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国王夫妻の望み


 天覧試合からの帰途、国王夫妻専用の儀装馬車内でロドルフは横並びに座る妻へ声をかけた。


「ベッティ、先程から口数が少ないが疲れたか」

「そうではありません。ラウル殿の話を聞き、貴方と同じ考えを巡らせておりました」

「ああ、まさかあのアルフレッドがな」


 ネヴェルネス王国の第一王子であるアルフレッドは、ロドルフとベッティーナが結婚八年目にしてようやく授かった子供である。十五歳で立太子した後、政略結婚を前提とした婚約が近隣国の王女との間で整えられたが、流行り病に罹患した王女の急逝により僅か三ヶ月で白紙に戻った。以来、新たな婚約を結ぶでもなく、かと言って国内で貴族令嬢と浮いた噂の一つもない。


 因みにアルフレッドの側近にして王弟ラウルの嫡男である一つ年上のテオドールには恋人がいたりいなかったりの期間があり、婚約者不在のままその時々で恋愛を楽しんでいる。また一つ年下の第二王子マリユスは幼い頃からラウルの一人娘を一途に想い続けていて、いつかは添い遂げさせてやりたいと周囲の大人たちも公認済だ。テオドールとマリユス、この二人の未婚王族男性に関しては年齢相応の情緒が育っているとして国王夫妻は何ら心配していない。


「アルフレッドは感情を表に出すことが少ないですからね。女性嫌いも年々酷くなる一方のように存じます」


 不得手な性格までわたくしに似なくても良かったでしょうに、と続けたベッティーナの背中をロドルフが宥める。まだ幼少期は良かった。周囲で寵を競う貴族令嬢たちに辟易としつつも取り繕いは出来ていたのだ。女性不信が顕著になったのは婚約解消のあたりからで、会ったことも無い書類上の婚約者の死に心を痛めるではなかったが、アルフレッドがしばらく正妃を決めないと宣言すれば側室や愛妾にどうかと貴族たちからの斡旋が相次ぎ、娘達も無遠慮に自身を売り込んでくる。うんざりだと、女性を執拗に避け始めたのはこの頃である。


 だが実情はどうであれ、アルフレッドは王太子という自身が置かれた立場も、いずれ正妃を娶らなくてはならない義務も弁えている。様々な葛藤を抱える難しい年頃でもあるのだ。数年は猶予を与えて様子を見守るというのが国王夫妻の判断だった。


「ラウル殿から話を聞いて、貴方も一つの可能性に辿り着いたのではありませんか」

「何が言いたいのだ」

「ディオーネ姫のことです。流石は女神のお血筋だと感じ入るものもありますが、それだけに留まらないのは姫の人徳によるのでしょう。出会ってからこの半年、わたくしは姫を我が娘とも思い愛しんでまいりました。貴方とて思いは同じはず。ですがどれほど慈しみを与えても姫はネヴェルネスの王女ではない。決してアルフレッドとマリユスの妹ではないのです」


 ロドルフの片眉がピクリと上がる。


「姫を正式に我が娘とする方法があるではありませんか」

「……ディオーネ姫をアルフレッドの妃に、か」

「姫のご身分は勿論のこと、努力を惜しまない姿や賢くも慎ましやかなご気性、どれをとっても我がネヴェルネス王国の未来の王妃としての条件が揃っております」


 ネヴェルネス王国に限らず大陸国の元首またそれに次ぐ地位にある者は、天地創造の際に最初に生み出されたという数名の人類の祖の血筋を尊ぶ因習から、一国の王女またはそれに準ずる王族の姫をもって正妃に迎えるという決まりがあった。現在のネヴェルネス王国において王太子妃の資格を持つのは王弟ラウルの娘のみで、マリユスと恋仲にある以上、アルフレッドの正妃は必然的に他国の王女ということになる。


「今後もディオーネ姫を手元に、とは私とて考えぬでもない。だがな、姫の両肩にはカスタリア国民の命運がかかっておるのだ。唯一の女神のお血筋をネヴェルネスが独占したとあれば、今度こそ大陸国中のやり玉に上がるだろう。媚香の問題もある」


 曲がりなりにもアルフレッドが興味を示そうとネヴェルネスにおいて最上位である国王夫妻が望もうと、政治的な背景を考えれば前途は多難だ。はぁ、と重々しくロドルフが言及する。


「ディオーネ姫を我がネヴェルネスの王太子妃とすることは出来ないだろうな。あくまで現状の話ではあるが」

「現状ではそうですわね。それでもわたくしは、一縷の望みにかけてみたいと思います」


 おや、とロドルフは瞠目した。妻の性格的に確証がないものに対して希望的観測を述べることはこれまでなかったからだ。その横顔は嫣然としていて、ベッティーナが何とかなると断言すれば本当に何とかなってしまいそうな魅力を醸し出している。


 数字、実証、裏付けといった国王や王妃として日頃から判断の頼りとするものは一切ない。だが見果てぬ夢であろうと、たまには内輪の話として期待を抱くのは悪くないとロドルフは考えを改めた。


 それにカスタリア王国の今後について気になる動向がないとも言い切れない。


「そうだな。私も未来への希望を持つことにしようか」


 天の配剤という言葉がある。ロドルフの元へ友好国からの密使が届いたのは、この日から幾分も経たない秋も深まる夜長の季節だった。




「あの子が生きていた……」


 ディオーネが常習化したお渡り工作で王妃ベッティーナの私室を訪れた時のことである。珍しく既にロドルフが待ち構えており、ベッティーナと共に座るよう誘導された対面の長椅子で用件を打ち明けられる。ディオーネは驚きの声を上げた。


 ランダル国の侵略により凶事に倒れたカスタリア国王夫妻の幼い王子が側近の手引きにより王城から無事に逃げおおせ、流浪の末に庇護を求めて国際機関へと駆け込んだというのだ。ロドルフが先んじて得た情報を精査する間にも、大陸国間において僅か十一歳の王子がカスタリア王国の次代の王という認識が怒涛の勢いで広がっていった。


「直系王女であるディオーネ姫の存在をこれまでひた隠しにしてきたからな。カスタリア王族の生き残りで、更に前国王の嫡子とあれば国際情勢が傾くのも仕方が無い」


 事情を説明したロドルフがディオーネに視線を移す。


「ではあるが、姫のお血筋のほうが原初の女神に近いことも事実だ。ここからは姫の一存に任せるが、再建が叶ったカスタリア王国へと戻り王子に代わって王位に就くことを望むのであれば、私は姫の存在を国際機関に申し出る」


 どうする、とロドルフから目で問われてディオーネはしばらく一考した。


「もし陛下がわたくしを擁することになりましたら、ネヴェルネス王国を良く思わない国々が王子を推して対抗するのではありませんか」

「その危険性はある」

「つまり、わたくし達のせいで大陸国の勢力が二分する恐れがあるということですね。……新たな災いの火種となることは原初の女神もお望みではないと思うのです」

「しかしこの機会を逃せば、姫がカスタリアへ帰還する日も遠くなるぞ」

「望郷の念には駆られますが、大陸国間で王子が次期国王と認められた今、わたくしが戻ったところで復興途中のカスタリアに王位を巡る混乱を招くだけでしょう。わたくし個人の情を挟むわけにはまいりません」


 目を瞑れば、「姉上様」と無邪気に駆け寄ってくれた幼い姿が蘇る。余所余所しかったカスタリア国王一家の中で唯一、笑顔を向けてくれた在りし日の少年は当時のディオーネにとって小さな心の支えでもあった。弱い立場の者に寄り添うことが出来るあの王子であれば、幼くとも周囲に支えられてカスタリアの国と民を良い方向に導いてくれるだろう。ゆっくりと瞼を開けたディオーネの紫の瞳に感情の揺らめきはなかった。

 

「姫の判断はご立派だと思いますよ」


 ベッティーナの後押しを心強く思いながら、ディオーネは次いで正面のロドルフを見る。


「あの……それで今後のことなのですがわたくしの身の処し方が定まるまで、今しばらく侍女と共にこのネヴェルネス王城に置いていただけますでしょうか」

「勿論だ、ディオーネ姫」

「わたくし達と姫の仲で何の遠慮が要りましょう」

「ですが、陛下方はわたくしが次のカスタリア女王となることに利を見て手厚い保護をして下さったのではないのですか? このままではわたくしは、何もお返しすることができません」

 

 はっと息を詰めたロドルフとは反対に、ふぅと息を吐いたのはベッティーナである。立ち上がってディオーネに近づくと徐にその華奢な体を抱きしめた。


「王妃陛下……?」

「国王陛下もわたくしも貴方が可愛くて仕方がないのですよ。わたくし達には息子が二人だけですからね、まるで娘が出来たようだと毎日が彩りに満ち溢れているのです。家族への情は見返りを求めるものではないでしょう?」


 家族、と小さく呟いたディオーネの体が小刻みに震え出し、ぱちくりと見開いた大きな瞳に涙が浮かぶ。


「わたくし達に娘を育てる喜びを教えてくれて、ありがとう存じます」


 頭上からの声に、きゅっとディオーネはベッティーナの背中を掴み返した。温かい。人の好意とはこのように温かいものだったのか。幼少期に実の両親を亡くしてからというもの、後ろ盾の乏しいディオーネに向けられるのは悪意の数々でしかなかった。肉親の情に飢えたディオーネの心にネヴェルネス国王夫妻の深い愛情がじんわりと染み込んでいく。


「わたくしのほうこそ……ありがとう存じます」


 ベッティーナが優しくその白銀色の髪を撫で下ろした。




 カスタリア王国は牧歌的な小国とは言え、一国の復興と新国王が体制を盤石とするには数年単位の時間が必要だろう。ディオーネは機を見て名乗り出るまで引き続きロドルフの仮の側室として身分を隠し、ここネヴェルネス王城で庇護を受けることになった。与えられた教育課程の履修に励み、知識を習得するにつれ恩返しと称して王妃ベッティーナの執務を手伝うようになる。自然とベッティーナが望む形の王太子妃教育を身に付けていることに当の本人は気が付かないまま、月日は緩やかに過ぎていく。


 国王ロドルフは従来の国務に加え、カスタリア王国復興の支援やディオーネがより良く日常を過ごす為の媚香の解明と多忙を極めた。最も頭を悩ませたのは接収し新たな領土となった旧ランダル地方の運営である。荒ぶる天候は収まりつつあり何とか作物が育ち始めるも、増えた土地と人民に対して政務官も税収も圧倒的に足りない。


 帝王学の課題として新領土の立て直しに尽力することになった王太子アルフレッドとその周辺は常に慌ただしく、ディオーネについて詮索するような暇は与えられなかった。とどのつまり、国王夫妻の元で次代の王妃候補が育まれていようとはアルフレッド自身も思いもよらないことである。


 こうしてそれぞれが実績を積み上げながら、あっという間に四年の歳月が流れた。

次話から四年後となり、ついにディオーネのアルフレッドの関係が展開します。


次は、噂の独り歩き(仮)です。



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