1−0 深淵
3年前
手が離れた。
否、手を離してしまった。
「テレ……!」
喉につっかかりそうな声で私を呼びかけた彼女は、目一杯の涙を私の目の前に置いていくように、直下の漆黒の中へと飲み込まれていってしまった。
わからなかった。あの時の私にはわかりもしなかった。あると思っていたものが、急に自分の手から消え去ってしまうこの感覚を。
何かとても熱いものが心の奥底で爆発したのを感じた私は、気づけば溢れ出す涙とともに、何も見えない闇に向かってただひたすら慟哭していた。
飛び込みたかった。
あの無の中で永遠に閉じこもりたいと思った。
でも背後から伸びる腕が暴れる私を強く引き止める。
私は自分の報われなさを嘆いた。
今考えると、あの時飛び込んでいればよかったと思う。自分のためにも、みんなのためにも、この国のためにも。
何もできなかった。彼女の遺した遺産を守りきれなかった。何もかも自分のせいだ。自分がこんな無能だったから、こんなことになったんだ。
そして旗を翻した奴らは、すでにこの街のすぐ近くまで駒を進めてきている。
なのに、私は……!
怖い。
逃げたい。
いっそのこと消え去りたい。
粉一粒残らず。
あの人がいたから、頑張れた。彼女でなければ、私は今ここにはいられなかった。
だからお願い
助けて……!
ナーシャ!