せ。無理なら不活剤を飲ませろ。注射と違って時間がかかるがそれでも効く」

 城太郎は歯痒そうに宗円の肩口を掴む。

「ちょっと待ってください。そんなことできるわけない。喰われちまいますよ」

「大丈夫だ。君なら。あの技を使え。できるだろう?」

 一瞬呆気にとられたように口を閉じた城太郎だが、すぐ顔をしかめて首を振る。

「RBFを使えってんですか?」

「名前は知らないが、アリッサを大人しくさせたあの技だ。同じ事だろ?アリッサの口に手を突っ込んだんだ。できるさ、邪鬼にも。完全に理性を無くしてるわけじゃない。半邪鬼の奴にならきっと効く」

 弱々しく首を振って何か言いかける城太郎を遮って、宗円は激しい口調で言った。

「私は死にたくない!」

 宗円は城太郎の襟元を掴んで揺さぶる。

「頼む!救ってくれ!鬼門と私を!お願いだ!」

 城太郎が逡巡するように視線を落とす。宗円は不活剤の容器を城太郎に握らせる。

「まず私に活性剤を打て。私は邪鬼化してあいつを後ろから羽交い絞めにするから、君はRBFで奴を大人しくさせて、口の中に不活剤を刺すんだ。いいな?」

「わ、分かりましたよ」

「よし。それから」

 宗円は不活剤の容器を指さす。

「一本は私用だ。やつが鬼人態に戻ったら今度は私だ。もし大人しく口を開けないようなら、私にもRBFを使え。頼んだぞ⁉」

 城太郎は覚悟を決めたように二度三度と頷いた。京と鉄心に声を掛ける。

「京、鉄心、コジロウを連れて地下道に戻れ。別の出口から外に出るんだ」

「でっ、でも兄者」

「いいから行けっ!」

 京は気圧されたように後退る。

「後で上で会おう。早く行け!」

 京は一瞬だけ躊躇ってから鉄心、コジロウと共に隠し穴の木箱に向かって走るとコジロウを肩に担いで箱の中に消えた。

「さて、やろう。時間がない」

 宗円が両手を広げて胸の真ん中をトントンと叩く。

「心臓だ。ここに刺すと効果が早く出る」

 城太郎は鬼化細胞活性剤のキャップを外す。意外と針が長い。五センチほどもあるだろうか。城太郎は針先を宗円の鳩尾にあてがう。

「ぼやぼやしてると奴が来るぞ!やれ!」

 城太郎は大きく息を吸ってから慎重に狙いを定め、一気に針を宗円の身体に刺し入れた。


 旨い。本当に旨い。邪鬼になって初めて知ったが鬼人も男女で大きく味が違う。女を喰ったのは二人目だが個人でも全く味が違う。前に喰らった女はまだ若く、身体に漲る鬼力も瑞々しく、どこかマスカットのような上品な香りと甘さがあったが、今日食べた女は鬼力の強さは前者に劣るものの、熟成された濃厚な味わいに恐怖によるアドレナリンや発汗、多少の尿が混じり合って絶妙なアクセントとなっていた。ねっとりとした濃厚な血は滑らかで鉄と塩のバランスが絶妙、少し遅れて舌先にピリリとくる汗の酸味。素晴らしい。これまでは一木ノ坂が横からうるさく「あまり喰うな」とか「早くしろ」とか母親のように小言を言うのでじっくり味わっている間がなかったのだ。だがうるさい邪鬼使いはもういない。自分の好きにしてもいいのだ。ネチネチと言葉で目加田をいたぶったり、電気針で脅かしたりする邪鬼使いはもういない。俺はもうお仕置きを恐れるオツムの弱い獣ではないのだ。自分で考え自分で行動するのだ。


 ソウダ!


 目加田は素晴らしアイデアを思いついて吼えた。脳だ。死の瞬間、死の恐怖と苦痛を和らげるため脳内麻薬が大量に放出されるというではないか。脳内麻薬にとっぷりと浸かった脳を喰おう。美味しいスープをこぼさないようにそっと頭蓋を外して、新鮮な脳をチュルリと啜り込む。今の女、あんなに泣き叫んでいたのだからさぞかし脳内麻薬が沢山出ていたに違いない。惜しいことをした。脳は頭ごと壁に叩きつけて潰してしまったのだ。


 ソウダ!アイツラダ!


 子供だ。さっき見た子供たちだ。牛や豚でも鶏でも子供の方が肉が柔らかで美味しいではないか。次は子供を喰おう。肉も。脳も。全部喰おう。その後は、その後は―


 グォフ、グォフ、グォフ、ゴフッフッフッ―


 目加田は込み上げてくる笑いを堪えられない。その後は、皇鬼を一匹ずつ喰らってやる。俺を苦しめ虐げてきた世界の象徴。奴らを喰う。奴らは誇り高く死ぬだろうか。それとも邪鬼の圧倒的な力の前に命乞いをするだろうか。その時やつらの頭は脳内麻薬で満たされるのだろうか。


 グフフフッ― ギギ、グギ


 目加田は自分が涎を流していることにも気付かず、床をベトベトに濡らしながら子供のいる倉庫へと向かった。


 メキメキと音を立てて巨大化する宗円の身体。着物がはだけて肩口が裂ける。次いで袴も立てに裂けて足元に落ちた。

「すごい。私の中で鬼風の嵐が起こってる」

 宗円の低く轟くような声には驚きと同時に喜びの響きがあった。

「宗円さん、私の声は聞こえますか?」

「もちろんだよ。はっきりと、クリアに聞こえている」

「口を、口の中を見せてもらえませんか」

 宗円は巨大な口を開いて城太郎を覗き込むように頭を下げる。その迫力に押されて城太郎は思わずのけぞった。

「グフフ、歯医者には三月に一度通っていてね。クリーニングとホワイトニングをしてるんだ。臭わないはずだが」

 邪鬼態で冗談を言う宗円に城太郎は引き攣った愛想笑いを返す。巨大な咢を覗き込む。舌や口腔内はサイズの違いだけで色や質感はあまり変わらない。歯は肥大化した歯茎に埋もれてしまっている。たしかにこれならなんとか針が通りそうだ。城太郎はふと思い出して鼻をスンスンと鳴らす。世に言う邪鬼臭、血の匂いや腐臭といった臭いは全くない。それどころか鉄心や宗円自身が言うように花のような、山百合の凛とした静かな香りが漂ってくる。

「もういいかな?顎が疲れてね」

「すみません、つい― もう大丈夫です」

 城太郎は不活剤のキャップを外してみる。活性剤に比べると格段に針が太くなっている。これを荒れ狂う邪鬼の口に突っ込む場面を想像して城太郎は身体を震わせた。

「城太郎君」

「どうしました?」

「離れていたまえ。来るぞ!」

 重量感のある足音と何か粘性の高い滴の垂れる音。城太郎が弾けるように入口近くからから飛び退く。同時にドアが枠ごと吹っ飛んだ。


 グフォォォォォォン


 美味しい果実を探しに倉庫へ飛び込んだ目加田邪鬼。その視界に、何かオレンジ色の塊が飛び込んできた。


 ガァァァッッ!


 二人の邪鬼がもつれ合いながら床に倒れる。床が軋み空気が震える。少し離れたラックの裏に身を隠した城太郎はその迫力に息をするのも忘れるほどだ。ロシアンタイガードッグどころではない地鳴りのような咆哮。地下倉庫に蘭の温室のような濃厚な香りが立ちこめていく。


 ゴガァァッ!

 ゴウッゴウッゴルッ


 肉と肉、骨と骨がぶつかる鈍い音。分厚いコンクリートの壁がピリピリと震える。床の上で組み合った二体の邪鬼。目加田邪鬼の方が宗円邪鬼よりも少し大きく、少し太い。体色も宗円はオレンジに近いが目加田はほぼ緋色だ。目加田の方が邪血病が進行しているのだろう。つまり目加田邪鬼の方が単純な膂力はもちろん鬼力も強いということだ。


 グルァァァッッ!


 床に押さえつけられていた宗円邪鬼が柔道の巴投げの要領で目加田邪鬼を後方へ投げ飛ばす。背中から棚に突っ込む目加田邪鬼。巨大なラックがグニャリとひしゃげながら倒れ込んでくる。城太郎は降ってくる箱をかわしながらダッシュし、雪崩打ってくるラックの下敷きになるのをなんとか避けた。


「ふむ―」

 再び手を止めた真幌。和久村大臣が口元をナプキンで押さえながら何事かと真幌の表情を窺う。真幌はフォークに刺さったニンジンのグラッセを口に入れると「すぐ戻る」といって席を立つ。部屋を出る。廊下で控えていた千代乃が椅子から立ち上がる。談笑していたらしい和久村大臣の護衛も表情を引きしめて真幌にお辞儀をする。

「いかがなさいました?」

 付き添った千代乃が小さな声で尋ねる。てっきり化粧室へ行くものと思っていたのに真幌が角を逆の方へ曲がったからだ。

「お千代、お前何か感じぬか?」

「お料理に何か不都合でも?」

「感じぬならよい。戻って若い男を口説くがいい」

「まぁ、仕事中に殿方を口説くような真似はいたしません。向うから休みの日は何をしているのかと尋ねてこられたのです。それにさして若いわけでは― お二人とも四十前だそうで」

 角を曲がる。廊下の奥に王宮守備隊の隊士が二名。財音寺もいる。隊士がハッとした表情で姿勢を正し、胸の前で指先を合わせて頭を垂れる。財音寺も一歩前に進み出て同じ姿勢を取った。

「いかがなさいました?赤様」

「うむ。ちょっと気晴らしだ。お前たちこそどうした?」

 財音寺は不思議そうな顔をする。

「どうした、とは?」

「三人ともここにいる。私への導線を塞ぐように人を配置するのではなかったか?」

 財音寺が頭を下げる。

「申し訳ありません。次の段取りの確認をしておりました。戻りましょう。おい、先導しろ」

 真幌は行きかける隊士を止める。財音寺の顔を見つめ尋ねる。

「何か感じぬか?」

「は、何も」

 真幌はエレベーター前に立っている隊士に向かって尋ねる。

「なぜそんなに緊張しておる?」

「はっ、何かあっては、困りますので」

 明らかに緊張した様子の隊士。財音寺が愛想笑いを浮かべて何か言おうとした時、エレベーターの扉の向うから低く響いてくるものがあった。

「今のは?」

「シャフトを風が抜ける音でしょう。地下に風を入れる時など時折いたしますから」

「そうか。なにやら妙な風だな。この匂い。不思議な匂いが混じっている。何だ?」

「さぁ、私には分かりませんが。ワインのせいではありませんかな」

「そうか。念のためだ。エレベーターを動かせ。地下に降りて確かめよう」

「そのようなご心配は。どうぞ食事の席にお戻りください。鬼界にとって重要な会談です。何かあってはこの財音寺の顔が立ちません」

「そこのお前」

 千代乃がエレベーター脇の隊士に声を掛ける。

「何をそのように震えるのです?身体の調子でも悪いのですか?」

「それはいかんな」

 そう言って財音寺が真幌に背を向けた瞬間だ。財音寺の横にいた隊士が腰のホルスターから銃を抜いた。財音寺も振り向きざま真幌に銃を向ける。だが真幌の動きは早かった。突き出した真幌の手から突風のような鬼風が吹いて、財音寺と隊士は五メートルほども吹き飛ばされてしまった。一瞬遅れて千代乃がエレベーター脇の隊士に向けて電気ショック銃を放つ。隊士は濡れた猫のようにブルッと身体を震わせると床に崩れた。隊士の身体で隠されていたエレベーターボタンが赤く明滅している。トラブルのサインだ。 

「何てこと!何てことでしょう!まったく恐ろしいことです。赤様に銃を向けるなんて」

 涙声で壁の緊急警報ボタンを押そうとする千代乃を真幌が止める。

「待て、お千代」

 真幌は着物の裾の下からナイフを取り出すとエレベーターの扉の隙間に刺し入れ捩じる。できた隙間に指を突っ込むと強引に扉を開く。千代乃が鼻を啜りながら「お爪が痛みますよ赤様」と言った。開いた扉のレールにナイフを噛ませ扉を固定する。静かに耳を澄ます。


 ゴォォォォン ゴゴン ゴォォ


「何でしょう?やはり風が吹き抜ける音でしょうか。それとも地下で荷の入れ替えでも?」

 真幌は目を閉じて大きく息を吸った。

「何だと思う?この匂い」

「さぁ― 私にはさっぱり」

 真幌は立ち上がると着物の袖を勢いよく破り取る。千代乃が小さな悲鳴を上げる。無理もない。布と仕立てで八万円。院の課長クラスの年収分だ。

「お千代、風神を持て」

「ここに、でございますか?」

「急げ!一刻の猶予も無いぞ!」

 壁際のインターフォンに飛びついて電話しようとする千代乃を一喝する。

「こいつらの所業を忘れたか⁉自分で取りに行け!」

 千代乃は履物を脱ぎ捨てると着物の裾を摘まんで駆けていく。意外に健脚だ。真幌はもう片方の袖も破る。白くしなやかな腕があらわになる。

「遼平、お前の企みか?それともどこぞの代議員にそそのかされたか?」

 財音寺はすでに意識が戻っていたようだ。だが真幌の鬼風をまともに受けて身体が思うように動かないらしい。財音寺は溜めていたものをそっと吐き出すような溜息を吐いた。真幌はその大きな瞳でジッと財音寺を見つめた。財音寺はそれに耐えかねたように言葉を漏らす。

「院は、変わらねばなりません。古いままではいずれ滅びましょう」

 真幌は皮肉な笑みを浮かべる。

「たったそれだけの理由か?院が変わらねばならぬことくらい城下の飴屋でも知っておるわ。何を血迷うた?」

 財音寺が軽く咳込みながら真幌に顔を向ける。これまで決して見せたことのない表情で言葉を紡ぐ。

「家と血と金。我ら鬼の世界はこの三つに雁字搦めにされている。新しく生まれ変わるためには古い戒めは断ち切らないといけない」

「その古い戒めとやらが私か?皇鬼か?」

 真幌はむしろ楽しそうだ。

「古い戒めから解き放ってもらえるのか?有難い。やってくれ。私も少々飽いているのでな。新しい世界に行くとしよう」

 千代乃が結子と二人で大きな薙刀を抱えて走ってくる。

「お待たせしました赤様」

 息を切らした千代乃が風神を真幌に渡す。柄が五尺、刃長が二尺八寸の大薙刀。真幌の愛刀だ。結子が鉢巻と指抜きの革手袋を渡す。真幌は素早く鉢巻を締め手袋を嵌める。

「剣山に連絡して事情を話せ。王宮守備隊の反乱、そして今王宮の地下に邪鬼がいるとな」

「はい」

 真幌は破いた袖をエレベーターのワイヤーに巻き付ける。

「そいつらが動き出さんようにもう一度電撃をお見舞いしておけ」

 千代乃と結子が真幌に向かって「行ってらっしゃいませ」とお辞儀をする。

「うむ。行ってくる」

 そう言い残すと真幌は暗いエレベーターシャフトの底に滑り降りて行った。


 目加田邪鬼に飛び掛かる宗円邪鬼。目加田邪鬼は床を背にしたまま飛び込んでくる宗円邪鬼に蹴りを入れる。大きな砂嚢を地面の叩きつけるような音がして宗円邪鬼は壁まで吹っ飛ぶ。宗円は壁を突き破って廊下に転がり出る。


 グォ グフォ ガハァ―


 今の一撃はかなり堪えたのだろう。宗円邪鬼の動きが目に見えて鈍くなった。まだ人間味を残している半邪鬼の目加田は明らかにこの勝負を楽しんでいる顔だ。傍目から見てもパワー、スピード共に目加田の方が上だからだ。邪血病がかなり進行しているのだろう。恐らくもうじき半邪鬼でなく本当の邪鬼になってしまうだろう。歓喜の涎を流しながら目加田邪鬼が宗円邪鬼に近づく。まだ倒れてる宗円邪鬼を上から踏みつける。重機で地面を叩いたような振動。


 ギャゥゥゥ―


 宗円邪鬼は少し甲高い声で叫んだ。劣勢に陥った獣と同じだ。目加田邪鬼は増々深く口角を吊り上げゲフゲフと巨大な豚のように喉を鳴らしながら、足を宗円邪鬼に向かって踏み落とす。宗円邪鬼は両腕で頭部や胸を庇うのがやっとで反撃できない。

 このままではまずい。城太郎は懐の不活剤を握りしめたまま数舜躊躇ったが、覚悟を決めて倉庫から飛び出すと目加田邪鬼の横に立つ。

「おい!邪鬼!こっちだ!」

 目加田邪鬼が城太郎を振り向く。城太郎は背の刀を鞘ごと抜く。


 ヴァォ ウガラァッ


 目加田邪鬼の叫びはもはや人語の体を成していない。先に飛び掛かられたらお終いだ。城太郎はできるだけ大きな身振りで目加田邪鬼の注意を引きながらゆっくりと近づく。

「落ち着け!落ち着けって!俺の話を聞いてくれ!」

 通じているのかいないのか、目加田邪鬼は目を細めて城太郎を睨みながら喉を鳴らしている。城太郎はそっと床に膝をつき刀を大きく掲げる。

「RBF」

 城太郎はそう囁いて鞘の先を床にそっと突き立てた。微かに床が波打ったように見えた。鞘で打った所から目に見えない何かが放射状に広がり城太郎と目加田邪鬼を包む。同時に目加田邪鬼の表情が目に見えて変わった。


 ンゴ?


 RBF。ラポールビルディングフィールド。このフィールド内に入ると城太郎との間に一時的な精神的融和状態が構築される。つまり根拠のない信頼関係ができあがるのだ。城太郎の得意技、いや、技と言うよりも体質と言うほうが正確かもしれない。剣の腕が立つわけでなく、強力な鬼力の持ち主でもない城太郎が地方都市の分所とはいえ所長職が務まるのはひとえにこの能力のお陰と言えた。もちろんアリッサの口に手を入れても手首を失わなかったのもRBFを発動しアリッサとの間に信頼関係を構築したからだ。もっともすぐ側にいたイルクーツォまでRBFに巻き込んでしまったわけだが。

「さぁ、頼む。口を開けてくれ。薬を注射したいんだ」


 ンゴウ ホウゴォ?


 目加田邪鬼が小首を傾げながら城太郎に顔を近づける。むせ返るように濃密なチーズ臭が漂う。

「口だ。口を開けるんだ。こう」

 城太郎は恐怖を堪えながら目加田邪鬼に話しかけながら口を大きく開けて見せる。RBFの圏内では人や動物はもちろん昆虫まで警戒心を解く。精神感応により言語に寄らない初歩的なコミュニケーションが成立する。目加田邪鬼にまだ言葉が通じているかどうかは分からないが、少なくとも城太郎に対して敵愾心は持っていないように見える。

「口だ!開けるんだ!こう!開けて!」

 目加田邪鬼が不思議そうな顔で城太郎を見つめながら口を開く。

「そうだ!いいぞ!もっと大きくだ!口をこう、大きく開けて!」

 城太郎の仕草を真似るように大きく口を開いた。深紅の口腔が城太郎の前に晒される。

「そうだ、いいぞ。そのまま。ジッとして」

 城太郎はそっと不活剤の容器のキャップを外す。邪鬼に見えないようにそろそろと黄色と黒にペイントされたスティックを目加田邪鬼の口元に近づける。

「そうだ。いいぞ。さぁ目を瞑ってごらん。こうだ」

 城太郎は邪鬼の眼を覗き込みながら瞼を閉じて見せる。目加田邪鬼もつられたように目を閉じる。城太郎の右手が素早く動いた。


 ギャロォォォォォッッッ!


 目加田邪鬼が絶叫し、熊罠が弾けるように口が閉じる。上顎に刺さってた不活剤のスティックが噛み砕かれ透明な液体が飛び散る。バナナほどもある赤い爪が生えた手が城太郎に向かって振り下ろされる。スローモーションになった世界の中で城太郎は思った。


 あっ、俺、死んだ―


 自分が動くより何倍も速い速度で迫ってくる目加田邪鬼の腕。その手に刻まれた手相や浮き出た赤い血管まではっきりと見えた。あの手で頭を叩かれれば自分の頭は水風船のように破裂してしまうに違いない。不思議と恐怖は感じなかった。

 が、予想に反して目加田邪鬼のパワーショベルのアームのような腕は城太郎に当たる直前で軌道を変え逸れていく。


 いや、違うぞ―


 腕が逸れたのではない。自分が動いているのだ。すんでのところで死を逃れた城太郎は床の上に投げ出され、十メートルほども転がってようやく止まった。城太郎の耳に自分自身の悲鳴に近いような荒い息遣いが聞こえてくる。

「なかなか大したものだな。お前、紫龍一門の鬼士だろう?」

 声のする方を見る。きらびやかな夜会服姿の女性が自分を見下ろしている。

「お前、邪鬼使いなのか?それで今回お前が呼ばれたわけか?」

 城太郎は目の前の女性が鬼士院院長 秋津洲真幌だとようやく気付き「院長様」と呟いて正座しようと床でもがく。

「おい、せっかく助けてやった命、捨てたいのか?下がっていろ。お前はもう役目を果たしてくれた」


 ゴロォスゥ オマエラゼェンブ ゴロスゥゥ


「不活剤のおかげで邪鬼化が弱まったようだ。もう一匹はかなりダメージを負っているようだし。ここで畳みかけてしまう手だな」

 風神を手に邪鬼に挑もうとする真幌に背後から声がかかった。

「真幌、随分といい格好だな。薙刀でなく羽根扇子でも持ったらどうだ?」

「水穂を殺めたのはどっちなの?私が殺す」

 緑の宮、信濃川鶴野と青の宮、新鷹てふ。その後から白の宮、八十島きららも続く。きららは王宮守備隊の反乱など知らないかのように平然と振る舞ってる。

「なんだ、随分とゆっくりだな。デザートを食べてくるのかと思ったぞ」

「客人を一人待たせるのも失礼と言うもの。それに今日のデザートは私の好物のクレープシュゼットと杏仁豆腐のフルーツポンチだからな。さっさとやってしまおう」

 鶴野は銀色の金属の輪を繫ぎ合わせた金属鞭を両手に持っている。床の城太郎に笑みを見せる。

「上出来だぞ、城太郎。公孝の見立ては正しかったな」

「ありがとうございます」

 頭を下げる城太郎はふと思い出して慌ててつけ加える。

「床に倒れている邪鬼は敵ではありません。風祭宗円さんです。犯人邪鬼を止めるために自ら鬼化細胞活性剤を打って邪鬼化されたのです」

「そういうことか」

「城太郎、お前不活剤も持っているな?宗円に打って邪鬼態を解いてやれ」

「二人で倉庫の奥に隠れていろ。邪鬼化が弱まったとはいえ。かなり激しくやらねばならんのでな」

「はい」

 城太郎は宗円の傍らに膝をつく。

「宗円さん、動けますか?」

「アア、ダイジョウブダ」

 まだ身体が痛むのか宗円は這いずるように倉庫の中に移動する。振り向くと四人の皇鬼が目加田邪鬼を取り囲みながら徐々に距離を詰めていく。

「ハヤク!カクレルンダ。コッチマデヤラレルゾ」

 城太郎と宗円が倉庫の奥に隠れる。途端に爆発音とカラフルな閃光が瞬く。間近で尺玉の花火が打ち上がったかのようだ。城太郎は不活剤を取り出し宗円に口を開けさせる。喉に近い柔らかそうなところを狙って針を刺した。宗円はぎくりと身体を揺らした。

「キミハ、チュウシャガ、ヘタダナ」

 爆破音と虹色の閃光の中で、まだ邪鬼化したままの宗円はホッと安らいだ声音で言った。


 三十分程も続いた爆音と閃光が止んだ。倉庫の奥で耳を塞ぎながら恐怖に耐えていた城太郎が攻撃の気配が止んだことに気付いて立ち上がる。

「終わったようだな」

 宗円の体は通常サイズに戻っているが、全裸の身体はまだ朱色を帯びており、あちこちに赤黒い血管が浮き出ている。壊れた倉庫の壁から外を覗く。倉庫の外は元々第二倉庫でも作る予定だったのか、エレベーターと機械室がある以外は何もない自由空間となってる。それでも激しい戦いの跡は明白で、天井を這う配管はいたるところで曲がったり破断しており、そこから白い蒸気が漏れ水の滴っている様はまるで鎮火直後の火災現場のようだ。コンクリート打ち放しの床は大きくえぐれて波打っているその床のほぼ中央に、宗円と同様に邪鬼化を解かれたらしい黒いボディスーツ姿の男が倒れている。時折背を痙攣させている。まだ生きているようだ。地下にはすでに王宮守備隊だけでなく警備事務局の局員たちの姿も見える。皇鬼たち四人の姿もまだそこにあった。

「お前のお陰で手っ取り早く片付いた。デザートに間に合うな」

 鶴野が城太郎に声を掛ける。警備事務局の鬼士が近づいてくる。

「紫龍正雪城太郎殿ですね。詳しい事情を窺いたいのでご同行願います。それと、風祭宗円殿は?」

「ここだよ」

 宗円が少し足元をふらつかせながらも自力で歩いて倉庫から出てくる。鬼士の顔に怯えが走る。

「念のために不活剤を注射しても?」

 鬼士が注射器と不活剤のアンプルを示す。

「もちろんだよ。気が済むまで注射したまえ」

「私が打ちましょう」

 城太郎が注射器とアンプルを受け取る。

「あぁ、ちょっと待って。最後に少しだけ恰好をつけさせてくれ」

 宗円は「おい、邪鬼君」と床の上でもがいている目加田に声を掛けた。失神から目覚めたらしい目加田はキョトンとした顔で宗円を見た。宗円が指揮者のように右手を高く上げる。

「グラン、フィナーレ」

 宗円の目がチカッと赤く輝き、目加田の身体がビクンと揺れた。一瞬の間があって、目加田は洪水のように言葉を吐き出し始めた。眼術の得意な宗円の十八番、自白光線「グランフィナーレ」目加田は憑かれたような眼で惨めだった子供時代の思い出を語っている。

「今回の邪鬼事件の核心部分を語り始めるには時間がかかりそうだ。もう行くか」

 宗円が城太郎に腕を突き出す。城太郎は注射器に不活剤を吸い上げると、宗円の腕に浮き出した静脈にそっと針を刺し不活剤を血管に送り込む。みるみるうちに宗円の顔色が白っぽく青ざめていく。

「注射の仕方、少し上達したな」

 宗円と城太郎は互いの顔を見合わせて笑った。


 三日後。城太郎と京は宿坊のロビーにいた。京の隣には鉄心がいる。鉄心はもうボロを纏っていない。予科生から譲ってもらったお古の鬼士袴姿だ。髪も散髪されこざっぱりとしいる。鉄心は伝兵衛のはからいで紫苑流神戸西道場に身を寄せることになっている。いずれは念願の戸籍も、遠い夢だった鬼士への道も拓けていくだろう。あの晩の邪鬼との戦いが鉄心の人生を大きく変えてしまったのだ。鉄心は新生活が待ち遠しくて堪らないらしく、昨日からずっと瞳を輝かせ頬を紅潮させている。

 三人とも昨日の朝まで別室に軟禁され聴取を受けていたのだ。見張り付きの簡素な宿坊の部屋に二日間閉じ込められ、一日十時間院の調査官の取り調べを受けるのは大人の城太郎ですらかなりきつい事だった。軟禁が解かれた後、伝兵衛から聞かされたのだが、院側はこれでもかなり三人に配慮していたらしい。赤の宮と緑の宮からの口利きがあったらしい。

「そもそも質素とはいえ独房でなく宿坊の部屋じゃぞ?調査官に暴力を振るわれることもなく、食事だって三食出たであろうが。普通なら今回のような大事件の関係者は雑巾のように徹底的にしごかれて、隠し事はないか、嘘を吐いていないか調べ倒すもの。これぐらいで済んだことを感謝せい。赤様と緑様、それから儂にな」

 警備事務局員がワゴンを押しながらやってくる。城太郎にコーヒーを、京にはミルクセーキ、鉄心の前にクリームソーダを置く。

「卵はどうだい?京君」

 前に座った宗円が尋ねる。宗円の顔にはやつれの影が差している。無理もない。邪血病患者であることがバレてしまったのだ。また地下道を使って王宮に、皇鬼の居室のすぐ側まで忍び入っていたことも知られてしまっている。今もまだ続いている宗円の取り調べは城太郎たちの比ではないはずだ。今も宗円の後ろには二名の警備事務局員が立っている。二人とも刀だけでなく帯に空気銃を差している。中には鬼化細胞不活剤の矢が込められているのに違いない。あんな事件があった直後だ。まだ中期までいかない邪血病患者とはいえ、警戒されるのは当然だろう。ましてや宗円は自ら鬼化細胞活性剤を注射して邪鬼化している。よくこうして面会が許されたと言うべきだろう。

「はい。美味しいです」

 宗円は微笑む。

「うん。今朝の食事に付いていた卵も美味しかった」

 邪鬼が鶏卵納入業者のトラック運転手であったことは極秘事項にも関わらず院内の多くの者が知るところだ。これは宗円にも責任の一端がある。大勢の前で目加田邪鬼にグランフィナーレを使い今回の邪鬼事件の顛末を自白させてしまったからだ。これには宗円自身や城太郎たちの身の潔白、事件への関与を否定するという意味もあったのだと、城太郎は後になってから気付いた。

「京君は感覚が鋭いな。その感覚を大事にするといい」

 そう言って宗円は城太郎に向かって頭を下げる。

「義信のことは本当にすまなかった。私の指導が行き届かなかった」

「宗円さんのせいではありませんよ」

 城太郎の言葉に宗円は弱々しく笑う。

「師匠失格さ。義信を育てる自信を失ってしまってね。別の師につけることも考えたんだが―」

 宗円は手錠のかかった両手でコーヒーのカップを包む。飲まずに香りだけ楽しむ。

「一旦弟子に取ったのだからね。最後まで責任を持ちたいと思っている。まぁ本人が私のもとを離れたいと言うならまた別だが」

 城太郎は小さく頷く。

「宗円さんの取り調べはまだ続くのですか?」

「続くだろうな」

「宗円さんのお陰で邪鬼を捕らえられたようなものです。誰もそのことを忘れたりしませんよ」

「だといいがね」

 宗円は城太郎に手を差し出す。城太郎はその手を強く握った。京と鉄心も同じように握手を交わした。宗円は黙って背後の警備事務局員に頷くと立ち上がった。

「多分今回の事で城太郎君も弟子を持つことを許されるだろう。君ならよい師になれるよ」

 城太郎も立ち上がって宗円に頭を下げる。

「色々とありがとうございました」

「こちらこそ。じゃぁ、またいつか」

 宗円は護衛に挟まれるようにしてロビーを立ち去った。


 宿坊を出ると美馬ヶ原時緒と梅小路蘭子、不動良介健太夫が待っていた。

「よっ」

 健太夫が指刀でこめかみを突いて挨拶した。

「帰るんだってね」

 時緒は寂しそうだ。蘭子がズイと前に出る。

「勝ち逃げしようなんて殺されたいの⁉」

 蘭子が京に向かって糸の輪を投げつける。

「勝負しなさい!」

 京は鉄心に荷物を預けると糸の端を指抜きに絡め下に垂らす。健太夫が「二人とも用意いいか?」と尋ねる。二人頷くのを見て健太夫は両手をパンッと打ち鳴らした。京と蘭子の指が自動織機のように素早く正確に動き、見る間に糸が巻き取られていく。

「はいっ!」

 二人が同時に声を上げ左手を上げる。健太夫が二人の指先に巻き取られた糸をしげしげと眺める。

「速さも糸の揃い方も互角だな、こりゃ」

 京は笑って蘭子に手を差し出す。

「引き分けだね」

「まぁ仕方ないわね。あんたもよくやったわよ」

 とあくまでも上から目線で握手に応じる蘭子。京は時緒にも手を差し出した。時緒に対しては少し照れたような表情を見せる。

「じゃぁ― またいつかね」

 時緒は目に薄っすらと涙を溜めていた。

「いつかじゃやないよ。来年は受験するよね?錬成院」

「うーん、多分ね」

 横合いから蘭子が口を挟む。

「あんた馬鹿じゃないの⁉きっと受けるよって言いなさいよ!」

 京は少し顔を赤くする。

「そうだね。きっと受けるよ」

 時緒は俯いたまま京の手を握った。


 駐車場でバギーに乗り込む。鉄心はコジロウと一緒に荷台の荷物の上に腰かけてフレームに掴まった。愛用のゴーグルを掛けている。京が声を掛ける。

「途中で交代するから落ちるなよ」

 バギーが走り出す。駐車場を出てすぐ、ちょうど院に来た時に鉄心に出会ったのと同じ場所で城太郎はブレーキを踏んで速度を落とした。道の脇に人影があった。赤い蛇の目の番傘。レンガ色の細身の装束。鶴野だ。

「やぁ、占いはいかがかな?」

 京もすでに鶴野が皇鬼の一人であることを知っている。緊張しながらお辞儀する京。鉄心は荷物の上で屈託なく笑っている。

「さぁ城太郎、手相を見せてくれ。手相は日々変わるもの。邪鬼事件を解決してお前の手相がどう変わったか見てみたい」

 城太郎は手を差し出す。

「ふむふむ。なるほどな」

 鶴野はじっくりと城太郎の手を観てから手を話す。

「さて京、お前の手もだ」

 鶴野は京の両手を仔細に観察する。鶴野が「ふうん」とか「ほぉ」と漏らすたびに京は好奇心で胸が高鳴った。

「さて、お前は鉄心だったな?見せてくれ」

 鉄心は物をねだるように両手を差し出すと物怖じすることなく「ねぇ何が出てるの?」などと尋ねる。鶴野は笑ったまま答えない。

「なるほど。良く分かった。人生とは面白いものよな」

 そう言う鶴野に城太郎は我慢しきれず尋ねた。

「緑様、何と出ているのです?」

 鶴野は「ふふ」と笑う。

「占いなど気にせぬことだ。自分の人生は自分で切り開け」

 鶴野は番傘をクルクル回しながら背を向けた。

「また会おう」

 鶴野はそう言って歩き去っていった。


 三か月後。城太郎は院から正式に弟子を取ることを許された。それまで兄、弟の関係であった城太郎と京は師と弟子となり、京は一野京から紫龍和也京一郎となった。西宮鬼道事務所東分所で共に寝起きする生活は変わらないが、鬼道クラスのある公立中学校に通いながら師である城太郎の仕事を手伝うようになり、空いた時間を見つけて錬成所受験のための訓練や勉強を始めている。ほんの数日とはいえ錬成院で学んだ経験は彼の意識を大きく変えたのだろう。

 鉄心は紫苑流神戸西道場で新生活を始めている。京が京一郎となったことを大層羨ましがり「俺も早く名前が欲しい」と事あるごとに城太郎に弟子にしろとせがんでくる。改名は鉄心にとって過去との決別や別の自分への変身を意味するのかもしれない。神戸西道場で暮らす鉄心と同じように身寄りのない鬼の兄弟たちに嗜められながらも充実した毎日を送っているようだ。

 風祭宗円は邪鬼退治の功を認められ、院内で行っていた侵入行為や禁止物の持ち込みなどの罪は不問に付され、院に残って邪血病の治療を受けることになったと伝兵衛から報せがあった。義信は結局宗円との師弟関係を解消し、実家に戻ったらしい。

 イルクーツォとイシグロ、陽と李は事件解決後に母国に帰国している。イルクーツォはあの後一度、城太郎にeメールを送って寄越した。

 意外だったのは山田鈴木の二人だ。アリッサに右手首から先を食べられてしまった鈴木は裏鬼士稼業から足を洗ったらしいが、山田の方はなんと院に残ることになった。正規の鬼士でない山田は地下食料保管所の清掃係をやっているのだとう。伝兵衛の話では思いのほか真面目に取り組んでいるらしい。

 王宮守備隊の反乱兵たち。まだ裁判中ではあるが主だったメンバーは死罪は免れないだろう。残りのメンバーも死罪は免れても二〇年以上は牢獄で過ごすことになるだろう。邪血病疑患者であった目加田はあの後体調が急変、心不全で死んだとのこと。院内では青の宮が殺したと噂されている。

 そして皇鬼たちである。白の宮、八十島きららは新たな皇鬼候補の挑戦を受け破れた。院を出た後の行方は杳として知れない。

 鬼士院と日本政府は人事交流に関する新たな協定を結んだ。政府出向者を積極的に受け入れると同時に、院の鬼人たちを防衛省だけでなく他の省庁や関連団体に送り込むこととなったのである。赤の宮はどうやら鬼人として初めての入閣を狙っていると噂されている。

 反乱グループの計画は失敗に終わったものの、その無謀かつ強引と思われた計画は、鬼士院の新しい時代を拓くきっかっけとなったのである。

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