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前編

しいなここみ様主催『冬のホラー企画2』参加作品です。

バッドエンドです。あるいはメリバかもしれません。

「はぁはぁ……」


 真夜中の冬の森。

 いや、山を構成する傾斜の強い坂道に群生する木々といった方が正確だろうか。


 ともあれ僕は深夜の山の中を、木々をかき分けながら上へ上へと進んでいた。

 雪が降るような地域ではないけど、深夜の屋外は着込んでいてもだいぶ寒さを実感できた。吐く息が白く空へと上っていく。


「みんな頑張れ! もう一息だ!」


「ゆ、優一(ゆういち)。お、俺もう疲れたよ~」


「みんな疲れてるのは一緒よ。もうちょっと頑張ろ、隆史(たかし)


「……ふぅ」


「ほら、(さとる)も」


「うん……」


 とはいえ僕は一人ではない。

 頼もしくも騒がしい同級生たちが一緒なのだ。


 勇敢で逞しくて頼りになるけど、ちょっと頑固な所がある優一(ゆういち)

 気弱で弱音を吐きがちだけど結局いつもついてくる、少し太めの隆史。

 隆史の肩をぽんと叩くのはいつも優しくて笑顔を絶やさない彩香(あやか)

 三人とも、昔から一緒にいる気の置けない友人だ。


「大丈夫? 悟くん」


「ん? ああ……」


 そうそう。僕たちの同級生じゃないけど、もう一人。


「大丈夫だよ。ありがとう、美弥子(みやこ)ちゃん」


「そか! 良かった!」


 天真爛漫で元気な美弥子ちゃん。

 彼女は優一のいとこで、高二の僕たちの二つ下だから、いま中学三年生らしい。

 冬休みの期間中、優一の家に遊びにきていた彼女は夜中に家を抜け出した優一を見かけて、ここまでついてきてしまったのだ。

 優一以外とは完全に初対面とのことだ。もちろん僕とも初めて会った。優一にこんな可愛らしいいとこがいたことも知らなかったし。


 僕たちは途中まで彼女がついてきていることに全く気が付かず、山に入ってしばらくしてからようやく僕が気付いたものだから今さら追い返すわけにもいかず、結局一緒に連れていくことになったのだ。


「優一くんは歩くの速いから頑張ってついてかないとね!」


「そ、そうだね」


 美弥子ちゃんは笑った顔がとっても可愛らしい。左の頬にだけできるエクボがその愛らしさに拍車をかけている。

 僕は会ったばかりだけど彼女のことが少し気になっていた。


「ねー! 優一くん! ちょっと休もうよー! 美弥子もう疲れたー!」


「……」


「ねー!」


「……」


「むー!」


「……はぁ」


 美弥子ちゃんが声をかけても優一は振り向きもしない。

 どうやら優一は勝手についてきた彼女に怒っているらしい。僕が彼女に気付いて優一に声をかけた時も、あいつはこっちを一瞥しただけですぐにすたすたと歩き出してしまった。

 基本的にはいい奴だが、頑固な所が玉に瑕だ。

 とはいえ、中学生の女の子にこれは酷い。ここは僕が一言言ってやらないと……。


「おい! ゆうっ……」


「ねえ、優一」


「……なんだ、彩香」


「!」


 僕が優一に話しかけようとしたら、彩香がその間に入るように優一に声をかけた。


「みんな、ちょっと疲れてるわ。この辺りで少し休まない?」


 少し困ったように笑うのは彩香がお願い事をする時だ。

 彩香はきっと美弥子ちゃんや俺のために、優一に自分から提言してくれたんだ。


「……そうだな。分かった」


 優一は彩香の方を少しだけ見やると、彩香から視線を逸らすようにこくりと頷いた。


「……この先に少し開けた場所がある。そこで休もう」


 優一はそう言うとさっさと歩き出してしまった。


「あ、待ってよ優一」


 彩香はそんな優一の背中を慌てて追う。


「やったー。やっと休憩だー」


 隆史はどこにそんな元気があったのかと言わんばかりの勢いでドスドスと二人のあとを追った。


「……」


 僕はそんな皆の背中をぼうっと眺めた。

 優一と彩香の様子がおかしいことには気付いていた。なんだか、やけによそよそしい感じ。

 あの二人はちょっと前から付き合っている。いわゆる彼氏彼女の関係だ。

 でも、今はなんだか付き合う前よりも仲が良くない気がする。

 ケンカでもしたんだろうか。


「悟くん、どうしたの?」


「え? ああ」


 そのままぼうっと考えていると、美弥子ちゃんが顔を覗き込んできた。

 大きな丸い瞳がキラキラしている。メイクもしていないように見えるのに、なんでそんなにまつ毛が長いんだろう。

 ほのかに香るのはシャンプーの香り。お風呂に入ってから来たんだろうか。


「ねー。大丈夫ー?」


「わわっ!」


 美弥子ちゃんがさらにぐいっと顔を近付けてきた。

 ほのかに薄ピンクに色づいた唇はとても柔らかそうで……って、僕は何を!!


「だ、大丈夫大丈夫。ちょっとぼーっとしてただけ」


「ふーん。ならいーけどー」


「!」


 慌てて(かぶり)をふると、美弥子ちゃんは首をかしげながら僕を見上げてきた。

 その破壊力ときたら……。


「もうちょっとしたら休憩だから! ほら! いこっ!」


「え? わっ!」


 美弥子ちゃんはにっこりと笑うと、僕の手をつかんで引っ張った。

 女の子の手って、こんなに柔らかいんだ……。でも、ちょっと冷たい。美弥子ちゃんも疲れてないわけないもんね。


「……」


「!」


 僕は繋がれた手をぎゅっと握り返した。


「へへ……」


 美弥子ちゃんはちょっと照れくさそうにしてたけど、そのまま手を繋いで僕たちはみんなの所に走った。

 嫌がられなくて良かった。

 冷えてしまった彼女の手を、僕の体温で少しでも温めてあげたかったんだ。










「ところで、優一さ~」


「なんだ?」


 休憩地点に腰をおろした僕たち。

 火をおこし、焚き火を囲いながら休んでいると、隆史がどこかから取り出したクッキーをつまみながら優一に話しかけた。

 この休憩地点はたしかに木が少なくて夜空がよく見えた。空気が凛と冷えて澄んでいるから星がよく見えて綺麗だった。

 火をおこすのは危ないとも思うけど、よく父親と一緒に山に登っていた優一からしたら慣れたものらしい。専用の器具もあるし。


「どうして俺たちをこんな山登りに誘ったの? しかもこんな夜中にさ」


 隆史は少し不満そうでもあった。

 運動があまり得意ではない隆史には冬の山登りは苦行でしかないみたいだ。

 そんなに標高が高い山じゃないから冬でも普通に登れるけど、たしかにだいぶ着込んでるのに寒いし体力的にもわりとキツい。

 僕は自然を感じられるからそんなに苦じゃないけど、きっと隆史は周りの景色に気を回す余裕もないんだろう。

 正直、僕も最近は山登りなんてしてなかったから自分の体力のなさに驚いている。優一に付き合ってよく山登りをしていた中学まではそんなこと感じたことなかったのに。


「……この山の頂上から見る景色、最高なんだ」


「え?」


 隆史に尋ねられて、優一は独り語りするみたいに口を開いた。


「特に冬は星も綺麗で、街の明かりも相まって世界がキラキラ輝いてるみたいに見えるんだ」


 優一はそう語りながらも、どこか寂しそうにしていた。


「……本当は去年の今日この日に、父さんと一緒に見に行く約束をしてたんだ」


「……あ」


「……優一」


「……そっか、そうだったね」


 優一の父親はこの山で事故に遭って亡くなっていた。去年の話だ。

 たしか転落死だったかな。

 優一は山登りに慣れた父親が転落なんてするはずないって当時はよく主張してたけど、警察の捜査の結果からも明らかに過って転落したものだと言われて、だいぶ落ち込んでいたのを覚えている。

 彩香はそんな優一に優しく寄り添っていて、いつの間にか二人は付き合うようになった。そのおかげか優一も今ではだいぶ調子を取り戻している。


「だから一年越しに父さんとの約束を果たそうと思って、でも一人じゃちょっと心細くて、それでみんなについてきてもらったんだ。

 頼るようなことをして悪い」


「あ、いや、そんなこと……」


「……そうだったんだ」


「優一……」


 隆史は少し申し訳なさそうにしていた。

 結局はこいつも友達想いのいい奴なんだよな。


「……悟くん。私はね、それで様子を見といてほしいって優一くんのお母さんに言われて、優一くんの家に遊びにきてたのよ」


「そうだったんだ」


 美弥子ちゃんがこっそり耳打ちで教えてくれる。

 優一の母親は女手一つで優一を育てることになったから、学生の長期休みの時期も遅くまで働いてるみたいだ。夜勤の日は今日みたいに朝まで帰ってこないことも多いらしい。

 だから、そんな優一が心配になった母親が美弥子ちゃんにお願いしたんだろう。恋人の彩香がいることを、優一は母親に言ってないみたいだから。

 父親を突然失って意気消沈している息子が長期休みで家に一人でいるのが不安だったんだろう。


「まるで探偵みたいよね、私。ふふふ」


「っ」


 ……美弥子ちゃんの吐息が耳にかかってドキドキしたのは内緒だ。


「……ねえ、優一」


「……彩香」


 優一が話し終えると、彩香がぽつりと呟くように切り出した。


「……ごめんね。優一の想いも考えず、感情的になっちゃって」


「……いや、俺の方こそごめん。彩香は俺の彼女なんだから、まず一番に彩香に相談するべきだった」


「ん? ん? なんの話?」


 今度はポッキーをくわえている隆史は分かってないみたいだけど、なんとなく話が読めた気がする。

 優一が今回の件を最初に相談したのは僕だ。

 冬休みに、みんなで夜に山登りをしないかって。

 日時は優一がここだと決めてたから、装備とかルートとかを二人で決めて、それから彩香と隆史を誘ったんだ。

 彩香は自分があとから誘われたことが不服だったみたいだ。それで二人はケンカしたのだろうか。

 いつもは優しくて穏やかな彩香だけど、意外と独占欲は強いのかな。

 それなら……


「僕は優一と優一のお父さんとよく山登りしてたからね。だから優一は僕に最初に相談したんだと思うよ。

 あ、そういえば優一はしきりに、女の子が冬場の山で体を冷やさないようにするにはってことを調べてたなぁ」


「ちょ! 悟っ!」


 一応、僕の責任もちょっとはあるみたいだからフォローしておく。


「……そうなんだ」


 彩香が優一に体を寄せる。


「……ありがと」


「お、おう」


 肩を寄せた彩香に、優一は照れたように頭をかいた。どうやら無事に仲直りしたみたいで良かった。


「な、なんかよく分かんないけど良かった、のかな?

 てか、あんまり見せつけんなよお二人さん」


 隆史。お前はそれでいいよ。そのまま羊羹を楽しんでてくれ。


「悟くん、やるじゃん」


「ちょ、ちょっと」


 美弥子ちゃんが肘でツンツン小突いてきた。

 触れた部分がやたらと熱くなってる気がしたのは気のせいってことにしよう。




「よし、そろそろ行こうか」


 どうやら体力も気力も回復した様子の優一は彩香の手をとりながら立ち上がった。

 彩香もその横顔を眺めながら、差し出された手をとって立ち上がる。

 そんな二人を見てるとこっちまで元気になった気がする。


「ふぃー。頑張ろー」


 隆史が重たい体をよっこいしょと立たせる。

 どうやらお菓子を補給して隆史もやる気が出たみたいだ。

 僕も頑張ろう。


「美弥子ちゃん、立てる?」


 立ち上がる時にさりげなく美弥子ちゃんに手を差し出す。

 内心はすごくドキドキしてる。


「あ、うん。ありがとー」


 美弥子ちゃんはにっこりと笑うと僕の手をとって立ち上がった。

 やっぱり柔らかい、けど、やっぱりちょっと冷たいな。女の子は冷えやすいみたいだ。気をつけて見ててあげないと。

 優一の気持ちがちょっと分かった気がする。


「おっ、とと……?」


「悟っ!?」


 美弥子ちゃんを引き上げたら突然、頭がクラっとして立ちくらみをしてしまった。

 視界がぼんやりしてくらくらする。


 彩香が慌てて美弥子ちゃんと繋いでない方の僕の手に自分の手を伸ばそうとしてくれたけど、軽く手が触れた所でなんだか優一に申し訳ない気がして、スッと手を引っ込めた。

 彩香の手もだいぶ冷たかった。

 少し心配だけど、そっちは優一に任せるとしよう。


「大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけ」


「本当に大丈夫か? 少し顔が青いぞ」


「チョ、チョコレート食べる?」


「平気平気。あ、でもチョコはもらおうかな」


 優一と隆史も心配して寄ってくる。

 立ちくらみはすぐに回復したから、笑って適当に誤魔化した。なんだか恥ずかしくて。

 やっぱり運動不足かな。前はこんなこと起こらなかったのに。

 二人にお礼を言って、隆史からはチョコも受け取っておいた。隆史のポケットからはいつでもお菓子が出てくる。


「……ホントに大丈夫、悟?」


 彩香が心配そうに僕の顔を覗き込む。


「うん。ちょっと運動不足みたいだ。ちょいちょい体動かさないとな」


「……そう」


 僕は彩香に笑顔を向けて体を左右にひねってみせた。

 彩香はよく気が回るし、本当に優しい。僕もその優しさに何度も助けてもらった。


「よし、悟。明日から俺と一緒に走り込みするか!」


「……やだよ、優一ガチ勢なんだもん」


 優一はわざとらしく力こぶを作ってみせたが、僕はそれを丁重にお断りしておいた。

 優一のトレーニングに付き合ってたらこっちの体がもたない。

 でも、優一なりに励ましてくれてるのは分かる。


「よし。じゃあ、ぼちぼち行くか」


「うん、僕も自分のペースで行くわ」


 そう言って再スタート。

 さっきより歩く速度がゆっくりになってる。

 みんなが僕を気遣ってくれてるのが伝わる。


「……ふふ」


「どうしたの? 美弥子ちゃん」


 僕の少し先を歩く美弥子ちゃんが口に手を当てて笑っていた。

 いつの間にか手を離していたことに、少し残念な気持ちになる。


「みんな、仲良いよね。なんか羨ましい」


「あー、昔からの腐れ縁だからねー」


 たまにそれが嫌になることもあるけど、なんだかんだみんなといるのが一番落ち着く。


「いいな~。私、そういうのなかったからな~」


 美弥子ちゃんが心なしか寂しそうにしているような気がした。

 何となく心が震える。

 美弥子ちゃんにはそんな顔はさせたくなかった。


「……美弥子ちゃんも、これからはもちろん仲間だよ」


 僕とは、ホントは仲間なんかじゃなくて……なんてちょっとは思ったけど、そこまで空気が読めないわけじゃないし、それはさすがに気持ち悪いだろうから僕の胸の中だけに留めた。


「ホントに!?」


「!」


 美弥子ちゃんは途端に顔をパアッと輝かせて、眼をキラキラさせて喜んだ。


「うん、もちろん!」


「やった~!!」


 その眩しさに当てられながら精一杯の笑顔で頷くと、美弥子ちゃんはピョンピョン飛び跳ねて喜んでくれた。


「悟くん大好き!」


「っ!!」


 その笑顔と言葉は殺傷能力高すぎだよ、美弥子ちゃん。


「あ。み、美弥子ちゃん、これ」


「んー?」


 僕はさっき隆史からもらったチョコを美弥子ちゃんに差し出した。


「チョコは栄養あるから。食べると暖まるし」


 他人からもらったものをあげるのはどうかと思うけど、他にしてあげられることがなくて僕はとりあえずチョコを渡すことにした。


「……んー」


 でも、美弥子ちゃんはそれを見たまま首を傾けた。もしかしてチョコ嫌いだったかな。


「今はお腹すいてないからまだいっかな! 悟くんが持ってて!」


「あ、うん。分かった」


 断られたことは少しショックだったけど、また弾けるような美弥子ちゃんの笑顔が見られたから良しとしよう。


「ほら! 悟くんも行こー!」


 そして美弥子ちゃんは口に手を当てて、もう片方の手で僕においでおいでってしながら、みんなのもとに駆けていった。


「その辺、ぬかるんでるから気をつけてね!」


「へーきへーき!!」


 美弥子ちゃんはぬかるみなんて気にせずにスイスイと先に進んでいった。


「……元気だなぁ」


 僕はその小さな背中に愛おしさを感じながら足を進めた。

 最近、雨が降ったようで、この辺りの地面はだいぶぬかるんでいた。

 僕は足をとられないように、ぬかるみに残った三人の足跡を追いながら慎重に歩いていった。

 美弥子ちゃんの元気な姿を見たら、なんだか僕も元気が出たような気がした。


「よっし!」


 僕はみんなに追いつくためにペースをあげて歩きだしたのだった。



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