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やるせない思いの向かう先 侍女と護衛編


「どういうことですか、ミラベル様!」


 近衛師団第三分団団長のミラベルが、すっかり復調したディオーネ付きの侍女ナイアから詰問を受けたのは、帰城して三日目の夜だった。


 離宮より戻った初日は既に夜遅い時間帯で、ディオーネの顔色が悪いのも旅の疲れからかと、ナイアは深く気に留めなかった。明日になれば、またいつもの朗らかな微笑みを見せてくれるだろうと。その考えが覆されたのは、ディオーネの入浴を介助した時だ。


 次の日になっても、ディオーネは一向に気力を取り戻さない。食が細く、好きだった読書にも手を付けないどころか、まるで世を儚むようにうっつらと眠る時間が増えた。余程、心身に負担が生じたのだろう。それは決して、澱んだ神力を大解放したからではないのだと、ナイアの疑念が確信に変わる。


 三日目となる今日は、ついに国王から、離宮での成果の報告という建前のもと、顔を見せるようにと偽お渡りの召喚状が届いた。


 塞ぎがちなディオーネには、国王居住区まで渡る体力がない。体調不良を理由に断ると、間髪入れず、今度は王妃の使いとして女官長が見舞いに訪れる。実際に弱ったディオーネを見て、驚いた女官長はすぐさま王妃に進言し、ディオーネはベッティーナの手元で密かに療養することが決まった。


 夜のお渡りに似せた行列の真ん中でディオーネを抱え、国王居住区まで送り届けたのはミラベルである。主が不在となった部屋で、ようやく真相を問い質せるとナイアに睨めつけられ、戻ったばかりのその場に立ち尽くした。

 

 帰城してからというもの、いくら体を動かし鍛錬を積もうと、ミラベルの心を占める気鬱が晴れることはない。責められ、詰られ、辛辣な言葉を投げかけられるのも尤もだと、自らの非を認めて頭を下げる。


「離宮における姫様の警護を一任され、ナイア殿からも頼まれておきながら、この失態……全ての責任は私にあります」

「ええ、そうですわね」

 

 冷めた口調で非情にも言い切ったナイアが、立ち話も何ですので、と素っ気なく長椅子を勧める。互いに腰を落ち着かせると、荒ぶる感情を押さえ込むために、ナイアは膝の上で強く両手を握った。


「……離宮でのことを、説明してください」

「姫様が、お打ち明けられたのでは?」

「まさか。姫様は一昨日に帰城されてから、御身に起きた出来事について何も語られません。お体のご様子から、一方的に推察するのみでございます」


 しばらく沈黙が続く。この丸二日で想定したことを、ナイアが頭の中で反芻するには十分な時間だった。


 離宮へと旅立つ際に、体調を崩して留守を言い渡された自分がそうであったように、おそらく、ミラベルも何かしらの理由を付けられ、一時的にディオーネの側から離れたのだろう。そうして、一人になったディオーネに出来心で男が近づき、国王が警鐘を鳴らすところの媚香を受けてしまったのだ。


 男の侵入を許した時点で、護衛の職務怠慢だと断じてしまえばそれまでだが、神力という凡人にはどうしようもない力を前にして、ミラベルに全面的な非があるのかと言えば、そうとも思えない。


 頭では理解しているつもりでも、やり場のない怒りを向ける矛先は、やはり離宮へ同行したミラベルしかなかった。


「もう一度言います。貴女が姫様をお守りすることが出来なかった、その経緯について教えてください」

「それは……」


 口元を歪めたミラベルの顔色は、ディオーネに負けず劣らず酷いものである。ようやくそれに気がついたナイアは、まじまじと目の前の、体格の良い女性指揮官を見据えた。


 身分の垣根を超えて、この四年間、共にディオーネの成長を見守ってきた間柄だ。築き上げた絆はそう浅くはない。となると、情も湧いて出てくる。


「すみません、言い過ぎました。わたくしとミラベル様は、姫様を一番大切な存在だと認識してお仕えしている、謂わば同士のようなもの。違いませんか?」

「……ええ。職務を全うできなかった私が口にするのもおこがましいですが、常日頃からそのように感じていました」

「ミラベル様も悩んでいるのでしょう? ここへは、わたくしに詰られるために来た」


 はっ、とミラベルは面やつれした顔を上げる。


「そう、ですね。そうだと思います」

「ではもう、叱責は十分ですね。同士であるわたくしに、ミラベル様の苦悩を分けていただけませんか? わたくしには姫様のすべてを把握する責務があるのです」

「姫様は、他者の口から真相が語られることを望んでおられません」

「ミラベル様!」

「ですが……貴女に黙秘を続けることは、どうやら私には荷が勝ちすぎているようです」


 心にわだかまる気鬱が揺れる。意識を切り替えたミラベルは、ふっ、と肩の力を抜いた。


「姫様からは口外禁止を告げられましたが、おそらくナイア殿は対象外でございましょう。……そういうことにして、これから順を追い経緯をお話します」


 この煩悶を誰かと共有したかったのだろうか。一度腹をくくってしまえば、自分でも驚くほど、とうとうとミラベルは真実を語り出した。


 横なぐりの大雨が見事に上がったあの日、ディオーネがカスタリア王族固有の神力を使うにあたり、ミラベルとその配下の女性兵士らは言いつけに従って、一斉に離宮の正門付近まで退避した。


 その際、管理人の老夫婦にも声を掛けて同道を願ったが、どういうわけか夫のほうは挙動が不審である。


 ミラベルが老夫を呼び寄せて問い質すも、大したことではありません、の一点張りで頑として口を割らない。そうしてディオーネが正門に現れないまま結構な時が過ぎ、老夫への追及も諦めて戻る途次のこと、ミラベルは驚きのあまり目を瞬かせた。

 

 老夫婦が日頃の住まいとする管理舎の横の小屋に、見事な黒駒が繋がれているではないか。


 夕刻の薄暗い視界でも、軍人たるミラベルが見間違えるはずもないその黒鹿毛の駿馬は、王太子アルフレッドの愛馬である。まさか、とミラベルは老夫に険しい顔を向けた。老夫はさすがに逃れられないと悟ったのか、偶然にもアルフレッドがお忍びでこの離宮に滞在していることを白状したのだった。


「では、姫様を手折ったのは……」

 

 予想外の相手と事の重大性に触れ、ナイアは体を震わせた。真剣な眼差しで、一つ頷いたミラベルが説明を続ける。


「私は部下と共に、急ぎ姫様のお姿を探しました」


 向かったはずの庭園、立ち別れた回廊、それらを中心にミラベルは必死でディオーネを探索した。どうか、お二人が出会っていませんように。そう願い続けた祈りは、程なくして叶わなかったことを知る。


 どうやら貴賓室にお戻りのようだ、と部下からの報告で駆けつけてみれば、室内の気配は二つ。断片的に耳に入る声の質から、アルフレッドとディオーネが接触したことは明らかだった。


 背筋が凍り付くとは、まさにこのことだ。


 ミラベルは部下たちに箝口令を敷いて、本棟周辺の警備へ散らせると、すぐにでも貴賓室に突入したい衝動を抑えながら、今か今かと扉が開くのを忍耐強く待ち続けた。


 すでに宵も過ぎようかという時刻になり、ようやく部屋から出てきたアルフレッドに、ミラベルは非難がましい視線を送る。それがミラベルに許された精一杯の反意だった。


「庭園にて甚大なお力を使ったことも、原因の一つなのでしょう。姫様は一昼夜に渡り眠り続けて、はっきりと目を覚まされたのは更に翌日の朝のことでした」


 朝食を済ませ、帰城の準備を整えるなかで、ディオーネは小さく呟いた。わたくしはこのまま、ネヴェルネス王城に戻っても良いのでしょうか、と。


「そのご様子があまりにもお労しく、私は必死で、お戻りにならなければ両陛下がどんなにお悲しみになりましょうか、と言い募りました。いえ……同じ女性でありながら、私にはそう伝える他に、姫様をお慰めする言葉を持ち合わせていなかったのです」


 護衛としての落ち度ばかりか、年長者として労る言葉さえ思いつかない。

 

「何事にも不甲斐なく、立つ瀬もございません」

「いいえ!」


 失意のあまり顔を曇らせるミラベルに食い気味で、ナイアは否定の言葉を被せた。


「姫様は、こうと決められたら引かないところがございます。ミラベル様のお言葉がなければ、もしかしたら離宮から姿をお隠しになり、ご帰城なさらなかったかもしれません。王城まで連れ帰りいただきましたこと、お礼を申し上げます」

「礼など……! 失態を犯した私には不要です」

「では、お礼代わりに。ミラベル様の苦悩はこれでわたくしと半分です。肩代わりさせてくださいませ」

 

 十歳以上も年下の者からの情が、深く体に染み入る。気鬱の心に風が吹いたような気がして、ミラベルはようやく少しだけ表情を緩ませることが出来た。


「やはりご幼少からの主従ですね。貴女と姫様は、とてもよく似ていらっしゃる」


 ナイアは嬉しそうに目を細めて、今後の姫様の為に、共同して最善を模索しましょう、と告げる。そこまでは良かった。それにミラベルが頷いた途端、ナイアの目つきが険のあるものに変わる。


「……復讐をしましょうか」

「はい?」

「どこの王家も内紛は避けたいもの。このまま一夜の過ちとして姫様お一人が傷ついて、何事も無かったように有耶無耶にされるのでしょうね」


 そう、それは五年前のカスタリア王国で、十三歳だった直系王女のディオーネが、あっさり第一神殿へと追いやられたように。


 もしまた蔑ろにされようものなら、時の流れと共にディオーネ本人が王太子を許したとしても、ナイアは恨みを忘れることなど到底できないと思った。


「相手は高位の権力者。一方でわたくしは、たかだか国王の側室の侍女に過ぎません。非力ではございますが……姫様ほどの善人でもないのですよ」


 話の雲行きが怪しい。先程の頼もしいナイアの言葉に感動したのも束の間、今度は慌てる羽目になったミラベルである。


「待って下さい。おそらく有耶無耶にはならないかと。王太子殿下の態度から拝察するに、今後は姫様を手中に収めるべく動かれるような気がします」

「姫様を傷つけておいて、それをすんなりと両陛下がお許しになるとは思えませんが」

「それはその通りです。離宮でのことが両陛下に明るみとなることは時間の問題……そうなると、お忍びで離宮を訪れた王太子殿下にも、何らかの仕置きがあるものと存じます」

「便乗しましょう」


 またもや食い気味に即断したナイアの両肩を、素早く長椅子から立ち上がったミラベルががっちり掴んだ。


「罪を犯してはいけません!」

「そのような卑怯な手を使うわけがないでしょう? わたくしは王太子殿下を許せませんし、今後もし姫様と接触するようものなら、できうる範囲で、ネチネチと嫌がらせを行う程度でございます。ふふ、ご安心くださいませ」


 全く安心できない、とミラベルはこめかみを押さえる。その手をすくい取るようして包み込んだナイアは可愛らしく、協力してください、などとのたまうのだから余計に頭が痛い。


 ディオーネに似ていると伝えた前言を、早くも撤回したい気分だ。だがナイアの無茶振りのおかげで、これまでの煩悶がすっかり吹き飛んだのも事実である。


 処罰されるのを粛々と待つのみだったミラベルに、後宮の侍女の見張りと牽制という新たな職掌が追加されたことは言うまでもない。

お読み頂き、ありがとうございました♪


ナイアとミラベルの後日談でした。

次話は、やるせない思いの向かう先 国王夫妻編 

です。


ついに国王夫妻が離宮での出来事を知ります。

激おこです。

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