世界を知るための会話
街には中世ヨーロッパ風の建築物が立ち並んでいた。石造の橋や三角の木造の屋根の家が碁盤の目のようにきっちりと並び、所々には背の高い建物があり、いかにもな雰囲気を醸し出している。15世紀、ルネサンス文化の中心地であるフィレンツェの旅行記を読んだことがあるが、そんな様相を呈する街に、俺は感動していた。
俺は今、兵士に連れられて馬車を目指している。兵士は甲冑によって首から上を覆われているため、どんな顔つきかは分からない。声からして若い男性だということが分かるくらいだ。
「…にしてもまだ生きてる民間人がいたとは、どこから避難してきたんだ?」
兵士が俺に疑問を投げかける。「異世界転移して違う世界からやって来ました⭐︎」なんて言えるはずもなく、言葉に迷う。
「え……えっと……、ーーーです。」
俺はゴニョゴニョと言葉を濁して場を凌ごうとする。兵士は「ん?ん?」と首を傾げながら聞き返してくるが、急に手をぽん、として何か納得する。
「あ〜、ガラシア旧帝国か。確かにあそこも危険指定区域だったな。なるほどなるほど。あ、だからそんなに生臭いんだな!魔物の体液浴びたから!」
「そ、そうです!その通り!よくご存知で!」
俺は全力で便乗した。勝手に解釈してくれたことがありがたく感じる。
中央の通りは比較的綺麗だったが、ふと辺りを見渡すと、大きく破壊され、通れなくなっているところが散見される。
「ここで何かあったんですか?」
「もともとここは旧大陸の一角の街で、最初は人が住んでたんだけど、魔物によって奪われてたんだ。魔物たちは、討伐隊や王国直属の騎士隊、傭兵たちのおかげでかなり前にあらかた殲滅できたけど、損壊が酷すぎてまだ生活はできないってわけ。調査自体、昨日から始まったばかりで全然進んでないんだ。」
「なるほど、最近まで魔物が蔓延ってたんですね。そういえば、旧大陸って何ですか?えっと……。」
「あ、申し遅れたね、俺は王国直属の騎士ヴァルザーギっていうんだ。君は?」
兵士もとい騎士である彼は甲冑を取る。
金髪でエメラルドのような翡翠色の瞳をしていた。鼻が高く肌が白い。欧州の特徴を強くうけた端正な顔立ちに思わず嫉妬してしまう。
「俺は藤堂康之って言います。よろしくお願いします。」
「トードーか、よろしく。君も兵役を経験したことがあるのなら知っていると思うけど、攻略しないといけない大陸は2つの呼称で分けられる。人類の未開の地である《新大陸》、ここ見たいに魔物に奪われた《旧大陸》だね。…おっと、もうそろそろ着くよ。」
そう言ってヴァルザーギが街の中心部あたりにある塔を指を差した。人自体あまりいないが、小さな一つの馬車が待ち構えている。
俺はひとまずこれで安心だと思って胸を撫で下ろす。
このとき、俺は、自分のスーツは汚れているのに、脇に抱えた魔導書は全然汚れていないことに気づいた。あの魔女が汚れるのを嫌がって何かしたんだろうかと思ったが、それなら俺も守ってくれたら良いのにと腹が立った。
何はともあれ、助かったことに感謝しようと思ったその瞬間だった。
ぬっ
音もなく、路地裏から目の前に全体的に漆黒の色をした異形が現れる。大きさが建物と同じくらいに高く、細長い腕が無気力に、だらんとついている。足はついておらず、空中にわずかに浮遊している。人間のような白い顔がついているが、絵画のムンクの叫びのように口が縦に長くなっており、目と思われる部分は真っ黒で、黒い涙を流している。頭部には長い髪たなびいている。
「アイ…………アイ……………。」
不気味な声を漏らしながらこっちを凝視してくる。