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カスタリア王国の少年王

「動きがあったようだな」


 ネヴェルネス王城内奥の国王執務室にて、重厚な執務机に向かうロドルフが神妙な面持ちで弟に問い質した。


「ああ、しかも予想より早い。もう少しおっとりしたお家柄だと思っていたのだがな。こちらの返事を待たずして、既に北西部の城塞に入られたと報告があった」

「国王の出御はおそらく有史以来となる。全くの異例、前代未聞だな」

 

 それも護衛もそこそこに少人数でのお忍びだというのだから、迎える側の気苦労は耐えない。面倒くさいことになったと軍服にマント姿のラウルは口髭を掻いた。


「非公式とはいえ、もし御身に何かあれば今度こそネヴェルネスは大陸国間から袋叩きに合うぞ。とりあえず、密かに警護に付くよう選り抜きの近衛隊を五十名ほど派遣したが」

「ああそれで良い。王都に着くまで安全を最優先し、かつ丁重に扱うように」

「で、どうするんだ兄上。下手に出たらアルフレッドの婚約は破断、姫さんを渡すことになる」


 ぎっと軋む音を出して深く椅子にもれたロドルフは、腕を組んで思案をまとめた。


「さて、どんな企みがあるのか向こうの出方次第だな。此度の外交は若い者たちに任せようかと思う」

「……全員出動か」

「四人全員だ。どう解決まで導くのか、お手並み拝見といったところだ」


 珍しく先の展開が読めないロドルフには、今はただ成り行きを見守るより他に手立てがない。ただラウルが案じる最悪の結末にはならないだろうと漠然と思うのは、根底でディオーネの人となりを信頼しているからこそであった。




 濃紺と白を基調とした格式高い調度が並ぶ広間は、以前ロドルフの五十の内宴を催した場所である。濃紺はネヴェルネス王国の色であり、白は世界信仰の頂点に立つ原初の女神を象徴する、いわばカスタリア王国の色とも言えた。


 その広間に密かに集いしは国王ロドルフと王太子アルフレッド、王弟にして軍部最高司令官のラウル、その息子で王太子補佐のテオドールで、特別に同席を許されたディオーネの侍女ナイアがアルフレッドとテオドールの背後に顔を伏せて控える。


 臣下を排したのは、非公式での表敬訪問という相手側の意思表示にネヴェルネス側も配慮した形だ。


「おいでになられました」


 父ロドルフの命を受けて王都の一つ手前の街まで出迎えた第二王子のマリユスが、貴賓の来駕を告げる。


 ヘルメス・ティア・カスタリア。


 前カスタリア国王と王妃の第三子にして嫡男であった彼は、十一歳の時に戦禍で両親と二人の姉を亡くすも側近らの機転で落城寸前の王城から逃げ延び、国外で約半年間の流浪の末、新カスタリア国王に即位した現在十五歳の少年王である。


 その出自は直系の王統を遡り、ディオーネの曾祖父王の弟の子孫にあたる。つまり血縁と言えどもディオーネとは殆ど他人に近い人物、というのがアルフレッドとテオドールの認識だった。


 だが、金糸の刺繍が施された袖口の広い白のローブに身を包み、僅か二人の側近を伴って現れたヘルメスの容姿にアルフレッドとテオドールは息を飲む。


「……まさか」

「これほどとはね」

  

 女神の血筋を疑うべくもない、大陸国で唯一の美しい白銀髪に紫色の瞳。顔の造型が同じという訳ではないが、儚げでありながらも厳かな気品を併せ持つ独特の雰囲気はどことなくディオーネに似ている。


 中性的といえばマリユスもその部類なのだが、それ以上に絶世の美少女と見紛うほどの佳麗さがカスタリアの少年王にはあった。


 ただその髪と瞳の色は直系のディオーネと比べるとどちらも薄い。

 

「間違いございません。現カスタリア国王陛下でいらっしゃいます」


 背後に控えたナイアが少年王の真偽を二人に伝える。何事もなかったかのような体勢のままアルフレッドが中央のロドルフたちに合図を送り、テオドールは背中に向けて声を潜めた。


「似ているね」

「カスタリア王家の方々は皆、往々にしてあのような麗しいご容姿をなされています」

「やはり浮世離れした存在なのだな。あの近習らしき二人は?」

「微かにですが覚えが。確か当時は、二人とも子爵令息であったかと」

「……こちらも偽物ではないわけだ」


 テオドールがアルフレッドと了承の視線を交わす。こうした陰でのやり取りを知ってか知らずか、正面まで進み出たヘルメスは賢王と名高いロドルフを前に堂々と微笑んでみせた。


 着用したローブの特性とも相まって、真意を隠した対外的な素振りは熟達した聖職者そのもので、ほう、と密かにロドルフは感心する。初めての外交だろうに大多数の大人に囲まれてもなお物怖じしない様子は、さすが一国を統べる王の器といったところか。


「ネヴェルネス国王陛下におかれましては、我がカスタリア王国の復興に多大なるご尽力を賜わり、改めてお礼申し上げます」


 勧められて対等に配置された椅子に腰を下ろしたヘルメスがまずは会談の口火を切る。


「また、先の戦時下において我が国の王女を救出されたのは、そちらにいらっしゃる王弟公爵閣下だと聞き及んでいます。これまでの長年に渡る庇護も含めまして、陛下及び閣下に心から感謝いたします」

「遅ればせながら、ヘルメス陛下の無事の即位を言祝ぎ奉る。カスタリア王国の復興が予定より早く進みましたのも、貴方の手腕によるところが大きいと拝察しております」


 互いに儀礼的な挨拶を済ませたところでロドルフは早速、今回の性急な訪問の真意を探った。


「それにしてもカスタリア王家の方は、年若くともしっかりしておいでですな。ディオーネ姫と初めて対面した折も、十四歳ながら誠に立派な口上をされた」


 ディオーネの名前が出た途端、うわべだけの笑顔を取り下げたヘルメスの瞳に真剣味が帯びる。双方の周囲がにわかに警戒心を強めるなか、ヘルメスはあくまでも自らが願い出る形でへりくだった物言いを崩さなかった。


「この度の性急なる訪問はひとえに、生存が判明したディオーネ王女の無事をこの目で確かめたいと願ってのこと。ロドルフ陛下も私のような若輩者と無意味な腹の探り合いなど望んでいらっしゃらないご様子ですし、会談が始まって早々で申し訳ないのですが王女と対面させて頂けますでしょうか」

「左様でありますかな。宜しい、姫をお呼びいたしましょう」


 ロドルフの言葉に頷いたマリユスが扉の前から姿を消し、程なく近くの小部屋で待機していたディオーネを連れて戻ってきた。

  

 辺りに甘い花の香りが漂い、広間の静謐な空気が揺れる。ディオーネが姿を見せるや否や、ヘルメスに同道した二人の側近がその場に膝をついたのだ。


「直系王女殿下!」

「王女殿下、よくご無事で」


 夢幻かと一瞬だけ目を見張ったヘルメスは、側近達の言動ですぐさまこれが現実であるとはっきり認識したのだろう。


「姉上様!」


 椅子から立ち上がり足早に駆け寄ると、勢いのままディオーネを強く抱きしめた。


「姉上、ご無事だったのですね。どれほど心配したことか……本当に良かった」

「報せが遅くなってしまってごめんなさい。ヘルメス様もよくご無事で……ご立派になられましたね」

「先年の即位に伴い、姉上と同じくティアの名を冠することが出来ました。身長も僅かですが姉上を超えたようです」

「ええ、そのようですわね。この度は遠路はるばるお越し頂き、ありがたく存じます」


 ティアとはカスタリアの古代語で『神聖な』を意味する、直系の王族だけに代々与えられた名前である。それを傍系王族のヘルメスは国王即位時に継承したのだった。


 絶世の美女であるディオーネと絶世の美少女のような少年の抱擁は見る者を魅了する美しい絵画のような光景だったが、それを不愉快に眺める人物がいないではなかった。アルフレッドだ。


「おい。あれは仮に姉弟の間柄だとして許される範囲なのか」

「うーん。子供の時ならまだしも、今の私がエミリにあれをやったら、間違いなく本人から肘鉄を食らうと思うよ」

「子供、と言えば子供だが。長いな」

「長いね……」


 あからさまに機嫌の悪い口調だがテオドールとの会話で気分を紛らわし、どうにか自制を試みるアルフレッドである。しかし遂には業を煮やして二人のもとへ歩み寄ると、依然としてディオーネに触れたままのヘルメスの手を掴んで丁寧に降ろした。


「この辺りで宜しいでしょうか、ヘルメス陛下」


 急に水を差されたヘルメスの紫色の瞳が挑発的に輝く。


「貴方がネヴェルネスのアルフレッド王太子殿下ですか?」

「そうだが」

「僕は姉上がカスタリア南部の神殿に移られた日からお目にかかれていない。約五年……いや、もうすぐ六年だ。それほど久しい再会なのに、まったく無粋な人だな」

「……申し訳ありません。ですがディオーネも困惑しておりますので」

「姉上はこのくらいで困ったりしない」


 先程までの慇懃な対応とは打って変わって反抗期の少年のような態度に、ぴくっとアルフレッドの瞼が動く。だが仮にも相手は一国の王だ。父ロドルフの手前でもある。どれほど挑発的で嫌味な言葉をかけられようと、立場上は耐え抜かなければならない。


 両者が密かに火花を散らす状況下で、ヘルメス様、とやんわりディオーネが口を挟んだ。


「ロドルフ国王陛下を始め、ネヴェルネスの皆様は常にカスタリアのことを気にかけていらっしゃるのですよ。王太子殿下に対してそのような物言いはいけません」

「すみません、大人気ない対応でしたね。それにしてもまさか姉上から叱られる日が来るとは思いもよりませんでした」


 にこやかに返答したヘルメスが再びアルフレッドに視線を移す。あざとく首を傾げはしたものの、その目は少しも笑っていなかった。


「王太子殿下。本当にカスタリアのことを思っていらっしゃるのならば、このまま姉上をお返し願えませんか」

「先に公表した通り、ディオーネは私の婚約者です。貴国に返すことは出来ません」

「我が国は承認していません。本来、カスタリア王女とは国内に留めておくしきたりなのですよ」


 あくまでも紳士的な対応をと考えるアルフレッドの反論が僅かに遅れて、開こうとした口をヘルメスが畳みかける。

 

()()()()に返していただけますか」

「……どういう意味でしょうか」


 もはや紳士的という言葉を投げ捨てたアルフレッドが鋭い眼光で睨み返す。一触即発の二人の隣でディオーネが不思議そうな顔をして、ふっとヘルメスが目を細めた。


「姉上は相変わらずですね」

「ヘルメス様?」

「何故そのような不思議そうなお顔をするのです。だって姉上は……」


 カスタリア王族特有の誰をも惹きつける微笑みを、ヘルメスが解き放った瞬間だった。


「僕の婚約者ではありませんか」

「……は?」


 完全に立場を忘れたアルフレッドの不躾な心の声が盛大に漏れて、まずは少年王ヘルメスに軍配が上がったのである。

新たに登場人物が加わりました。

ヘルメスもひと癖ふた癖ありそうです。

いつもお読み頂きありがとうございます(*^^*)!

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