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鬼類たちの狂想曲  作者: Niino
15/21

卵をめぐる冒険

 食事を終え伝兵衛宅を出る際、頼んでおいた院内の秘密の抜け道や地下道を記した古地図の束を渡される。

「結構貴重な資料じゃから丁寧に扱え?古い地図に代々の持ち主が書き足しをしたものじゃからな。地図に記された道や出入口が今もあるか、本当にあるかは実際に行ってみんと分からん。無くなったり塞がれた道や扉もあろう」

 城太郎は礼を言って古地図を懐にしまう。京とコジロウを伴って宿坊に帰る道すがら、店仕舞いをしている甘味屋があった。

「甘い物を買って帰ろうぜ」

 城太郎たちは店内に駆け込む。閉店時間間際のショウケースにはほとんど品物が残っていない。幸い手作りプリンが残っていたのでプリン二つとコジロウのために牛乳を一本買う。人の好い店主が牛乳をサービスしてくれたので礼を言って代金を払う。茶色紙袋にプリンと牛乳を入れてもらい揺らさないように持って帰る。

 宿坊に戻って手早くシャワーを浴びると二人は早速プリンを食べ始める。コジロウも皿に牛乳を注いでもらい派手に舌を鳴らして飲み始める。しばらくして京が素焼きのカップに入ったプリンをコトリとテーブルに置く。

「ん?どうした?」

「うん、あんまし美味しくないんだよなぁ。なんかこう、古い臭いがするっていうか」

 城太郎はカップに鼻を突っ込んで大きく鼻から息を吸う。

「作って少し時間がたってるだろうな。なんせ閉店まで残ってたわけだし。そういや前にもそんなこと言ってたな。卵が不味いとか」

「うん。腐った臭いがするわけじゃないんだけど、なんかさ、古いというか、香りと味が抜けているというか。ちょっと変わった味に感じるんだ」

「へぇ― 確かに俺はどっちかっていうと馬鹿舌だが。にしても― そうかぁ?本当に臭うのか?」

「うん、まぁ。気のせいなのかなぁ」

 城太郎は京が食べ残したプリンをひと匙コジロウの鼻先に持っていく。コジロウはクンクンと臭いを確かめてペロリと匙を舐めた。

「待てよぉ、確か同じことを―」

 城太郎は少し天井を見つめてからポンと手を打つ。

「宗円さんだ。確か同じこと言ってたぞ、この間。卵料理で料理人の腕が分かるんだとかなんとか」

「ねぇ兄者、宗円さんてさ、卵もそうだけど野菜とか海藻食べないよね。今日のお昼も肉とかばっかり食べてたよ」

「あぁ、そうだったかな?ふーん、卵ねぇ。卵が不味いと思ってる奴が二人か」

 城太郎はしばらく考えていたがカップの底に溜まったカラメルを飲み干すと、

「卵のこと明日ちょっと調べてみるよ。お前は授業受けるんだぞ」

「分かった」

「物分かりのいいこったぜ。彼女ができるとこういうものかね」

 京は少しムキになってそんなんじゃないよと文句を言った。


 翌日、城太郎は甲陽に断って院内巡回から外してもらった。客分鬼士から目を離すなときつく言われているのだろう。甲陽は困った顔をしてみせたが師の紫龍公孝伝兵衛の命なのだというと「少し待ってください」と言うとすぐ近くにある内線電話機の受話器を取り交換手に警備事務局に取り次ぐよう伝える。朱色に塗られた鉄柱の上に内線電話の設置された箱が取り付けられたこの内線電話機は院内の至る所に設置されている。小声で警備事務局に報告を入れていた甲陽が城太郎を振り向く。

「事務局にも連絡が入っているようです」

「そうですか。じゃぁ勝手をさせてもらいますが」

「承知です。ご苦労様」

 ホッとした表情の甲陽に一礼して集合場所を立ち去る。昨夜に伝兵衛に鳩伝を飛ばして話を合わせておいて欲しいことと、警備事務局に話を通しておいてくれるよう頼んでおいたのだ。少し歩いて城太郎は裏通りの喫茶店に入った。カロンとドアベルが鳴って「いらっしゃい」と声がかかる。鬼で八〇前後のマスターがグラスを磨いている。城太郎が口を開く前に「やぁ、城太郎君だね?」と尋ねる。城太郎が「はい」と答えるとマスターは城太郎をカウンターの中に招き入れ、仕切られた従業員用の休憩室に通した。中で女性事務員が独りで待っていた。

「初めまして。室井仙千景です。ご指示の書類をお持ちしました」

 と言いながら自分の前の席を手で勧める。城太郎は軽く会釈して席に着く。

「紫龍正雪城太郎です。お手間をかけて申し訳ありません」

 城太郎は礼を言ってA四サイズのクリアファイルを受け取る。

「このひと月の生鮮食料品の納品日と納品時刻、仕入れ先でしたね」

「えぇ。ちょっと確かめたいことがありまして」

 城太郎は目で書類の文字を追う。卵は週に一度、毎週木曜日に納品されている。昨日、そして八日前。何れも邪鬼による事件が起きた日と符合する。もっともほとんどの生鮮食料品は木曜日か金曜日に納入されている。時刻を見ると早朝三時半過ぎから納品が始まり遅くとも六時過ぎには終わっている。卵が納入されたのは三時五十五分。納入業者は山野井鶏卵となっている。

「邪鬼事件の関係ですか?」

「そのヒントにでもなればと。室井仙さんは食料購入の御担当ですか?」

「千景でいいです、城太郎さん。あたし経理の担当なんです。でも納品台帳をチェックするのは簡単だし怪しまれることもありませんよ」

「私は院内の事情に疎いのですが」

 城太郎は狭い室内を見回してから尋ねる。

「やはり千景さん的には人前でこの資料を私に手渡すのはマズいわけですか?」

「資料の中身はマズいというほどのものではないです。院の機密でも何でもないので。ただ基本、院内で働く者たちは皆色分けされてます。つまり赤青緑白どれかに属してるわけです。柚子原課長経由で私に指示があったんですが、できるだけ他の色に知られないようにとのことでしたので」

 マスターがコーヒーを出してくれる。城太郎は「ありがとうございます」と礼を言う。

「マスターも私も緑に色分けされているわけです。この店は緑派の情報交換の場になっています。他の色の人に聞かれたくない話しや相談事はここでやるわけです」

「なるほど。ところで、納品された食料品はどこに?」

「一旦全て地下の冷温庫に入れられます。院内のレストランなんかには後でそこから配送するわけです」

「その冷温庫ですが、この地図ではどこになりますか」

「はい。これは来院者用に配布する地図ですので載っていませんが、納品のトラックは西門から入って初酉棟を回り込んだところにあるトラックヤードで荷を下ろします。この奥に地下に降りてくトンネル通路があって、ターレットトラックっていうんですか、あれで地下の冷温庫に運び込みます。でも城太郎さんが行かれるのなら学究棟の脇にエレベーターがありますからそれで地下三階まで降りてもらう方が早いです。これ、入場証です。本物ですからご心配なく」

 千景が「ゲスト」と書かれた白いICカードを書類の上に置く。

「ありがとう。助かったよ」

「どういたしまして。じゃ、私は出勤時間なので」

 千景はコーヒーを飲み干し立ち上がるとマスターに「ご馳走様」と声をかけ店を出て行った。マスターが小部屋を覗き込んで「コーヒー飲んでから行くといいよ」と笑う。千景と時間を置いて店を出ろということらしい。城太郎はゆっくりとコーヒーを楽しんでから店を出た。


「じゃぁね、京。また明日」

「うん。明日ね、時緒」

 時緒は京に別れの挨拶をして、ついでに城太郎にも会釈をして寮に帰っていく。城太郎は明るい笑顔で手を振っている京をまじまじと見つめる。

「ん?何さ、兄者」

「何さじゃないだろ。何だよ今の。メチャ楽しそうじゃないか。何が錬成院の寮は疲れるんだよぉ―だ。それにあの子、寮に帰るには遠回りなんじゃないのか?」

「だって今日は兄者に付き合って卵を調べに行かないといけないじゃない。だから時緒が遠回りしてくれたんだよ」

 京は悪びれもせず言い返した。

「だってしょうがないだろ?卵の味が変だって言ってるのお前なんだから」

 京は「早く行こうよ」と歩き出す。城太郎は「何だ、急に色気づきやがって」などとぶつくさ言いながら歩き出す。

 二人はエレベーターを使わず、卵が実際に納品されたルートを辿ってみることにした。この時間はトラックヤードは空っぽで車も人影もない。

「ここで下ろした荷を電動の荷車、ターレットトラックだっけ?に乗せてこのトンネルを下っていくんだ」

 歩いてみるとトンネルは以外と長い。五分ほど歩いて後ろを振り返るとトンネル出口の明りが遠く頭上に見える。更に五分ほど歩くとすっかり外の明りはすっかり届かなくなった。二人は小さなフラッシュライトを取り出して足元や壁を照らしながら歩く。しばらくすると前に小さな明りがポツンと浮かんでいるのが見えた。冷温庫の作業員の控室だ。近づいてみると中から作業員がこちらを見ている。明りが近づいてくるのが見えていたのだろう。軽く会釈すると控室の窓が開いた。

「どうしました?」

 城太郎は入場証を示しながら冷温庫の扉を指さす。

「中に入りたいんですが。少し調べ物をしたくて」

 作業員は数秒間入場証を睨んでいたが、やがて城太郎に入場証を返すと紙を挟んだクリップボードと鉛筆を渡す。

「お名前と入場理由、それと時間を書いてください。二人とも」

 城太郎と京は言われた通り名前と時間を書く。理由はシンプルに「調査のため」と書いた。

「調査って、何の?例の送風機?」

「いえ。我々今回院外から招集された鬼士なんです。少し調べたいことがあって」

「えっ、邪鬼の件?」

 作業員はギョッとした表情になる。

「ご心配なく。それとは直接関係ありませんので」

「そう」

 作業員はホッとした様子でキーロッカーから鍵を取り出し控室から出ると、冷温庫の大扉の脇にある人間用の扉を開けてくれる。

「あ、そうだ。帰りはエレベーターで上がりますから」

「そうですか。ドアは内側からはICカードをかざせば開くようになってますから。もし何かあったらドアのすぐ脇に内線電話がありますから」

「分かりました。ありがとう」

 城太郎と京はドアをくぐって中に入る。ヒヤリとした空気が体を包む。後ろでカシャンとドアが施錠される音が響く。

 冷温庫は想像していた以上に広い。京はブルっと体を震わせ「上着を着てくるんだったよ」と呟きタタタッと足踏みを繰り返す。城太郎は懐から一枚のメモを取り出す。

「えーと、今入ったのが庫の入り口だから―と」

 城太郎はメモを上下にひっくり返しながら庫内を見回す。

「あっち― かな」

 京は「大丈夫?兄者は結構方向音痴だから」と心配気だ。二人は積み上げられた段ボール箱や麻袋の谷間を歩き出す。五分ほど迷いながら歩いた結果、京の心配を他所に城太郎は卵の詰まった箱の山に辿り着いた。

「おっ、どうだ。こいつだろ、卵」

 城太郎は心なしかホッとした様子で言った。

「ほんとだ。でもこの区画、特に寒いね。早く調べて帰ろうよ」

 要冷蔵の食品が集められている区画らしく特に寒い。城太郎も軽く足踏みして手を擦り合わせる。

「まず納品日だ。お前はそっちの山を見てくれ」

 二人は手分けして卵の箱に印字された納品日を確認する。

「全部四月十五日だよ」

「こっちもだ。どうだ?卵の臭いは」

「箱の外からじゃ分かんないよ」

 京は山の上の箱を床に下ろし中から卵を取り出す。茶色くて大きな卵を鼻先に近づけてスンスンと鼻を鳴らす。

「うーん、特に変な感じはしないなぁ。気のせいだったのかな?それとも宗円先生の言う通り卵じゃなくて料理方のせいかな?」

「念のために幾つか箱を開けて中を確かめてみろ。特定の箱がおかしいのかも」

 城太郎と京は山の中から箱を抜き出して中の確かめていく。最初の箱と同じで次の箱も、その次の箱も京の嗅覚に引っかからなかった。これは空振りだったかと二人が諦めかけた時、不意に京の手が止まる。

「兄者、これ」

 京が卵を城太郎に手渡し同じ箱から別の卵を手に取る。

「うん。これもだ。臭いというか、なんだか安っぽい芳香剤っていうか、プラスティック臭いっていうか」

 城太郎は目を閉じて卵を鼻先にあてがう。

「ダメだ。俺には分からん。何ともない卵と比べても全く違いが分からん」

 京は箱の中の卵を片っ端から手に取って臭いを確かめている。

「この箱、全部そうだよ。臭いが強いのと弱いのがあるけど、基本全部変な臭いがついてるよ」

 二人は更に箱を調べ、京はもうひと箱妙な臭いのついた箱を見つけた。

「さすがに全部の箱は調べられん。これぐらいにしておこう」

 臭う卵と普通の卵を二つずつ失敬して手拭いで包み、冷温庫の端に捨てられていた百合根の入っていた段ボール箱に入れる。

「さて、帰ろうぜ。凍えちまう」

「うん。なんかトイレに行きたくなってきたよ」

 城太郎は懐から折り畳まれたA三サイズほどの大きさの古地図を取り出す。伝兵衛から渡された地下道の地図のうちの一枚だ。

「この地図によると実はこの冷温の中にも地下道に通じる出入口があるんだ。そこを確かめてから帰るとするか」

 二人は冷温庫の奥へと進む。この冷温庫は元々は季節を通じて気温が安定している地下道に野菜などを保管し始めたのが始まりで、鬼士院の拡張に合わせて増築を繰り返して現在に至っている。元が地下道なので古い区画に行けば地下道への入口が残っているというわけだ。地図は五〇年ほど前の古い地図に手書きで修正を加えたもので、トンネルやエレベーターも書き加えられているから結構最近まで手入れされていたもののようだった。

「この辺だぜ」

 城太郎は大小さまざまな配管が走る天井に目を凝らす。

「おっ、あれじゃないか?」

「ほんとだ」

 城太郎が近くにあるジャガイモの詰まった箱をうず高く積んだ台車を配管の下に動かすと、箱を踏み台にして配管に取りつく。配管の走る天井に一m四方ぐらいの金網を嵌め込んだ部分がある。配管と天井の間には結構隙間があるので城太郎は配管に跨りながら金網の中を覗き込む。微かな風を感じる。穴だ。金網はピンロック式でピンを捻るだけで簡単に金網は外れた。穴に上半身を突っ込んでライトで照らす。

「京、登って来いよ。入れそうだぞ」

「危なくない?」

 少し不安気な声を出しながらも京は配管によじ登る。城太郎は口にペンライトを咥え、

「下から照らしてくれ」

 と言って穴の中に這い込んでいく。中から「なんだ、ご丁寧に梯子が作ってあるぜ」と城太郎の声。しばらくして「大丈夫だ。お前も上がって来い」と声がかかる。京は「えー、入るの?」と愚痴ったものの言われた通り穴に入る。穴は大人一人ゆったりと入れる大きさで岩肌は綺麗に乾いており、鋼鉄製のかすがいが打ち込んであった。穴を登る。上で待っている城太郎が手を取って引っ張り上げてくれる。

「手掘りにしちゃ立派なもんだな」

 城太郎がペンライトで地下道内を照らす。トンネルは幅、高さ共に三mほど。壁面は意外と滑らかでサラッと乾いている。

「さて、せっかくだトンネル内を調べて行こうじゃないか。ジイさんの地図によると少し行くと下水道に出られるんだ。下水道を通れば講堂の側にも、」

「えー、まぁ仕方ないか」

「なんだ、意外と素直じゃないか」

「だって仕方ないよ。トイレに行きたくなっちゃったんだから」

「歴史ある地下道で立ちションかよ。お行儀のいいこった」

 城太郎は愉快そうに笑った。

お読みいただきありがとうございます。

もし拙作がお気に召したようでしたら感想、評価など寄せていただけると励みになります。

お時間あれば他の作品も覗いてみてください。

よろしくお願いします。

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