理性vs本能
PON☆PON☆PAIN☆
「ひ〜な〜、疲れた〜」
「疲れたの? いいよ、おいで。ぎゅ〜ってしてあげる」
「やった〜」
リビングのソファで本を読んでいた陽菜に、俺は脱力度マックスの状態で甘えに行った。
「ふふっ、可愛い。やっぱり勝ち続けるって体力使うの?」
陽菜は俺を抱きしめ、これでもかと言うほど頭を撫でた後、膝枕をしながら聞いてきた。
この質問は本当に勝ち続けなければならない人間にしか答えられない、かなり高難度な質問だ。
まぁでも、ここは素直な感想で答えようか。
「うん......俺が幼児退行するぐらいにはしんどい......」
「そんなに......よしよし。いっぱい甘えていいからね」
「そうする」
大会での嫌なことや良かったこと、ミスをしたことや誇れることまで、ここで陽菜に受け止めてもらおう。
きっと受け入れてくれるはずだ。もし逆の立場なら、俺は陽菜を受け入れるから。
「でさぁ、チェリとリルが喧嘩を始めたんだけど、お姉ちゃんのリルがあまり強く言い返せなくてさ」
「うんうん」
「流石に止めてあげないとって思って、怒鳴っちゃった。もうダメかもしれない......怖いお父さんって思われるかも......」
「大丈夫、大丈夫だよ。お互いにヒートアップしてるなら、冷水をかけてあげないと気が付かないんだから、月斗君のやったことは間違いじゃないよ」
「でも不安だ......現実で子どもが出来たとき、怖いお父さんって思われたくない」
「ガッ......う、うん。でも、怖いと思われる以上に優しくしてあげれば、優しいお父さんだと思ってくれるよ?」
「うん......でももしかしたら、現実で産まれた子はママっ子になるかもしれないな。陽菜、優しいし。俺は子ども相手にも、1人の大人として扱うかもしれない」
「ウボッ、そ、そうかもね。でもでも、私はいつまでも月斗君のことが好きだよ?」
「知ってる。俺もずっと陽菜が好きだ」
陽菜に俺の悩みを言ったら、大分スッキリしてきた。
やっぱり、誰かに相談するって大事なんだな。俺、今まで誰かに相談することが少なかったから、その大切さを実感することが無かったんだ。
こうしてお互いに悩みを打ち明けてこそ、2人で生きていくってことなんだろうか。
「ありがとう陽菜。楽になったよ」
「よかった。私も1つ、聞いていいかな?」
「何個でも言ってくれ。全部聞きたい」
「じゃあ──」
膝に乗せている俺の頭を撫でた陽菜は、そのまま頬をムギュっと挟んできた。
「新居、どこにする?」
「う〜ん......今度じゃダメか?」
「早い内に幾つか候補を選んでおきたいの。その為にも色んな条件を絞っておきたいし、今から考えてもいいと思う」
「それもそうだな」
どんな家に住もうかな......と考えるより、今の生活にある不満を解消できる家を考えよう。
加点式で考えるより、減点式の方が分かりやすいからな。後から候補を追加するにしても、減点式なら増やしやすい。
「まずはベッドだよな。ちゃんとした寝室が欲しい」
「そうだね。せめてダブルベッドぐらいは欲しいよね」
「あぁ。今の俺達って、相当狭い状態で寝てるからな。何かがあるにせよ無いにせよ、2人で寝るならもう少し大きいベッドがいい」
「そそ、そだねー。大きいベッドの方がイイヨネー」
何故カタコトなんだ。結婚したらそういうこともするだろうに、恥ずかしがってるのかな。
可愛い奴め。陽菜は積極的な気がするが、実は押されることに弱いのかな?
「あと、キッチンも広い方がいいな。1人で作るなら今の大きさでもいいが、2人で作りたいしな」
「確かに。あ、そうだ。場所は駅から近い方がいいな。徒歩10分くらい!」
「それは流石にプロと相談しないとな。まずは間取りからじっくり考えよう。ある程度イメージと違っても、俺と陽菜が幸せに暮らせるかどうか、その基準で考えよう」
「うん!」
それから30分。陽菜の膝に癒されていた俺は、気が付けば俺が陽菜を膝枕していた。
それまでみっちり話し合いをしていたので、本当に無意識で立ち位置が逆転していたんだ。
「可愛いなぁ」
「えへへ、どこが可愛い?」
「存在感から可愛い。見なくても分かるぞ?『あ、この気配は......陽菜!?』ってな」
「ふふっ、何それ。でもありがとう」
「あぁ。本当に可愛い、綺麗だ」
休憩時間が終わるまでボーっと陽菜を撫でたい。
気が済むまで撫でまくって、今度は逆に、俺が陽菜に撫でられたい。
そんな風に思っていたら、目の前に陽菜の顔があった。
「......えいっ!」
可愛い声で俺に触れたかと思うと、力強くソファに押し倒してきた。
「あ、あの......陽菜さん?」
「ふっふっふ。幾ら月斗君でも、跨られると動けないよね」
「当たり前だ。というか大丈夫か?」
「何が? 私は平気だよ?」
「いや、顔真っ赤だけど。恥ずかしいのに無理してんのが、よ〜〜〜く分かるぞ?」
「み、見るなぁぁぁ!!!!......でも見て」
「どっちやねん」
俺のお腹の上に跨った陽菜は、そのまま俺と抱き合う様に体を倒してきた。
これはピンチですよ。えぇ、ピンチです。
数々の戦争を無敗で勝利してきた私ですが、またもや命の危機を感じています。
敗戦すれば成長し、勝利すれば関係維持。
理性と本能による戦争が、今、始まる──
「そんなにビクビクしないで。大丈夫だから」
「......ここまで信用ならない『大丈夫』は初めてだな」
「そんなことないよ。でもでも、心の中ではすっごく悪いことをしたい気持ちでいっぱいだよ? もう、今すぐ脱がせたいもん」
「うん、ちゃんと心の中にナイナイしような〜」
最初の剣戟。俺は軽いダメージで済んだが、陽菜はノーダメージ。まずは俺の負けだ。
「取り敢えず、退きません?」
「嫌! もっとギューってするのー!」
「はいはい」
リザインは無効。数少ない俺の勝利への抜け道は、とてつもなく大きな岩で塞がれているようだ。
というか陽菜さん。段々と色気が増してませんか? 俺、普通に負ける未来が見えてきたのですが......
「ねぇ、顔、こっち向けて」
「ん〜......はい」
「もっと、こう!!!!!」
俺の顔を正面に向けた陽菜、ガッツリ顔面ホールドをした後、今までの力強さは何だったのかと言いたくなる、優しいキスをしてきた。
これには月斗君も不意を突かれまして、大ダメージ。
月斗と陽菜、この戦いに終わりは来ず、戦いの火種は日常の中に散りばめられている。
嗚呼世界。どうか俺が勝つ未来を、幻でもいいので見せてください。
「えへへ、月斗君も顔真っ赤〜」
「あ、赤くねぇし。全然、平気だし。これぐらい余裕だし」
「そう? じゃあ月斗君からして。はい」
おぉっと月斗選手ッ!! ここで自滅アクションを選んでしまったぁぁぁぁ!?!?!? 彼はバカだ!! 今の陽菜の強さを理解していない、本物のバカだぁぁぁぁぁ!!!!!!!!
「......はい。これでいい?」
「だめ。もっと求めるようにキスして」
「うぅ......分かった」
ゴリゴリと削られるHPは、まるで豆腐にドリルを刺しているかの様。これは最早、粉砕とも言えるダメージです!!!
いや〜、解説の月斗さん。この状況をどう見ますか?
そうですねぇ。あそこで変な強がりを見せた時点で、陽菜さんは笑顔になりましたからねぇ。もう死んだんじゃない? 彼。大人になっちゃいなよ。月斗君も、僕と同じ意見じゃないの?
いえ、それがそうとも行かないんですよ。彼に残された時間は15分も無いので、そろそろ総合部門に向かわないとなんですよ。
ふ〜ん。まぁ、兎にも角にも陽菜さんを倒さないと動けませんからね。今後も彼の行動に期待ですかね。
「はぁ、はぁ......これで......どうだ?」
「月斗君は満足した?」
「した」
「そっか。私はしてない」
あぁっと! ここで陽菜選手のカウンターが炸裂したぁぁぁ!!! 何とかして逃げようとした月斗選手、見事に捕まりましたぁぁぁぁぁぁあ!!!!
バカだね、彼。この場は『満足してない』って言って、もうひと踏ん張りするところでしょうに。
そうですね! まさかここで逃げてしまうとは、我々解説陣も予想出来ませんでした。
まぁ、陽菜さんも時間に関しては逐一チェックしてるようだし、ここは月斗選手の大敗ということで、幕を下ろしますか。
はい! では、『理性vs本能』のコーナーでした〜!!!
また次回。ばいび〜
「ふふっ、いっぱい愛を貰っちゃった」
「『強奪した』の間違いだろ......」
「そんなことないもん。私も沢山ラブをあげたもん」
「確かに受け取ったけどさぁ......試合前なのに凄く疲れた」
頭の中ではどこか冷静な自分が今の状況を実況していたし、体の方は出来る限り陽菜に拒絶感を与えまいと、後手に回っていたからな。
はぁ......危なかった。あと少しで完全に陽菜に屈するところだった。
「じゃ、行こっか。私と戦うまで死なないでね」
「当たり前のことを誇らしく言って楽しいか?」
「ムッ......はは〜ん? じゃあ私が勝ったら、今日の夜は好きなだけ月斗君をめちゃくちゃにするから」
「やれるもんならやってみな。俺相手にゲームで挑むことの愚かさを、その可愛い体に刻んでやる」
「えっ......刻むの? それって......」
「どうして俺は地雷原を腹滑りするんだろうな。ははっ......笑えてきた......」
ここでは何を言っても俺の負けだ。俺のちっぽけな頭じゃ、どれだけ考えて発言しても、その全てが陽菜の軍へと奪われていく。
でも、別にいいんだ。俺は自分の中にある、1本の芯を立てるだけだから。
『最弱の称号を以て最強の座に着く』
この矛盾を行くのが、俺の目標だ。
俺は誰にも負けない。誰よりも負けてきた過去があるからこそ、誰にも負けたくない。
「すぅ......はぁ。楽しもう」
次回『戦場を駆ける少女』お楽しみに!