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決意の再会


「姫様」


 蔦模様の縁取りが施された両開き扉の前に立つディオーネに、侍女のナイアが心配そうに眉根を寄せる。ディオーネは無言のまま、扉を開けてくれるよう堅く頷き返した。


 扉をくぐり手摺りに添って階段を降りれば、その先にあるのは緑豊かな自然と融和した、美しい大理石造りの広場だ。


 王妃ベッティーナが指定したここは空中庭園となっていて、出入りできるのは先程の扉の一か所のみ。城内で働く使用人たちの目を気にすることなく密会するには、うってつけの場所とも言えた。


 その広場の中央、ディオーネが見つめる先に、王妃を通して面会依頼を出したアルフレッドが一人で立っている。中天を過ぎた太陽の柔らかな日差しを受けて、尚更、その長身の姿は際立っているようにも見えた。


 約束の時刻である。


「……行きますね」


 階段を降りたところでディオーネは不安げなナイアに優しく声をかけ、護衛として同じく付き添ってきたミラベルと共に待機を願う。そのまま二人を背に、中央へ確かな足取りで歩き出した。


 遠目にも、アルフレッドが自分を注視していることが分かる。心臓の高鳴りよりも鮮明に、体内を巡る女神の力がアルフレッドの存在そのものに引っ張られているようだった。一歩進むごとにその感覚が、ディオーネを支配していく。


 怖い、と思った離宮での出来事と相反した、新しく生まれる神力の心地よさ。自分の本質はどこにあるのか、アルフレッドの本心はどこにあるのか。


 寄る辺のなかったこの一ヶ月半の感情を上手に隠して、アルフレッドの眼前に進み出たディオーネは穏やかに微笑んだ。そのいじらしさに胸を打たれたアルフレッドが、衝動のままにディオーネを抱き寄せる。


「姫様っ」


 咄嗟に駆け寄ろうとしたナイアを、初動のうちにミラベルが片手で制した。この先を決めるのは当事者同士でなければならないと、第三者の関与がないよう、ミラベルもまた上司である軍部最高司令官ラウルに厳命されているのである。


「あの……」


 ややあって、アルフレッドの胸のなかのディオーネが呟く。


「殿下、息が……苦しいです」


 はっ、と我に返ったアルフレッドは断腸の思いでディオーネの両肩を押して自分から引き剥がすと、そのまま深く頭を下げた。


「……姫。辛い思いをさせて、申し訳なかった」

「いけません! 顔をお上げください」

  

 ディオーネが慌てた口ぶりで止めに入るも、神妙に贖罪の意を伝えるアルフレッドには効果がない。

 

「何なら、このまま跪こうかと思っている」

「本当にやめて下さい」

「だが」

「あの……わたくし、平気ですから」


 必死に取り繕って出た言葉に、ようやくアルフレッドは頭を上げた。


「平気? 少し痩せただろう。平気なものか」

「あ……」


 アルフレッドの茶色の瞳と、軽く見開いたディオーネの紫色の瞳が互いを探り合う。


 里山離宮での出来事以降、二人が顔を合わせたのは本日で二回目だ。それなのに、とディオーネは思う。自分にとって些細な、気にも留めていなかった身体の変調をアルフレッドが見抜いた事実を受け、心の奥で小さな温もりが生まれた。


 それは『嬉しい』という名の感情であることを、今のディオーネは知っている。


「……そうですね。平気、ではなかったですね」


 悟られまいと、そっと目線を逸らしたディオーネにアルフレッドが告げる。


「すぐに許してもらえるとは、私も考えていない」


 いいえ、とディオーネが静かに首を横に振った。


「殿下からの謝罪は、すでに受け取りましたので。それに……どちらかと言えば、殿下は被害に遭われた側ではありませんか」

「被害?」

「……陛下から、カスタリア王女の特質についてお聞きになられたのでしょう? あの時、もし離宮で出会ったのがわたくしでなければ、殿下が媚香に侵されることも、神力の依り代という奇異に見舞われることもなかった。謝らなければならないのは、わたくしのほうなのです」

「それは違う」


 ディオーネの言い分は確かに正しいのかもしれないが、自分の感覚と随分すれ違っているように思えて、すかさずアルフレッドは反論した。そもそも、ディオーネと出会わなければ、などという後悔は持ち合わせていないのだから。


「離宮の庭園で見つけたのが他の令嬢だったのならば、私は間違いなくすぐに引き返していた。女神の力が働く以前に、茂みをかき分けて一歩踏み出したのは自分の意思だ」


 目を閉じればいつでも鮮明に蘇るのは、足下の草花を見つめて微笑む、純然たるその姿。


「あなたの美しさに……どうしようもなく見惚れてしまったのだよ」


 驚いたディオーネが目線を上げた。優しさを滲ませたアルフレッドの瞳と出合い、疑うべくもないその真意に触れたことで、今度は恥じらうように顔を伏せる。


 二人に訪れた、長い沈黙。


 ディオーネは何も言わない。どう返事をしていいのか、答えが見つからなかった。それをアルフレッドもただ見つめ続け、遠方からハラハラと見守るナイアとミラベルが焦れったいと思うほどの時が流れた。


 ふぅ、と息を吐いたのはどちらだっただろうか。


「少し歩こうか」

「……はい」


 ようやく示された打開案に、ディオーネが素直に頷く。案内されて向かった先は、蔦が絡む白亜の円柱に円形の屋根が美しい、小さな東屋だった。


 入り口の段差にアルフレッドが手を差し伸べ、ごく自然な成り行きでディオーネがエスコートを受ける。何気ない振りを装いながら、触れた手の温度に双方の鼓動が跳ねたことは言うまでもない。


 次いで二人の心を占めたのは、不思議な、安寧という穏やかな安らぎだった。


 東屋には内周に沿って併設されたベンチに、鮮やかな色合いのクッションがいくつも重ねて配置されている。そこにディオーネとアルフレッドは少し間隔を空けて横並びに座った。


「殿下は……わたくしの存在を迷惑だとは思われないのですか? 事情も明かされないまま依り代とされ、抗いようもないこの神力が気味が悪いと……」


 もし、アルフレッドにそう言われてしまったら。この一ヶ月半で何度も思い浮かべた仮定だった。


 もしもそうであるならば、これまで通りにアルフレッドとは距離を置き、たまに時間を共有するだけでも依り代としての不調は改善するだろうか。


 もし、それさえも(いと)われたら。ネヴェルネスの城を出て消息を断つ、そうしたらアルフレッドは安心するだろうか。


 ドレスを強く握りしめるディオーネの手が震えていることに気がついたアルフレッドは、尊大なはずの女神の血が他国の男性に及ぼす、媚香という歪な効力にディオーネが心を痛めていることを察した。その両手に自らの左手を重ね合わせる。


「カスタリア王女に宿るのは、荘厳な原初の女神のお力だ。あなたはそれを恥じる事も、悔いる事もない。そして……許してもらえるのであれば、私の気持ちを受け入れて欲しい」


 アルフレッドの整った顔を映すディオーネの紫色の双眸から、じわり、と涙が溢れ出た。アルフレッドが右手をその頬に添え、親指に軽く力を込めてディオーネの涙を拭い取る。


「殿下の、お気持ち……」

「離宮であなたを泣かせたことは反省しているが、触れたことには後悔していないよ」


 涙に濡れたディオーネの頬が、次第にほんのりと朱に染まる。アルフレッドはそれを可愛いと、添えたままの右手で無意識に頬をさすった。


「でもわたくしは、世間では国王陛下の側室という立場です」

「父上からの承諾は得た。私の望みは、あなたを正妃に迎えることだ」

「……!」

「事実を知った誰もが、この決断が媚香の影響に左右された、一時的な感情によるものではないかと疑うのかもしれない。だが私は、心からあなたを恋しいと想っている。それをあなただけには信じてもらいたい。どうか、前向きに考えてみてはくれないだろうか」


 こくん、と頷いたディオーネの小さな反応が、アルフレッドの右手に伝わる。


「……少しだけ、お時間を頂けますか」

「もちろんだ。……ここは、気長に待つ、と言いたいところだが、私の心臓が持たないだろうからな。父上の五十の賀までに返事を貰えたら嬉しい」

「……分かりました」


 恐らく、そこまで待たせることはないだろうとディオーネは思う。その潤んだ美しい宝石のような瞳で見上げられて、アルフレッドの心が大きく揺れた。


「……!」


 ディオーネの可憐な薄桃の唇に親指を沿わせたアルフレッドが、自らの唇をゆっくり近づける。ふわり、と薫った花の芳しい香りがその鼻腔を刺激した。


「あなたの匂いがする」


 互いの吐息がかかるほどに、近く、近く。


 甘い瞬間を迎えようとした、その時。


「―――姫様。退出の、お時間でございます」


 自重できなかったのは、どうやらアルフレッドだけではないようだ。入念にも、ゴホン、という咳払い付きでナイアが監視の距離を縮めてきて、我に返ったディオーネが驚いた表情で身を引く。


 ナイアに視線を移したアルフレッドが内心で舌を打ち、何とも麗しい思惑は不首尾に終わったのだった。

長らく間が空いてしまいましたm(_ _)m

少しずつですが、また更新していきたいと思います!

よろしくお願いします(*^^*)♪

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