狐引き
山の神社でかくれんぼをしていたら、かっちゃんが居らんくなった。
かっちゃんはわがままやから、みんな先に戻ったんやと思っとった。
でも家戻ってごはんを食べちょると、かっちゃんのお母さんから電話があった。
かっちゃんが、まだ家に戻っちょらんらしい。
僕もお父さんとお母さんに色々聞かれた。
僕は知らん、て答えた。
その後、みんなでかっちゃんを探したけど、見つからんかった。
一週間後、かっちゃんは山の向こうの村で見つかった。
朝早く、田んぼに立っているところを駐在さんが見つけた言うてた。
それから少し経ってかっちゃんが学校に来たんやけど、
かっちゃんはかっちゃんじゃなかった。
わがまま言わんし、
威張らんし、
小さい子をいじめたりもせん。
学校のみんなは不思議がっていたけれど、先生は何も言わんかった。
僕も良い事やと思った。
だって僕も、乱暴なかっちゃんは嫌いやったもの。
今の方が絶対良い。
でも、ある日、河原で一人で遊んどるかっちゃんを見かけて、
そんなこと言えなくなった。
かっちゃんは河原で、魚を手で掴んで、むしゃむしゃ食べとった。
僕がビックリして固まっとったら、
かっちゃんがこっちにゆっくり振り向いて、
くちゃあ、、、って嗤った。
その顔は人の顔じゃなくて、
口が耳まで裂けたまるで犬みたいな顔つきで、
目は獣みたいな白目の無い真っ黒な目をしていた。
僕は急いで河原から逃げて、かっちゃんちに行った。
かっちゃんのおばちゃんに知らせなと思ったんやんやな。
かっちゃんちに駆け込むと、玄関を掃いていたおばちゃんにぶつかった。
「あれ、しょうちゃんやないと。一体どうしたね?」
おばちゃんは駆け込んできた僕に驚いていた。
「おばちゃん、あれはかっちゃんじゃなか!」
息を切らしながらそう言った。
するとおばちゃんは急に真顔になり、
寺のあみださまみたいに目を細めて言った。
「………他で言うたらあかんで」
そうしておばちゃんは、くちゃあ、、、って嗤った。
僕は家に逃げ戻った。
その日の事は怖くて誰にも言えんかった。
次の日もかっちゃんは学校では普通にしとるし、
そのうち誰も、
乱暴じゃなくなったかっちゃんを不思議に思わなくなった。
何年か経って、
僕が中学に上がるくらいに、かっちゃんちが火事で焼けた。
不思議なことに両隣の家は壁が焦げる程度で、
かっちゃんちだけ全焼やった。
焼け後を見に行くと、墨になった大黒柱だけが建っとった。
かっちゃんのおじちゃん、おばちゃん、婆ちゃんはみんな焼け死んだ。
でも焼け跡からかっちゃんの死体だけ見つからなかったらしい。
火元が分らんという事で、警察も行方を探しているんやと。
かっちゃんがタバコでも吸って、それが火元やないかと疑っとるらしい。
ふと、数年前のあの出来事を思い出し、
僕はもうよかろうと、
畑から帰ってきて縁側におった爺ちゃんに、
あの日あった事を話した。
すると爺ちゃんは煙草をふかしながらこう言うた。
「そりゃ“狐引き”やな」
爺ちゃんが言う“狐引き”っちゅうんは、
この村の周りでされとった口減らしの一種だそうだ。
この“狐引き”の対象(爺ちゃん曰く“引き仔”)にされるんは、
子供や爺婆ではなく、
ろくでなしの息子、頭のおかしくなった嫁、役に立たない愚図な兄弟、
生きていては迷惑、しかし、だからといって殺すわけにもいかない。
そういう人を狐に頼んで“引いて”貰うのだそうだ。
人にはわからない目印のまじないを“引き仔”にかけると、
暫くすると“引き仔”は狐と入れ替わる。
狐は何食わぬ顔で“引き仔”の振りをして生きていくが、
まるで急に人が変わったように見えるそうだ。
実際に人が代わったちゅうか、
人じゃないモノと代わっとるんやけどな。
しばらく後、そいつはふいっと姿を消してそれきりとなるのだとか。
「猪瀬(かっちゃんの名字)とこのボンが、なして“引き仔”にされたかはよそ様の事情ばってんわからんが、なんや事情があったんやろうな。火事になったんも、多分なんやあったんやろうが……」
爺ちゃんは言いかけて、山の方を眺め、ぎくりと身をこわばらせると、
「……止めや。お前も忘れてまえ」
と、それきり黙ってしまった。
僕はそれからこのことを誰にも話さんかった。
大人んなった僕は今、そんな事を思い出している。
嫁さんと子供を連れて、久々に帰って来た田舎で、
子供を連れて沢に釣りに来て、
ふと藪の中に見覚えのある黄色いトレーナーが落ちているのを見つけた。
大分昔の事やのに一瞬で気が付いた。
―――かっちゃんのや。
子供に離れて待っている様に言い、
ボロボロで半分落ち葉と土に埋まっとるそれを掘り起こしてみると、
そのトレーナーはまだ持ち主が着とった。
白い骨。頭蓋骨の形は人のそれ。まぎれもない人骨。
小学生であるウチの子供と同じくらいの大きさの骨。
僕は深呼吸だか溜息だか分からない大きな息を一つ吐くと、
携帯電話を取り出した。
微妙にアンテナが立っとって安堵する。
110番を押しながら、僕はふと思い立つ。
そういえば最後の鬼は僕やったな、と。
そして、子供の頃に隠れたまんま物言わぬ白い骨となった友達へ、
念仏代わりにとつぶやいた。
「みーつけた」