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初恋の裏目

 さて、ネヴェルネス王国は国王ロドルフの生誕五十年を祝う慶賀を二ヶ月後に控え、関係各所が俄かに多忙を極めつつあった。


 そんなある日、王太子アルフレッドと従兄で側近のテオドールは王城の執務室を離れて、お忍びで城下へ視察に出た。


 王城を南の守りに置くネヴェルネス王都には東西北に玄関口となる三つの大門があり、式典で国内外の要人を迎えることからアルフレッドが裁可を下し、改修工事に着手していたのである。


 ようやくその工程も完了したとの報告を受け、今日は一日をかけて東から順番に各門の仕上がり具合を確認して回る予定だ。


「何とか間に合って良かったな」


 最初の東門の査察を終え、次の北門へと向かう馬車内でのこと。アルフレッドの言葉に、向かい合わせに座るテオドールが大きく頷いた。


「当初の計画では余裕のある工期だったはずなのに、慶賀に向けて意欲的な職人たちがより意匠を凝らそうと各門ごとに張り合いを始めたからね。おかげでどれもが国賓を迎えるに恥じない立派な修築となったわけだけど、正直、間に合わないかと焦ったよ」

「職人たちの心意気を競わせるのは時と場合による、の典型的な例だな。今後の教訓として覚えておこう」


 その明瞭な声に、お、とテオドールは目の前の従弟を見た。最近のアルフレッドはここ数カ月に渡る不調から完全に脱却したようで、愛想が無いなりに表情が和らぎ、執務をこなす速度も以前に増して上がっている。


 そうして予定が空いた夕方の小一時間ほど、ふらりとどこかへ姿を消すのだが、仕事を終えている以上は私的なことに口を出すまいと、なるべく見守る方針のテオドールである。


「それにしても、移動中もテオドールと逼塞とは執務室と変わらないではないか。馬で来れば良かった」

「護衛は付けているけれど、一応お忍びだからね。これでも最近は執務室に引っ詰めすぎだと気を遣って、外出の予定を組み込んだのだよ。だから男二人でも我慢してほしいな」


 現地査察よりも移動時間のほうが長いのではないかと思われる馬車内に、カタカタカタ、と車輪の音が響く。


 わざとらしく拗ねるテオドールを適当にあしらったアルフレッドは、脚を組み替えると車窓に視線を移して、活気溢れる王都東区の街並みを眺めた。


 以前は事務的にこなしていた査察も、今では新たな感慨を抱くようになったから不思議なものだ。美しく改修を済ませた東門を見上げては、いつかディオーネにも見せてあげたいと思い、国民が笑って行き交う街道に目をやれば、それを嬉しそうに聞くディオーネの姿が脳裏に浮かぶ。


 その度にアルフレッドは苦笑せざるを得ない。理由は自分でもよく理解するところで、内実、ようやく叶った初恋に浮かれているのだった。


「ところで、テオドール。教えてもらいたいことがあるのだが」

「ん、何だい?」


 テオドールが気軽に答え、アルフレッドは婉曲にどう伝えるべきか言葉を選んだ。恋に浮かれた幸せな状態ではあるが、新たな悩みがないわけではない。


 事の発端は数日前の、ディオーネとの会話にあった。




「ディオーネ」


 そう名前を呼ぶと、待ち合わせ場所に現れたディオーネは可憐に微笑んでみせた。蕾が綻び、花が開いたようなその瞬間がアルフレッドは特に好きだと思う。


 ディオーネから縁談を承諾する返事を貰い、後日、揃って国王夫妻のもとへ報告に行ってからというもの、ディオーネのアルフレッドに対する態度が徐々に軟化してきた。


 おそらく、将来への道筋が明確になった安堵感もあるのだろう。儀礼的ではない自然な笑顔が増え、言葉遣いも年齢相応の柔軟さを含むようになったのだ。


 それでいて心根は優しく、立ち居振る舞いに気品が備わり、話せば言葉の端々に知性を感じさせるものがある。


 これは父と母が目をかけて可愛がっていたのも納得だと、アルフレッドはますますディオーネの非凡な性質に惹かれるのだった。


 とは言え、ロドルフの五十の賀が終わり婚約を正式に発表するまでは、世間的にディオーネとアルフレッドは国王の側室と王太子という立場に変わりはない。


 今はまだ大っぴらに会うことは叶わず、限られた時間で逢瀬を重ねる二人であったが、アルフレッドはいつか必ず、良い雰囲気の場所で改めてディオーネに求婚したいと考えるようになっていた。


「ところでディオーネは、城内に王都を一望できる丘があることを知っているかな」


 庭園でお茶を嗜みながら、他愛ない世間話のついでに何気なく探りを入れるアルフレッドである。ディオーネが穏やかに笑って答えた。


「星弓の丘ですね。以前、()()に連れて行ってもらいました。夜景がとても綺麗で感動しました」


 ん? と引っかかるものが無いではないが、とりあえずアルフレッドは質問を続けた。


「東の庭園にある、仕掛け噴水は?」

「王国一の職人が手がけたという、美しい彫刻の噴水ですよね。こちらもこっそり、人目を忍んで陛下に案内してもらいました。時間で水を吹き上げるからくりが、とても不思議です」

「……王族居住区に、薔薇園があるだろう」

「薔薇がお好きな王妃陛下のために、国王陛下がお造りになったと聞きました。素敵なお話ですよね」


 キラキラと紫色の瞳を輝かせるディオーネに、やや諦めの境地のアルフレッドが念を押す。


「つまり、行ったことがあるのだな?」

「はい、()()か。陛下が楽しそうに王妃陛下との思い出を語られて……いつかは手ずから薔薇を摘んで、わたくしにくださいました」

「……そうか」


 実際のところ、これまでロドルフとディオーネが完全に二人きりで行動した事実はなく、常にベッティーナか、都合が付かない時は女官長が代わって近くに付き従っていたのだが、肝心の説明が抜けていることに全く気づいていないディオーネである。


「殿下?」


 婚約を控えた恋人が、求婚するのに相応しい情緒ある城内の名所全てに自分の父親と訪問済みだという、まさかの展開にアルフレッドは軽く絶望するしかない。


 加えて、多忙でありながらちゃっかりディオーネと楽しいひと時を過ごしていた父に対し、嫉妬が絡んだ黒い感情がモヤモヤと湧き上がってくる。にこやかに対応するディオーネの、笑顔のトドメもなかなかに効果的だ。

 

「いや、何でもない」


 冷めた紅茶を口に運んだアルフレッドは、傷心を隠すようにすーっと息を吐いた。


 ロドルフが庇護した四年に比べ、かたや数ヶ月と、共に過ごした月日の差は大きい。ディオーネへの探りが父国王との絆を再確認するだけの作業に終わったアルフレッドの求婚計画は、早くも暗礁に乗り上げてしまったのだ。



 

 北門へ移動する馬車のなかで、助言を求められたテオドールが顎に手を当てて首を捻る。


「恋人たちが過ごすにうってつけの甘美な場所で、範囲は王城内に限る? それだと、星弓の丘や仕掛け噴水が有名どころだけど、どういう風の吹き回しだい?」

「マリユスから相談を受けたのだ」


 心のなかで弟に謝罪しながら取り繕うアルフレッドに、テオドールは手のひらを返したように疑惑の目を緩めた。


「ああ、マリユスとエミリも付き合いが長いからね。あらかたの王城内の名所は巡って、出尽くした感じなのかな。そういえば、王妃陛下の薔薇園も今が見頃だろうけど」

「……何度も行ったことがあると、言っていたぞ」

「あの二人ならそうだろうね。いっそのこと、城の外では駄目なのかい? それこそ湖だろうと鐘塔だろうと、王都内にも名所はたくさんあるだろう?」

「城から出る、か」


 何せディオーネのあの髪色である。目立つことこの上ないうえに、婚約の公表を控える現時点では父からの許可は下りないだろうな、とアルフレッドは遠い目でもう一度、窓の外を眺めた。


 焦って求婚しても意味がない。ここは一旦、保留にすべきか。


 すでに馬車は東区から北区に入ったようだ。商業が盛んな東区とは雰囲気が一変し、緑の多い長閑な住宅の風景が見えた。次の査察先の北門到着まで、もう少し時間がかかる。


「ついでの話だが。婚儀前の恋人に対して求められる節度ある距離感とは、どの辺りまでを指すと思う?」

「何それ」

「……マリユスからの相談だ」


 自分でも酷いと思いながら澄まし顔で通すアルフレッドに、目の前のテオドールがうーん、と首を傾げた。


「端的に言うと、婚前にどこまで手を出すか迷っているということ?」

「そういうことだ、ろう」


 原因は勿論、父ロドルフがディオーネとの結婚を認める条件として付加した「婚儀まで手を出すな」のひと言にある。


 しかもディオーネと共に挨拶に向かった際の、すんなり承認してくれた父は影武者ではなかったのかと疑うほど、以後のロドルフは事あるごとに忠告を繰り返してきた。


 手を出したら破談だ、と。


 そう言われ続ければ、さすがのアルフレッドも無謀なことは出来ない。何せ、ようやく漕ぎ着けたディオーネとの婚約なのだ。


「私からしたら、迷うこと自体がおかしな話だけどね。恋人と手を繋げば今度は口付けしたいと思うし、そうしたらもっと触れたいとか、最終的には全てを自分のものにしたいと考えるのは成人男性として普通の感覚だろう?」

「お前はそういうところ、昔から迷わないな」

「互いに合意していることが前提だけどね」


 耳の痛い話だ、と視線を逸らすアルフレッドを特に気にすることなく、テオドールは続けて持論を展開した。


「まあ自分達の場合、結婚となると相手もそれなりの家柄だからなぁ。加えて、目付け役の()()()()()()()()とか、何らかの事情で婚儀まで清い関係が求められるとなると、せいぜい口付けくらいが限度だろうね。それでもその先を自制できそうにないのなら、いっそのこと相手と一線を引いて甘い雰囲気になるのを回避する、か」

「やはりそうなるか。頭が固い父親というのは面倒だな」

「まあね。って、これ本当にマリからの相談なんだよね? となると、頑固親父はうちの父ということになるのだけど……でもそうだな。父はエミリに何かあったら、鉄拳制裁の上に結婚させないとマリユスを脅すくらいはしそうだ」

「兄弟、考え方が似ているよな」

「ん? それはどの兄弟の話?」


 これには、ふっ、と苦笑するに留めるアルフレッドである。


 折良く、馬車は目的の北門に到着したようだ。やがて降車を促す御者に従ったアルフレッドとテオドールを、北門を管理する役人らが腰を折って出迎える。


 東門と同様に今回の改修作業について詳細な説明を受け、次いで職人頭に労いの言葉をかけたアルフレッドは、壮麗に仕上がった北門をじっくりと見上げた。


 今すぐにでも、ディオーネに会いたい。


 神力の依り代となった身体が求めるのか、はたまた男の本能か、本音を言えばいつだって甘い雰囲気に持ち込んで触れたかった。


 だが恋人としての関係が進んだ分だけ、己を律する難易度も上がる。そうなれば、欲望に歯止めが効かないことは容易に想像がついた。


 ならばテオドールの助言通り、せめて婚約を公にするまでは不必要に触れないことだ。その決心が裏目に出ることを、この時のアルフレッドは知る由もなかった。

どんまい、アルフレッド。そして損な役回りの弟マリユスです。

お読みいただきありがとうございます(*^^*)!

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