表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/46

未来へ想いを繋ぐ 後編

「貴方はさ、真に姉上のことを理解していない」

「どういうことだ」


 ソファーに座ったまま怪訝な表情を浮かべるアルフレッドを、直立したヘルメスが上から目線で捉える。


「唯一の直系王女だから? 持って生まれた神力が豊富だから? よりカスタリアに恩恵をもたらしてくれるから? だから姉上は無条件に国民に慕われているとでも思っているの? ランダルの襲撃を受けた当時、姉上が最後にいた山中は第一神殿の敷地内だ。これが何を意味するのか考えたことは? もしかして領民達に十重二十重に守られた挙句、なす術もなく敵兵に山中まで追い詰められたとでも思っているわけ?」


 アルフレッドは沈黙した。当時は王太子として国の留守を預かり王城の中枢にいたため、事の顛末は又聞きでしかない。特にディオーネに関することは秘匿されていたから救出時の詳細は報告書にも記載されていなかったし、ディオーネが多くを語らない以上、敢えて傷に触れるようなことはしてこなかった。


「姉上はね、生命(いのち)を張ったんだ」


 思いもよらない言葉に、思案中だったアルフレッドが目を見張る。


「王城から第一神殿までは進軍するにも一両日かかる。逃げようと思えば真っ先に神殿領から脱出できたし、実際に領民達も姉上を守る盾になろうと動いたらしい。だけど姉上はそれを望まなかった。襲い来る敵兵を瀬戸際まで神殿に引き付けて、渋る領民達をその間に逃したんだ。……王族である自分の命と引き換えに神殿領民五百人の命を救ったんだよ、僅か十四歳の女の子が!」


 僕は逃げたのにな。最後は誰に言うでもなく小声で自責の念を呟いたヘルメスは、努めて冷静に次の言葉を紡いだ。最もアルフレッドに理解してもらわなければならないことを、正確に伝えるために。


「だから国民は姉上を心から敬愛している。その幸福を誰もが(こいねが)っているんだ。いずれ伴侶となる貴方はこの事実を誰よりも重く受け止めなければならない。お願いだから、くれぐれも姉上を粗略に扱わないでくれよ。もう姉上に辛く悲しい決断はさせたくないんだ」


 若くも真剣な眼差しを受けて、ソファーから立ち上がったアルフレッドが改めて姿勢を正す。


「承知しました、ヘルメス陛下。今後もディオーネを大切にすると、貴方とカスタリアの全国民に誓う」

「……依り代となった経緯については見逃してあげる。だけどもし次に姉上を泣かせることがあったら、カスタリア国王としての神力(ちから)を遺憾無く貴方に行使するから」


 肝に銘じておく、とアルフレッドが神妙に頷く。それでようやく肩の荷が下りたのだろう。ふとヘルメスは口元を緩めた。美少女のような少年の、安心しきった年相応の微笑みだった。


「それからもう一つ、姉上が居ないこの機会に相談したいことがあるんだ。ネヴェルネス国王陛下には僕から進言するから、貴方は姉上を説得して欲しい」

「それは内容にもよるが」


 ニ、三歩距離を詰めたヘルメスが声を潜める。密やかに自らの計画を打ち明けると、押し切る形であっさりアルフレッドの傍から離れた。


「僕は明日カスタリアへ帰るよ。……最後くらいは姉上に会わせてよね」



 

 翌日、ネヴェルネス国王ロドルフと王妃ベッティーナへ帰国の挨拶を済ませたヘルメスは、旅装で王城内の名所の一つである仕掛け噴水庭園に立ち寄った。


 普段は登城が許された者なら誰もが立ち入ることの出来る庭園だが、今は入場規制がされヘルメスと二人の側近の他、待ち合わせのディオーネとアルフレッド、警護を買って出た第二王子マリユスの六名が噴水前に集うのみである。


 先にヘルメスが帰国の途につく旨を述べ、ディオーネが惜別の思いを告げる。見送られる側と見送る側の定型のやりとりが終わったところで、ヘルメスは昔さながらの人懐っこい態度で目を細めた。


「姉上。最後に抱きしめてもいいですか?」


 ふふ、とディオーネが微笑む。


「駄目です」

「つれないですね。……では、手だけでも。カスタリアまでの帰路に女神の祝福を与えてくださいませんか」


 ディオーネは穏やかな笑みを浮かべたままだ。手を握ることも警戒されてしまったのかな、とヘルメスが少しばかりの寂寥を覚えたところで、それならばとディオーネが右手を差し出した。


 何の疑問もなく指先を受け取ったヘルメスの右手に、ディオーネが自身の左手を下から重ねる。ふんわりと優しく特段に力を込めている様子はないのに、ヘルメスはしなやかなディオーネの両手を振りほどくことが出来ない。


「姉上、何を……?」

「ディオ、どうした」


 正面と後背からヘルメスとアルフレッドがそれぞれ疑問を呈したが、ディオーネは応えず意識を集中させた。


 手の平からじんわりと生まれた熱が徐々に溢れて、ヘルメスの右腕を駆け上がっていく。ぞわぞわと他人の神力に征服されていく異質感はなんとも不快で表現し難い。途中で走る小さな刺激に、何度かヘルメスは眉根を寄せた。


「何をなさいますか、王女殿下!」


 主の異変を察したカスタリアの側近の一人が声高に叫ぶ。ディオーネの意図が不明ながら、アルフレッドとマリユスが割って入ろうとする彼らに身構えた瞬間だった。


「控えなさい」


 ただただ静かに、されど逆らうことを許さない直系王女の威厳をもってディオーネが側近達の足を止めた。同じようにヘルメスもまた命を下す。


「だい、じょうぶだ。下がれ」

「ですが陛下!」

「姉上は僕に……危害を加えたりはしない」


 体内へ注がれる熱のうねりに昏倒しそうになるのを、時に目を瞑りながらヘルメスはひたすらに耐えた。そうこうするうちに繋がった二人の手元が目に見えて黄金色に輝き出す。不安定だったヘルメスの細い神力が洪水のようなディオーネの神力に飲み込まれ、ないまぜになって凪いでいく感覚がした。


「これ以上は……いけない! 姉上のお身体に影響が出る」


 ヘルメスの言葉に驚いたアルフレッドが心配してディオーネの顔色を窺うが、止めるべきかと逡巡する瞳にディオーネは首を横に振った。


「わたくしは、歴代のカスタリア王女と比べても神力が多いのです。大丈夫………」


 やがて繋いだ双方の手から輝きが消失する。ヘルメスの体内で完全に神力の中和が終わったのだ。と同時にふらりとディオーネの身体が揺れて、咄嗟にアルフレッドが肩を抱き止める。


「姉上、何という無謀なことを……!」


 息を乱すディオーネを諌める一方で、信じられないとヘルメスは自身の胸に手を当てた。増幅した神力が恐ろしいほどに滞りなく循環しているではないか。


「ごめんなさい、ヘルメス様。本当は理解しているの。カスタリアの直系王女として母国と民のために神力を還元しなければならないことを。それでも……わたくしは一度決めた道を途中で(たが)えることは出来ません。ヘルメス様お一人に国の内情を背負わせてしまい、心苦しく思っています」

「姉上」

「こうすることで、せめてヘルメス様が憂いなく神力を行使することが出来ますように。わたくしにも神力は残っていますから、心配なさらないでくださいね」


 やや顔色を悪くしながら、どこまでも優しくディオーネは笑った。


 カスタリア王国を強襲したランダルの国土は今や大方がネヴェルネス王国に接収されている。つまり外海に接し孤高にそびえ立つように位置するカスタリアの三方向をネヴェルネス領土が取り囲んでいることになる。


 もしやディオーネは王太子妃としてネヴェルネス王国に残ることで、母国に先の鉄を踏ませず外からカスタリアの民を守ろうとしているのではないだろうか。分け与えられた神力が意思を伝えたわけではないが、直感的にヘルメスはそう思うのである。


 ヘルメスは涙が溢れそうになるのをぐっと堪えて、アルフレッドとマリユスを横並びで見た。時間は有限で残された猶予はもう僅かしかない。


「……あのさ。昨日言い忘れたことがあるのだけれども。姉上がネヴェルネスに保護された際、媚香に襲われたのは最初に王弟公爵閣下で次が国王陛下、そして四年後に王太子だったよね。他の誰でもないこの三人だからこそ、媚香……つまり女神の力の影響を強く受けたのだと僕は思っている」


 話の趣旨が掴めず顔を見合わせるアルフレッドとマリユスにヘルメスは苦笑した。


「大中小すべての大陸国の統治者の系図を遡れば、原初の女神が手始めに創造した人類の祖へと繋がっている。己の血筋の正当性をもって国を治めるためにね。でも残念ながらその大半は紛いものだ。往々にして系図とは歴史のなかで改ざんされるものだから。だけどネヴェルネス王族(あなたたち)は違う。正真正銘の人類の祖の子孫、つまり本物だってこと」


 ネヴェルネス王国の国王や王太子が婚姻を結ぶ際に、正妃候補の条件を厳しくしているのもこの為なのだろう。


「今となっては我々女神の末裔と同様に、正統な人類の祖の子孫も希少な存在だ。ネヴェルネス王族はそれを誇っていい」


 一度はきょとんとしたアルフレッドとマリユスだったがヘルメスからの思わぬ置き土産に表情が緩む。


 ディオーネは顔色と体力が回復したようだ。側近から時間を迫られたヘルメスの瞳が、最後にひと目とばかりにその姿を映した。


「さようなら、姉上。……お幸せにね」


 母親が商家の出という庶民の血を半分引くヘルメスは、傍系の男性王族のなかでも更に生まれ持った神力が少なかった。父の即位に伴いカスタリア王城に入った当初は、それを陰で冷笑する者達が少なからず存在したのも事実だ。


 蝶を追いかけて奇跡的に出会ったのは、気遣う王城での暮らしに彩りを与えてくれた輝く光。そのうち親切心からかそれとも何らかの目論見があったのか、重臣の一人から『将来、あの直系王女殿下と結婚なさるのですよ』と教えられた。


 ヘルメスの初恋だった。


 今、胸に手を当てれば新たに体内を巡る神力が温かい。例えこの先ディオーネと離れていても、いつでもその光を感じることが出来る。きっと孤独に苛まれることは減るだろうと、ヘルメスはこれまでの想いに区切りをつけた。


 踵を返し側近達と立ち去るヘルメスが振り向くことは一度もない。


「皆様の道中が、つつがなきものでありますように」


 母国への帰路についた一行の背中をディオーネはいつまでも見送り続けた。

お読み頂き、ありがとうございます(*^^*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ