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ネヴェルネス王城の若者たち

「ん? マリユス、もう一度言ってみろ」


 執務机で山積みになった書類に目を通しながら、王太子アルフレッドは一つ年下の弟に問い返した。


 この二ヶ月というもの、ランダル国の侵攻により北の国境まで出陣したロドルフの公務も代行しているため、毎日が目の回るような忙しさだ。


 そのせいもあって今日はまだ午前だというのに、幻聴がするほど疲れているのかもしれない。はぁ、と一つの溜め息と共に書類にカリカリと文字を書き込んで、次の頁を捲る。


「ですから! 今夜の祝勝会までに兄上の耳に入れておこうと。あの父上が、カスタリア王族の姫を側室に迎え入れたらしいのです」

  

 現実に戻ってきてください、とマリユスが前のめりになって執務机に両手をついた。襟足辺りで切り揃えた栗毛の髪が揺れる。


 ようやく顔を上げたアルフレッドは目頭を揉むと、数度瞬いて眼前のマリユスに焦点を合わせた。


「悪いが、もう一度……」

「アルフレッド、残念ながら空耳ではない」

  

 食い気味で二人の間に割って入ったのは、アルフレッドの補佐官で王弟公爵家の嫡男でもあるテオドールだ。四人いる従兄妹の中で一番の年長者として、必然と従兄妹間での取り纏めや調整役を担うことが多い。

 

「マリユス。その情報は陛下から直接お聞きしたのか」

「いえ。父上とは帰路の宿営地点で何度かお会いしましたが、特には何もおっしゃいませんでした」


 ならば何処で国王が側室を迎えるという情報を得たのだろうか。テオドールが先を促し、マリユスは経緯を順序立てて説明する。


 親征軍の後方支援として父の後を追い出陣した第二王子マリユスが、ロドルフらと揃って王都に凱旋を果たしたのは今朝のことだ。国境北西部の城塞を出発した折には異変を感じることもなく、各主要都市に立ち寄りながらの帰路は予定通り順調だったと言える。


 ただ王都が近づく頃には、ロドルフがカスタリア王族の姫を伴っており、向後は側室として遇するらしいという噂が親征軍の中でまことしやかに流れ始めた。


 側近からの耳打ちで噂を知ったマリユスが軍の動きをつぶさに観察したところ、姿形は巧妙に隠されてはいるものの、やはり高貴な女人を行軍に連れている気配がある。


 信じられない、と動揺しながらも一度意識してしまえば日に日にその気配は明らかで、噂は意図的と思えるほど急速に拡散していった。


「それで先程、母上に帰城の挨拶がてらこっそりと、父上の後宮区画のほうへ足を伸ばしてみたのですが……」

「何をやっているのだ」

「ですが、気になるではないですか!」

 

 呆れるアルフレッドに向かって、あの父上がですよ、とマリユスは訴える。それを肯定するようにテオドールが腕を組んで何度か頷いた。


「確かに、あの陛下が新たに側室をお迎えになられるなど、雷に打たれる以外の何物でもないな」


 かつてその後宮に側室が全く存在しなかったわけではないが、ロドルフには後宮を嫌厭する有名な逸話がある。


 発端はロドルフが国王に即位する以前の、王太子時代へと遡る。


 当時は王家の権威が弱体傾向にあり、それを顕現するかのように大臣職を排出してきた家柄の高位貴族が二派の門閥に分かれて対立を深めていた。政争はやがて悪化の一途を辿る。政務は滞り、役所は正常に機能を果たさず、しばらく混迷が続いた。


 これを打開するには派閥争いの緩和と同時に、強固な王権を復活させることが喫緊の課題である。そこで国王から息子のロドルフに下った命令が、両派閥に縁のある令嬢を一人ずつ側室として後宮に迎えるように、というものだった。


 ロドルフは異を唱える。対立する派閥のそれぞれに恩を売り、よしんば高位貴族たちの力を王家に取り込みたい算段なのだろう。


 だが仮に側室たちに子が出来たならば、今度は王位継承を巡る争いに発展しかねない。正直なところ愚策と思わずにはいられなかった。


 それでも国王を含む首脳陣の決定だと押し通すのであれば、いっそのこと当代の国王である父の後宮に据えれば良い。


 不敬を承知でそう訴えたが、それは子が生まれた時に対策を立てれば済むことで、むしろ其方に後継が出来るのであれば喜ばしいことではないかと反論されては、父親の見通しの甘さに絶句するより他はなかった。


 この時、王太子ロドルフには周辺国の王家より迎えた正妃がいた。


 婚姻から六年の間、ロドルフはたった一人で異国の地に嫁いできた正妃を大切にして周囲が羨むほどの夫婦仲を築いてきたが、未だ子供を儲けるには至っていない。


 子を作ることは王家に生まれた者の義務だと父に言われればロドルフの立場は弱く、結果として命令に対する拒絶は認められなかった。それぞれの派閥から二人の令嬢が側室として後宮に加わり、彼女たちの元へ通うことを強要されたのだ。


 こうなると意地の張り合いで、ロドルフも徹底して側室らを避ける。頑として一度も後宮に足を踏み入れることなく、以前にも増して正妃を立て寵愛するのだった。


 二年後、ついに大願叶って正妃が男児を出産すると、続いて翌年にも男児に恵まれた。それがアルフレッドとマリユスである。


 二人の後継を正妃との間に儲けたロドルフの立場は盤石となり、やがて父王の崩御に伴い国王に即位すると、これまでの地道な根回しが功を奏して政争の鎮静化に成功する。


 直後、ロドルフが下した初の王命が後宮に住まう二人の側室の解雇であったことは、恐らくネヴェルネス王国史上で今後も語り継がれていく衝撃的な出来事だろう。


 以来十数年を経た現在まで、国王の後宮区画はその名称を残しただけの無用の産物と化していた。


「父上は常々、妃は母上だけで良いと申され、私たちには家族の絆の大切さを説いてこられたではありませんか。その父上の後宮に……今朝は確かに人の動きがあったのです」


 興奮状態から一転、会話の途中から徐々に冷静さを取り戻したマリユスの言葉尻が萎んでいく。


 ふむ、と一つ相槌を打ったアルフレッドは執務机に両肘をつき、絡み合わせた両手を口元に宛てがった。


「……お前がそう判断したのなら、側室の件は事実と捉えて間違いなさそうだな」

「お相手はカスタリア王族の方と言ったな。陛下に見合う年頃となると、この度の戦いで夫を無くされた寡婦という線もあり得る、か。マリユス、他にはどの程度の情報を得ているんだい?」

「テオドール。マリユスはカスタリア王族の()だと言わなかったか?」

「ああ、そうか。ならば多少は若いか……年齢はいかほどだろうか」


 まさか息子である自分たちより若いということは無いだろう。兄と従兄から問われた途端、気まずそうにマリユスの目が泳いだ。


「それが……驚かないでくださいね」

「ん? やはり熟したお年かい?」

「ええっと……噂ではその、十四歳、らしいのです」

「十四!?」


 揶揄い半分で返したテオドールが驚倒の声を上げる。何しろ彼の妹にあたる王弟ラウルの一人娘が十四歳なのだ。


 つまり日頃から可愛がる姪と同い年の少女を、側室に召し上げようと言うのか。


 ドォォォォン、と王城の遥か遠くで放たれた祝砲が無言の室内に鳴り響いた。


「陛下は確か御歳……」

「四十六になられる」


 背中がひんやりと冷たくなる感覚に見舞われながら答えたアルフレッドは、あの廉潔な父上が何故とどうしても考えてしまう。


 悶々と考えている間にも、弟と従兄が交わす忌憚のない会話を何となく耳で拾い続けた。


「はぁ。両親のことは互いに尊重し合う理想的なご夫婦だと思っていたのにな。そういえば、父上は母上から了承を得ているのだろうか」

「そもそも伯父上は国王だからな。側室を迎えるのに相談や報告はするにしろ、最終的な判断は伯父上で、王妃陛下の許可は追従のようなものではないか?」

「そういうもの、か。自分で報告しておきながら何だけど、どうしても信じられなくてさ。父上は本気なのかな」

「まあ、あれだよ。その姫君が余程に美しい方で、伯父上もやはり男だったという……」


 それでは何か。一軍を率いて北の国境まで出征した父は長年の宿敵であるランダル国を滅亡に追いやった後、言葉は悪いが戦果に高揚し、凶事に見舞われたカスタリア王国の姫をこれまでの信条に反して側室に望んだ、ということなのだろうか。


 二人の会話からそう仮定したところで、アルフレッドには全く実感が湧かない。謎だ。


「……テオドール」

「部屋の空気が重いからね。冗談だよ、アルフレッド」


 思ったよりも低い声が出たようで、呼ばれたテオドールが釈明するように取り繕う。


 マリユスはようやく父の一大事を相談することが出来て安堵したのか、従来の落ち着いた様子で再びアルフレッドと向かい合った。


「テオの冗談はさて置いて、兄上。凱旋軍が帰城した今、ご側室の噂は貴族の間ですでに広まりをみせていると考えて良さそうです。それを踏まえて、もしかしたら今夜の祝勝会で父上はご側室を披露されるのかもしれません」

「こちらも心積もりが必要だな。もしも父上の寵愛が厚いとなれば、側室に擦り寄る貴族も多いだろう。テオドールはどう考えている」

「祝勝会の間、誰がどのような思惑を見せるのか。特に上位貴族たちの動向には目を光らせておくべきだね。陛下の治世下でようやく貴族間の力が均衡を保つようになったのだ。この平和をどのように維持していくかは、次代の私たちが背負う役目でもある」


 三者三様、それぞれが頷き合ったところで執務を終わらせ、国民たちへの挨拶と祝勝会に向けた準備のために自室へと戻る。


 諸々の予定を無事にこなし、いよいよ王都中の貴族が登城しての祝勝会が幕を開けた。


 楽士たちが奏でる優美な音楽を背景に、大広間のそこかしこで談笑が交わされる。正装して王太子然と振る舞うアルフレッド、従軍したことで来賓客から祝辞を受ける第二王子のマリユス、王弟公爵家の嫡男として社交に励むテオドールと、三人は笑顔の裏で密かに気配を探り神経を張り巡らせた。


 だが彼らの胸中に反して、カスタリア王国より伴ったという側室本人の姿は勿論のこと、情報の一切合切が国王ロドルフの口から披露されることはなかったのである。

真相を知らない王子たちは、ロドルフの決断に混乱中です。


つぎは、国王の仮側室、です。




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