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新生活の幕開け


 一旦方針が決まってしまえば国王ロドルフが大陸国間の国際会議に出かけている間にも、後宮に住まうディオーネの生活は着実に充足したものへと変貌を遂げていく。


 朝食を済ませた午前は女性教師を招いての勉学時間とし、午後は自由時間にも拘わらず復習や学術系の読書とディオーネの向上心に余念はない。その多岐にわたる学習内容は王子たちに対する帝王学とも遜色がなく、当初は何故そこまでの教育を側室に施すのか疑問を抱いた教師も、ディオーネの努力と頭の回転の良さには次第に舌を巻く有り様であった。


 ロドルフは何でも好きなものを学べば良いとの発言通り、教本や文具などの教育資材は勿論のこと、時には国王専用の閉架図書といった貴重な資料に至るまでを惜しみなくディオーネに供与した。分野によって更に専門の教師が必要となれば、地方住まいの学者であろうと潤沢な研究資金の追加を条件に遥々と王都まで呼び寄せるほどの力の入れようで、ディオーネは高度な知識を日々真綿のように吸収していく。


「姫様、本日は政治学の先生がお見えになります。午後からはごゆるりと……ええ、また机に齧りつくのですよね。ですが室内ばかりではお体にも悪いと思うのですよ。天気もよろしいですし、読書でしたら中庭でいかがでしょう」

「ふふふ、ではそうしようかしら」


 ナイアの目下の心配事はディオーネが室内に篭りっきりとなってしまうことだ。しかし無理矢理の詰め込み教育ならばともかく、嬉々として勉学に励むディオーネの姿に強く諌めることもできず、せいぜい後宮の中庭や東屋まで足を運ばせ風に当たるよう誘導するのが関の山である。それでも今までのカスタリアでの冷遇と比べたら、何とまあ贅沢な悩みだろうとナイアは思う。


 国際会議から帰国したロドルフより、カスタリア王国の復興に向けて各国が支援に乗り出すこと、その先頭にネヴェルネス王国が立ち、政務と軍務の代官を派遣して指揮にあたる旨がディオーネに告げられる。但しその決定は議場において満場一致とはいかず、聖地への介入によりネヴェルネス王国が大陸国間で影響力を強めることに懸念する声が小なりにもあった。


「何の旨味もない旧ランダル国の土地は戦勝国への賠償と称して押し付けてくるくせに、これ以上の影響力を持つなとはよく言えたものだ」


 一つため息をついたロドルフは、諸般の事情を鑑みて、ある程度の復興が整うまではカスタリア王家唯一の直系王女の存在を隠匿する方針であることを改めてディオーネに説明する。全てはディオーネの身の安全を第一とし、世間には新しい側室の出自を「カスタリア王族所縁の姫」とだけ公表した。これにより自動的に、ロドルフが迎えた側室はカスタリア王族の生き残りであっても取るに足りない傍系の姫君だと認識され、まさか王位継承権を有する王女であろうとは勘繰りもされないのだった。


 その上、側室であれば国王以外の男性を避けて後宮の奥深くで暮らすことにも、国の公式行事に姿を見せないことにも特別に疑問視はされない。内実は忙しくとも表面上はただひっそりと、真実を知る限られた人間に守られて穏やかにネヴェルネスでの日々を過ごしてほしいというのが、ロドルフとラウルの切実なディオーネへの願いでもあった。


 そこに王妃ベッティーナの知恵が加わる。


「姫の存在が世間からすっかり忘れ去られたのでは、却って危険なのではないでしょうか」


 表舞台に姿を見せずとも国王の寵愛を広く印象づけたほうが、下心を抱く不埒な男性や政治的に利用しようと近づく貴族の魔の手からディオーネを守れるのではないか。その為にも国王の側室という立場は敢えて強調させたほうが良いとベッティーナは提言する。確かに一理あるとロドルフは頷き、夜の(とばり)が降りる頃合いに週に一度の間隔で、ディオーネは後宮からロドルフの居住区へと渡ることとなった。


 夜の暗闇が広がる回廊に明かりを灯し、護衛の女性兵士に囲まれ女官を引き連れての側室のお渡りは、不寝番として王城の警備に詰める者からすれば遠目でしか確認できないなりに、否が応にでも目立つ情景である。こうして実物は知らずとも、国王の寵愛が深く一切の手出しは厳禁という幻の側室像が王城を中心に王都、更には地方へと浸透していく。




「あら陛下、いらしたのですね」


 ある夜の帳が降りた日のこと、私室でディオーネと机を囲み刺繍に勤しんでいたベッティーナが夫の姿を認めて針を持つ手を止めた。週に一度、側室として単身で国王居住区の門扉を潜ったディオーネはロドルフの部屋へ行くと見せかけて、控えた女官長の手引きでベッティーナの部屋を訪れる。それが世間を欺く偽のお渡りの正体であった。


「どれ、姫の手は上手くなったかな」


 歩み寄ったロドルフがディオーネの手もとを覗き込む。ベッティーナが手ずから教えたディオーネの刺繍は、穏やかな色合いの糸を使ってネヴェルネス伝統の植物文様をきめ細やかに織りなしていた。生地の余白から見ても、六割方の完成といったところだろうか。ディオーネのはにかむような照れ笑いが何とも可愛らしい。


「まだまだ拙いので、お恥ずかしいのですが」

「いや、短期間でここまで上達するとは大したものだ」

 

 それは世辞ではなく心からの本音であり、思わずロドルフは嘆声を漏らした。どうやらディオーネは勉学に留まらず、刺繍や礼儀作法をも卒なくこなす才能に恵まれているらしい。纏う雰囲気からおっとりしているように見えて基本的には器用で柔軟性がある。その端的な例は身に纏うドレスだ。


 ネヴェルネス王国の女性の衣服は季節によって袖が短く襟ぐりのあいたドレスとなる。対するカスタリア王国は常に変化のない気候であるためか、首元から足首までを隠すもので袖も口が広く長い。それをネヴェルネス風に改めるとなると肌の露出が多くなり羞恥もあっただろうと推察するが、ディオーネは案外すんなりと新しい文化に馴染んだ。どちらかと言えば侍女のナイアのほうが、もじもじと気持ちの切り替えに時間がかかったものである。


「それにしても、姫との時間を独占できる王妃が羨ましい限りだ」

 

 刺繍道具を片付けた傍らにロドルフが着席し、女官長が夜分に見合った効果のお茶をそれぞれに給仕する。お渡り工作のたびにディオーネと時間を共有することになった王妃ベッティーナは、刺繍の他にも絵画鑑賞や時には献上された希少なお茶で夜の茶会を開いたりと、ロドルフが側室招来の自演として部屋で執務をこなしている間にも楽しく交流を深めているのだった。

 

「わたくしの作戦勝ちです、陛下」


 ふ、とベッティーナの口元が艶やかに緩む。これにはロドルフも参ったなと笑い声を上げ、仲の良い国王夫妻のやり取りにディオーネもふんわりと笑みを浮かべる。全てが穏やかに流れるこの時間はいつしか、執務漬けのロドルフや重責を担うベッティーナの癒やしとなっていた。


「ああ、そうだ。ふた月後に行われる軍部恒例の天覧試合について、姫に話がある」

「天覧試合……地方の師団が王都に集まり個々の実力を競う年中行事ですね」


 打てば響くようなディオーネの返事に教育の手応えを感じたロドルフは、満足気に肯定すると手に持つカップを机に置いた。


「弟のラウルから、今年はディオーネ姫も私たちと一緒に臨席してはどうかと進言があったのだ。勉学に励むばかりでは姫の息が詰まると心配しておったわ。年頃の娘であるし、一般の令嬢同様に活気ある試合を観覧して華やぐのも良い気分転換になるのではないか、とな」

「……宜しいのですか?」


 暗に、大衆の前に姿を見せても大丈夫なのかとディオーネの瞳が尋ねている。これにはベッティーナが思案を巡らせた。


「試合会場は馬車で向かえば少しの距離ですし、陛下とわたくしが出座する貴賓席は一般観覧席よりも上階にあります。三方を天幕で囲むので、囲み方次第では姫が密かに滞在する空間も作れましょう。良いのではありませんか」

「出入りの際さえ護衛兵士で固めてしまえば、姫の姿を安易に晒すこともないな」

「念には念を入れて、姫には日よけを兼ねたベールを身につけてもらうという手もあります。早速、専属の者に仕立てさせねばなりませんね」


 二人の判断を静かに見守っていたディオーネは、ぱっと素直に顔を明るく輝かせた。


「嬉しく存じます。当日は元帥閣下やミラベルの剣技も見られるのでしょうか。とても楽しみです」

「そうですね。ミラベルは近衛師団の分団長ゆえ、もしかしたら判者に回るかもしれませんが。元帥のラウル殿は毎年、大取りとして最終勝者と剣を交えますよ」

「ああそれでか。あの弟は単純に、自分の勇姿を姫に見せたかったのだろう」


 仕方のない弟だと苦笑するロドルフが、そのままディオーネに向けた目を細める。


「試合の最後には、我らが二人の息子が剣舞を納めることになっている」

「王太子アルフレッド殿下と、第二王子マリユス殿下ですね」


 当然のことではあるが、王城に滞在して四ヶ月が過ぎた今でもディオーネはネヴェルネスの二人の王子を見た事がなかった。ならば良い機会だとベッティーナが口を開く。


「貴賓席からは遠目ですし、問題は起きないと存じます。この際、姫にはこっそりと息子たちを紹介することにしましょう」

「お二人のお子様を拝見できる日が待ち遠しいです」


 早く再来月になればいいと無邪気に笑うディオーネに、さて当日の姫の衣装はどういうものが良いだろうかと楽しい想像を膨らませるベッティーナである。妻の密かな高揚を感じ取ったロドルフは、まるで実の母娘のようだなと微笑ましく二人を眺めるのだった。

ダイジェスト風になってしまいましたが、ディオーネの新生活と置かれた環境についてでした。


いよいよ次話、王子たちが再登場します。

次は、天覧試合、です。



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