燃ゆる心に散る火花
「戦い、か......」
『若者がお爺さんみたいなセリフを吐かないでください。ルナさんぐらいの歳は、戦ってナンボでしょう?』
「どうだかね。俺は戦いと休憩はちゃんと取る、人生に緩急を付けるタイプだからな。ただの頭が少し回る、ガキンチョなんだわ」
決勝の会場へ続く通路を歩くこの足が、異様なほど重く感じる。
何故だろう。緊張しているのかな。恐怖を感じているのかな。疲れているのかな。何にせよ、心に不調が生じているのが分かった。
「昔さ、ソルに言われたことがあるんだ。『戦ってる時の君の目は、2つの色しか見えてないの?』って」
『何ですかそれ。言っている意味が分からないです』
「そうか? 俺は直ぐに分かったんだけどな。これは俺が戦闘中に回す思考が “論理的か直感的かの、どちらかに寄ってるよね” って話なんだ」
『それを色に例えた、と。不思議ですねぇ、ソルさん』
「あぁ。凄く興味をそそられたよ」
言われた当時は......12歳くらいか? 中学に入って陽菜と同じ学校に通って、いつも通りに道場で打ち合いをしている時に言われたんだ。
俺は一瞬、あの言葉の意味が分からなかった。もしかしたら俺、景色がモノクロに見えているのかもしれないと、目の病気を疑うくらいには意味が分からなかった。
でも、よくあの言葉を反芻して、自分を客観的に見つめ直すと、その意味に気が付いたんだ。
「ソルは俺の天敵だ。理論的に行こうと直感的に行こうと、きっと適応して俺を殺しにくる」
俺の彼女、こと戦闘に関してはアスリートに似た、人間の壁を越えたような思考を行動に組み込むんだ。
俺の理解出来ない感覚で掴まれる俺の戦闘リズムは、ソルにとって、クラシックを聴くのと同じ感覚だと思う。
これまた昔に言われたことを思い出す。
「『緩急の付け方が音楽に似てる』......ソルにとって、俺の戦闘とは何だろうな」
『音楽......確かに言われて思い出すと、音楽に似ていますね。最初から一定のリズムで戦うところや、フェードインとフェードアウトがあるような、そんな気がします』
「俺には分からない話だ。分かるのはダ・カーポが始めに戻るということぐらいか?」
『子どもの音楽知識ですね』
「黙らっしゃい」
あとはフェルマータくらいか。中学の時に習った記憶があるぞ。
これからの人生に役立つか分からない知識だったが、こうして話題に組み込めた時点で役に立ったな。
「......ふぅ。緊張が解れてきた。行くか」
『えっ、緊張してたんですか!?』
「はぁ? 逆に気付かなかったのか?」
『はい。だってルナさんに緊張とか、無縁の話だと思っていましたもん。ルナさんも人間なんですね』
「酷いメイドさんだな。仕える人のことを人間とすら思っていないとは、解雇処分も検討しないと」
『待ってください! 私が悪ぅござんしたっ!』
「誠意が無い。やり直し」
『あぁん!? 誠意ですってぇ!? 何ですかそれは! 脱げば伝わりますかぁ!?!?』
「うるさいなぁ......ったく」
フーのテンション、0か200しか存在しないのかもしれない。こやつはスイッチのオンオフの差が激しすぎるぜ。
「ありがとう」
『フッ、任せな、アイボゥ』
「あぁ。頼りにしてるよ、アイボゥ」
カラン、と硝子が当たった様な音を立てて布都御魂剣を提げると、俺の足に付けられていた枷は綺麗に外れていた。
今までの陽菜との戦闘で違うのは、戦うのは俺1人じゃないことだ。今の俺には、フーやシリカ、イブキやセレナにステラも居る。
付喪神達の力を以って、俺の全力と言えるだろう。
『──そして対するは、ここまで全戦全勝。無敗の名を冠するに相応しい、前大会最強のプレイヤー。ルナ選手です!!!!!』
「「「オォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」」」
相変わらずとんでもない声援だこと。でも、本当に俺を応援してくれているのは、この声の中に何人居るんだろうな。
......俺のフレンドくらいだろうか? 知らんけど。
「決勝戦だってよ、ソル」
「決勝戦だってね、ルナ君」
「「決着をつけるのにピッタリだな / ね」」
おあつらえ向きやね。約10年の勝負に、ようやく決着がつけられる。勝負が終われば、今度は仲間として歩み寄れる。
俺はソルと......陽菜と、人として歩み寄りたい。
恋なんて関係ない。俺はこの人と話をしてみたいんだ。
全く同じ立場で、分け隔てなく。
「戦おう。友達として」
「うん」
『両者、構え!!』
お互いに提げている刀の鯉口を切ると、会場全体の気温が一気に下がったかと思うほど、静寂が訪れた。
『始めっ!!!』
「「......3手」」
そう俺達は呟いた。
これは合図であり、宣戦布告でもある。
これは合図であり、成長の証でもある。
3手。その言葉の裏に隠された意図とは『3手でお前を倒す』ということ。
その昔、俺と陽菜が初めて道場で戦った時。俺はたった3手で陽菜にボコボコにされた。そしてそんな陽菜は、『短期決戦が苦手』などとほざいたんだ。
あの時の悔しさは今でも鮮明に覚えている。思い出せばプルプルと体が震えるくらいには悔しい思い出だ。
「ふぅ............」
勝つ。例え3手で倒し切れなくても、俺は陽菜に勝つ。
俺に闘志を燃やしてくれた、向上心の糧となる感情を与えてくれた陽菜に、俺は勝つ。
「「『雷』」」
バチッ!
静かな場を同時に斬り裂いた刃は、見る者に恐怖を与えるような、蒼白い稲妻を放ってぶつかりあった。
だけど、刃同士がぶつかった瞬間、散ったのはポリゴンではなく、ただの火花だった。
「【軍神】ステラ」
「『狐式:稲荷』」
俺はスキルと付与効果を。ソルはお稲荷さんを呼び出し、ステータスに絶大なバフをかけた。
数値を見る余裕は無いが、きっとお互いに乾いた笑いが出る程度のステータスになっているだろう。まともに攻撃を喰らえば一溜りもない。
でも、逆にそれが、戦いのスパイスとなって美味しい。
一撃でも喰らえば瀕死に追い込まれるこの状況......あぁ堪らん。
「ハハッ、いいね。凄く面白い。楽しいなぁ」
魔刀術、剣術、槍術に弓術。俺の持つ、沢山の手札から選んだカードに、ソルは美しいとすら思える速度で順応してくれた。
「『穿』」
「『鏡花』」
俺の投げたエリュシオンを、ソルは刃を向けて捉えると、寸分違わず槍先と刃を重ね、エリュシオンを遠くへ弾き飛ばした。
「ミストルティン......ふふ」
「来い。宿り木」
懐かしいな。あのミストルティンが、ソルの戦力を大幅に上げる要因の1つになったんだよな。
俺の魂の結晶とも言える、『ヘラの指輪』と『ミストルティン』......ん? ヘラの指輪?
「おい、おいおいおいおい............まさか」
俺が嫌な予感を感じてソルの目を見てみると、ソルはこれ以上無いほど綺麗な笑顔で応えてくれた。
「じゃあね。『雷槍』」
ミストルティンの弦がバチバチと悲鳴を上げながら放たれた矢は、必中の効果も乗り、確実に俺が死ぬことを教えてくれた。
もうダメだ。こんなん勝てっこない。弓を構える隙を与えた時点で、こうなることは分かってたんだ。
あ〜あ、これは死んだ。100パー死んだ。gg。
「私の勝ち」
ソルの矢が俺の左胸を貫通すると、薄れていく意識の中でソルの声が聞こえた。
「......あれ? ルナ君死んだから私の......」
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『守護者の加護』が発動しました。(0/3)
『最弱無敗』が発動しました。
『死を恐れぬ者』が発動しました。
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「はぁ............もう即死保護のストックねぇよ」