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催眠術と白紙の魔導書  作者: 天羽レイラ
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つかみどころのない普通の魔女

今日から毎日投稿目指します

 上から蓋を被せたような重苦しい曇天のもとで目を覚ました。さっきまでの記憶は鮮明に覚えている。唯一自分が変わることができる手段だと思った幻想が打ち崩されたところだ。

 辺りには荒野が広がっている。建物らしき人工物は見当たらないが、地面にはコンクリート片や鉄の塊が転がっており、所々に人類の影をちらつかせている。そんな中、俺は子供のようにあたふたし、取り乱していた。

「は!?え、どこだよここ!?」

 人の影など見えないのに俺は叫ぶ。無の空間に問いかけるような感じになってしまった。

「ここぁあんたの精神世界よ、トド。」

 真後ろから急に話しかけられ、反射的に身を丸める。

 血のような赤黒い髪をした、長い切れ目の女性に話しかけられる。古風な丸い眼鏡を掛けていて、チュッパチャップスのような飴を舐めている。服装は、全体を覆えるほどの一枚のローブを着ていて、露出度自体は少ない。素性の知らない女性にいきなり話しかけられて半ばビビっていたが、疑問を投げかける。

「トドって…俺のことですかね…?精神世界?なんでここに俺がいるんですか?そもそもあなたは誰ですか?」

「私はまぁ、どこにでもいる普通の魔女よ。名前はぁ…Aって呼んで。」

「その魔女さんが何のために俺をここに連れ出したんですか?」

「本開いたっしょ?あれ、私が書いたんよ。んで、契約が成立したってわけ。契約者とは一回話したいのよ。私は。だから、あんたの精神に干渉したの。ここはあんたの精神状態を反映した世界で、あんたの意識を心の深層に連れ出したの。」

 完全に舐めた態度や口調で気だるそうに空中を浮遊している。少しその態度が鼻につくが、深くは気にしないようにすることに決めた。

「書いた?真っ白だったんですけど?」

「まぁ、まだ読めないよねぇ。微量の魔力も必要だし。あんた達の住む世界じゃ魔力を生む魔素なんて存在しないからねぇ。」

「で、でも他の人たちは多分文字見えてましたよ!一喜一憂してましたし!」

「多分それは無理矢理、文字を可視化させたのよ。私は面倒だからしなかったけどねぇ。…にしても…。」

 Aは荒みきった空間全体を一瞥し、同情するような視線で俺を見つめてくる。そして、続けるように話す。

「大変ね、あんたも。」

 俺はその一言を聞いた瞬間、愛想笑いを浮かべて、「あぁ、どうも…。」と返す。

「ま、これからは私と契約して、私の恩寵を授かるんだから、しゃんとしなさいな。」

 俺は「はい……。」と答えるが、正直、自信はなかった。

 意味のわからない世界で生きていくことに不安が無いわけがない。若い時は違った。強豪校のサッカー部でスタメンを張っていた頃は、どんなことにも挑戦しようという意欲に溢れ、あらゆることに対して自信に満ちていた。何でもできる気がしていた。だが、歳をとり、社会の波に揉まれていく中で、その持っていた自信は着実に削られていった。

 俺は暗闇に覆われている気がした。それくらい周りが見えなくなった。未来への不安が、実体を伴って自分の前に立っている感じがした。

 そんな俺を見て、Aは途端に笑い、変に間延びしたしゃべり方からかうように話しかける。ギザギザの歯が飴を砕く。

「え?何?緊張してんの?くだらなぁw。そんなプレッシャー感じて何になんの?未来なんて神にもわからないのに。あ、もしかして、自分ならできるって根拠もないのに思ってるタイプゥ?だとしたらやめときなw。どうせ何かを為せるわけじゃないんだからさぁwww」

「お前に何がわかるんだよ!!!!!!!」

 俺は咄嗟にでた怒りをぶつける。Aは顔色ひとつ変えずに、至って冷静に浮遊している。

「ずっと体を鍛えても社会では何も通用しない!自信を持って何かをしてもそれが成果に直結するわけじゃない!唯一自分の中で希望を持てるものが、何ひとつ意味を持たなかったことを実感した時の無力感が、お前に分かるか!!!でも、心のどこかで、自分ならできるって思うしかないんだよ!そうしないと…俺は…。」

 目の前の暗闇を振り払うように、目の前にいるAに向かって主張する。久しく感情を表に出していなかったからか、息切れがひどく、心臓が素早く脈打つ。

「なるほど、その無力感とやらと、自分の理想と実力との差異がこの世界を形作ったのか。だとしたら、あんた、色々おこがましいんだよ。思考を改めなぁ。意味なんて、持つ時の方が少ねぇのよw生真面目すぎると損するよぉ?」

 Aは終始のらりくらりと会話を続けた。俺はその姿勢がどうしても気に食わなかった。だが、これ以上のやり取りは意味がないと本能的に悟り、深く息を整える。

「もうだるいし、恩寵について言うよ?手のひらを見な。」

 俺は言われるがまま手のひらを見た。本の表紙に描かれていたような、粘着質で薄気味悪い目が描かれてあり、思わずギョッとする。そんな俺を気に留めず、続けてAが説明する。

「それを見た人は催眠にかかって、自分の思い通りに行動させることができるようになるんよ。ただし、魔力なしで使えるのは一体だけね。」

「え?一体だけ?」

 俺がそう聞くと軽く「うん」とAが首を縦に振った。俺はすかさず質問する。

「敵に囲まれたらどうするんですか?」

「その時は…まぁ……頑張れ!」

 まさかの根性論。

 俺は絶望した。確かに、単体の敵には強いかも知れない。だが、集団で囲まれたら、間違いなくリアル肉団子にされてしまうと思ったからだ。だが、どんな状況でも、仲間との連携さえ取れればいけると幾ばくかの希望はあった。相手が自分よりもさらに格上だとしても引けを取らないとも感じた。

「あと、敵との実力差があっても使えないからね。」

「あ、終わったかも」

 途端にさっき感情を口に出して振り切ったはずの不安が襲ってくる。

「多分、魔力は付与されると思うから、それ使って頑張ってみてよ。大丈夫大丈夫、どうにかなるさ。」

 Aは極めて楽観的だった。そして同時に、俺は謎の安心感を覚えた。Aが楽観的だったため、想像以上に良い能力なのではないかと思ったからだ。

「そろそろ解放してあげるから、頑張ってきてねぇ。私は本の中にいるけど、基本的に関わることはできないから気をつけてねぇ。」

「……ありがとうございます。」

 俺は口先だけの感謝をした。Aが念を込めると、曇天を真っ二つに切り裂くような勢いで天空へと飛んでいく。


 気がつくと俺は元の場所で目が覚めた。体感ではかなり時間が経った気がする。

 最初となんら変わらない光景が広がっている。そう言うものだと、考えなくてもそう思っていた。

「た………すけ…………………………………………。」

 目を背けたくなるような地獄絵図。空間を埋め尽くす業火のせいで、元々ここが天界だと言うこと忘れそうになった。火だるまが俺に助けを求めてくる。皮膚は焼け爛れ、顔の原型が留まらず、ぐちゃぐちゃになっており、ゾンビみたいに蠢いている。

 しかし、そうなっているのは天使と長身の一人の女性以外だった。天使は半透明な球体の中に入っており、傷一つついていない。一人の女は狂ったような笑顔で高笑いをしていて、天使たちはそれを傍観していた。

「ラスト!!!!!」

 長身の女性は俺に鋭い眼光を向けてくる。男から漏れ出す殺気により、俺の脳内が体に危険信号を送ってくる。

 何が起こってたんだ!?

 俺はわけがわからないまま後退りして距離をとった。冷静になれと自分に言い聞かせながら、周りを見渡し、打開策を考える。


 時は、康之が精神世界にいく前に遡る。

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