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身内へのお披露目 後編

 急峻な山を隔てた好戦国家ランダルの奇襲により、滅亡寸前まで追い込まれた聖地カスタリア王国。救援に向かったネヴェルネス王国親征軍の最高指揮官ラウルが、戦火の燻る辺境の地から救い出したのが十四歳の王女ディオーネだった。


 四年前の発端から語り始めたアルフレッドは、カスタリア王室のなかでも特に王女が始祖の治癒力を色濃く受け継ぐこと、ディオーネもまた多分に漏れず、しかしながらその神秘な力はカスタリア国外では男性に媚薬効果のある香りとして発動してしまうこと、四年前はまだその仕組みも解明されておらず、国王ロドルフとラウルの一計により警備が厚く最も男性の目に触れることのないロドルフの後宮に、ディオーネを仮の側室として庇護するに至ったことまでを順を追って説明した。


「つまりあの定期的な夜のお渡りも、姫の側室という立場を印象付けるための見せかけだったということか」


 すっかり騙されたよ、と肩をすくめるテオドールにアルフレッドが頷く。


「そういうことだ。お渡りと称して父上の居住区へ渡った後は、母上の部屋でひと時を過ごしていたそうだ」

「王妃陛下の部屋は同じ居住区内だし、誤魔化しが利くわけだな。それにしても姫の媚香というものはどういう性質のものなのだ?」

「カスタリア王女に流れる崇高なる女神の血に、免疫のない他国の男性が強く惹かれるというものらしい。父上たちは『血に酔う』と表現されていた」


 それを聞いたマリユスが軽く首を傾げる。


「血に酔う、ですか。それは男性に対して無条件に等しく発動してしまうと兄上はおっしゃいましたが、最初にディオーネ姫を救ったラウル叔父上と、次に謁見した父上はどう対処されたのです?」

「お二人は初見の折、持ち前の胆力と精神力でかわされたらしい。どういうわけか一度跳ね返してしまえば、媚薬効果のないただの甘い花の香りと感じるようだ」

「ああ、どうりで。今も薔薇の芳香のなかに、そこはかとなく別の甘い香りが漂っていますね」

 

 言ったそばから顎に手を当てるマリユスは、自分の言葉に何かが引っかかっているような素振りを見せた。代わりにテオドールが会話を繋ぐ。


「それで四年もの間、陛下や父は姫と接することができて、我々は一度も目通りが叶わなかったのだな。私たちでは制御できないと判断されたのか。……それはそうと、もしうちの父が初見で媚香をかわしていなければ、エミリと同い年のディオーネ姫に夢中になっていたわけだ」


 厳つい体躯のむくつけき中年男性が、あどけない美少女に入れ込む様子など目も当てられない。げんなりと表情をしかめた兄に続き、エミリエンヌもまた不快感を全面に出して両腕を擦った。


「嫌よ、兄様。気持ち悪い想像をさせないで頂戴」


 まったくだ、とアルフレッドも相槌を打ち、恩人のあまりの言われようにディオーネはただ苦笑するしかない。


 そのうち会話が途切れて、テーブル席を沈黙が包んだ。あれ? とここでようやく、マリユスとテオドールが重大な問題点に気がつく。


「いま私たちは普通に姫と会話していますよね。初めてお会いした祝宴のときに、知らず媚香を跳ね返していたということでしょうか?」

「こうまでして厳重に秘密が守られてきたのだ。媚香とは容易に跳ね返せるものでもあるまい。だが確かに何ともないな」


 遂に来たか。一旦、目を瞑ったアルフレッドはどう説明すべきか脳内で筋道を立て終えると、順番に三人に眼差しを向けた。


「実は半年ほど前、偶然にディオーネを見かけた私がその媚香をかわせず、体内に受け入れてしまったのだ」

「まあ! アルお兄様が?」

「余波ではなく完全に目が合い正面から受け付けてしまうと、どうやらその者にしか媚香の効果が及ばなくなるらしい。というのが、その後の父上たちの見解だ。私がディオーネの神力の依り代となったことで他の者には今後一切、媚薬効果のある神力が飛ぶことはない。つまりこうして普通に接してもお前たちには問題がないということだ」

「待て。待て、アルフレッド」


 すらすらと解き並べられた言葉に頭を抱えたマリユスと止めに入ったテオドール、口元に手を当てたエミリエンヌが、理解を深めようと一斉に頭脳を高速回転させる。


 奇跡的にこの若いネヴェルネス王族世代は揃いも揃って地頭が良い。これを王国の至宝だと人臣は喜んだが、何かを誤魔化す場合はかなり厄介だなとアルフレッドは弟と従兄妹の反応に身構えた。


 暫くして三人がほぼ同時に結論に至る。それは『辻褄が合わない』だ。


 ―――ただ目が合って媚香を浴びただけで唯一の依り代とは、神の力はそれほど安易な仕組みなのか?

 

 じと、と横目でテオドールがアルフレッドの所業を疑い、


 ―――確か兄上、初対面でディオーネ姫を泣かせたと言っていましたよね?


 過去の衝撃的な告白を思い出したマリユスが表情を無にし、


 ―――絶対に何かやらかしたでしょう、アルお兄様?


 最低、と言わんばかりの半分死んだような視線をエミリエンヌが浴びせる。


 三者三様の集中攻撃を受けたアルフレッドは重たく漂う空気を咳で払った。都合良く纏め過ぎたかと自分でも反省するところである。


 さて、どうやってこの場を収めようか。逡巡するアルフレッドの横で、殿下、と声をかけたディオーネが頬を赤く染め上げる。


「あの、その時に殿下と……口付けを、しました」


 精一杯の告白に紫色の瞳を潤わせるディオーネの仕草は可憐そのもので、一瞬にしてテオドールとマリユス、エミリエンヌの心を射抜いたのだった。


 ここでようやくマリユスとエミリエンヌは一応の納得を得る。十中八九、媚薬に冒されたアルフレッドが強引に迫ったに違いないが、口付けを交わしたことで神力の依り代に選ばれる、いわば契約のようなものがなされたのだろう、と。


 だが残るテオドールは二人が一線を越えていることを知るだけにどうにも腑に落ちない。生真面目なアルフレッドが婚前交渉をすることからして不可解である。それこそ媚香を受け入れた時に口付け以上の何かがあったとしか思えず、しかし王城でそれは無理だろうと考えあぐねた結果、ああそうか、と一つの事実に辿り着く。


 以前、アルフレッドが極端に体調不良と挙動不審になったのは何かに煮詰まって遠がけに出かけた後のことだった。半年前という時期的にも二人が出会ったのは遠がけ先での出来事か。そこから陛下との仲違いに繋がるわけだな、とテオドールはちらっと流し目でアルフレッドを見た。


 察しろ。目配せだけのアルフレッドの要求は本日二度目であることから非常に分かりやすい。仕方がないな、とテオドールは頭を掻き、だが今まで打ち明けてくれなかったことへの余所余所しさを寂しく感じて、ほんの少しこの生真面目な従弟をからかってやりたい気分にもなる。


「まあ大体の事情は分かったよ。しかしだな、陛下やうちの父は姫の媚香を初見でかわしたらしいが、なぜアルフレッドはそれが難しかったのだろうね?」

 

 すっ、とアルフレッドが紅茶を口に含み、音を立てずカップをテーブルに戻した。


「……ディオーネの美しさに見惚れてしまったからだ」

「まあ!」


 テオドールの思惑通り、即座に反応したのは恋愛小説が大好きなエミリエンヌだ。先程の疑念に満ちた冷たい視線はどこへやら、年若い令嬢らしくきらきらと顔を輝かせた。


「アルお兄様の一目惚れだったの?」

「そうだな」

「では媚薬の影響を受ける前に、ディオーネさまを見初めたってこと?」

「そうだ」

「お二人はどこで最初に出会われたの?」

「王城外の、とある場所だ」

「あら、お二人だけの秘密にしたい思い出ということかしら」

「……」


 しつこい。遂に口を閉ざしたアルフレッドを気にすることなく、エミリエンヌは隣に座るディオーネに向き直った。


「アルお兄様は、ディオーネ様のことが大好きなのですって。良かったですわね」

「はい、わたくしも殿下をお慕いしております」

「ふふふ。本当に可愛らしいわ、ディオーネ様」


 すっかり打ち解けた様子のエミリエンヌにディオーネもにこやかに対応する。気がつけば既に日が落ち始め、薔薇園もしっとりとした黄昏に包まれようとしていた。


 内密の会合もそろそろ終盤だろうか。


 居住まいを正したディオーネが不安げに目を伏せる。


「わたくしは、敵国兵の手の内から侍女と共に救出してくださいましたラウル様や、これまで温かく導いてくださった両陛下に心から感謝しております。それなのに……大恩ある方々のお身内を騙すような形になってしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「何を言われますか。姫は当時まだ十四歳。寄る辺のないこの国で、陛下や父の方針に従う他はなかったとお察しいたします。しかしそれが最善であったことは間違いありません」


 代表してテオドールが返した言葉に、エミリエンヌがうんうんと何度も頷く。今さら不躾ですが、と最後に話を切り出したのはマリユスだ。


「兄との婚約を周囲に期待されたから結ぶのではなく、姫自身も望んでいらっしゃるのですよね?」

「はい、心から」

「良かった。兄上を末永く、よろしくお願いします」


 マリユスが破顔して父ロドルフに似た面影を見せると、エミリエンヌとテオドールも口々に婚約内定の祝いの言葉を述べた。


 温かい祝福を受けてディオーネの瞳に安堵の涙が滲む。隣に座るアルフレッドを見上げれば優しい眼差しで返されて、幸せを感じた瞬間にふわりと甘い花の香りが宙を舞った。


 薔薇園のそこかしこで、まだ固い蕾が人知れずほのかな輝きを放ち始める。ゆっくりと確実に、いくつもの薔薇が一斉に開花したのだった。

エミリエンヌは末っ子気質のお姫様。

登場させると楽しいです(*^^*)

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