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カスタリア王国の秘事

「王妃に快く思われていなかった……?」


 そっくりそのまま言葉を返したロドルフに、重い口を開いたディオーネからカスタリア王家の内情が詳らかにされる。有り体に言えばこうだ。


 元来、カスタリア王族の妃には原初の女神の血筋を守るため王家の血を引く娘が求められた。ディオーネの母もその出自は、降嫁した王女を祖母に持つ南の辺境伯の令嬢である。


 だが現王妃は豪商として名を馳せるものの所詮は商家の出で、現国王がまだ傍系王族であった青年時代に見初めたものらしかった。すでに王統の主流から遠く離れた身の上であり、渋々と認められた婚姻だったことは想像に難くない。

 

 それから十数年後、何の因果か巡り巡って現国王に王位が回ってくる。


 建国以来、族内婚を続けてきたカスタリア王族は蒲柳(ほりゅう)(しつ)で特に男性の寿命が短く、ディオーネの父王が身罷る以前にも数人の有力な王位継承者が世を去っていた。


 現国王とて元来気弱で妻の言いなりだった節があるのだが、ともかくその国王が即位できたのには末に男子がいるという点も大きい。あわよくば直系のディオーネを次の女王に就け、国王の末の王子を王配に据えようという思惑が重臣らの中にはあった。


 豪商の娘から成り上がり、ようやく権勢を手中に収めた王妃はそれが気にくわない。


 夫は中継ぎの王で、溺愛する末の息子は添え物か。さらに王位が交代したにも拘わらず第一王女と言えば依然としてディオーネのことを指し、自分が腹を痛めて生んだ娘達は姉王女、妹王女と呼ばれる世情に憤った。


 怒りの矛先はディオーネの待遇へと向けられる。


 父王の喪が明ける頃にはすべての教育を取り上げられ、有能な側付きは徐々に周囲から遠ざけられた。元よりカスタリアの王女は王城内の奥深くで生活することが慣習だが、その上であらゆる自由を制限されては利発なディオーネとて心がすさんだ。


 王城で無為に過ごした二年の日々。十三歳になったディオーネは意を決して国王夫妻の前に跪く。


 カスタリア王国の最南に位置する第一神殿は、王族の血を引く姫が連綿と守護してきた国内最高位の聖域である。王家の弥栄(いやさか)を神の泉に祈る、その神官長の立場にどうか自分を任命して下さい、と申し出たのだ。


 王妃は内心でほくそ笑んだに違いない。


 傍系王族の姫ならばいざ知らず、数少ない直系王女が神殿へ遣わされることは近年稀であり、在任中は乙女の身を守らなければならない立場だ。交代なくば生涯独身という史実も多い。


 これで末の息子に王位を継がせることができる。尚且つ、本来は傍系王族の姫として神官に選出されるかもしれなかった娘達が手元に残り、高貴な血筋のディオーネが都落ちすることに胸がすく思いだったのだろう。


 王妃の意向はすぐさま国王の勅命として発せられ、ディオーネはいとも簡単に第一神殿へと出された。

 

「王妃の独裁ではないか。反対する者はいなかったのだろうか」

「王妃様は人心掌握に長けた方でしたから、わたくしに味方をした者たちは次第に劣勢へと追い詰められていきました。……わたくしはもう、人に疎まれることにも、自分のせいで宮中が荒れることにも耐えられなかったのです」


 粛然と告げた深紫色の瞳が涙に滲む。


 戦禍を逃れた幸運な姫とばかりに思い込んでいた少女の涙に、ロドルフは自責の念に駆られた。


「辛い過去を話させてしまったな。すまなかった」

「……いいえ。自分の意思で参りましたので、第一神殿での暮らしに悔いはございません。それに彼の地は、元は母方の祖父の領地なのです。領民もわたくしをよく慕ってくれました」

  

 僅か一年と短い期間ではあったが、平穏な日々は孤独だった心を満たし、直系王女としての矜持を取り戻してくれたのだとディオーネは言う。目元を押さえて微笑む姿はあまりにも健気で、そうか、と頷くロドルフは目を細めた。


「姫。あと二、三ほど質問をしたいのだが、良いかな」

「はい、お伺いいたします」

「……姫は『血に酔う』という表現をご存じか。特に異性と交流した際に、何事か騒ぎが生じたことはなかっただろうか」

「血に酔う……ですか。初めて耳にする言葉です。何かしらの騒ぎ、という覚えもございません」


 それもそのはずだ。先程のディオーネの話では神殿領内の民との交流が示唆されている。少なくともその半数は男性であろうし、見境なく媚香を飛ばしてはディオーネの身が危ない。


 ロドルフが理路を辿る合間に、傍らのラウルも腕を組んで呻った。


「姫はこれまで、カスタリア王国外の人間と会ったことはおありかな」

「いえ、この度が初めてにございます」

「ふむ。……香りが発現するのに、何らかの条件があるのかもしれんな」

 

 独りごちたロドルフにディオーネが首を傾げる。


「香りと言えば……周囲は皆、わたくしから花のような甘い香りが匂い立つ、とよく申しておりました。自分では感じないのですが、カスタリア王女の特質なのだと」

「ん? カスタリア王女の特質、とな」

「詳しく話してもらえるか、姫さん」


 ディオーネとしては何気ない発言のつもりだったが、即座に食いついたロドルフとラウルの反応に少々身構える。


「……花の香りは結婚適齢期を迎えるまで増え続け、年老いると共に徐々に減退するものだそうです。わたくしを含め歴代の王女自身に、何らかの感覚があるわけではございません。ですが香りを感じた者は、心が穏やかに凪ぐと申します」


 カスタリア王国ではよく知られた現象であっても他国からは脅威と見做されることもあるのだと、ディオーネはより慎重に、冷静に言葉を選んだ。


 何処までを開示するのか。最大の真実を打ち明けるとして、それは今なのか。


 軽く目を閉じれば、ナイアの言葉が脳裏をよぎる。


『使いどころをお間違いなさいませんよう』

 

 この先、ネヴェルネス王国で身を守るための最大の護符をディオーネは隠し持っている。告げるのか止めるべきか、いくらかの迷いがせめぎ合い、ロドルフを信頼に足る人物だと判断した直感がディオーネを後押しする。


 そっと心の内でナイアの言葉に応えた。


 ……大丈夫、私は間違えないよ。


「カスタリア王女の最大の特質は、別にあります」

 

 美しい白銀の睫毛を上げた双眸が、玉座のロドルフを見上げる。


「これ以上のものが、別にあると申されるか」

「はい。証明の為、こちらにミラベル様をお呼び頂けますでしょうか。それと……口の広い花器に水を張り、枯れた花か萎れた花があればそこに挿して持ってきて頂きたいのです」

「近衛師団分団長のミラベルをか。それに花や器とは一体……いや、良い」


 この重要な場で無駄なことを試す姫でもあるまい、とロドルフは弟に指示を出す。


 同じく疑問を隠せないラウルであったが、応接の間から顔を出して警護に立つミラベルを室内に入れると、次いで侍従にディオーネの注文を通した。


 程なくしてそれらが揃う。楕円の深鉢に花弁の端が茶色く色あせた椿が数本、無造作に入れられて置き台と共に運び込まれた。


 それを国王ロドルフ、近衛師団元帥の王弟ラウル、近衛師団分団長のミラベルの三人とディオーネが取り囲む。


「始めます」


 誰もが黙して見守るなか、ディオーネは右手を花器に入れた。細い指先が水に浸かり、円弧状に揺らいだ水面が薄らと輝いた、ようにも見える。


「これは……!」


 瞬きをするかしないかの、寸時の出来事だった。盛りを過ぎたはずの椿が花弁を持ち上げ、赤く発色を蘇らせているではないか。


 生命理論に反する現象を目の当たりにして、大人たちは二の句が継げない。周囲の困惑をそのままにディオーネは本題へと進めた。


「次はこの応用です。ミラベル様、お怪我をされている左の腕を、包帯を取ってわたくしに差し出してくださいませんか」

「……私の腕をですか?」

  

 ちらり、とミラベルは視線で上位者の意向を窺う。一度ロドルフと顔を合わせたラウルが目で頷き返したのを見て、包帯を解いた左腕をディオーネの前に差し出した。


 晒された切創はすでに肉芽が盛り、治りかけであることは一目瞭然である。そこへ躊躇いもなく、ディオーネが手のひらを翳す。


 応接の間に居合わせる人の、全ての動きが止まった。


 呼吸さえも忘れてしまいそうな衝撃と畏怖が全身を襲う。


 ディオーネが手を除けたそこには、治りかけの傷どころか僅かな傷痕さえも残ってはいなかった。

家族の縁に恵まれないながら、人を信じる心を持ち続けるディオーネ。密かにロドルフたちの親心をちくちくと刺激しています。


次は、奇跡の波紋、です。

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