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未来へ想いを繋ぐ 前編

 寝間着にガウンを重ねたディオーネは自室のバルコニーで夜の空を見上げていた。天気に恵まれれば高台に建つネヴェルネス王城からは星がよく見える。そしてこの空は母国へと繋がっているのだと思うと、かじかむ手が気にならないほど眺め続けることが出来た。


 薔薇園を辞去し自室へと戻ってからアルフレッドとは会っていない。通常ならば夕食を共にするのだが急用でも入ったのか、一旦着替えに戻った後に外出してそのままだという。結局、ディオーネが寝支度を終えてバルコニーに出るまで隣室に人の気配はなかった。


 冷たい空気がディオーネを苛むように全身に纏わりつく。これまでにも夕食を一人でとることは多々あったというのに、珍しく感情が不安定になるのは望郷の念に駆られているからに違いない。肌を刺す寒さが却って心のさざ波を打ち消してくれるようで、ディオーネはいつになく夜の外気に身を晒し続けた。


 ふわっと柔らかく温かいものに包まれたのは、吐く息も白くなってきた頃だ。


「そのような薄着でいつからバルコニーにいたのだ。震えているではないか」


 背後から厚地のショールをかけられて、刺繍飾りのついた両端をディオーネは胸元で受け取った。その冷え切った指先をアルフレッドが握り直すと、覆いかぶさるように身体ごとディオーネを腕の中に抱き寄せる。


「今まで不在にして悪かった。夕食も一人で済まさせてしまったな」

「今日は……いつにも増して寂しかったです」


 普段通りの落ち着いたアルフレッドの声に、ディオーネの心のさざ波が穏やかに凪いでいく。大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせて、ディオーネは一旦伏せた瞳をゆっくりと開いた。


「わたくし、きちんとお断りしましたよ」

「ああ。知っている」   

「この先、何があっても信じてくださいとお伝えしたでしょう?」


 囲い込む腕に頬を擦り寄せたディオーネの首筋は白く、温かいアルフレッドの唇が降りてくる。


 正直な話ディオーネのその一言が無ければ、エミリエンヌから事の顛末を侍従伝いに聞いたところでアルフレッドは荒れに荒れていたことだろう。多少の動揺こそすれ、どうにかこうにか己の心を鎮めて王太子宮へ戻ってこられたのは、ひとえにディオーネへの信頼が勝ったからである。


「もちろん疑うべくもない。だが、ことディオに関してはどうしても私の自制心の未熟さが先立ってしまうのだ」


 不安にさせて済まないと耳元で囁かれたのを皮切りにディオーネが振り返ると、冷たい頬をアルフレッドの大きな手が包んだ。許すも許さないもない。見つめ合う視線が徐々に近づいていき、二人はどちらともなく口づけを交わす。


 寒空に輝く星が瞬いて、そのうちの一つが余韻を残しながら流れていった。二人で身を寄せ合えばこんなにも温かいのかと、安堵したことも手伝ってディオーネの瞳が涙で潤む。


 その様子を見て取ったアルフレッドはディオーネを横抱きに抱え上げると、否応なしに暖かい室内へと踵を返した。


「わたくし、自分で歩けますよ」

「顔が赤いだろう。身体も冷え切っている。いくら神力が働こうが体調を崩すぞ」

「顔が赤いのは……アルフレッド様のせいですのに」


 ふっ、と笑うに留めたアルフレッドが居間を横切りまっすぐ寝室へ向かう。丁寧にディオーネを寝台の上に降ろすと、明日は一日休養するようにと伝えて白銀色の髪を愛おしげに撫でた。


 ディオーネの意思は揺るがない。ならばいよいよ決着をつけようではないか。翌日早々のヘルメスからの面会依頼にアルフレッドは一人で臨むのである。




「それで? なんで貴方がここにいるわけ?」


 昼下がりのネヴェルネス王城内の客殿にて、あからさまに不機嫌な態度のヘルメスがアルフレッドを睨みつけた。


「僕が面会依頼を出したのは姉上なんだけど」

「ディオーネはここには来ない」


 他の男の部屋に行かせるわけがないだろう、とヘルメスより上背のあるアルフレッドが睨み返せば、どうしても両者間に迫力の差が生じてくる。渋々ながら身を引いたヘルメスは、それでもどこかしら優雅な仕草で近くのソファーに腰を下ろした。


「昨日は薔薇園を覗いていたのだろう? まさかあの後、姉上に酷い態度を取ったりはしていないよね」

「……。そのような事はしていない」

「その()が嫌なんだよ!」


 ちっ、と今度はしっかり舌打ちをしたヘルメスが、座れば? とぶっきらぼうに正面のソファーを指差す。アルフレッドが着席すると、今回に限り客殿付き女官に任命されたディオーネの侍女ナイアが紅茶と焼き菓子を給仕して部屋から退出した。


 ヘルメスが焼き菓子に手を伸ばして、さくっとひと口かじる。


「彼女は優秀だよ。最初は監視のための配置かと思ったけれどそうではなかった。僕に対して良い感情は持ち合わせていないだろうにそれをおくびにも出さず、ネヴェルネスで快適に過ごせるよう心を砕いてくれている。……彼女もカスタリアの民だ。これまでの手厚い庇護にはカスタリア国王として感謝する」


 次いで温かい紅茶に口をつけたヘルメスはカップを置くと、自身の側近達にも外すよう手振りで伝えた。側近の二人は護衛を兼ねている。それぞれが納得し難い様子で異論を唱えたがヘルメスは頑なに受け入れようとせず、結局のところ仕方無しに隣の小部屋へと移ったのだった。


 こうしてひと悶着はあったが、隣国の国王と王太子がその肩書きを取っ払い真正面から対峙する。


「薔薇園で脅したにもかかわらず、護衛も付けずに単独で僕の元に来るとは正直驚いたよ。……まあいいや、貴方にも直接言いたいことがあったんだ。まずはネヴェルネス(そちら)側の言い分を聞こうか」

「当初からの返答の通り、ディオーネをカスタリアに返すことは出来ない。私もこの国の王族である以上、血を繋ぐことの重大性は誰よりも理解している。……いや、ネヴェルネスはまだ良い。王族の数がそれなりにいるからな。だが先細りのカスタリア王族では事情が異なる」


 ヘルメスがぴくっと眉を震わせたが、アルフレッドは遠慮なく続けた。


「王族を増やすことが急務であることも、出来れば正統な濃い血筋を取り込みたいと心理が働くのも十分に分かる。だがな、例え話にしても甚だ不本意なのだが、仮にディオーネがカスタリア王妃になったところで貴方の次代はどうするのだ。今度は生まれた子供同士で婚姻を結ばせるのか? そもそもひと昔前までの近親婚こそが、カスタリア王族の数を目減りさせた大きな原因だろうに」

「失礼な物言いだな。姉上の依り代に選ばれたからって、いい気になるなよな」


 負けず劣らずヘルメスが眼光を鋭くさせる。


「別に付け上がっているつもりはない。カスタリア王家の断絶を避けるために、貴方の御代では血統を枝分かれすべきだと思ったまでのこと。そうすれば、ネヴェルネスもいずれカスタリア王家に女神の血を返すことが出来るだろう」

「……何も知らないくせに」


 ぼそり、と硬い表情で呟いたヘルメスは膝上に置いた手を痛いほど握りしめた。気に食わないアルフレッドに真理を突きつけられ、遂にはああもう! と声を荒げる。


「分かってるよ、そんなことは最初から! 姉上との婚約が囁かれていた子供の頃と今では事情が違う。先の戦禍で更に王族の数も減った。本当に長い目でカスタリアのことを思うのなら、僕と姉上は別々に血を繋いでいかなければならないんだ。だけどどうしても諦めきれなかったのだから仕方がないだろう!」


 一気にまくし立てたヘルメスが息を整えようとひと呼吸を置く。見た目は弱冠十五歳の少年であるが、第一線でカスタリア王国の復興を指揮してきた国王でもある。乱れた心を早急に律すると、呼吸が整う頃には薄紫色の瞳から険を外した。


「もういいよ、どうせ姉上には振られたんだ。姉上の帰還はカスタリア国民の総意だけど、悲しませてまで連れ戻すのは僕の本心ではない」


 そう断言して立ち上がったヘルメスは、昼下がりの陽が差す窓辺に身を寄せる。


 結論を出してしまえば長く国を空けるわけにはいかない。そして生涯でカスタリアを出ることはもう殆ど無いだろう。客殿の窓から見えるネヴェルネス王城の庭も、もはや見納めだった。


 暫く無言を貫いたヘルメスの背中にアルフレッドが声をかける。


「ディオーネを返すことが出来ず、直系王女を尊ぶカスタリア国民には申し訳なく思っている」


 ああ、やはりこの男は何も分かっていないのだ。窓枠についた手を下ろしたヘルメスは哀愁もそこそこに振り返ると、冷たい双眸でアルフレッドを見据えた。

皆様、今年もよろしくお願いします(*^^*)

ヘルメス編は残すところあと一話になりました。いよいよこの物語も終盤になります。最後まで書き切ることを目標に筆を進めていきたいと思います。

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