白紙の魔導書
「さあ、手に持っている書物を開き、神の授けものである【恩寵】を受け取れ。」
天使は、人数が揃ったことを確認し、そう言った。
しかし、みんなは持っている書物の表紙をじっと見ていた。天使の声など耳に届いていないように表紙を見るだけで、開こうとはしない。みんな時が止まったかのように表紙を眺めている。
俺は辺りを見回していたが、その異様な光景と雰囲気に若干戸惑った。戸惑いながらも、俺は書物に目を移した。
「何だこりゃ……。きんも。」
俺はつい本音が出てしまった。
A4サイズの表紙の端から端までびっしりと眼のような、歪な楕円の中に黒丸が描かれているマークが無数に記されていたからだ。
奇妙で、自称集合体恐怖症の気がある俺は、炎天に晒されているかのように、大量の冷や汗が出る。きっと他のみんなも、こんな理解し難い絵に動揺しているのだろう。
何も起こらず、ただただ表紙を眺めている状況に、天使は痺れを切らして叫ぶ。
「何をしておるか!呆けてないで、早く読み始めろ!時間がもったいないぞ!愚図が!」
この声に圧倒され、一同が「は…はい!」と言って書物を開く。どこかで「ありがとうございます。」と聞こえた気もするが、多分気のせいだろう。
辺りが黙々と読み始めたが、少し時間が経った後、書斎で楽しそうに話していた学生集団がまた盛り上がり始める。しかし、所々絶望の表情を浮かべている人もいた。
体の一部が刃物になる者、変身して熊になる者、身体の一部が強化されている者など、多種多様な能力が散見される。中には発される声が鉄の塊になって飛んでいくといった面白い能力を持つ者もいた。
若いけど、適応早いな…、と俺は心の中で少し羨ましく感じていた。
そして、俺は満を持して本を開いた
白紙
紙を捲れど、捲れど、見事なまでの白紙。白紙といっても、古い書物だからか、紙の色自体は黄ばみがかっていた。分厚い書物だったから、かなり期待していたのだが、見事に裏切られてしまった。
もしかしたら、俺に能力が与えられないのだろうかと不安になる。俺はセカンドライフでも没個性で価値のない人間なのかと自己嫌悪に陥る。
「はは…ダメだなこりゃ」
俺はボソッと呟く。
こんなことならやめときゃ期待しなければよかったと後悔する。少しばかり目頭が熱くなり、心がキュッと閉まる感じがする。
デブで性根が腐っているがこれでも大丈夫なのかと、つい自分に問いかける悪い癖が垣間見える。
俺は本を閉じて頭にコツンと書物を当てた。
「変わりたい………こんな情けない俺から……。」
溜まってた涙が零れ落ちる。蚊の鳴くような声でそう言った。
刹那、暗黒な霧が包み込む。墨のようにべっとりと描かれた多くの眼が俺を粘着質な視線で凝視している。
「なななななななんんだ⁉︎」
俺は死んだ時と同じように、意識が吸い込まれていく。