表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/46

帰郷 前編

 ネヴェルネス北西部の国境に差しかかった馬車が徐々にその速度を緩める。


 対するカスタリア国境側で出迎えるのは、先日ヘルメスのネヴェルネス訪問に従った二人の側近のうち陽気な雰囲気を醸し出す男だ。 


 もう一人の年嵩で怜悧そうな側近が内政を補佐しているのに対し、イェスタと名乗ったこの男はヘルメスの腹心としてどうやら外交方面を一手に引き受けているらしかった。


 手短な自己紹介が終わったところで、ディオーネとアルフレッドはイェスタの勧めで馬車を乗り換える。唯一の付き添いであるナイアも後続車へと移り、従者や御者は完全にカスタリア王国の人間と交代した。


 先導され更に山道を揺られることしばし、ようやくカスタリア南部にある第一神殿領が目前に迫ったのだろう。見覚えのある車窓からの景色に、わぁ、とディオーネが顔を綻ばせた。


 向かい合わせに座るアルフレッドは密かに安堵の息を吐く。何故ならばひと月前の王太子宮にて、カスタリアへ帰国するかどうかの問いかけにディオーネが出した答えは「否」だったからである。


 出来るだけ問い詰めないようにやんわりと聞き返しても、ディオーネは笑って濁したまま理由を言わない。ヘルメス達を見送ったあの寂しげな様子から、一時的な帰郷であれば喜びそうなものをと楽観視していたアルフレッドは出鼻を挫かれて困惑した。


 さて、どうしたものか。以前ならば、ネヴェルネスに残ると決めたディオーネなりの信念があるのだろうと、敢えて追求したりはしなかったのかもしれない。黙って見守ることも愛情の一つだと思っていたからだ。


 だがヘルメスからの指摘を受けて、そうではないことをアルフレッドは知る。


 特にディオーネは自己犠牲の精神が強い。自分から弱音を吐く性分でもないから、無理強いまではしないにしろ適宜、程よく心の膿を出してあげることが必要なのだと考えを改めた。


 きちんと説明してごらん。横並びに座ったソファーで散々に甘い言葉を囁いてディオーネを誘導する。


 恥じらいに頬を染め、とうとう耐性が切れたところで顔を両手で覆ったディオーネが本音をぽつりと漏らした。


 怖いのです、と。


 多大な神力を持ちながら、何故カスタリアに帰ってきてくれないのか。何故ネヴェルネスの王太子妃となることを選んだのか。


 カスタリア国民のなかでもとりわけ第一神殿領の領民は、約五年前にディオーネが身命を投げ売って敵兵から逃した者達だ。


 文字通り、命がけで救った領民達から口々に責められ、留まるよう懇願でもされたら。そうしたらきっとアルフレッドのもとに戻れなくなる。単身で母国へ向かい、何事もなく帰ってくる自信がないのだとディオーネは寂しそうに笑った。


『では私も共にカスタリアへ赴くのはどうだ?』


 不意の提案にディオーネがぱちくりと瞬きを繰り返す。


『今ならば婚儀の準備にも差し障りがない。ヘルメス王と父上の許可は得ている。カスタリアで何があろうと、私が必ずディオをネヴェルネスへ連れて帰ると約束するよ』


 引き寄せられたアルフレッドの胸にディオーネが自ら顔を埋める。腕の中で小さく縦に二回、白銀の頭が揺れて、それが一時帰国を了承する返事となった。


 ―――ガタガタ、ガタッ。


 森の中を走る馬車の車輪が小石を跳ね、車窓に前のめり気味だったディオーネの腕をアルフレッドが掴んだ。


「この森を抜けるにはまだ暫くかかるのだろう? 身を乗り出すと危険だぞ」


 隣に座り直したアルフレッドに密着され、まるで王太子宮の居室にいるかのごとく何度も優しく髪を撫で下ろされる。


 どうもヘルメスに神力を渡した際に体調不良を引き起こしたことが過保護に拍車をかけたようで、このままでは到着まで手取り足取り面倒を見られて膝上にも乗せられかねない。


 ディオーネは焦った。馬車内は二人きりの空間とはいえ間近には御者も護衛もいる。うっかり彼らに悟られようものなら、後々顔を合わせるのもきまりが悪いというものだ。


「ア、ルフレッド様。ほらあちらに、神殿が見えて参りました」


 日常のように激甘な雰囲気に流されてはいけないと再び車窓に目を向けたディオーネの視界に、折良く最初の目的地である第一神殿の建物が映った。

 

 神殿領を見渡す丘にそびえ立つカスタリア第一神殿は国内随所に散らばる小神殿の頂点に位置し、古代建築の様式美を極めた荘厳な石造りの建物である。


 カスタリア王城と同時並行して復興作業が進められ、今では殆ど戦禍の面影はない。


「美しいな」

 

 馬車から降りるディオーネの手を取ったアルフレッドが、自然と神殿を見上げて感嘆の声を漏らした。


 全体を見回し、真っ白な石壁の彫刻の細部にも目を奪われる。その反応の一つ一つがディオーネには嬉しく、何よりも誇らしかった。


「五年前、ネヴェルネスからラウル様が救援に駆けつけてくださったおかげで大きな損壊は免れたようです。元通り修復が叶った様子にわたくしも安心いたしました」


 神官長として第一神殿に在籍した期間は十三歳から十四歳までの一年と短かったが、元々はディオーネの母方の祖父にあたる南部辺境伯が治めた地だ。


 一人娘だった母が父王の正妃に選ばれたため、後継者不在の領地を王家に返上して第一神殿の直轄領となした経緯を持つ、ディオーネとは縁の浅からぬ場所でもあった。


 改めてその地に立ち、帰郷の喜びを噛み締めるようにディオーネは深く息を吸った。豊作が見込まれる大地の匂いと澄んだ空気、年中温暖なカスタリアの気候が懐かしくも心地よい。


「第一王女殿下、どうぞこちらへ」


 イェスタから促されてディオーネとアルフレッドは神殿の正面入口へと向かう。ずらりと並んで出迎えたのは第一神殿を統括する現神官長と神官達だ。戦後の刷新に伴い、ディオーネが顔に見覚えのある神官は三割程度だろうか。


 しかしながらその誰もが先代の神官長にして女神の血を色濃く受け継ぐディオーネを尊崇している様子は明らかで、一人一人と丁寧に挨拶を交わす直系王女の姿に落涙する者までいた。


 嬉しい再会もあった。通された客室に母王妃の乳母を務めた老女が介添人と共に待機していたのである。老女はナイアの祖母であり、介添人は母王妃の婚姻に際し乳姉妹として入城に付き従ったナイアの叔母にあたる女性だ。


 これにはナイアも感激し、ディオーネを含む四人で涙の抱擁となった。


「アルフレッド様、見苦しいところをお見せしまして申し訳ありません」


 ディオーネが謝ってきたのはやや腫れぼったい目元も治まり、着替えを済ませてようやく客室に二人きりとなった時間であった。


「いや、懐かしい顔触れと再会できて良かったな」

「ええ。戦禍から逃れたものと信じておりましたが、ばあやも随分と高齢ですから時折ナイアと案じていたのです。本日は思いもかけず二人に対面できて嬉しく存じます」


 そう言って身につけたカスタリア様式の衣装を披露すべく、ディオーネが身体をひらりと翻す。


 ナイアの祖母から贈られたそれは袖口が長く襟の詰まった伝統的なもので、ネヴェルネスのドレスと比べると肌の露出が殆ど無い。銀糸の刺繍で描かれた幾何学模様の縁取りが何とも異国情緒を漂わせる、アルフレッドにとっては新鮮なディオーネの姿だ。


「本来ならばこのような衣服を身に着けて生活していたのだな。髪色ともよく合っていて綺麗だ」

「かねがねアルフレッド様にお見せしたいと思っていたのです。ふふふ、念願が叶いました」

 

 刺繍の金糸は王のみ、銀糸は他の王族に許された色だとディオーネが生地をつまんで朗らかに説明を加える。


 本人は気づいていないだろうが、ネヴェルネス王国にいる時よりも表情が豊かになっているディオーネを見て、今回の帰郷を実現させた甲斐があったとアルフレッドもまた満足するのだった。


「アルフレッド様。一つお願いがございます」

「どうした?」

「長旅後に早々で申し訳ありませんが、お連れしたい場所があるのです。晩餐が近くなりましたらまた人の出入りも増えるでしょう。お疲れでなければ、このままご案内してもよろしいですか?」

「私は構わないが……供も付けずにか」

「はい。どのみち、入室は限られた者にしか許されておりませんので」


 珍しく積極的にディオーネが手を引く形で、人目を避けながら神殿の奥へとアルフレッドを(いざな)う。遂には人の気配すら無くなり、灯りが乏しく薄暗い通路は触れる空気もひんやりと冷たい。


 おそらく誰もが闇雲に立ち入ることのできない区域なのだろう。さすがのアルフレッドもその厳粛な雰囲気に気圧されそうになった時だった。


「こちらです」


 通路の突き当りまで来てディオーネは足を止めた。目的の場所に着いたようだ。大きな二枚扉の左右に二人の下級神官が門衛を務めている。


 その二人が強張った顔つきで、ちらりとアルフレッドを一瞥した。


「直系第一王女殿下、そちらは……」

「人類の祖のお血筋の方です。直系王女の権限により、ネヴェルネス王国王太子殿下の入室を許可します」


 何かしら言いたげだった下級神官達も直系王女の権威のもとでは従わざるを得ない。


 重厚な二枚扉がゆっくりと解錠される。他国の者が安易に立ち入っていいのかとやや困惑気味のアルフレッドにディオーネが微笑んで、問題ありませんと扉を潜った。


「これは……」


 存外に室内は広く、アルフレッドの視界が一気にひらける。


 いや、果たしてこれは室内なのだろうか。これまでの薄暗かった通路とは一変して壮大に広がる空間はとにかく明るい。


 その中央には湖ほどの大きな泉があり、離れ小島のように浮かぶ草原の丘に根を張るのは天井まで枝を伸ばした見事な大樹だ。


 慣れてきた目でよくよく見上げれば、その小島の上だけが吹き抜けの構造で天井がなく、穏やかな陽光が大樹全体に差し込んでいる。


 たったそれだけの、静寂な空間。しかしながら生命に満ち溢れ、足元から気力が湧くような感覚がするのだから不思議でならない。


「カスタリアの秘宝、第一神殿の御神体です」


 大樹の正体を明かしたディオーネの隣で、目を見開いたアルフレッドは思わず身震いをした。

次話、里帰りの後編。

残すところあと二話の予定です。

お読み頂きありがとうございました(*^^*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ