危険人物
ギャンブラー
「チェリ、一緒に行くぞ。刀は返す」
「うん。なら私はフェンリルの子を「標的を入れ替える」......分かった」
何も言わずに俺の指示に従ったチェリは、犬子君ではなくマナの真正面となる、俺から見て右手側に来てくれた。
理解が早くて助かるよ、チェリ。
今回の作戦は単純明快。本来なら俺と犬子君が戦うはずの展開を、チェリが犬子君をボコボコにする流れに変えるだけだ。
これで勝負を決める。マナの攻撃を俺の体一つで受け流し、チェリに犬子君を倒してもらう。
「チェリ......俺を『見ろ』」
「っ!......分かった。任せて!」
「あぁ」
俺はチェリと共に2人の前まで走ると、チェリがマナを攻撃する寸前に俺達は位置を入れ替えた。
「何で!?」
「悪いが俺が相手だ。犬っ子」
驚いた拍子に体勢を崩したマナに近付き、俺はそっと息を殺し、優しい表情で彼女の頭に左手を置いた。
「あ、あう?」
ポカンと口を開けて思考の処理が終わらないマナ。
可哀想だとは思うが、俺は君を殺さなければならない。
許せ、フェンリル。
「ごめんね」
謝罪の言葉を口にした俺はマナの背後に回り、その細い首に腕を回して全力で首を絞めた。
「ガッ......ガハッ!......ぐっ、じ......い......」
「マナ!!!!!」
辛うじてチェリの剣戟に対応していた犬子君がマナの声に反応し、一瞬だけ、チェリから意識を離してしまった。
チェックメイトだよ、プロゲーマー。
「兄さんの信頼、裏切れないから。『霹』」
チェリは素早く犬子君に接近すると、可愛い笑顔を浮かべながら犬子君の心臓を貫いた。
それから刃を引き抜かれると、彼の左胸からは夥しい量の血のポリゴンが流れ出た。
「ブフッ......ま......け──」
「殺れ」
「うん」
ズパッ!!!!!
復活の兆しが見えた瞬間、チェリは犬子君の首を一閃した。
『そ、そこまで! テイマーとして、そして戦闘系スキルを扱う者として頂点に立ったのは............ルナ選手だぁぁぁぁぁ!!!!!!』
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」」」」
そういや復活は有り得ないよな。だって装備の付与効果も称号の効果も制限がかかっているから、そもそも復活のしようが無い。
「ありがとう、チェリ。よくやったな」
「うん!」
心からの笑みを浮かべたチェリは、衆人環視の中で激しく抱きついてきた。
見た目相応に可愛らしい姿に、あのエグい戦闘をしたことを忘れてしまいそうだ。
「ご褒美の件なんだが、俺の血を好きなだけ飲ませてやる」
「ほ、本当に!? いいの!?!?」
「あぁ。でも大会が終わってからだぞ」
「うん! ありがとう兄さん! 大好き!!!」
頬を擦り付けて喜ぶチェリに対応していると、まさかの優勝者インタビューに関してのウィンドウが出てきた。
そしてチラチラと内容を読んでいると、俺とチェリはレイジさんの元へ飛ばされた。
「それでは、優勝者のルナさんとチェリさんにインタビューをしてみましょう! まずはルナさ「兄さ〜ん......えへへへ〜」......これ映して大丈夫ですか?」
マズいでござる。時々ソルが見せるような、他人に見せていい表情じゃないでござる。
「えっと、ちょっと待ってくださいね」
俺はレイジさんに背を向けると、膝立ちになってチェリと目線を合わせた。
「落ち着けチェリ。甘えたいなら後で好きなだけ甘えていいから、あと少しだけ我慢してくれ」
「え〜? どれくら〜い?」
「5分でいい。だから顔を引き締めろ」
「分かった。これでいい?」
「あぁ」
ふにゃふにゃだったチェリの表情は、一瞬にしてキリッとした真面目な少女の顔へと変わった。
表情の変化度合い、ジェットコースターも驚くレベルで急降下したな。これは将来、立派な女優になれるやもしれん。
......怖いな。
「お待たせしました。質問は何ですか?」
「あ、はい。ではまず、優勝おめでとうございます。戦闘系スキル部門とテイマー部門を制覇しましたが、今のお気持ちは如何ですか?」
思ったより普通の質問が来ちゃったな。
「次の魔法部門がまだなので、何とも言えませんね。まだこれは勝利の過程だと思っていますよ」
「なるほど。ではテイマー部門の戦いで一際輝いていた準決勝ですが、あの時の心境をお聞かせください」
「そうですね。リルへの心配が大きかったので、途中で倒れないか不安でした。特に最後に使った魔法なんか、MPどころかHPを使っていたのでね」
本当に心配した。幾ら俺がリルを信頼しているからといっても、あの規模の魔法を使われたら流石に心配する。
幸いというか、俺の為に戦ってくれたのは嬉しいが、それよりもリルが『勝ちたい』と思ってくれたのが良かった。
大会が終わったら、沢山褒めてあげないとな。
「ありがとうございます。では、決勝での活躍の秘訣を......チェリさん、いいですか?」
「はい」
お、チェリの番か。テイマー部門はこういう、プレイヤーだけへのインタビューじゃないのが面白いな。
「相手がそこそこ技術だったので、活躍も何も無いです。作戦の立案も実行への鍵も、全部兄さ......ルナさんがやってくれたので、私はただ言われた通りに動いただけです」
「「あっ......」」
言ってくれたな。今お前は、ほぼ全テイマーに喧嘩を売ったぞ、チェリよ。
妹として正直なのは良いことだが、選手としては相手のことを想えていないのでダメなところだ。
「まぁでも、楽しかったから良かったです」
「そ、そうですか。では、共に優勝したルナさんへ何か一言」
「ん〜...............」
溜めが長い! もしかして俺、嫌われてるとか!?
「大好き......です。家族として」
「チェリ......」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。まさかこんな場所で言うとは思わなかったが、まぁ今回は許そう。
俺もチェリが大好きだしな。
「良いですねぇ。宵斬桜は性格が難しい子が生まれやすいのですが、チェリさんはそうでもなさそうです」
「それは兄さんのお陰ですね。苗木の時から私とよくお喋りしてくれたので、寂しい思いも分からないこともありませんでしたから」
「なるほど! それは良いことを聞きました!!」
そうか? 桜の苗木に血をあげた上に話しかける、ただの危険人物だと思うがな。
もしこれから、そこら辺に生えている草や木に話しかける人がいれば、間違いなく俺達3人のせいだろう。
「では、インタビューはこれまでにしておきましょうか! ルナさん、魔法部門の本戦、頑張ってください!」
「はい。魔法は得意なので、任せてください」
俺が笑顔でレイジさんに答えると、チェリは光となって俺の中へ戻り、俺は魔法部門の控え室へと飛ばされた。
これ、チェリだけじゃなくてアルスやニクス、メル達全員が戻されたようだ。
1人だと何も喋れない俺としては、この状況がとてもつらい。
「寂しいな。暴れて忘れるとしよう」
魔法は刀の次に得意な攻撃方法だ。自信を持って行こう。
デンッ! 次回、『悪魔の魔法』お楽しみにっ!