後編
「……ねえ、こんな話知ってる?」
「なに?」
「この山は、出るって話……」
「……出る?」
そして二度目の休憩。
頂上はもうすぐだった。
このあとは一気に頂上まで登る予定だ。
この辺りは木が生い茂っていて焚き火ができないから、適当な所に腰をおろして休んでいた。
すると、彩香が急にそんな話を始めた。
なんだか嫌な予感がしたけど、彩香がそういう話をするのが珍しくて、みんなで耳を傾けた。
「そう。登山客を絶望の淵に誘う女の霊がね」
「ひぃぃぃぃぃーーっ!!」
隆史が大げさに声をあげる。
そういや隆史はこういう話が大の苦手なんだった。
「……その女の霊はね、真っ暗な森の奥から『来て……こっちに来て……』って登山している人を呼ぶの……」
彩香は怖がる隆史をしり目に話を続けた。
人が嫌がることはしない彩香にしては珍しい。どうしてそんな話をするんだろう。
「その声に導かれるように進むと、気付かないうちに崖っぷちに誘導されてて、そしてその人はそのまま……」
「ひぃぃぃぃぃーーっ!!」
「……って感じで、崖下まで真っ逆さまになるの」
……最後のオチを隆史の叫び声が代弁したおかげであんまり怖く感じなかった。
「……彩香」
「なぁに? 優一」
話を最後まで聞いた優一がおもむろに口を開く。
「……なんで、今ここでそんな話をした。それは、いま必要な話だったのか?」
優一は少し怖い顔をしていた。
でもそれは僕も思った。
普段はそんな話なんてしない彩香が、なぜ今このタイミングでその話をしたのか。
「……私ね、ちょっとだけ霊感があるのよ」
「れーかん?」
隆史が首をかしげる。怖がりなくせにそういうことには疎いらしい。
霊感、つまり霊を感じる力のことだろう。決して羊羹なんかではないぞ、隆史。
「……なんかね。ずっと、ちょっと嫌な感じがあるのよ。この山に入ってから、ずっと。
ううん、予感めいたものは、もう何日も前から……」
「そんな前から?」
「うん。それで、山に入って上に進んでいくにつれて、その嫌な感じがどんどん強くなっていって……」
「……だから、俺たちにその話を?」
「うん……」
優一の問いに彩香はこくりと頷く。
「……なんだか不安で、ここに来る前に調べたの。そしたら、ここで昔に女の人の転落事故があったみたいで。でも、その人は一人で登山に来てたから発見が遅れて。
見つかった時にはだいぶ腐敗が進んでたみたいで」
「うぅぅぅ……」
隆史が両手を抱えて震えている。
そろそろ止めた方がいいのだろうか。
でも、話が気になってしまっているのも確かだ。
「……!」
ふと横を見ると、美弥子ちゃんが僕の服の袖をつまんでいた。
ちょっと顔を青くして、怖がっているみたいだ。
「……」
「!」
僕はその手をつかんで手を握った。
僕の体温が冷たい美弥子ちゃんの手に伝わっていくのを感じる。
カイロでも持ってくれば良かったな。
「……ありがと、悟くん」
怖がりながらもかすかに微笑んだ美弥子ちゃんにこくりとだけ頷いて微笑む。
美弥子ちゃんと手を繋いでいると不思議と恐怖心も和らいだ。
「だから、その女の霊は自分を見つけてほしくて、近くを通った登山客に『こっちに来て……』って言って誘導してるんだと思う」
「……でも、もう遺体は見つかってるんだろ?
それなのに、まだそれを続けてるのか?」
優一はわりとリアリストだ。
こういうときには冷静に分析してくれるから頼もしい。
彩香をたてて、そういう存在自体は否定しないのが優一らしい。
でも、なんだかいつもより言い方がキツい気もする。
「無念が残ってるのよ、きっと。
腐っていく自分の体。でも誰にも見つからない。
そんな無念が、絶望感が、いまだにその人をこの地に縛り付けてるんだわ」
「……彩香。おまえは、俺の父さんもそれに導かれたって言いたいのか?」
「!」
突然、優一が険しい顔をする。
その可能性を考えついてしまったからだろう。
そうだ。たしか優一の父親はこの先の崖から……。
「……違うわ」
彩香はこうなることを分かっていたのか、悲しそうな顔をして首を横に振った。
「本当に嫌な予感がするから。みんなにはそうなってほしくないから。だから話したの。
お願い。絶対にその声を聞いても、みんなついていかないで」
「彩香……」
懇願するような表情。
切実な、心からの願い。
そんな感じがした。
優一の父親が死んだのは霊のせい。
優一がそんな話を聞いたら怒るだろう。
それでも彩香がその話をしたのは、今ここにいるみんなを守るため。
「……分かったよ」
そんな彩香の気持ちが分からない優一じゃない。
優一は握りしめていた拳をゆるめて、彩香の頭にポンと手をおいた。
「ありがとな。せいぜい気をつけるよ」
「……うん」
優一が見せた笑顔を見て、彩香はようやくホッとしたように笑顔を見せた。
「お、俺も気をつける! 絶対ついてかない!」
「ああ、僕もだ」
「ありがとう、みんな」
僕たちも頷くと、彩香は微笑んで頷いた。
「怖いね、気を付けないとね、悟くん」
「うん、美弥子ちゃんもね」
「うん……」
うつむく美弥子ちゃんの手が少し震えていた。やっぱり怖いよね。
僕はその手を強く握ることでしか、彼女の恐怖をやらわげてあげることが出来なかった。
「ん? 悟、何か言ったか?」
「え? う、ううん」
「そうか。もう少しだけ休んだら出発する。しっかり休んどけよ」
「あ……うん」
優一はやっぱり美弥子ちゃんの方は見ずに、それだけ言うと腰をおろして外套にくるまった。
優一はまだ美弥子ちゃんに怒っているのだろうか。
いい加減にしてほしい。
頂上につくまでには仲直りさせないとな。
僕と美弥子ちゃんも優一にならって、身を寄せあって木陰に腰をおろした。
「……ん」
しばらくして目を覚ます。
どうやら眠ってしまっていたようだ。
周りを見ると、みんなも木の下で眠ってしまっているようだった。
時計を見ると、もう夜中の二時を過ぎていた。
親にはここに来ることは言ってあるし、山に慣れた優一もいるから心配はされないだろう。山頂の無人のコテージに泊まる予定だとも言ってあるし。
「……あれ?」
ふと、隣に美弥子ちゃんがいないことに気が付く。
どこに行ったんだろう。
「……あ」
キョロキョロとさらに周りを見回すと、少し離れた森の中に、美弥子ちゃんは一人で立っていた。
「……美弥子ちゃん?」
僕は羽織っていた外套を着直して美弥子ちゃんのもとに向かう。
そして美弥子ちゃんのそばまで行くと、
「……呼んでる」
「……え?」
美弥子ちゃんがポツリとそう呟いたのが聞こえた。
「……行かなきゃ」
「あ、美弥子ちゃん!?」
そして、美弥子ちゃんはふらふらと森の奥へと歩いていってしまった。
真っ暗で何も見えない、深淵のような闇の中へ、墜ちていくように……。
ーーー真っ暗な森の奥から、『来て……こっちに来て……』って声が聞こえるらしいのよーーー
瞬間、さっきの彩香の話が頭をよぎる。
「ダメだ! 美弥子ちゃん!!」
僕は大声をあげて駆け出した。
その声に導かれたらダメだ。
呼ばれても、そっちに行ったらダメなんだ!
「ん?」
「……悟? どうした?」
「なにー? ごはん?」
僕が大声をあげたからみんなも目を覚ましたみたいだ。
でも今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
「美弥子ちゃんが危ない! 追いかけなきゃ!」
僕は無我夢中で走り出した。
「お、おい! 悟っ!!」
「さ、悟くん!?」
「な、なに!? どうしたの!?」
後ろの方で三人が驚いているのが分かる。
三人にも協力してもらって美弥子ちゃんを引き止めた方がいいのは分かってる。でも、それじゃ間に合わない気がした。
美弥子ちゃんが、あっちに行ってしまう気がした。
「美弥子ちゃん!!」
僕は慌てて走った。
「……呼んでる。来て、って。こっちに、来て……」
美弥子ちゃんはぶつぶつと呟きながらどんどん森の奥へと進んでいる。
「美弥子ちゃん! 待って! ダメだ!!」
僕は全速力で走っているはずなのに、ふらふらと歩いていく美弥子ちゃんにぜんぜん追いつけない。
声をかけても反応しない。
何か特別な力が働いているような気がする。
「おい! 悟! 待て!」
後ろの遠くの方で優一たちの声が聞こえる。
どうやらみんなも追いかけてくれてるみたいだ。
でもだいぶ遠い。みんなを待っている余裕はない。
美弥子ちゃんは今にも見失ってしまいそうなほど、ぐんぐんと森の闇に進んでいた。
一度見失ってしまったら、止まってしまったら、もうその手には届かない気がする。
「はっ! はっ! 美弥子ちゃん、待って!」
僕は必死に走った。
心臓が破裂しそうなぐらいドクンドクン言ってるのが分かる。
肺が冷たい空気で痛む。
自分の運動不足を呪いたくなる。
それでも足を止めるな。
前に進め。
美弥子ちゃんをあちら側には行かせない。
「……て。来、て……喚んでる……こっちに、来て……」
美弥子ちゃんにだいぶ近付けた。
ずっと虚ろにぶつぶつと呟く美弥子ちゃんに手を伸ばす。
あの柔らかくて、ちょっと冷たい小さな手に。
「美弥子ちゃん!!」
「!!」
そして、僕は何とか美弥子ちゃんの手を掴むことができた。
「……悟、くん?」
僕が手を掴んだことで、美弥子ちゃんはがくんと体を揺らして立ち止まった。
虚ろだった目に生気が戻っていく。
「美弥子ちゃん、大丈夫?」
きょとんとした顔の美弥子ちゃんに声をかける。
この手だ。柔らかくて、ちょっと冷たくて、小さな手。
僕はこの手を、もう離さない。
「……うん。ありがとう、悟くん」
美弥子ちゃんが笑う。
弾けるような、キラキラした可愛らしい笑顔。
顔がまだ白いけど、どうやら大丈夫そうだ。
ああ、走って良かった。
まだ心臓がばくんばくん言ってるけど、運動不足な体に鞭打ってこの手を掴めて、本当に良かった。
「悟!」
ほどなくして、優一と彩香も追いついてきた。
「良かった。止まってくれたのね」
彩香が真っ白な顔をしながら肩で呼吸を繰り返している。頬だけが赤い。
懸命に走ってくれたのだと分かる。
「ああ。大丈夫だ。美弥子ちゃんも無事だよ」
僕は握った手を掲げて笑ってみせた。
「さ、悟?」
「ん?」
でも、優一はなんだか不安そうな顔をした。
「はぁはぁ……み、みんな速いよ~」
そこに隆史が遅れて到着する。
「隆史もありがとな。おかげで俺も美弥子ちゃんも無事だよ」
「へ?」
隆史は膝に手をおいて息を整えていたが、首をかしげながら顔をあげてこっちを見た。
「悟。美弥子ちゃん、って、誰だ?」
「……は?」
隆史はまだそんなことを。
こいつは昔ったら長いものに巻かれろ精神な奴だったが、優一が美弥子ちゃんのことを無視してるからって、おまえまでそんな態度を……。
「……悟くん。落ち着いて。落ち着いて聞いて」
「彩香?」
優一と顔を見合わせた彩香が青白くなった顔で、僕にゆっくりと声をかけてきた。
「……貴方の掲げた右手の先。貴方はそこで、美弥子ちゃんと手を繋いでいるのね?」
「……は? なに当たり前のこと言ってるんだよ」
ふざけてるのか?
年下で、ちっちゃくて、こんなに柔らかい美弥子ちゃんの手。
それを、みんなまるで……。
「……悟。落ち着け。
落ち着いて、自分の足元を見るんだ。
絶対に動くなよ」
「……ん?」
優一の必死な顔を受けて、僕は自分の足元に目をやった。
そこは、崖の淵ギリギリの場所だった。
「うわっ!」
「動くなっ!!」
「っ!!」
思わず飛び退きそうになったけど、優一に言われてビクリと体の動きを止める。
危なかった。危うくバランスを崩して落ちるとこ、ろ……。
「……?」
ちょっと待って。
僕の右側は断崖絶壁。
あと数センチずれれば僕は崖下に真っ逆さま。
優一たちは、そんな僕を僕の左側から止めてくれた。
「……」
でも、僕が繋いだ手は、右手だ。
美弥子ちゃんがいるのは、地面なんてあるはずもない……
『……もう、遅いよ』
ゆっくりと美弥子ちゃんの方を見ると、美弥子ちゃんは裂けんばかりに口角をあげて笑っていた。
さっきまでのキラキラした笑顔なんかじゃなくて、どろどろした、悪意の全てを込めたような、恐ろしい笑顔で。
そして、美弥子ちゃんの足元には……地面がなかった。
「ひっ!」
途端、ズルッと足が滑った……
「悟っ!!」
……ように、優一たちには見えていたのかもしれない。
『嬉しい。これで、やっと一緒ね』
僕は、急に重くなった美弥子ちゃんに引きずられるようにして、崖から落ちていた。
『ずっと、ずっと待ってたのよ。寂しくて、寒くて、悲しくて。
だから、仲間が欲しくて。
優しくて、暖かくて。年の近い仲間が』
美弥子ちゃんが繋いだ手からズルズルと僕の体に這い上がってくる。蛇みたいに絡みつくように。
その間も僕は美弥子ちゃんと一緒に落下していた。
内臓全部がひっくり返るみたいな感覚。
命綱のないバンジージャンプ。
パラシュートのないスカイダイビング。
永遠にも思える数秒の中で、スローモーションのように僕は美弥子ちゃんと一緒に落ちていた。
真っ暗な闇が広がる崖の下に。
『これで、私は一人じゃないわ。嬉しい。
来て……こっちに、来て。一緒に、なりましょ』
「っ!!」
真っ黒な目で笑う美弥子ちゃんを見て、僕は全てを理解した。
ものすごいスピードで近付いていく地面。
でも、僕は止まっているかのような感覚で思い出していた。
それはきっと走馬灯。
死への刹那に覚醒した脳の超感覚。
まるで映画の切り抜きのようなフラッシュバック。
僕以外とは会話していなかった美弥子ちゃん。
優一のいとこで、こっそりついてきて、それで優一が怒って無視してる。そう僕にだけ話した美弥子ちゃん。
ぬかるみに足跡が残らなかった美弥子ちゃん。
隆史にもらったチョコを受け取らなかった美弥子ちゃん。僕以外のものには触れていない美弥子ちゃん。
そんな美弥子ちゃんの手を引いて、立ちくらみをしてしまった僕。
『そうよ。優一くんのいとこなんて話はぜーんぶウソ。私のことが視えてるのは悟くんだけだもの』
美弥子ちゃんの声が頭に流れてくる。
優一は美弥子ちゃんのことを無視してたんじゃなくて、初めから視えてなかったんだ。
だから彩香も隆史も、優一に同調するように美弥子ちゃんと会話していなかった……ように僕には見えたんだ。
『あの女に霊感があって、しかも私のことをあそこで話し出したのにはビックリしたわ。
ホント、怖いわよね。
もしかして私のことがそのうち視えるんじゃないかって、気が気じゃなかったわ』
ああ、怖いってのは、気を付けないとってのは、そういう……。
『まあでも、最後まで私のことが視えなくて良かったわね。もし私が視えてたら、私の邪魔をしようとしてたら、優一くんのお父さんみたいに始末しないといけなかったもの』
……いま、なんて?
『ああ、違うわよ。べつに優一くんのお父さんは私のことなんて視えてないわ。あの人は利用させてもらっただけ。
悟くんをここに来させるために』
……り、よう?
『ええ。悟くんたら、昔はよく優一くんのお父さんと優一くんと三人で山に登ってきてたのに、中学二年の秋ぐらいからぜんぜん来てくれなくなったんだもの』
……たしかに、僕は受験が近付いてきたからってだんだん優一たちの山登りに付き合わなくなって、それで高校に入学してからも何となく面倒になってそのまま山登りしなくなったんだ。
『せーっかく悟くんが私とおんなじぐらいの年齢になってきたから、そろそろ連れてこうと思ってたのに、待ちすぎて私が年下になっちゃったじゃない』
美弥子ちゃんが頬を膨らませてぷんぷんと怒っている……んだと思う。
もう美弥子ちゃんにさっきまでの面影はないから分からないけれど。
……もう、顔はぐちゃぐちゃでよく分からない。体も全身血だらけで、ところどころ腐り落ちている。
そんな美弥子ちゃんが、僕に絡みつくようにしがみついている。
全身をミミズが這うような嫌悪感。
けれども、僕はもう動けない。
ゆっくりと、でも確実に近付いてくる硬い硬い地面へと、確定的な死へのカウントダウンへと、ただただ堕ちていくだけ……。
『ああ、ちなみにあの女が話してた私のことだけど。私は一人じゃなかったわ。
数人の友達と一緒だったの』
……え?
『でも、途中ではぐれてしまって。それで、私は過ってこの崖から落ちて……でも、友達は私がいなくなったことを、怖くて大人には言えなくて。そのせいで私の発見はとても遅くなったのよ。私が一人で山登りしてってのは、きっとその友達が語った嘘ね』
そんな……。
『まあ、もういいのよ。その子たちにはもう復讐し終わってるから』
……え、復讐?
『長い間、誰にも見つけられずに腐っていく私の体。それを見ながら何もできない自分。
そんな私は呪いとなって、山の力を吸って強くなったわ。いわゆる悪霊ってやつね。
目的の人間をここに連れてきて落とせるぐらい強く、ね』
じゃ、じゃあ、みんなここから?
『ええ。みんな導かれるみたいに身を投げたわ。優一くんのお父さんもね。
でも、その人たちはここにはいないわ。一緒にいたくもなかったし、さっさと吸収して消えてもらったわ』
僕のせいで、優一の父親は……。
『でも優一くんが不幸になって、ちょっと嬉しかったでしょ?』
!!
『私が悟くんに惹かれたのはそこよ。
孤独で、悲観的で、でも優しくて。
あの女が好きなのに、あの女は優一くんが好きで。優一くんもあの女が好きで。
それを分かっているのに、ううん、分かっているから悟くんは身を引いて』
な、なにを……。
『いいのよ。私には誤魔化さなくて。全部分かってるもの。
ずっと前から好きなのに、あの女が優一くんを好きなのもずっと前から分かってて。
優一くんが不幸になって嬉しくて。でもそんな自分を認めたくなくて。
でも、結局そのせいで二人が結ばれて』
や、やめてくれ!
『それで、ちょうど現れた私に惹かれたフリをして』
ち、違う!
僕は本当に君のことを!
『うん。そうね。それでもいいの。
私のことをそういう理由でも想ってくれるのは嬉しい。
その孤独を、寂しさを、優しさを、私が全部受け止めて、一緒にいてあげる。一緒に、なってあげる』
……あ、ああ……。
『だから、おいで?
こっちに、おいでよ。
私と、ずっと一緒にいましょ?』
…………そうだね。美弥子ちゃん。
『ふふふ。ようこそ、悟くん』
ねーねー。悟くん。
次は誰にする?
そうだな。あの子とかはどう?
ずいぶん孤独で、生きるのがツラそうだよ。
んー、ちょっと暗いかなー。
あんまり暗いとこっちまで暗くなっちゃうんだもん。
ははっ。美弥子ちゃんはなかなか好みが厳しいよね。
でも、美弥子ちゃんはいつも元気で明るいから、それが損なわれるんならやめとこっか。
やった。悟くん優しいから大好き。
僕も美弥子ちゃんが大好きだよ。
それにしても、ここもずいぶん賑やかになったね。
そうね、これで何人目かしら。
隆史くんはここに来てもずっと何か食べてるのね。
隆史も、ずいぶん孤独を感じてたんだな。
まさかしばらくしてから自分から仲間になりに来るなんて。
まー、隆史くんは私のタイプじゃなかったけど、あれ以来もっとラブラブになったあの二人と一緒にいたらそう思うでしょ。可哀想だったから誘ってあげたわ。
それより、あの二人は良かったの?
いまは結婚して、ずいぶん幸せに生きてるみたいじゃない。
うん。いいんだ。
僕にはもう美弥子ちゃんがいるから。
あら、嬉しい。
でも、そうだな。
ちょっとだけ悔しいから、二人の子供が美弥子ちゃんぐらいになったら、ここに誘ってみるのもいいかもね。
なにそれ! 楽しそう!
でしょ?
それまで時間があるし、また他の孤独な人を招くとしようか。
そうね。
ね、悟くん。手、繋ご。
うん。
さあ、次の人を導こう。
七海いと様作