2022.三月某日。
父が死んだ。虚血性心疾患、要するに狭心症とかの類らしい。前日まで元気に某万歩計系アプリで40レベルまで上がったとか言っていたので誰も予期せぬ死である。私は初めて聞いた時、不謹慎ながら祖父ではなく父が?と思ったし、通夜や葬式のために連絡を受けた親類には別の人のことだと誤解された。町内に少なくとも音なら父と同名になる人間が三人くらいいるらしい。そちらに八十代のご老人がいるようだ。父は六十代前半である。死ぬことがありえない年ではないが、まだまだいつ死んでもおかしくないというほどではなかった。時節柄、家族葬ということになったが、そうでなければそれなりの人数が参列していただろう。職場の人とか。
ともかく、突然の死だった。それも出先で倒れたらしい。一人で出かけていたようなので細かいことはよくわからない。死んだという事以外に確かなことがない。
棺の中の父を見て一番に思ったのは、父と祖父はよく似た顔をしていたのだなということである。父は私よりだいぶ背が高かったこともあってその角度から見たことがなかったのだ。まだ祖母の葬儀のことも記憶に浅い。そして突然のことすぎて実感もあまりなかった。今もちょっと受け止めきれているのか自分でよくわからない。
とはいえ、父は所謂家長ポジションにあったので、否応なく私たちの生活は変化を強いられている。相続がどうとか保険がどうとか権利がどうとか。ついでに実家の名義がどうなってるかとか調べてもらったら母屋の名義が曽祖父(私が生まれた年に死んでいる)だったりした。田舎ってそういうとこある。弟は家で所有している田を他者に貸して米を毎年一俵とかもらっていることに驚いていた。買ってないのにどうやって手に入れてると思ってたんだ。まあ小作農というやつ。
まあ私はこれまで通りで大丈夫なところはこれまで通りにしておいてほしいのだが、妹弟たちはそうでもないらしい。現在実家が大掃除という名の不用品大廃棄大会の真っ最中である。父は物を捨てない上に収集癖のある人間で、母は物を捨てられない人間であったので、実家はものに溢れていたのである。床が見えない部屋も多い。父はゴミすら捨てずにその辺に置きっぱなしにしがちであった。
他の妹弟たちも多少なりとも物を溢れさせがちな性質は受け継いでいるが、捨てるべきと思えば容赦なく捨てていく感じではある。私は正直、物を捨てるのは苦手だが。特にかつて好きで集めていたものを捨てるというのは過去の自分を否定しているようですごく嫌だ。まあ壊れたものとかゴミは仕方ないので捨てた方がいいとは思うが。正直掃除はあまり好きではない。
私は物事を覚えておくということが苦手で思い出すことにきっかけが必要になることが多いので、色々本気で忘れて思い出すこともなくなりそうな気もしている。まあ忘れた方がいいことというのもあるだろうけども。
あまり長生きはしたくないと思う。今はまだ死ねないとも思う。とりあえず書きかけの話をちゃんと形にして表に出しておきたい。死にたいとは思わないが、生きたいともあまり思っていない。苦しい死に方はしたくない。苦しい生き方もしたくない。狭心症はすごく痛いのだと聞く。父は苦しんで死んだのだろうか。棺の中の顔は安らかだった。
そういえば、流石に父の通夜と葬式ということで、大阪の方に嫁いでいた妹が里帰りしてきて、始めて甥っ子と顔を合わせた。ちなみに祖母が死んだ後に生まれた子である。父の遺影は彼のお宮参りの時の写真を加工して作られた。顔の造形の似ているかどうかは私にはいまいちわからないが、わりと手のかからない子らしい。
葬式の場で会う赤ん坊、諸行無常の趣きがある。
甥っ子にとっては祖父が曽祖父なんだなあ、と思うと不思議な気持ちもする。甥っ子が物心つくまで祖父は生きているだろうか。まあ、生きているかどうかと面識があるかはまた別なので、世情が悪化してたら生きてても合えないなんてこともありうるが。今の状況だとあながち冗談にもならない。
私は配偶者も子孫もほしいと思っていないので自分が末代になる予定だが、だからこそ妹はすごいなと思わないこともない。旦那とも仲良しというかラブラブなようで何より。でも電話切る時にさよならって言ったら慌てられるのは正直どうなのかなって思わなくもない。旦那くん何故そこで不安になった。
父が死んだと聞いた日の夜見た夢で、父は生きていて母のスマホに某アプリを入れていて、私に母のフレンドに加わってくれと言った。私は夢の中で父が死んだと聞いたことを覚えていて問いかけて返事を濁された。まあ、夢だったのだが。
葬式の後、諸事情でスマホを最新機種に機種変してデータを引継ぎした際、フレンドが父しかいなかった例のアプリに母が加わっていた。母によると妹がアプリ導入したらしい。いやまあ、だから何ってことでもないのだが。